異世界攻略コントラクト[1]俺たち in the キングダム

喪にも煮

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3 今すぐ捨ててもいいですか?

3-1

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「っ!?!」


 その反動で小向の手から滑り落ちたスマホが緑の草の上に落下する。だが俺は構わず掴んだ小向の腕を自分の方に引き寄せ、大声で叫んだ。


「俺の事無視すんな!」


 そう叫んだ。瞬間、


「っー?!」

「うわわっ!?」


 あまりにも強く引っ張りすぎたのか俺より幾分も小さい小向の背中が真っ直ぐ俺の胸に飛び込んできて、自分でも対応出来なかった力の反動で小向諸共後ろにぶっ倒れてしまった。
 ぽすんと転がる俺たち。だが地面が草だらけだったたからか、天然のクッションのおかげで背中はあまり痛みを感じず、軽い衝撃だけで済んだのだと安心した。でも乗っかりこけた小向の肘が鳩尾に刺さって地味に痛い。


「……ぐ、グエ……」


 頭上に広がる青い空を見上げ、格好悪くも呻き声を上げてしまった。









………ん?


………………………緑の草の上?


………………………地面が草だらけ?


………………………青い空?


…………ん?


「青空……」


 俺の上に寝そべりながらぼそっと呟く小向の声が木々を揺らめかせて吹き抜ける風に浚われた。
 退く気配のない小向の脇を抱えて上半身を起こした俺の目前に広がるは、教室内には到底似合わないであろう自然み溢れる緑たち。ここ一帯に敷き詰められた芝生のような濃い緑色の草と、手入れの行き届いた俺の身丈程の木々が視界の隅に入って。そして正面には天辺に美しい石細工を施した高く頑丈そうな石造りの塀。
 城塞。あり得ない。
 少し遠くに見える石畳の白い遊歩道は鮮やかに光を反射してキラキラと輝き、ゆっくりと振り返った先にはどこぞの金持ちが所有してそうな、人工的ではなくあえて言うなら砂浜のような色合いの白い壁と空にとけ込む青い三角錐の屋根で出来た家っぽくない家。ヨーロッパテイストなお城とでもいっておこうか。世界遺産とかお洒落な絵画の中とかにありがちな存在。○○キャッスルとかカタカナのおしゃれそうな名前の建物が今、雄大な青空をバックに煌々とそびえ立っている。
 あり得ない。
 それ以前に夕方だった筈なのに、じりじり肌を照りつける太陽の光が眩しいのは何故だ。
 あり得ない。


「エェェェェェェェェェェエッ?!?」


 余りにも、さっきまでいた筈のしがないいち公立高校の教室とかけ離れた光景に俺は心の底から絶叫した。今までにないくらい驚愕した声色で絶叫した。未だ俺の上に乗ってる小向をこれでもかっと抱き締めたままで。


「うるさ……」


 耳元で叫ばれた事が不快だったのか自身の耳を塞ぎながら身を捩る腕の中の同級生。
 だが今そんな事考えていられない俺は


「エエエッはぁあ?! ありえねぇぇえ!!!」


 少女のお気に入りのぬいぐるみの如くぎゅむぎゅむと小向を抱き締めながら、左右上下前後ろを見回して何度も何度も周りの景色を確認している。


「うそだろっ?! すごい城! めちゃくちゃ城!」

「ぃ……いたっ……」

「何なんだよこれ!! 夕日どこだし!」

「ちょっ……きたなっ」

「アー! アーッ!! 俺夢見てるっ!!!」

「………………」


 だが何度見返したってこの不可思議な光景が変わることはなく。最終的な結論。


「……………どこ○もドア?」


 教室のドアがもしかしてそうなのか?と、某猫型ロボットアニメの世界へ現実逃避するしかなかった。
 現に俺たちは教室のドアを潜った後、何故かここにいたんだから。ど○でもドアと勘違いしてしまっても仕方がない。
 まぁ潜ったか潜ってないかは覚えてないが、小向がドアを開けたのは見た。んで出て行こうとした小向の腕を掴んだらいつの間にかここにいて…………って小向?
そう言えば一人でぱにくっていたが、もう一人ともにやってきた仲間がいたんだった。
 慌てふためく情けない姿を見せてしまった恥ずかしさから少し頬を染め、そうしてやっと冷静になった俺はまたきょろきょろと辺りを見回して。
 ふと視界下方に入ったのは黒い何か。俺の顎辺りにあるバレーボールくらいの大きさのそれは、どう考えても俯く人間の後頭部だ。


