35 / 58
第3章 ギャハハ、お前らも俺と同じ所まで堕ちてきやがれ!
3-10
しおりを挟むジュニアチームの費用は確かに高額だった。
だが、優秀な人材を育成するための、設備や装備、トレーニング方法などを考えれば妥当な金額だ。
しかし、ジャッロが本来やりたかったのは、そんなエリートの養成ではなく、相棒が触れたような、どんな子供でも気軽に剣術が学べる低予算の道場だった。
それを言い当てられた気がして、思わず笑いがこみあげてきた。
「ハハハハハ……」
「ハハハハハ!」
試合を見ている観客や団員たちもジャッロにつられて笑い出した。
どうして笑っているのか疑問に感じてると笑いに混じって野次が飛んでいる。
「なに言ってんだ! お前アホか!?」
「どうして、お前なんかに剣術教わんなきゃいけねんだ!」
「帰れ! バカ野郎!」
笑った理由を皆、誤解したようだった。
ジャッロは激しく焦る。
「ゲス勇者、無知なお前に教えてやる。この費用はな……」
団員の1人が相棒に笑いながら近づいていく。
(いけない!)
相棒は、なにかを団員の顔面に投げつけた。
「ゴホゴホ……」
(こしょうと唐辛子で作った目つぶしか)
むせている隙に、背後に周り込みアームロックをかけている。
団員は抵抗しているが、完璧に決まっている。
案の定、しばらくして失神した。
「へへへッ」
「貴様!」
「動くとコイツの首、へし折っちまうぞ♪」
「卑怯な……」
「助けたきゃ全員大人しく、俺にやられろ。それが嫌なら、ジュニアチームの運営に俺も一口乗せろ」
「ふざけるな!」
(素手は本来の戦い方じゃない。それなのに、ここまで動けるなんて……)
若いころに比べて、相棒は格段に衰えている。
それでも元が強すぎるし、今も自分が思っていたより遥かに良い動きをした。
このままでは死人が出てもおかしくない。
そして、ここには自分しか止めれる人間がいない。
ジャッロは暴走を止めることを決意する。
と、同時にワクワクもした。
(久しぶりに戦ってみたいなあ)
◇
(こいつら思った以上に強え)
しめ落とすのに、思ったより時間がかかってしまった。
ジャッロに今の自分では、絶対に勝てないことが分かっていたが、他の団員たちも上位冒険者だけあって、全員かなり強い。
それでも、ジャッロ以外なら不意打ち、だまし討ちを多用すれば、ギリギリなんとかなるかと思ったが……。
(泣きいれるか? いや、もう手遅れだ。どうすりゃいい)
激しく焦る中、ジャッロが声をかけてきた。
「相棒、こんなのはどうかな? 僕と相棒は今から勝負をする。で、相棒が勝ったら、このお嬢さんの月謝や備品とか、掛かるおカネは全額僕が奢る」
「ジャッロ団長! まだ、その子が優勝とは……」
「あの親子が他の参加者に妨害行為をしていたことは明白じゃないか。だから優勝は、そこのお嬢さんだ」
「ですが、確たる証拠はまだ。それに、この様な、えこひいきは……」
「僕個人のおカネから出すんだから、どう使っても良いじゃないか。どうだろ相棒?」
(悪くはねえが……)
迷った。
年間300万Gが無料になるのは、確かにお得だ。
しかし、カネが自分に入ってくる訳ではない。
儲けるつもりで来たのに、肩透かしをくらった気がした。
「おし! じゃあ入団後、時間があるとき限定になるけど、お嬢さんは僕が直接指導する。これならどうだろう?」
「団長……」
(ジャッロの直弟子になるってことは、スカーレットにかなり箔がつくよな。で、俺は保護者。イベントに出してギャラを全部もらったり、グッズ作って売ったりできるよな。こりゃ儲かるぞ!)
ここから勝つ方法を必死に考えた。
普通なら絶対に無理だ。
だが、試合形式の1対1なら1つだけ手が浮かんだ。
「勝負せえや、ジャッロ!」
「よし! 誰かツヴァイヘンダーの木剣と、木刀を2本持って来てくれないかな?」
「木刀2本ですか?」
「うん、1本は小太刀っていったかな? 普通の木刀よりちょっと短いやつ」
やはり、互いが最も力を出せる武器での試合を望んでいるようだった。
だが、全力が出せる状態で挑まれたならば、策を出す前にやられてしまう。
平静を装いながら、自分が勝てる条件に誘導する。
「おいおい、木刀なんて煌剣団でもそんなに数ねえだろ。まして小太刀なんて、この辺じゃ、このガキが使ってるのしか多分ねえぞ」
「確かに。どうしようか?」
「普通にロングソードの木剣で良いだろ。1本貸してくれよ」
「仕方ないか。じゃあ僕もそこの木剣を使うよ」
コウスケは心底安堵した。
◇
熱の苦しさと、合格したという安堵で、スカーレットは床に倒れ込む。
立ち上がろうと身体を動かすがピクリとも動かなかった。
意識も遠のくなか、気が付くとコウスケに抱きかかえられていた。
「……パパ」
コウスケのおかげで、合格できたという感謝の気持ち。
大変な状態から助けてもらったことへのお礼。
抱えられている、ぬくもりの心地よさ。
色々なことが頭をよぎったが、全て不安が塗りつぶしていった。
ゲスで卑怯なことばかりやっている弱いコウスケが、剣聖ジャッロに勝てる訳がない。
普段喧嘩ばかりしているからこそ、母の元では味わえなかった強い愛情を、スカーレットは感じている。
大好きな父親に、なにかあったらと思うと、怖くて耐えられなかった。
「黙ってろ」
ヴィオレに視線を移す。
腕を組んで、拗ねたような目でスカーレットを見ていた。
(どうして?)
ヴィオレの隣に優しく降ろされた。
ジェスチャーでヴィオレは、なにかをコウスケにお願いしているようだ。
「いや、今はそれどころじゃねえから。あと、これ飲ませとけ。そうすりゃ熱も治まる」
水薬を渡し、コウスケは背を向けた。
「おい、クソガキ共。今から俺がどんだけ強えのか、見せてやるからな。その目にしっかり焼き付けとけ」
ゲスで弱い父親の背中が、何故か大きくたくましく見えた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる