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本編
一緒に受診編
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高二の夏、恐れていたヒートがついに来てしまった。あらかじめ処方してもらっていた抑制剤を使っても治まらず、ヒートが終わって早々俺は病院に来ていた。
「琉世はやっぱ必要なくない?」
なぜか琉世もついてきた。
「いや。なんか俺、気力でなんとかなると思ってたけど、次元超えてたから。異次元のあれだったから、これは薬に頼らねばならんと思ってさ。でしょ?」
こいつはヒート中の俺を自身の鋼鉄の理性で看病できると思っていたらしい。現実は俺の部屋の前で「だめだ」と泣きながら電話してきたんだけど。
俺は学生のためのオメガ専用寮に入っていて、そもそもアルファの立ち入りは禁止されている。寮から少し離れたところにヒート時のみ利用できる別棟があるけれど、もちろん俺はそこを琉世と一緒に借りるつもりはない。だけどこいつがどう思っているかわからないから、俺は別棟の存在を琉世には明かしていなかった。
どうも琉世は、俺に恋愛感情がないにもかかわらず、将来番にする気があるようだった。
「普通にその間遊ばなきゃ良いだけじゃん」
「だめだって! ただでさえ高校離されたのに三ヶ月のうち一週間も会えないとか耐えられない!」
「お前は俺の彼氏かよ」
「違うけど! でも苦しんでる時にそばにいたいと思うのが普通だろ」
「そうだけど、アルファなんだから、お前が来る方がきついよ」
「だからこそ薬に頼るんだよ!」
「でもお前もう寮に出禁だよ」
「うっ。だ、大丈夫。俺ほら、緋色のとこ行くとき変装してるじゃん。まだ仲良くしてるの一応みんなに秘密だし」
「……やっぱアルファがオメガの寮に来るのはまずいって。俺はお前がどんなやつか知ってるけど、他のやつは知らないからさあ」
「……俺バイトして一人暮らししようかなあ」
「甲斐性ありすぎでしょ……」
琉世ならやりかねない。こいつは俺がオメガだとわかってから中学卒業までずっとすぐそばにいて、やんややんや文句をつけてくる周囲に対して黙れ、と言い続けてきた。自分の家族にも、友達にも、教師にも。琉世は、誰がなんて言おうとずっと緋色と友達でいる! と宣言していたけれど、協力的な俺の家族でさえアルファである琉世との付き合いを心配するようになり、俺の方が折れてしまった。みんな、琉世の家のことを知っているから。
「俺さー、やってみ? って言われた父さんの事業の手伝いが結構うまくいって、続けたら安いところくらいなら借りられそう。こっそりでいいからさ、一緒に暮らそうよ」
「そしたら俺お前の家族に殺される……」
「んなことしねえって! もしばれたって嫌がらせもさせないよ。俺、兄弟の中で一番見込みあるって言われてるし、俺が反抗したら困るはず」
「したたかになったなあ」
「でもこの方が緋色にとってもいいんじゃねーの? 寮生活大変そうだし」
琉世に指摘され、思わずため息が出た。
「寮っつうかねー……。オメガのみなさんぎらぎらしてるから。俺、好みのタイプはベータだから安心してーって言って、なんとかぎらつきの中に入らないようにしてる」
高校にあがってしばらく経ったころ、ちらほらと初めてのヒートを迎えるオメガが出てきた。そうなると周囲もそれまでより現実的に番について考えるようになる。特にオメガは良いとこのアルファと番になりたい欲が大きく、アルファはアルファでオメガとやるのがすっごく気持ちが良いという情報を鵜呑みにして、好みのオメガを引っかけようとする。
「ベータが好きなの?」
「好みとか考えたことねーよ。再検査前でもないかも。お前が集めてる女の子の写真集みてもなんとも思わないから、俺にはこういう才能はないんだなあって思った」
「こういう才能?」
「恋愛? でも、ヒートを楽にすごすためにも番は必要だから憂鬱。みんなぎらついてるのもさ、今のうちからよさげなアルファを見つけて番にしてもらおーって思ってんだよ。結婚と番は別だし、割り切ってるオメガも結構いる」