「…………」


 ここで漸く気づいた。俺は背を向けたかたちで俺の膝に乗ったままの小向の脇の下に腕を通して、小向の腰と胸を圧迫している。ようは、後ろから抱き締めている。
 そして今気づいたが、両手の甲が異様な痛みを発していた。痛みを発する箇所を見てみると、小向の親指と人差し指が俺の薄皮をつまみ上げ、ぷるぷると震えるくらい力を込めて拈り上げていた。それも面積狭くなるように指先の方で。
 意識した瞬間痛覚が戻ってきたって時ない?こう、痛みを発する神経と認知する脳の神経の歯車がかみ合ったみたいな。正に俺はそうだった。


「イッテェェェエッ!!!」


 途端に躰を駆け抜ける激痛。電気が流れたように痛みが走り、俺は思わず小向の手を弾き飛ばす。
 その隙に腕から抜け出した小向を後目に、虫に刺された痕の如く赤く晴れ上がった手の甲を押さえようと思ったが、いかんせん両手共被害にあってる為数秒間だけわたわたと逡巡した後、太股に挟んでうずくまるという体勢をとった。


「いってぇ……」


 予想以上に強烈だ。まぁ予想とかしてなかったけど。
 痛みに悶える俺はうっすらと涙なんか浮かべ、じんわり熱くなった甲の痛みを逃す事に集中する。


ゲシッ!!


「つをぉっ!!?」


 そんな俺に一撃。
 体操座りで手を挟む俺を見下ろしていた小向の足が脇腹を直撃した。蹴るというより足の裏で思いっきり圧しましたって感じのやつが。
 その体勢のまま呆気ないほど無様に転がり、草に頬擦りする形になった俺。


(ひでぇ……なんかひでぇ)


 頬に刺さる結構固めな草に身を預け、本格的に泣きそうだったのは言うまでもない。でも取り敢えず……言うことあるだろ。


「……ごめん」


 心底悲壮に呟いた謝罪の言葉。


「……………シネ」


 少しの間をあけて聞こえた声は紛れもなく後ろの席から間接的に耳にしていた彼の声。ずっと直接向けて欲しいと思っていた声。冷たく放たれた嫌悪の言葉は小向から俺に返された初めての返事。
 しかし、これが初めての言葉のキャッチボールとは。嬉しいのか悲しいのか……いや罵られて当然の事してしまったんだけど……やっとシカトしないで返事してくれたと思ったらこれですか。なんか自分がゴミ過ぎて笑えない。
 けど、そんな贅沢はいわない。俺には言葉の内容など関係なく、ただ純粋に"返事"という人と人との関わりを小向と出来た事が嬉しくて。ひっそりと口元が緩んでいるのに気付いたが、敢えてそのままにしといた。


シュンッブスッ!!


 ニタニタと微笑んでいる俺と、そんな俺を見下ろす不機嫌そうな小向。お互いちぐはぐな雰囲気を醸し出しながら降り注ぐ清々しい太陽の光を思う存分浴びていたら、不思議な音が間近で聞こえた。
 そっとそちらに目をやると、落下した小向のスマホスレスレの地面に刺さる一本の棒。先には鳥の羽根っぽいのが付いていて。


ーーーこれって弓じゃね?


