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第6章 正義? 復讐? そんなもん面倒くせえだけじゃねえか

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「――そうして、あなた達の父親はゲス勇者と言われるようになったのです」

 部下に捕らえさせたハーフ鬼(オーガ)とハーフエルフの娘にヒセキ・コウスケの過去を話し終わり、ヴェディは満足いく表情を浮かべた。
 少女2人は始めて聞く父の過去に困惑しながらも、ヴェディに対して激しい怒りを向けている。

「ハハハ。意外でしたか、無理もない。仕組んだ私自身も、ここまで堕ちることが出来るものかと驚きが止まりませんでしたから」

 少女2人がヴェディを見る顔付きは、かつて魔族の大軍に単身挑んだ時のヒセキ・コウスケの顔そのものだった。昔はこの表情に激しい嫉妬を覚えたが、今は滑稽にしか感じない。

「ですが、あの姿は演技です。正義を成し、無念を晴らすために10数年もあの男は仮初の姿を演じ続けた。そしてようやく真相にたどりつたようです。近々私の所にやってくるかも知れません。そうなれば勇者と呼ばれるに相応しい父親本来の姿をアナタ達は見るでしょう」

 少女2人の顔を伺いながらヴェディは満足げな笑みを浮かべた。

「ですが、あなた達はそれを人に伝えることはできません」



 勇者ヒセキ・コウスケが強盗殺人。
 その知らせは衛兵隊から王政府に直ちに知らせられた。
 事態を重くみた女王ヴェルデ・ヴィヒレアは自らの名の元に緊急会議を招集。
 国防や王都の治安を担う職務につく高官たちが一堂に集められた。

「勇者とは名ばかり下種1人に、こんな朝早くから呼び出しとは」
「全くだ。衛兵隊だけで捕らえれただろうに。油断するからだ」

 もっとも今、この立場についているもので戦場でのコウスケを知るものは自分を除き存在しない。
 危機感の無さとコウスケへの理解の欠如に、デミトリウスは苛立ちを必死に抑えた。

「あの男の言動を考えれば、こういった事をしでかすのは予見できただろう。デミトリウス君どう責任とるつもりかね?」
「私は……勇者様はこの様な事を行っていないと考えております」
「ハハハ。素晴らしいジョークだ」
「まあ、対処は衛兵隊だけで十分だろ」
「不祥事挽回の意味でも、あとはよろしく頼む」

 重臣たちが皆、席を立とうとした時、会議室の扉が静かに開いた。

「会議はもう終わりですか?」

 温和な口調、気品に満ちた立ち居振る舞い、優雅な緑のドレスに美しい琥珀色の髪、自分よりコウスケを知る人間が来たようだ。

「女王陛下!」

 重臣たちは神妙な面持ちで、立ったばかりの椅子に再び腰を下ろした。

「お伺いしたいことがあります。将軍、アナタは魔族との戦争中どちらにいらっしゃりましたか?」
「フェルデン砦の指揮を執っておりました」
「あそこは穏やかで良い場所です。さぞ快適だったでしょう」

 フェルデン砦は魔族の攻撃に一度も晒されなかった場所だ。
 将軍は、とても恥ずかしそうだ。
 女王は、それに気品ある笑顔を向けながら温和な口調で話し続けた。

「ですがヒセキ・コウスケはそれとはほど遠い場所で、魔族の中でも特に強靭な者たちと戦い続け、いつも勝利を掴んでいました」
「恐れながら陛下。それは剣聖、賢者、聖女が強かっただけで、あの男は……」
「私が勇者パーティーにいた事があるのをご存じないのですか?」

 これを知らぬものは、この国にいない。
 会議室に凍りつくほどの静寂が広がる。

「あなたが言うあの男は、私が見てきた中で最も強い存在です。それが敵にまわったのであれば、これ程の脅威はありません。この1件は私が前線に出て鎮圧の指揮をとります」

「お待ちください! 女王陛下! そのような危険な場に御自ら出向くことは必要ありません!」
「そうです! 私共一致団結してあのゲスな男を捕らえてみせます!」
「ありがとうございます。それでは良い報告をお待ちしております」

 高官たちは勇ましい声を上げ始めた。だが、自分たちの立場と保身を考えてのことだ。
 女王の言っていることを信じてはいまい。
 冷めた目でそれを見ながら、デミトリウスはこれからのことを考え始めた。

「すいません、言い忘れる所でした。副隊長、アレの使用をお願いいたします。これは命令です」
(正気か……ここまでやるのか)

 微笑を浮かべる女王に対してデミトリウスは震えが止まらなかった。



 どうでもいい会議が終えて政務室に向かうヴェルデの前にフードを被った近衛兵がやってきた。確かこの者は昨日、コウスケと抗戦した中の1人のはずだ。

「女王陛下。昨日の件、誠に申し訳ありません」
「お気になさらないでください」
「しかし、あの様なものにおくれをとってしまうなど……」

 近衛兵達に戦いを教えたのは自分だ。
 彼らは束になっても未だ自分に敵わない。
 その敵わない自分でさえ、コウスケには勝てない。
 ヴェルデは何百回とそれを説明したが、彼らは理解してくれなかった。
 だが、今はそんなことに苛立っている暇はない。

「……出陣します。装束を持って来てください」
「なりません!」

 微笑を浮かべながら近衛兵に自らの胸の内を伝える。

「今日はゲス勇者が最後を迎える誠にめでたい日となります。それをこの目で全て見届けたいのです」



「まてえ! ゲス勇者!」

 市街地を逃げるコウスケを追う衛兵の数は川の流れのように絶え間なく増え続けた。

(ちくしょう! 相手はたかが俺だぞ。なんでこんな大群が出てきてんだ)

 必死に逃げる中、前方から8m位の人型の物体が数体むかってきた。
 あれは資料で見たことがある。宮廷魔術師団が総力を挙げて開発したという治安維持用ゴーレムだ。

(ひいい! なんでこんな、ごっついもんまで……)

 都市が他国の軍勢やヤバいモンスターから攻められた時のために開発されたコレの初の実戦配備の相手が何故、ゲスで弱い事で有名な自分なのだろうか?
 少し考えたが、こんな事をする権限があり、やりそうな人間には1人心当たりがあった。

(畜生あの女、ぶっ殺してやる!)

 先々の事を考えて魔力を温存させておきたかったが、このままでは絶対捕まる。
 覚悟を決めたコウスケは反転して衛兵隊に手の平を向けた。

「おらあ!」

 そして渾身の力を込めて屁の臭いをする魔法を放つ。

「なんだこれは!?」
「ゴッホ! ゴッホッ」

 とてつもない数の衛兵たちは、魔法の臭いで大混乱しているようだ。
 その隙に民家に入り込み、家をまたぎながら逃げ続けた。

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