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最終章

第269話 対ケルベロス

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 私、ソフィは決行日の前日にサラ様の道場がある街に宿を取り、万全の状態で役目を遂行しようと意気揚々と宿屋を出る。

 レナード様が言うには同じタイミングで三か所を襲うことで、他の道場への増援を出さずなおかつ各道場への軍の人員もばらけさせる狙いがあるとのこと。つまり、この計画においてタイミングは肝要なのだ。

 私は昨日のうちに現地入りしてこうして確実に計画を実行できる。そして時間の余裕があれば逃げ道も確保できるのではないか、そう思っていたのだが──

「なんか私、浮いてる……?」

 すれ違う人たちが皆私のことを訝しげに見ている気がする。恰好だって怪しまれないように冒険者っぽくしてきたのに、なぜだろうか。

 理由が分からない以上気にしても仕方ないか──どこにモンスターを放してその後どの経路で逃げるかを考えるために街をぐるりと歩こう。



 街を歩いてだいたいの逃げ道を決めてから鐘が鳴るまでの時間は、怪しまれないようにときどき店に入りながら街をぶらついていた。

 店をいくつか回ったあたりで、道端で少女と出会う。おそらく魔法道場から来たのだろうが……この時間帯は道場の外には出られないはず。抜け出してきたんだろうか。

「あの──冒険者の方ですか?」
「あ、はい。昨日ここに来たばかりで」
「そうですか。昔ボクも冒険者をしていて、懐かしくて声を掛けてしまいました。どんなクエストを受けたんですか?」

 話しかけてきた少女は歯を見せて笑いながら問いを投げてくる。

「まだクエストは受けてなくて……今から討伐以外のクエストを受けに行こうと思ってます。届け物とか店番とか」
「ここのモンスターは強いですからね。そうだ──今からギルドに向かうなら、ボクがギルドまで案内しますね」

 反応を見るに、彼女はちゃんと私のことを冒険者だと思っているようだ。それで親切でギルドに連れていってくれようとしているようだが、そうなると時間までにケルベロスを解き放つ場所に戻れなくなる。ここは断ろう。

「い、いえ……一人で行けますので。付き合わせてしまうのも悪いですから」
「まあまあそんなこと言わずに。ちょっと分かりにくいところにあるので、一緒に行きましょう? ほら、行きますよ」

 私の腕を掴んで半ば強引にギルドへと連れていこうとする彼女。ここで手を振り払うのは不自然だ。今からクエストを受けに行くと言ってしまった以上、行き先は冒険者ギルドしかない。

 仕方ない──ここはついていくしかないか。彼女には悪いが、時間になったらその場でケルベロスを出して気を取られている隙に逃げよう。大丈夫、街は一通り回ったからどの道から逃げればいいのは分かっている。

 彼女に引っ張られながらギルドへ向かっていると途中で鐘が鳴る。どうしよう、ここは広場なのだが──いや、レナード様は時間が同時にやることが重要だとおっしゃっていた。ならば、私は時間通りにやるべきだ。

 それにこの広場はそんなに広くはない。きっとすぐに暴れて近くの建物を壊し始めるだろう。

私は彼女の手を振り切り、レナード様から預かったマジックアイテムの蓋を開ける。すると巨大なケルベロスがその場に現れ、三つの頭がそれぞれ雄叫びをあげる。

私はケルベロスが出てきたのを確認でき次第すぐに地面を蹴り、走りだす。彼女がケルベロスに気を取られている間にできるだけ距離を稼がなければ。

 近くにいた人たちに紛れて同じ方向へと逃げる。道を曲がるあたりで彼女が追ってきてはいまいかと思い、ちらりと後ろを振り返ると、信じられない光景がそこにはあった。

 ケルベロスの片前足が青い炎で包まれている──かと思えば、ふっと炎は消えて、さっきまで燃えていた部分からはケルベロスの骨が顔を出す。

「ヒッ……!」

 恐ろしい──あの巨大なケルベロスの肉体をこの短時間で燃やしつくす魔法。私も見つかれば消し炭に……! あの怪物に見つからないようにすぐに逃げなければ!

「あ、あああああ……!」

 足が竦んでしまって私は地べたに座り込む。尻餅をついたままケルベロスを見上げると、前足を失くしバランスを崩したケルベロスがあの女の出した青い炎に呑みこまれていくところだった。

 何の破壊もせずに、私の背の十倍ほどもありそうなケルベロスが咆哮しながら倒れていく──見えているものが信じられなくて呆然としていると、気付けばあの女が目の前まで来ていた。震えている私の腕をガッと掴み、話しかけてくる。

「やっぱりあなたですよね。最初から怪しいとは思ってたんです。だってこの街には冒険者ギルドはありませんから」

 その言葉を聞いて私は向けられていた人々の視線に納得がいった。
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