昔々のおとぎ話では、オメガは迫害されていた。今では差別はなくなって、オメガにもちゃんとした権利が与えられ人間として生きていけるなんて言われているけど、それは嘘だ。アルファはもし自分が結婚していたとしても、結婚相手のほかに何人でも番を作ることができる。ヒート中のオメガがまき散らすフェロモンが害悪とされているから、ある程度の年齢で番を持たないオメガは周りからかなりひどく罵られたりすることも知った。
本当にこの世界がオメガのことを考えているのなら、オメガだけに抑制剤を強要したり番を作れなんて言うんじゃなくて、受け取るアルファ側の対策ももっと考えられているはずなのに。
「ひ、緋色は俺で良いじゃん」
「琉世はだめだよ」
「なんで? みんなに反対されてるから?」
「俺とお前の関係は?」
「大親友」
だからだよ、と言っても琉世はわけのわかっていない顔をするに決まってる。琉世と番になるくらいなら番作りが趣味の別のアルファに番にしてもらって、ヒートの時だけ相手をしてもらうビジネスライク的な関係のほうがましだ。
「もし番にしてくれるにしてもさ、その前にお前にとってはけっこう高めのハードルあるだろ」
「ハードル?」
「普通の時にがぶってやっても痛いだけだったし……」
「ああ……」
再検査でオメガだということがわかった日、琉世にうなじを噛んでもらった。こいつはただ友達を失いたくない一心で後先考えずに俺を番にするつもりで囓ったのだ。ヒート中じゃないのに傷はなかなか消えなくて、真夏なのに俺はずっと襟付きのシャツを着て過ごすはめになった。
「恥ずかしくて無理でしょ。頑張ってやったとして、その後まともに顔見れなくなるよ」
「ヒートの時なら恥ずかしさもなくなるんじゃねえの。つーかそこは大丈夫だと思う」
「ヒートの時はね。たぶん」
琉世は俺との友情が不滅だと信じて疑わない。端から見れば俺のことが大好きに見えるようだが、あくまでも俺は友達の中の一番上に位置しているだけ。こいつはバース性にこだわりはないが性別は女性が好きだ。そこからして俺はこいつの好みじゃない。それなのにみんな勘違いしていて、それがいつも俺を苛立たせた。
「けど番になったらオメガのさがとして、いつかお前に写真集みたいな彼女ができて結婚しますーってなったとき、俺死ぬと思う」
「そんなのねーよ。俺付き合いたいとか思わないタイプのファンだから」
「……世の中には可愛いこたくさんいるし、選び放題じゃん。なんか琉世すっごいモテるし」
「今は恋愛とかどうでもいいの」
「いまは、でしょ。恋に落ちるのは突然らしいよ」
「それこの前みた映画の台詞じゃん」
「そう。つまんなかった」
「ねー。ポップコーンのおいしさだけが心に残った」
琉世がしみじみという。
「……俺、怖くて聞けなかったんだけど、ここで、満を持して聞いてみようかと思う」
病院の待合室の片隅で、琉世が居住まいを正す。待合室は診察を待つ人、会計を待つ人などで混んでいてがやがやしているが、それでもきっと周りには聞こえてしまう。
「絶対別のとこのほうがいいよ。声抑えてるし地元じゃないけどさ、誰に聞こえてるかわからんの恥ずかしくない? そんな満を持してする話」
「がぶっとやったときさー」
「始まったよ」
「初ヒートで絶交するみたいなことになったじゃんか」
前を見ていた琉世の視線を感じ横を向くと、琉世も俺のことをじっと見つめていた。
「そうだね」
「そう。で、初ヒート来たから、おれいつ絶交を言い渡されるのか気が気じゃなくて夜も眠れない……」
「俺だって言うのに覚悟がいるんだよ」
ヒートが来たとき真っ先に考えた。さよならを言おうとして、言わなきゃいけないと何度も何度も決意して、そのたび揺らいで結局まだ言えずにいる。
「今アルファ用の薬もできてきたしさ、薬でなんとかできたらずっと友達でいられるわけでしょ? 今はまだガキだから周りの茶々入れにどうもできないことがあるだけで、大人になったらそんなの関係ねーし。そこは医学の進歩に感謝してこれからも仲良くやってこうよ」
なぁ、とわざわざ顔をのぞき込んでくる。至近距離で見つめられると顔がほてるようになったのはいつからだろう。こいつがずっと忘れたふりをしてくれてたら、俺はいつまでもさよならを言わないままだったかもしれない。
「……将来お前に好きな人ができるまでだったらいいよ」
「まじで? じゃあずっとだ」
「……けど好きな人できたらさ、オメガの友達いますとは言えないから、そのときは本当にお別れだよ」
「うん。……あっ」
琉世が顔を上げ、眉を寄せた。
「今度はなんだよ」
「俺今一瞬で緋色が結婚する妄想したんだけど、思いあまって身を投げたわ」
