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35話 正義の心に目覚める悪徳商人

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 魔族との戦争で、大きな功績を上げ続ける勇者パーティーは、王国の有力貴族達にとって疎ましい存在になっていた。
 貴族たちは結託し、勇者パーティーに、王女誘拐と殺害の濡れ衣を着せた。
 そのせいで国中の人々から敵視をされる事となった勇者パーティーは、この国から離れるため国境を目指していた。
 その途中、近くの大きな町を目指して進軍する1000人にはなろうかという魔族の一団を発見。
少し離れた場所にある山原で身を隠しながら、様子を見ることになった。


「……ごめん皆、すぐに追いつくから、先に行っててくれないか?」

 勇者は仲間達を見て気まずそうに微笑む。
 それを見て仲間達は、勇者がなにをしようとしているかを瞬時に察した。

「なに言ってるの! あんなに沢山の魔族を相手に1人で勝てるって思ってるの!?」
「無理だろうね。だから、注意を俺に引いて、上手く逃げるつもりさ」
「そんな事できるわけないじゃない! 無謀よ!」

 無謀な勇者を静止しようと、聖女は声を荒げた。

「でも、ここで俺が何かしなきゃ街の人達が犠牲になるじゃないか」
「別に良いじゃない! あの人達、私達の事を王女殺しの犯人だって思ってるから、助けても感謝なんてしないわよ!」
「街の人達は騙されてるだけだから、何か悪い事をしてる訳じゃない。感謝はされないだろうけど、助けなきゃ後悔することは間違いない」
「……」

 納得いかない表情で、押し黙る聖女に、剣士が声を掛けた。

「ハハ。ゴメンね、パーティーに入ったばっかりだってのに。とりあえず俺と相棒でなんとかするから、女の子2人は先に行っててくれ」

 続けて、魔法使いの女の子が口を開いた。

「……はあ、あんた達だけじゃ引き際分からず死ぬまで戦っちゃうから私もストッパーで残らなきゃいけなくなったじゃない……聖女様、申し訳ありませんが、少しだけ隠れていて頂けないでしょうか?」

 一団に向かい始める3人の背を見つめる聖女は、震えながら口を開いた。

「待って!私も行く!」
「無理はしないでくれ。あんなのに向かっていく俺たちの方がどうかしてるんだ」
「うん、怖い。でも、後ろで見てるだけなんてできない!」

 後に邪神殺しの勇者と呼ばれるヒセキ・コウスケは、後世までその栄誉を語り継がれる精強な仲間達と共に1000人に及ぶ魔族の一団を撃退する事に成功する。
 これは魔族との戦争において勇者パーティーの圧倒的強さを表す逸話の1つとして、今日まで語り継がれている。



「後ろで見てるだけなんて……ん、夢?」

 朝、久しぶりにあの頃の夢を見たアキナは、布団の中で目を覚ました。
 冒険者に会えず、真相にたどり着くことが出来ない今は絶望的な状況だ。
 だが、1000人の魔族の一団に4人で向かっていった、あの時のほど無謀な事をしている訳でも無ければ、命の危険がある訳ではない。そして真相を究明し、もし詐欺に加担していたのであれば、返金し謝罪しなければ自分は絶対に後悔する。

「コウスケ、私、頑張るね!」
 
 未だに忘れない彼の顔を思い浮かべながら、布団から勢いよく身を起こした。



「はあ、はあ、溺死するところだった!」

 馬車にはねられ、海に落ちたゴンザレスことコウスケは海岸に打ち上げられて意識を取り戻した。
 流れ着いた場所は【生態系の迷宮】がある島のようだ。

(しかし、海に落ちている間、黒歴史の夢を見ちまうとはな……なーにが、助けなきゃ後悔することは間違いないだ。あの街ではえらい目にあわされたからな。魔族に襲われてるドサクサに紛れて火事場泥棒してやりゃ良かったぜ)

 今日は丁度立ち寄る用事があったので、カバンの中から赤いフードと金色の仮面を取り出し身に着けていく。

(へへ。いつもながら完璧な変装だ。これならアキにも借金取り共にも、俺が誰なのか絶対気づかれねえだろう)



