父親を殺した日

銀月

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押し寄せるもの

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親父を殺した瞬間に、現場となった今は何も考えが及ばない『真白』という言葉がふさわしかった。

朧が一線を越えたことを止められなかった母親。

物音を聞いてただ事ではないと駆け付けた時には事が起こっていた弟。

呆けかかっていてこの惨状にもほぼ反応をしめさない祖母。

そして、湧き上がる感情がまだ自分でも感じ取れない朧。

朧の面前では、親父の遺骸が脊髄反射でまだピクピクと指や肌を小刻みに、不整脈のように動いている。
最期の親父の目は、驚きと怒りに満ちていた。

まさか朧に、身内に本当に殺されると全く予想していなかった。
何故殺されるまでの理由になったのかまるで分かっていない、愚か者の目。
そして、いつもの『自分は悪くないのに』という責任転嫁によって怒る理不尽な怒りの目。

――――ああ、結局最後までこの頭の足りない父親とも呼びたくない男は身勝手な思いで、自分を顧みることもなく死んでいったのだ、と朧は落胆と心底の侮蔑しか抱けなかった。

母親と弟はもう、朧に何も言わなかった。
もう朧にかけられる言葉は、彼らにもなかったのだ。

朧は持っていた包丁をカラン、と床に落とし、警察に電話をかけて自首をした。
これ以上この世にいたら、今度はずっと遺恨を抱えていた同級生や憎い教師を殺しに行ってしまう。

『こんなに人を殺すことは簡単で、気も楽だ』と思ってしまったのだ。









朧はその場で逮捕された。
成人もしていたから、少年法で裁かれるわけでもない。
朧は聴取されても、弁護人とやらが来ても、黙秘を貫いた。
自分の気持ちを、周囲に言うということを拒否した。

ただ一つ。母か弟が会いに来るか?という儚い塵程の期待は持っていた。
だが、二人が面会に来ることはなかった。その代わり、絶縁の書状が来ることもなかったが。
恐らく、そんな手続きをしなくとも『いない子』として扱うつもりなのだろう。

そうだ。朧は『いらない子』だ。
運動も勉強も、気も回らない落ちこぼれで、気性は激しくすぐにキレる。
弟は対照的に勉強もできて人ともうまく付き合える器用な奴だった。
家業の資格も、普通は一階で合格できるものを朧は何回も落ちて二桁になる前にようやく合格できたのだ。

中学で教師に暴力をふるい精神科に入れられ、院内学級を卒業した後進学した通信制高校も中退した。
資格もなにもなく、実家で手伝いをしてニート同然の生活を送っていた。
親父はそんな朧に無関心だった。
そもそも朧は不本意にできた人間で、親父は交際相手がいたらしいがそれで母と入籍しなければならなくなった。

自分が可愛いだけの親父は、教育も生活もすべて妻に任せっきりで、気が向いたときだけ適当に、本人の自己満足で遊ぶ吐き気のする人間だった。

それでいて朧が精神不安定になれば妻に『お前のせいだ』と言い、勉強が伸び悩めば『やる気なしの人間』と言われた。『お前は金食い虫だ』とも言われた。

そんな言葉を信じて、朧は『自分はいらない人間』だとずっと感じていた。
そんな人間を生かした理由が、朧には分からなかった。

ただ一つ、朧の中の『正義』は『親父に一泡吹かせ、彼の死は因果応報だった』というものに凝り固まっていた。
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