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プロローグ
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「冗談だよな?」
王都、ヴェルジュから来た監察官の言葉にコウスケは耳を疑う。
「いえ、大真面目でございます」
監査官は事務的に淡々と話す。
「あなたの領地は全て没収して爵位もはく奪することが決まりました」
ヒセキ・コウスケ
この世界に生まれた者ならば、誰もが知る勇者の名だ。
彼は異世界から転移してきた勇者の末裔が多く住む僻地の里に生まれた。
そこから15歳になって旅立った彼は偶然訪れた村で襲撃する魔族の軍勢を撃破した。
この出来事は、当時魔族との戦争で圧倒的劣勢に立たされていた人類に、希望のきらめきをもたらした。
村を救済した後も、彼は旅を続けながら巨大な魔族軍と激闘を繰り広げ、やがて勇者と称されるようになる。
彼の元には、彼を慕い共に戦いたいという者たちが集まり、勇者パーティーが結成された。
勇者パーティーを率いたコウスケは、魔族軍の幹部たちを次々に討伐。
その姿を見て勇気を奮い立たせた人類は、魔族に対し各地で蜂起し、戦況は劇的に逆転した。
コウスケたち勇者パーティーも、それに呼応するかのように、魔族を統べる魔王、そして今までの勇者たちが討伐できなかった魔族の神、邪神に至るまで打倒する。
邪神を撃破した後は、魔族との和解に尽力し、過去のどんな偉人たちも成し遂げられなかった人類と魔族が和解し手を取り合う世界を実現するために尽力。
和解成立後は、魔族との戦いで人類側の中核を担ったヴィヒレア連合王国の女王より、国内で最も肥沃な領地と最も位が高い爵位が贈られた。
この時わずか20歳。若くして莫大な富と名声を掌握した勇者ヒセキ・コウスケは、人々から絶大な尊敬と称賛を受けていた。
そして、コウスケが領地と爵位を得てから数年後。王都ヴェルジュの監査官がそのもとをたずねてきた。
「冗談だよな?」
「いえ、大真面目でございます」
監査官は表情一つ変えることなく、続けた。
「あなたの領地は全て没収して爵位もはく奪することが決まりました」
「お、俺がなにやったってんだ?」
「先月の晩餐会……」
「晩餐会」と聞いた途端、ぎくりとコウスケは体を跳ねさせた。
「王都の大商人にうちの領地へ支店を出してもらうよう接待したんだ! なにがいけねえ!?」
「その2次会で酔っぱらって無銭飲食、あげく人の家に落書きして、住んでる若い平民女性の下着を盗んだんですよね」
「バ、バレてる……」
「はい。バレてます」
「た、確かにありゃ俺が悪かったよ。でも、こんな飲み会の失敗は誰だって1回はするだろ?」
「勇者様のように派手な失態は滅多にありませんけどね」
監査官はさらに話を続ける。
「それに1回ではなく毎日のように同じことをしているという報告書が多数あがってきています」
「そ、そりゃ報告書が間違ってるわ……。仮に本当だとしてもそれくらいで領地没収と爵位はく奪は厳しすぎだろ」
冷や汗を流しながら視線を明後日の方向にむけるコウスケに、監査官は冷めた眼差しを向けた。
「他には公金の使い込みの疑惑もあります」
「おいおい、領民からの税だぞ。俺がそんなことするわけ……」
「ではどうして公金で娼館に通われてるんですか?」
「えーと、それは…接待の一環だ! 大事な商談相手に気を使っているだけだ!」
「1人で通われていることも多いようですが」
「せ、接待の下見だ」
「それにしては多すぎですね」
「りょ、領民のために失敗する訳にはいかねえからな。だから何度も下見に行くんだよ」
「はあ」
呆れた様子でため息をつく監査官に、コウスケは必死に言い訳を続けた。