「今はね。けど、時間経っていろんな人と出会ってくうちにお前の中の俺の存在は小さくなってくよ」
「そういうこと三年前も言ってたけど、実際高校離れて別の知り合いもできたけど大きいままだよ。緋色は?」
「俺のことは良いんだよ。俺は気楽なものだから」
「なんで?」
「誰も俺に期待してないから。俺がいつどこで何をして誰とくっつこうが一人で生きようがそれなりに肯定される。お前が選んだことならいいよって家族も言うし、友達は元々少ないし」
「その分俺からの期待を一身に背負っているのか……」
沢木緋色さん、と呼ばれる。返事をして立ち上がると琉世もついてきた。
「一人ずつ入るんだよ」
「受付で付き添いしていいか聞いたんだよ。良いって言われた」
「……そんなこと聞いてたの?」
「相談があるっつった」
「……ああ、そう」
診察室で琉世はもじもじする俺の代わりに、この前のヒート後に俺から聞いた症状をすべて伝え、自分が使うアルファ用の抑制剤をお願いした。良い彼氏さんだね、と看護師から優しく言われ、先生にもとてつもなく微笑ましい目で見られたから俺は否定できず、隣に座る琉世を見ると、まんざらでもなさそうに照れていた。
薬局で、この前とは違う種類の抑制剤をもらい帰途につく。薬の入った袋の中を覗くと、案の定避妊具と避妊薬も同封されている。
「何それ。ゴム?」
「そう。お前のにも入ってるよ。学生にはサービスでつくんだって。恥ずかしくて買えないやつも多いとかで」
琉世が袋をのぞき込み、「0.001ミリだって!」とはしゃいだ声を出した。
ヒートの疲れも抜けていないし、診察の緊張で疲れていたが、琉世に連れられてショッピングセンターに寄った。
俺としても一緒にいたくないわけじゃないから寄るのは良いのだけれど、琉世はこの前稼いだからと言って結構良い値段がする鍵付きのオメガ用プロテクターを買ってくれた。鍵は二つ。俺と琉世が持っている。
地元から離れた寂れた公園で、琉世は買ったばかりの首輪をつけてくれた。彼は正面から顔を赤くしてつけてきて、まるで彼氏じゃねえか、と思ったが、ひねくれた言葉を言いたいのに嬉しそうな声になってしまいそうで、口に出さなかった。
いつまで一緒にいられるだろう。今は永遠に一緒にいられる気がしているが、永遠なんてないことはちゃんとわかっていた。
「琉世はやっぱ必要なくない?」
なぜか琉世もついてきた。
「いや。なんか俺、気力でなんとかなると思ってたけど、次元超えてたから。異次元のあれだったから、これは薬に頼らねばならんと思ってさ。でしょ?」
こいつはヒート中の俺を自身の鋼鉄の理性で看病できると思っていたらしい。現実は俺の部屋の前で「だめだ」と泣きながら電話してきたんだけど。
俺は学生のためのオメガ専用寮に入っていて、そもそもアルファの立ち入りは禁止されている。寮から少し離れたところにヒート時のみ利用できる別棟があるけれど、もちろん俺はそこを琉世と一緒に借りるつもりはない。だけどこいつがどう思っているかわからないから、俺は別棟の存在を琉世には明かしていなかった。
どうも琉世は、俺に恋愛感情がないにもかかわらず、将来番にする気があるようだった。
「普通にその間遊ばなきゃ良いだけじゃん」
「だめだって! ただでさえ高校離されたのに三ヶ月のうち一週間も会えないとか耐えられない!」
「お前は俺の彼氏かよ」
「違うけど! でも苦しんでる時にそばにいたいと思うのが普通だろ」
「そうだけど、アルファなんだから、お前が来る方がきついよ」
「だからこそ薬に頼るんだよ!」
「でもお前もう寮に出禁だよ」
「うっ。だ、大丈夫。俺ほら、緋色のとこ行くとき変装してるじゃん。まだ仲良くしてるの一応みんなに秘密だし」
「……やっぱアルファがオメガの寮に来るのはまずいって。俺はお前がどんなやつか知ってるけど、他のやつは知らないからさあ」
「……俺バイトして一人暮らししようかなあ」
「甲斐性ありすぎでしょ……」
琉世ならやりかねない。こいつは俺がオメガだとわかってから中学卒業までずっとすぐそばにいて、やんややんや文句をつけてくる周囲に対して黙れ、と言い続けてきた。自分の家族にも、友達にも、教師にも。琉世は、誰がなんて言おうとずっと緋色と友達でいる! と宣言していたけれど、協力的な俺の家族でさえアルファである琉世との付き合いを心配するようになり、俺の方が折れてしまった。みんな、琉世の家のことを知っているから。