「アキさん、無理しちゃダメっす。今日はもうこの辺で……」
「だ、大丈夫。7時には帰るから、少し休憩したら、今度は5階層に行ってみましょ」


 今日は本業の休日だったので、朝早くから【生態系の迷宮】に来ている。だが、撮影はしていない。
 冒険者と接触しレジリエンスローブの価格を聞くために、迷宮中を歩き回った。
 身体は疲労で重くなり、足にも豆ができている。
 だが、冒険者はどこにもいなかった。
 今は、身体を休めるために受付に戻って来て休憩している。

「アキナ様、何をしているか分からぬがご無理をされてはダメでござる。今日はこれで帰った方がいいでござる」

 ゴンザレスがとても心配そうに話しかけてきた。本当に自分を心配しているような口調であることが、とても白々しく腹が立った。
 だが、怒りをグッと飲み込み笑顔を返す。

「大丈夫、戦争中の時と比べたらこんなのどうってことはないわ」
「……アキナ様。拙者がレジリエンスローブを、ぼたっくり価格で売っていると思っているのでござろう」

 ゴンザレスに気づかれているとは分かっていた。
だが、単刀直入に向こうからそれを言ってきたことに、少しだけ動揺する。

「仮に拙者がそれをやっていたとして、暴いてもアキナ様は誰からも感謝されず、むしろ恨まれるだけでござるぞ。買った者達は概ね商品には良い印象を持っておるので、このままで良いではござらんか?」

 ゴンザレスは終始アキナを気づかうような口調で話しかけてくる。アキナは苛立ちを抑えながら必死に笑顔を作る。

「お生憎様。感謝はされないだろうけど、このままだと後悔することは間違いないからやめるつもりはないわ」
「失礼でござるが、もういい歳でござるのですし、きれい事ばかり言っている世間知らずのバカな小僧が言いそうな事はおっしゃられない方が……」

 怒りが抑えきれなくなったアキナはゴンザレスの言葉を遮り、仮面の上から頬を平手で叩いた。
 この言葉は、過去にコウスケが言った言葉に影響されたものだ。
 ゲスで私欲まみれのこんな男に彼が侮辱されているように感じてしまい反射的に手をあげた。

「十分休めたからもう行くわ。れなちゃん、ごめんね。無理に付き合わせて。もう帰って大丈夫よ」

 ゴンザレスに背を向けてアキナは再び冒険者探しに出向いて行った。




「アキが拙者をイジメたござる」

 アキナにビンタをされた後、モニター室にやってきたコウスケはショックで塞ぎ込んでいた。

『あのう……すいません』
『なんだ?』

 死霊が突然話しかけてきた。後ろには知能が高めのモンスターが約50体ほどいる。

『先ほど4階層で話していたんですが、聖女が今日、また、レジリエンスローブの価格をこっちの言葉で聞く動画をあげるみたいで、とりあえず通報するためにこれだけの頭数を集めておきました』

 どうやら集団で虚偽通報を行う事を企んでいるようだ。卑劣な事をしようとしているこいつらにコウスケは強い怒りを覚えた。

『おらあ!』

 卑劣な事を恥ずかしげもなく口走る死霊に、勇者として正義の鉄拳を見舞う。物理攻撃を受け付けないはずの死霊は、何故か壁に叩きつけられ気を失った。

『え? どうして?』

 後ろのモンスター達は何故、死霊が殴られたか分かっていない様子だ。コウスケは非情で卑劣なこいつらを全員、退治することにした。

『どうしてだあ!? てめえら、どんだけ汚ねえことやってる自覚もねえのか!? ふざけやがって!』



(ふう、危ねえ、危ねえ)

 テーブルの下に隠れているアストラル・ジンは、片っ端から勇者に殴り倒されていくモンスター達を、冷や汗をかきながら眺めていた。

(ってか、大元の原因作ったのはてめえで、虚偽通報する様に扇動したのもてめえだろうが。どんだけ理不尽な倫理観してんだ)

 そう心の中で呟きながら、勇者が理不尽にキレるタイミングが分かるようになった自分に、複雑な感情を抱いていた。
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