「そ、それに勇者の俺が行くことで繁華街の治安維持にもなるしな」
「では別の質問をします」
「公金を使ってカジノにも行かれていますよね?」
「あ、あれは……投資だ! 領民のために金を増やそうとしているんだ」
「事業や相場への投資なら分かりますが、カジノで投資ですか?」
「そ、そうだ! 負けても領内の産業であるカジノが豊かになるからな。領主として損をしない投資だ」
「それなら普通に資金援助をすれば良いだけでは?」
「そ、そういうのは恩着せがましいじゃねえか」
呆れた視線を向けながら、監査官は容赦なく追い打ちをかける。
「領内の貴族や商人から勇者様がお金を返さないといったクレームが、沢山王室に寄せられているのですが……」
「か、返すあてはあるぞ。そのために今日もカジノに投資に行くつもりだ」
「とにかく領地と爵位は没収です!」
「ちょっと待て! もう一度チャンスをくれ! いえ、与えてください! お願いします!」
泣きながら土下座をするコウスケを監察官は冷たく切り捨てた。
「これは女王陛下の命令です。御意に逆らうことはできません。本日中にお荷物をまとめてください」
この後、再起のためにコウスケは様々なことに挑戦した。冒険者パーティーのリーダー、貿易商、傭兵団の育成担当、剣闘士、挑戦したことをあげていけばキリがない。
しかしそのどれもが上手くいかないどころか、社会に多大なる迷惑をかける結果に終わった。
そしてコウスケの悪評はさらに広がり、昔の名声は完全に消え去りいつからか「ゲス勇者」と呼ばれるようになる。
「アイツは口ばかりのただのゲスだ」
「強かったのは他の勇者パーティーメンバーでアイツはそれに寄生していただけだ」
この様な意見が、コウスケが30代になる頃には世の中の常識になっていた。
そして、30代も後半に差し掛かり、
「俺はもう終わりだ。とりあえず楽に生きていければいい」
そうコウスケが心の底から思い始めた頃からこの物語は始まる。
王都、ヴェルジュから来た監察官の言葉にコウスケは耳を疑う。
「いえ、大真面目でございます」
監査官は事務的に淡々と話す。
「あなたの領地は全て没収して爵位もはく奪することが決まりました」
ヒセキ・コウスケ
この世界に生まれた者ならば、誰もが知る勇者の名だ。
彼は異世界から転移してきた勇者の末裔が多く住む僻地の里に生まれた。
そこから15歳になって旅立った彼は偶然訪れた村で襲撃する魔族の軍勢を撃破した。
この出来事は、当時魔族との戦争で圧倒的劣勢に立たされていた人類に、希望のきらめきをもたらした。
村を救済した後も、彼は旅を続けながら巨大な魔族軍と激闘を繰り広げ、やがて勇者と称されるようになる。
彼の元には、彼を慕い共に戦いたいという者たちが集まり、勇者パーティーが結成された。
勇者パーティーを率いたコウスケは、魔族軍の幹部たちを次々に討伐。
その姿を見て勇気を奮い立たせた人類は、魔族に対し各地で蜂起し、戦況は劇的に逆転した。
コウスケたち勇者パーティーも、それに呼応するかのように、魔族を統べる魔王、そして今までの勇者たちが討伐できなかった魔族の神、邪神に至るまで打倒する。
邪神を撃破した後は、魔族との和解に尽力し、過去のどんな偉人たちも成し遂げられなかった人類と魔族が和解し手を取り合う世界を実現するために尽力。
和解成立後は、魔族との戦いで人類側の中核を担ったヴィヒレア連合王国の女王より、国内で最も肥沃な領地と最も位が高い爵位が贈られた。
この時わずか20歳。若くして莫大な富と名声を掌握した勇者ヒセキ・コウスケは、人々から絶大な尊敬と称賛を受けていた。
そして、コウスケが領地と爵位を得てから数年後。王都ヴェルジュの監査官がそのもとをたずねてきた。
「冗談だよな?」
「いえ、大真面目でございます」
