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第6章 正義? 復讐? そんなもん面倒くせえだけじゃねえか

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「……どういう事ですか?」
「帳簿を見つけたとき、現場に近衛兵がいたぞ」

 予想外の言葉だったのか、デミトリウスは青ざめてふるえ始めた。

「下らない嘘を。どうして女王を護衛する近衛兵が、煌剣団の修練所にいるのだ!」

 尋問者が怒鳴ってきた。なにも知らない多くの民衆の認識はそうだろう。それも間違いではない。しかし、この国の近衛兵は、女王の命のもと、国内外で諜報、工作、暗殺を行うことを主な生業にしている。
 主な仕事内容を直接知るものは少ない。だが、王政府の重役や有力貴族、諸外国の有力者の間では誰もが噂では知っている公然の秘密だ。デミトリウスも末席ではあるが政府の高官なので聞いたことはあるようだ。

「こ、ここに来て虚偽で脅迫するつもりですか?」
「もうカネは諦めるしかねえんだ。嘘つくメリットはねえ」

 帳簿を見て分かったが、デミトリウスは数えきれないほどの汚職や犯罪に手を染めていた。
 どうせ金と権力を手に入れて、いずれは国を動かす男になどという野心を持っていたのだろう。
 あの女は、自身の権威と権力を脅かそうとするこういう奴を一番嫌う。
 現に過去に何度も、こういう野心を持った奴を残虐な奸計で葬ってきた。
 デミトリウスもその事を分かっていたから水面下で慎重に動いていたつもりだったのだろう。
 なるほど。確かに分かりづらかった。
 だが、あの女がいつまでも気づかない訳がない。
 現にこうしている今も、あの女は自分のすぐ後ろにいる。
 そしてバレていないと思っている様で、抱きついて口づけをしようとしている。

「ストーカー女! てめえはいつまで隠れてんだ」

 気持ち悪いので肘鉄をくらわせた。

「ああ♡」
「気色悪りい声出してんじゃねえ!」

 肘鉄の衝撃で迷彩マントが地面に落ち、ヴェルデは姿を現した。

「おい、貴様! 衛兵庁舎に忍び込むとは、どこの賊……」

 声を荒げる尋問者の腹部が、すぐさま剣で貫かれた。


「デ、デミトリウス様どうして……」

 尋問者を息が無くなったことを確認したデミトリウスは慌てながら、ヴェルデにひざまずいた。
 
「じょ、女王陛下。今、一連の違法行為を行った賊を始末致しました。この度はご助力頂きまして……」
「ここでのやりとりは最初より録音させて頂いております」

 デミトリウスは絶望の表情を浮かべて、しばらく固まっていた。
 だが、剣を再び振り上げて机を刺そうとする。

(遠爆人形を破壊して自殺するつもりか)

 女王であるヴェルデに証拠を握られた以上、この後に待っているのは形だけの裁判と常人では耐えられるほどの拷問と辱め。それが終わると想像を絶する様な残虐な方法で公開処刑にされることは間違いない。
 それを避けるために自分から命を絶つのは妥当な選択だ。
 だがヴェルデはそれを許さない。
 剣が人形を貫く前に、腰元のダガーナイフで、デミトリウスの剣を持っている手首を切り落とした。

「お止めください。命は1つだけなのです。執行の日まで大切になさってください」
「がああああ!」

 そう言いながらもう片方の手首も切り落としている。
 おそらく逃亡防止の為に、両足首もこれから切り落とすつもりだろう。

(可哀想に。俺にパクられときゃ、こんな事にゃなんなかったのによ)

 心の中で、そう冷たく呟いたとき、若い近衛兵が尋問室に入ってきた。

「女王陛下。全て終わりました」
「ありがとうございます。この者の止血をお願いします」

 庁舎にいるデミトリウスの手下は皆、始末、若しくは証人として捕縛されたようだ。
 昔からこの女に関わるとろくなことが無いので、スカーレットとヴィオレを抱えて早々に庁舎を後にすることにした。

「お久しぶりですコウスケ様。小賢しい公金横領の調査から、この様な多数の大事が発覚するとは思いませんでした。お礼申し上げます」
「あっそ。じゃあ俺は帰って寝る」
「お待ちください。お話はまだ――キャッ」

 進路を塞いできたが、鬱陶しいので突き飛ばす。

「貴様、女王陛下に無礼を!」
「お止めなさい!」
「しかし……」
「コウスケ様は女性に手を上げられない事を信条とされております。ですが、先ほどから私には手をあげて、足蹴にもされています。どうしてか、お分かりですか?」
「それは決まっています……」
「そう! 私を愛しているからこそ心おきなくの本来の性癖を出してきているのです!」
(そんな趣味はねえよ)

 ヴェルデの言っている意味が分からないのだろう。
 近衛兵は呆気にとられている。

「私は妻になるものとして、これを快楽として享受しなければなりません♡」
「つ、妻? この様な時にお戯れを」

 この近衛兵は新人なのだろう。
 そうでなければヴェルデが毎度の様に言っているであろう、こんな発言にここまで動揺するとは思えない。

「200人もの民を虐殺するなど数々の不正や犯罪を行った極悪人を逮捕し、元奥さまの無実を晴らしたのです。これでコウスケ様をゲス勇者などと蔑む輩はいなくなります。これで憂いは一切なくなりました。貴族も民衆も私との婚姻には反対しないでしょう」
「何べんも言わせるな。俺にそんな気はねえ」
「コウスケ様。かの爆破事件の様な悲劇はどうして起きたと思いますか?」
「俺が悪い――」
「いいえ、悪いのは全て私です」

(ああ、近衛兵。民に起こった悲劇を全て、自分の責任だって言う女王様素晴らしい。っていう目してらあ。次の発言聞いたらどう思うかねえ)

「私がコウスケ様の意思を尊重して、結婚を許してしまった事こそが、無辜の民を沢山死なせ、冤罪までも生み出してしまった原因なのです! コウスケの意思など無視をして強制的に婚姻を推し進めていれば、あの様な悲劇は起こりませんでした! この国に生きる民の為に私は同じ過ちは起こしません」

 近衛兵を見た。
 ヴェルデの発言の意味が分からず頭がオーバーヒートしたようだ。

(まあ、俺も意味分かんねえけどな)

 ヴェルデ・ヴィヒレア。彼女は聡明な知見と、高雅な気品、そして民への深い慈悲の心を持ち合わせた国の頂点に立つに相応しい名君である。
 しかし、ヒセキ・コウスケが絡むと、何故かその知能、品格、倫理は別人ではないかと思うほど、いつも無残に崩壊した。

(ああ。めんどくせえ)
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