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第4章 強盗殺人の現行犯でお前を拘束する

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 日が登る前に起きたヴィオレはスカーレットと共に農園に出向き、売り物になる果物と、そうでないものとを仕分ける仕事をはじめる。
 
「遅いよ! もっと早くしとくれ!」
「すいません」

 慣れない仕分け作業は、お嬢様育ちのヴィオレには激務だった。
 
「ったく、使えないねえ。あっちのお嬢ちゃんは、良く働くのに」
「よっと」

 その脇でスカーレットは仕分けられた箱を手際よく馬車に運んでいた。
 貧しい育ちのスカーレットは、働くことには慣れているようだ。
 それを羨ましく思いながら、ヴィオレは黙々と仕分けを続けた。



 農園での仕事が終わると、そのまま学校へ向かう。

「疲れた……」

 朝早く起き、慣れない作業を怒られながらするのは、とても辛い。

「はい、林檎の絞り汁。大丈夫、おばちゃんもらったからタダだよ」

 見たところ、林檎の絞り汁は、1人分しかない。
 よく働くスカーレットにこれを渡したのだろう。
 それを貰う事には、後ろめたさがあった。
 しかし疲労と、のどの渇きには勝てず、気がつけば手に取り一気に飲み干していた。

「本当にごめんねスカーレット」
「それより勉強は大丈夫なの?」
「……」

 コウスケの学費の使い込みが分かってから、学校と寝る時間以外は、ずっと働いている。
 受験勉強をする時間は無かった。
 実技試験はともかく、筆記試験は不安だ。

「おカネはアタシが稼ぐから、ヴィオレは家で勉強してて」

 働き始めてからスカーレットは、ずっとそう言ってくれている。
 しかし、自分の問題なので、甘えることはできなかった。
 それにスカーレットが働いた分の賃金だけでは、魔法学園の初年度納付金には、届かない。
 いやヴィオレと2人で働いたとしても足りない。
 しかし、諦めるわけにもいかず、ひたすら働く事しかできなかった。
 


 学校が休みの今日は薬草採取の仕事だ。
 スカーレットはもっと稼ぎがいい、道路工事の仕事に行っているので向かうのはヴィオレ1人。
 少しだけ心細い。

「おーい、昼休憩の時間だぞお!」

 昼休憩中に、薬草と金銭を交換する時がきた。
 多く採れたので、自信満々に籠を班長へ渡す。

「お嬢ちゃん頑張ったなあ! 少しおまけしておくぞ!」

 報酬は銀貨を1枚。
 銀貨1枚は、1000G。4500G位にはなると思っていたのだが……。

「こんなに頑張って、たったこれだけなの?」
「お嬢ちゃん、随分としけた顔してんな」

 一緒に作業をしていた男が話しかけてきた。
 足と腕が包帯と棒で固定されている。
 なにか怪我をしているようだ。
 
「俺は冒険者なんだよ。でも、骨折って今は休業しているんだ。で、身体が治るまで、こんなしみったれた事して生活費稼いでるってわけ」

 棒で固定して骨折を治すなど、とても原始的な方法だ。
 だが、治癒師の治療を受けるには大金がいるので、この様にして治すことは人は多い。

「ところで、どうして子供なのに薬草取りなんかしてるんだ?」
「おカネが欲しいからです」

 面倒なので、あえてそっけなく返したが、男は気にする様子もない。

「ハハハハ。そんな事会ったばかりの奴には言えないか」
 
 ヴィオレの気持ちなどお構いなしに、男は話しを続けてくる。……早く、どこかへ行ってほしいのに。

「お嬢ちゃんが、もう少し大きかったらもっと簡単に稼げるいい方法、教える事ができるんだけどな」
「ちょっと待って! 話を聞かせてもらえる?」

 普段ならば、こんな怪しい男の話は聞かない。
 だが、今はおカネが欲しい。
 犯罪や性に関わることで無ければ、どんな話にでも乗りたかった。

「話って言ってもなあ……」

 さっきまでは頼んでいないのに勝手に話してきたくせに、急に勿体ぶりだした。
 腹が立ったので、軽く睨みつけてやると、男は少し怯える様子を見せた。

「……まあいいか、話だけなら」

 (だったら最初から話しなさいよ)


「お嬢ちゃんアクアリーフって知ってるかな?」
「ええ」

 アクアリーフは沼地や水路などキレイな水があるダンジョンの水場に生える水生植物だ。葉には、水中で呼吸ができる特殊な物質が含まれており、水中用の魔法アイテムや薬品の製作に用いられている。

「今の時期、アクアリーフの相場は物凄く跳ね上がってるんだよ!」
「国内で咲いているダンジョンは、どこも解禁日前だからそうなるでしょうね」

戦後、連合王国ではダンジョン資源の乱獲が社会問題になった。
多くのダンジョンでは定められた時期以外の入場が禁止されている。

「ハハ、お嬢ちゃん。随分と詳しいな」
「もしかしてアクアリーフを解禁日前のダンジョンに侵入してとって来いっていうの? 私じゃなくて、強い大人でも無謀だわ」

 ダンジョンへの入場は基本的に公職の武官か冒険者登録をしている者だけに限定され、入り口にはそれを見分ける検問所が設置されている。
 また、解禁日前は、無断侵入し密猟しようとする者を取り締まるために、自警団、衛兵、冒険者の有志が常時ダンジョンの周辺や内部を巡回、警備している。
 それをかいくぐることなど、普通に考えて不可能だ。

「そうでもないぞ。まずこの辺りでアクアリーフが咲いているダンジョンはC級ダンジョンのフロッググリムフォレストだ。ここには簡単に侵入できる抜け道があるんだ」
「嘘」
「嘘じゃない。これがその地図だ。印がある地下水路からなら簡単に侵入できる」

 懐から地図を出して男は見せてきた。
 確かにこれなら簡単に侵入できそうだ。

「ねえ、この赤い線はなんなの?」
「水路からアクアリーフが咲いている池までの、モンスター遭遇確率が低い経路らしい」
「随分と親切にできているのね」
「だろ。ガバガバだよな。自警団や衛兵隊もどうしてもっと警備を厳重にしないのか本当に謎だ」

 この地図からは、恣意的に密猟者をおびき出そうとしている悪意のようなものを感じた。
 しかし、自警団や衛兵隊に、密猟を助長するメリットはなにも無い。
 この男が自分を陥れようとしているのかとも思ったが、会ったばかりなのでそんな事をする理由は無いはずだ。

「物凄い高値で買い取ってくれる奴も知ってるから、俺が間に入ろうって考えてるんだ」
「盗ってきた人はいくらもらえるの?」
「1つ450万Gだ。ただ、C級っていうと聞こえは悪いけど、中級冒険者向けのダンジョンだからな。安全な道も分かっているとはいえ、普通の大人は勿論、それなりの冒険者でも死ぬかもしれない。ましてお嬢ちゃんみたいな子供なんて……」
「やるわ!」
「え?」
「アクアリーフをとってくるって言ってるの。聞こえなかった?」

 犯罪を犯す事には抵抗があった。
 地図にも、うさん臭さを感じた。
 だが、450万Gは魔法学園の初年度納付金と同じ額だ。
 リスクがあってもやる価値はあった。


「本気かいお嬢ちゃん?」
「本気よ。とってきた物を渡すときの連絡先を教えてくれない?」
「良いけど……どうなっても知らねえからな」

 万が一捕まっても自分は未成年だ。
 ダンジョンのモンスターは怖いが、魔法には自信があるので逃げることはできるだろう。
 ヴィオレは決意を固めた。

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