「え……弓矢?」

「あ…すまほ」


 一緒に目を向けた小向が気にしたのは自分のスマホだったらしく、この不穏な弓矢の事など無視したようにスマホを拾い上げていた。
 コイツ、どこかズレてるような気がする。
 そして今気付いたが俺の真上に何故か白い線があった。座ってる段階じゃ気付かなかったが寝そべって空を見上げるこの体勢だとよく分かる。さっきは動転していて気付かなかったらしい。
 その白い線は丁度目線の位置に通っていて、俺の腕を広げた幅よりも短く、端からは真っ直ぐ地面に続いていた。長方形の白い枠組み。なんだろうかこれ。今いる場所すら把握できてない俺には、この不思議な白線の意味を理解するなんて到底無理な話だった。


(つか、これは会話とは言わないな……ちぇっ)


 と、どうでもいい事柄を真剣に考えていたそんな時、鼓膜へまた先ほどと同じ音が入ってきた。


シュンッズボッ!!!


 ゆっくりとその音の出所に目を向けると、小向が大事そうに抱えていた枕入りスポーツバックに棒が刺さっているのを見つける。
 そして遠くから


「いたぞっ貴様等何者だ!!」

「曲者め!」

「捕えろ!!!」

「打てぇっ!」

ドドドドドドドドッ!!!

(どどど?)


 地響きをたてながら何かが近づいてくるのを地面に寝そべっていた俺は瞬時に悟った。
 頭を反らして頭上に目をやれば、重たい鎧を身に纏って剣やら槍やら物騒な物を振り回してこっちに走ってくる逆さまの兵隊さんみたいな人たちの集団が見えた。またの名を軍団ともいう。
 寝転がったまま首を反らしてみたから逆さまに見えたが、実際は俺と同じ地面に足をつけている筈で、徐々に近づいてきてる様に見受ける。とかなんとか冷静に観察しているが、実際そんな暢気なこと考えてる場合じゃない。"兵隊さんみたい"じゃなくていやはや本物の"兵隊さん"っぽい気がするのは強ち間違いではないような気がする。
 そしてまた


シュンッブサッ!!


小気味いい音を奏で俺の目の前の地面に刺さる棒。
 そう、近づいてくる奴らは明らかに俺たちに敵意向きだしのおっかない集団に違いなかった。


「ッーーーーー!?!?!」


 確信した瞬間、声もでない程の衝撃を受けた俺。未だ現状を把握してない段階で身の危険が迫ってるんですけど。それもフィクションの世界でしか見たことない武装集団の手によって。


「マジっ?!」


 冷や汗が吹き出した。


(やばいやばいやばいやばいくそやばい!!!)


 転がってる場合ではないと今までにないくらい素早い動きを繰り出して飛び起きた俺は、尻尾を巻いて逃げるという選択肢のみを行動に移す。
 そして今直ぐにでも走り出すぞと足を持ち上げた。けど、小向の存在を思い出し慌ててそちらに目を向けた、ら。


「おまっ何してんの!?」


必死でスポーツバックに刺さった弓矢を抜こうとしている小向の姿が目に映る。


「………抜けない」

「んな場合じゃないでしょ! 逃げるよ!!」

「………?」


 慌てて怒鳴り散らしつつ腕を引くが、小向は状況を理解できてないらしく暢気に小首なんか傾げちゃってて。
 その合間にも背後に迫り来る危険な軍団の足音。この頃にはいっそ命中しないのが不思議なくらいビュンビュン矢がこちらに向かって放たれていた。


「クソッ!!」


 もう理解させてる時間なんかない。


(一か八かだ!!)


 俺はきょとんとしている小向を乱暴に抱き上げ、脱兎の如く走り出した。
 地面を蹴り上げひたすら前を目指す。


「逃がすなっ追えぇえ!!」

「なんとしてでも捕らえろっ!」

(弓打ってる時点で生け捕り無理じゃないすか!?)


 そんな声を背中に浴びながら小向を小脇に抱え死に物狂いで足を動かした。そんな俺の腕を抓りまくる小向。


ーーーなにこの空気読まない子っ!!?

(……捨てたい…)


 本気でそう思った瞬間だった。
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