「俺さー、やってみ? って言われた父さんの事業の手伝いが結構うまくいって、続けたら安いところくらいなら借りられそう。こっそりでいいからさ、一緒に暮らそうよ」
「そしたら俺お前の家族に殺される……」
「んなことしねえって! もしばれたって嫌がらせもさせないよ。俺、兄弟の中で一番見込みあるって言われてるし、俺が反抗したら困るはず」
「したたかになったなあ」
「でもこの方が緋色にとってもいいんじゃねーの? 寮生活大変そうだし」
琉世に指摘され、思わずため息が出た。
「寮っつうかねー……。オメガのみなさんぎらぎらしてるから。俺、好みのタイプはベータだから安心してーって言って、なんとかぎらつきの中に入らないようにしてる」
高校にあがってしばらく経ったころ、ちらほらと初めてのヒートを迎えるオメガが出てきた。そうなると周囲もそれまでより現実的に番について考えるようになる。特にオメガは良いとこのアルファと番になりたい欲が大きく、アルファはアルファでオメガとやるのがすっごく気持ちが良いという情報を鵜呑みにして、好みのオメガを引っかけようとする。
「ベータが好きなの?」
「好みとか考えたことねーよ。再検査前でもないかも。お前が集めてる女の子の写真集みてもなんとも思わないから、俺にはこういう才能はないんだなあって思った」
「こういう才能?」
「恋愛? でも、ヒートを楽にすごすためにも番は必要だから憂鬱。みんなぎらついてるのもさ、今のうちからよさげなアルファを見つけて番にしてもらおーって思ってんだよ。結婚と番は別だし、割り切ってるオメガも結構いる」
昔々のおとぎ話では、オメガは迫害されていた。今では差別はなくなって、オメガにもちゃんとした権利が与えられ人間として生きていけるなんて言われているけど、それは嘘だ。アルファはもし自分が結婚していたとしても、結婚相手のほかに何人でも番を作ることができる。ヒート中のオメガがまき散らすフェロモンが害悪とされているから、ある程度の年齢で番を持たないオメガは周りからかなりひどく罵られたりすることも知った。
本当にこの世界がオメガのことを考えているのなら、オメガだけに抑制剤を強要したり番を作れなんて言うんじゃなくて、受け取るアルファ側の対策ももっと考えられているはずなのに。
「ひ、緋色は俺で良いじゃん」
「琉世はだめだよ」
「なんで? みんなに反対されてるから?」
「俺とお前の関係は?」
「大親友」
だからだよ、と言っても琉世はわけのわかっていない顔をするに決まってる。琉世と番になるくらいなら番作りが趣味の別のアルファに番にしてもらって、ヒートの時だけ相手をしてもらうビジネスライク的な関係のほうがましだ。
「もし番にしてくれるにしてもさ、その前にお前にとってはけっこう高めのハードルあるだろ」
「ハードル?」
「普通の時にがぶってやっても痛いだけだったし……」
「ああ……」
再検査でオメガだということがわかった日、琉世にうなじを噛んでもらった。こいつはただ友達を失いたくない一心で後先考えずに俺を番にするつもりで囓ったのだ。ヒート中じゃないのに傷はなかなか消えなくて、真夏なのに俺はずっと襟付きのシャツを着て過ごすはめになった。
「恥ずかしくて無理でしょ。頑張ってやったとして、その後まともに顔見れなくなるよ」
「ヒートの時なら恥ずかしさもなくなるんじゃねえの。つーかそこは大丈夫だと思う」
「ヒートの時はね。たぶん」
琉世は俺との友情が不滅だと信じて疑わない。端から見れば俺のことが大好きに見えるようだが、あくまでも俺は友達の中の一番上に位置しているだけ。こいつはバース性にこだわりはないが性別は女性が好きだ。そこからして俺はこいつの好みじゃない。それなのにみんな勘違いしていて、それがいつも俺を苛立たせた。
「けど番になったらオメガのさがとして、いつかお前に写真集みたいな彼女ができて結婚しますーってなったとき、俺死ぬと思う」
「そんなのねーよ。俺付き合いたいとか思わないタイプのファンだから」
「……世の中には可愛いこたくさんいるし、選び放題じゃん。なんか琉世すっごいモテるし」
「今は恋愛とかどうでもいいの」
「いまは、でしょ。恋に落ちるのは突然らしいよ」
「それこの前みた映画の台詞じゃん」
「そう。つまんなかった」
「ねー。ポップコーンのおいしさだけが心に残った」
