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クーデター:薔薇の女王編

8.アンとクーデターの話

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 暖かい風が心地よい。
 アンは自分の髪を撫でる柔らかい感触にゆっくりと目を開けた。

「ポポ」

 自身を膝枕してくれている栗色の髪の少女にアンは話しかけた。
 少女はアンに微笑みかけると優しくアンを撫でる。
 アンが視線をずらすと少女のすぐそばで快活そうな青年がこちらを覗き込んでいた。
「また甘えてんのか?」と揶揄うようにアンを見る彼にアンは微笑む。

……あぁ、ここにずっといたい。

 この暖かい場所でもう一度眠ろうとすると少女が口を開いた。

「将軍、起きてください」

 それは男の低い声だった。






 ギョッとなって汗だくで目を覚ますと目の前に美しい少年の顔があった。

 シロメだ。

 シロメはアンの目が覚ましたとわかるとにっこり笑った。

「お兄さん、起きた?」
「起こすなっていっただろうか!!!」

 アンは八つ当たり気味にシロメの顔を枕で殴った。










「お兄ちゃん! おひとつどーだい!」
「こっちも安いよ!!」

 朝の市場は活気がある。
 屋台の商人の呼びかけをすり抜けながらアンはシロメと歩いていた。
 あの後、シロメを殴り二度寝しようとしたアンは彼にベッドから引き摺り出されて一緒に朝食を食べ歩くことになってしまった。その際、明らかにアンサイズの上等な白い服を取り出してきてアンは多いにドン引きながらいつもの灰色のローブを羽織った。
 
「ひとつくれ」

 アンは揚げパンの屋台を見つけて腹持ちも良さそうなので購入した。当然のようにその会計はシロメが払っている。アンは何も考えないことにした。
 アンが揚げパンに齧り付くと隣で歩くシロメは「灰色もいいけれどやっぱりお兄さんには白じゃないかな?」と囁いてくる。

 白い服は人形将軍のトレードマークだ。

 コイツやっぱり皇帝の回し者か? とアンはシロメの顔を見る。
 見れば見るほど良い男ではある。浅黒い肌に瑠璃色の瞳が映え、整った顔立ちを包む銀髪が一層彼の魅力を引き立てている。そしてそこに若さゆえの万能感からか不敵な笑みを合わさるときた。女性からしたら目が離せないものがあるだろう。
 ……そう、魅力的な男ではあるのだが。

「いや、お前汚いな!!!」

アンは思わず叫ぶ。
シロメはキョトンとした目で「なぁにお兄さん?」とアンに問いかける。
アンは目の前の光景が信じられなかった。
シロメはアンと共に買った揚げパンにこれでもかと砂糖をトッピングした後にハチミツをかけてそれを嬉しそうに食べるあまりに口周りがベタベタになっていたのだ。
その様子に本人は気づいていないのがまたミスマッチだった。
シロメはベタベタの顔でいつもの妖しい雰囲気を醸し出しているのだ。
アンは耐えきれなくなり持っていたハンカチをシロメの胸に押しつける。

「ほら! これでふけ!」
「何を?」
「あぁ、もう!」

 何も理解していないシロメにアンはめんどくさくなり彼の口元を乱暴に殴ってやった。
 アンがゴシゴシと強めに拭いた後にベタベタになってしまったハンカチをシロメに押しつける。

「後で洗ってかえせよ」
「う、うん」

 ようやく何が起こっていたのが理解したのかシロメはうっすらと顔を赤らめた。その様子が妙に子供っぽく写り、アンは何とも言えない気持ちになった。






 




 揚げパンを食べた後、アンは胡椒がこれでもかと塗された串焼きにかぶりついていた。隣ではシロメがデザートと評してフルーツに砂糖をまぶしたものを食べている。
「お前いつかデブるぞ……」とアンは心の内で突っ込んだ。
 串焼きを早々に食べ終えたアンはニコニコとまだ砂糖フルーツを貪っているシロメに軽い調子で言った。

「腹ごしらえも済んだしここでお別れだ。一晩だけどまぁまぁ楽しかったぜ。じゃあな」
「僕はまだ貴方と一緒にいたいな」

 まだ付いてくるつもりかよ。とアンが内心舌打ちする。
 アンの苦いは顔にも出ていたのかシロメは「そんなに嫌な顔しないで欲しいな」と笑った。

「僕だったらお兄さんが知りたがってるクーデターの話だって詳しいよ」
「……っ」

 アンが思わず反応してしまうとシロメは「やっと僕に興味持ってくれたね。お兄さん?」と口の端を吊り上げた。


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