監査官は表情一つ変えることなく、続けた。
「あなたの領地は全て没収して爵位もはく奪することが決まりました」
「お、俺がなにやったってんだ?」
「先月の晩餐会……」
「晩餐会」と聞いた途端、ぎくりとコウスケは体を跳ねさせた。
「王都の大商人にうちの領地へ支店を出してもらうよう接待したんだ! なにがいけねえ!?」
「その2次会で酔っぱらって無銭飲食、あげく人の家に落書きして、住んでる若い平民女性の下着を盗んだんですよね」
「バ、バレてる……」
「はい。バレてます」
「た、確かにありゃ俺が悪かったよ。でも、こんな飲み会の失敗は誰だって1回はするだろ?」
「勇者様のように派手な失態は滅多にありませんけどね」
監査官はさらに話を続ける。
「それに1回ではなく毎日のように同じことをしているという報告書が多数あがってきています」
「そ、そりゃ報告書が間違ってるわ……。仮に本当だとしてもそれくらいで領地没収と爵位はく奪は厳しすぎだろ」
冷や汗を流しながら視線を明後日の方向にむけるコウスケに、監査官は冷めた眼差しを向けた。
「他には公金の使い込みの疑惑もあります」
「おいおい、領民からの税だぞ。俺がそんなことするわけ……」
「ではどうして公金で娼館に通われてるんですか?」
「えーと、それは…接待の一環だ! 大事な商談相手に気を使っているだけだ!」
「1人で通われていることも多いようですが」
「せ、接待の下見だ」
「それにしては多すぎですね」
「りょ、領民のために失敗する訳にはいかねえからな。だから何度も下見に行くんだよ」
「はあ」
呆れた様子でため息をつく監査官に、コウスケは必死に言い訳を続けた。
「そ、それに勇者の俺が行くことで繁華街の治安維持にもなるしな」
「では別の質問をします」
「公金を使ってカジノにも行かれていますよね?」
「あ、あれは……投資だ! 領民のために金を増やそうとしているんだ」
「事業や相場への投資なら分かりますが、カジノで投資ですか?」
「そ、そうだ! 負けても領内の産業であるカジノが豊かになるからな。領主として損をしない投資だ」
「それなら普通に資金援助をすれば良いだけでは?」
「そ、そういうのは恩着せがましいじゃねえか」
呆れた視線を向けながら、監査官は容赦なく追い打ちをかける。
「領内の貴族や商人から勇者様がお金を返さないといったクレームが、沢山王室に寄せられているのですが……」
「か、返すあてはあるぞ。そのために今日もカジノに投資に行くつもりだ」
「とにかく領地と爵位は没収です!」
「ちょっと待て! もう一度チャンスをくれ! いえ、与えてください! お願いします!」
泣きながら土下座をするコウスケを監察官は冷たく切り捨てた。
「これは女王陛下の命令です。御意に逆らうことはできません。本日中にお荷物をまとめてください」
この後、再起のためにコウスケは様々なことに挑戦した。冒険者パーティーのリーダー、貿易商、傭兵団の育成担当、剣闘士、挑戦したことをあげていけばキリがない。
しかしそのどれもが上手くいかないどころか、社会に多大なる迷惑をかける結果に終わった。
そしてコウスケの悪評はさらに広がり、昔の名声は完全に消え去りいつからか「ゲス勇者」と呼ばれるようになる。
「アイツは口ばかりのただのゲスだ」
「強かったのは他の勇者パーティーメンバーでアイツはそれに寄生していただけだ」
この様な意見が、コウスケが30代になる頃には世の中の常識になっていた。
そして、30代も後半に差し掛かり、
「俺はもう終わりだ。とりあえず楽に生きていければいい」
そうコウスケが心の底から思い始めた頃からこの物語は始まる。
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