琉世がしみじみという。
「……俺、怖くて聞けなかったんだけど、ここで、満を持して聞いてみようかと思う」
病院の待合室の片隅で、琉世が居住まいを正す。待合室は診察を待つ人、会計を待つ人などで混んでいてがやがやしているが、それでもきっと周りには聞こえてしまう。
「絶対別のとこのほうがいいよ。声抑えてるし地元じゃないけどさ、誰に聞こえてるかわからんの恥ずかしくない? そんな満を持してする話」
「がぶっとやったときさー」
「始まったよ」
「初ヒートで絶交するみたいなことになったじゃんか」
前を見ていた琉世の視線を感じ横を向くと、琉世も俺のことをじっと見つめていた。
「そうだね」
「そう。で、初ヒート来たから、おれいつ絶交を言い渡されるのか気が気じゃなくて夜も眠れない……」
「俺だって言うのに覚悟がいるんだよ」
ヒートが来たとき真っ先に考えた。さよならを言おうとして、言わなきゃいけないと何度も何度も決意して、そのたび揺らいで結局まだ言えずにいる。
「今アルファ用の薬もできてきたしさ、薬でなんとかできたらずっと友達でいられるわけでしょ? 今はまだガキだから周りの茶々入れにどうもできないことがあるだけで、大人になったらそんなの関係ねーし。そこは医学の進歩に感謝してこれからも仲良くやってこうよ」
なぁ、とわざわざ顔をのぞき込んでくる。至近距離で見つめられると顔がほてるようになったのはいつからだろう。こいつがずっと忘れたふりをしてくれてたら、俺はいつまでもさよならを言わないままだったかもしれない。
「……将来お前に好きな人ができるまでだったらいいよ」
「まじで? じゃあずっとだ」
「……けど好きな人できたらさ、オメガの友達いますとは言えないから、そのときは本当にお別れだよ」
「うん。……あっ」
琉世が顔を上げ、眉を寄せた。
「今度はなんだよ」
「俺今一瞬で緋色が結婚する妄想したんだけど、思いあまって身を投げたわ」
「今はね。けど、時間経っていろんな人と出会ってくうちにお前の中の俺の存在は小さくなってくよ」
「そういうこと三年前も言ってたけど、実際高校離れて別の知り合いもできたけど大きいままだよ。緋色は?」
「俺のことは良いんだよ。俺は気楽なものだから」
「なんで?」
「誰も俺に期待してないから。俺がいつどこで何をして誰とくっつこうが一人で生きようがそれなりに肯定される。お前が選んだことならいいよって家族も言うし、友達は元々少ないし」
「その分俺からの期待を一身に背負っているのか……」
沢木緋色さん、と呼ばれる。返事をして立ち上がると琉世もついてきた。
「一人ずつ入るんだよ」
「受付で付き添いしていいか聞いたんだよ。良いって言われた」
「……そんなこと聞いてたの?」
「相談があるっつった」
「……ああ、そう」
診察室で琉世はもじもじする俺の代わりに、この前のヒート後に俺から聞いた症状をすべて伝え、自分が使うアルファ用の抑制剤をお願いした。良い彼氏さんだね、と看護師から優しく言われ、先生にもとてつもなく微笑ましい目で見られたから俺は否定できず、隣に座る琉世を見ると、まんざらでもなさそうに照れていた。
薬局で、この前とは違う種類の抑制剤をもらい帰途につく。薬の入った袋の中を覗くと、案の定避妊具と避妊薬も同封されている。
「何それ。ゴム?」
「そう。お前のにも入ってるよ。学生にはサービスでつくんだって。恥ずかしくて買えないやつも多いとかで」
琉世が袋をのぞき込み、「0.001ミリだって!」とはしゃいだ声を出した。
ヒートの疲れも抜けていないし、診察の緊張で疲れていたが、琉世に連れられてショッピングセンターに寄った。
俺としても一緒にいたくないわけじゃないから寄るのは良いのだけれど、琉世はこの前稼いだからと言って結構良い値段がする鍵付きのオメガ用プロテクターを買ってくれた。鍵は二つ。俺と琉世が持っている。
地元から離れた寂れた公園で、琉世は買ったばかりの首輪をつけてくれた。彼は正面から顔を赤くしてつけてきて、まるで彼氏じゃねえか、と思ったが、ひねくれた言葉を言いたいのに嬉しそうな声になってしまいそうで、口に出さなかった。
いつまで一緒にいられるだろう。今は永遠に一緒にいられる気がしているが、永遠なんてないことはちゃんとわかっていた。
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