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第2章 2人の娘「「ねえ、パパ、誰この子?」」

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 窓から差し込む朝日と共に、コウスケは目をさました。
 まだ早すぎるのでもう少し寝ていたい。
 だが、寝付けなかった。
 原因は分かっている。
 ぎゅっと抱きついて、幸せそうなスカーレットに視線を移した。

「なんでおめえ寝るときいつも俺にくっついてんだ?」
「べ、別に好きでくっついてるわけじゃないわよ!」
「じゃあ、どいてくれ」
「やだ!」
「なんでだよ?」
「なんでだっていいでしょ!」



 スカーレットを学校に送り出してから自警団の業務につき、商店街を巡回する。

「金はかかるし、めんどくせえことで時間潰れるし……おまけに寝るときまでくっつかれたらシコることすらできねえじゃねえか!」

 引き取ったこと自体に、後悔はなかった。
 しかしストレスは募っていく。
 こんな時は軽犯罪をやっている適当な奴をぶん殴って、法外な罰金をふっかけてそれを自分の懐に着服するのが一番のストレス解消になる。
 どこかにそんな都合の良い犯罪者はいないかと周囲に視線を巡らせていると、不意に横から声をかけられた。

「すみません、ちょっと聞きたいことがあって」
「あ!?」

 振り向くと、そこにはスカーレットと同じ歳くらいの少女が立っていた。。
 髪は白髪っぽい金髪の腰元まで長さがあるストレートロング、瞳の色は紫色、
 耳は尖っているのでエルフかと思ったが長さが短い。
 おそらくハーフエルフだろう。

「自警団の方ですよね」
「そうだけど……」
「王立魔法学園に行きたいんですが、道を教えていただけませんか?」
「知らねえな。そんなのは自警団の奴に聞け」
「え!?」

 自警団員のコウスケは、道案内という当然の職務をわけの分からないことを言って放棄しようとした。

(ったくガキのおもりなんぞ家だけで……ん?)

 少女の身なりを確認した。
 服は薄紫色の軽装のドレス、生地はシルクでドレスのベルトは純金。
 腕のブレスレットも純金。
 肩には紫色のレザーバッグは、発見困難なエステリアドラゴンの皮で作られていると見て間違いない。

(やべえ! これは金持ちのガキだ!)

 魔法学園なんて王都に住んでいるなら誰でも知っている場所だ。
 それを知らないってことは、おそらく少女の親は観光でこっちにやってきた、田舎の成金。
 恩を売れば少女やその親にカネを法外なカネをふっかけて、ぼったくることができるかも知れない。
 そう考えたコウスケの変わり身は早かった。

「魔法学園ですね。わたくし目がご案内させて頂きます」
「?」
「この王都は薄情な奴ばかりですからね。お嬢さんも困っていたことでしょう」

 先ほどとは打って変わって気持ち悪くニヤつきだしたコウスケに、少女は困惑した。


 あっさり魔法学園に到着したが、ここでカネづるを逃がすわけにはいかない。コウスケは恩を売るために、とりあえずガイドをはじめた。

「ここが魔法学園です。この学校は女王様が直接理事長を勤められている世界的に有名な魔法学校で、魔族との戦争後、国内の4つの名門魔法学校が統合されて設立されました。同校の試験は競争率が非常に高く、狭き門となっています。しかし卒業後は宮廷や有力諸侯の魔術師になるチャンスが高く、魔法専門職を目指す人々にとっては憧れの存在です」
「知ってます。ありがとうございました」

 少女は礼を言ってそそくさと離れていった。

(離れるんじゃねえ、カネづる!)

 焦りながら少女の行った方向を見る。
 少女は受付の守衛と軽いトラブルを起こしているようだった。
 ゆっくりと近づきながら聞き耳を立てた。

「お願いします。マーヴィ―・キュアノス先生に会わせてください」
「何度もお伝えしましたがアポイントメントはございますか?」
「……ありません」
「アポイントメントがない方はお通しできません!」

(マーヴィ―に会いてえのか。……!)

マーヴィ―・キュアノス

 性別は女性、種族はエルフ、異名は「賢者」。
 かつての勇者パーティー(つまりはコウスケのパーティーだが……)に魔法使いとして参加した彼女は、魔族討伐のために世界中を周ることにより世界各地の魔法知識を吸収。
 それを独自に発展させたものを広めたことにより、魔族との戦争を人間側有利に大きく傾かせた。
 これは当時、王国内で冷遇されていたエルフの地位向上にも間接的に貢献し、現在もエルフの間では彼女は英雄として多大な尊敬を集めている。
 戦後はかつて入学を希望していた魔法学校を統合する形で設立した王立魔法学園で研究教員を勤め、そこでも新しい魔道具の開発や古代魔法の解読で実績を残し、現在は同校で名誉教授の職についたと聞いている。

(……へへ、そうか、そういう事か)

 10年以上会ってない元仲間の簡素な略歴を思い出しながら、コウスケはある考えに到達する。
 年端もいかない田舎の少女が1人で王都にいることもこれならば納得だった。
 当初の予定よりも、もっとカネがもっととれそうなので、少女に助け舟を出す。

「おい!」

 コウスケに声をかけられた守衛は、びくりと体を跳ねさせて縮こまる。

「俺が分かるみてえだな! マーヴィ―に俺が会いに来たって言ってこい!」
「う……その……」
「なんだ言ってみろ!」
「マ、マーヴィ―先生はアナタが来ても通さないで欲しいと……」

 腹が立ったので、守衛の胸ぐらをつかみ片手で持ち上げた。

「ゴチャゴチャ抜かすと公務の執行を妨害した罪で拘束するぞ!」
「ひいい! 分かりました。マーヴィ―先生は講義がなくて本日はお休み……」
「フカシこいてんじゃねえぞ!」
「ほ、本当です」
「分かった。信じてやらあ」

 守衛を降ろし少女に視線を移した。
 少女はコウスケがマーヴィ―の知人であり、自分のために勇気ある行動をとってくれたことに驚きと感動を覚えたのか、表情を強張らせて目を泳がせている。

「お嬢さん。ここにはいないようですので自宅に参りましょう」
「え? ご自宅をご存じなんですか?」
「はい、わたくしと彼女は旧知の仲でございますので」
「自宅は失礼……」
「わたくしがついていれば問題ございません」

(間違いねえ。このガキはマーヴィ―が人間との間に作った隠し子だ。それで田舎から母親を訪ねてきやがったんだ。ガキの身なりから考えるに男の方も結構な金持ちだな。ゲヘヘへ、両方から口止め料がたんまりとれそうだな)

 にやつきが抑えられないでいるコウスケを、少女は疑いと不安が入り混じった目で見つめていた。

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