七補士鶴姫は挟間を縫う

銀月

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第八話・書類紛失

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教師とて人間だ。
そして、人間であるからこそ視点も、熱量も、技量も、心構えもバラバラだ。

月桴高校は割と教育や生徒を気に掛けることに熱心な者が多いのだが、例外はもちろん存在する。
例として呟いた猪子陀は、関わる生徒・職員を露骨に選好みし、自分の視点・行動こそが人を導く正義として疑わない。
なにか少しでも異論や意見を相手が述べれば露骨に不快感を露にし、理が通っていようがなかろうが関係なく持論を強引に展開しねじ伏せる。
授業内容に関して分からないところがある、と疑問を伝えれば「授業を聞いてない、理解力がない生徒」とあざ笑う。

普通であれば即座にクビにされるである人物なのだが、猪子陀は他人の弱みを握ることに異常に長けており、上層部や苦情を申し立てる者の弱みをどこかから見つけてきて交渉材料にすることで教職はく奪を回避しているのだ。

「あの人、私にもよく嫌味言ってきて…『記憶なしの実績なしがなんでこの学校に居れるのか理解に苦しむ』って火の玉どストレートで…」

「よく苦情は聞くわー。まあ、近いうちに痛い目は見ると思うけど…ね」

「???」

七補士はポソッと自然に息を吐くようにそう呟いた。





 --------------
「…じゃあ、ありがとうございました」
「この後も職員室に戻るの?」
「ええ。レジュメ作りと、宿題のチェックがあるので」

昭隅の目は大真面目だ。止めても聞かないだろう。
カラコンを付けて隠しているはずの、限りなく透明に近い灰色の瞳が見えかけているくらいなのだから。
昭隅が真剣なときには、その瞳は隠すことができない。

「…今日は日付が変わる前には帰ってくださいね。無理はしないでくださいよ」
七補士が割と本心をそのままに伝えると、昭隅は分かっているのかいないのか『はい!ありがとうございました』
と振り向かずに手だけ降って職員室のある方へ消えていった。



「レジュメは大分仕上がっているはずだから、あとは採点かな…」
昭隅が職員室に戻ると、電気は消えていた。
「残ってた先生たち、帰っちゃったか…。そんな時間だったかな」
七補士の所に行ったのは割と早い時間のつもりだったが、時計を見れば19時を回っている。

今回出した課題は単純な計算式採点だけだから、そこまで時間はかからないだろう。
授業を受け持っているクラスは一年と留年の六クラス。課題を回収したのはニクラスで、併せても四十人くらいだ。

「あれ?」
昭隅の席に置いておいたはずの課題がない。
「ない、ない、ない…!」
普段きちんと整理してある机の上の書類や課題が、ランダムに抜き取られて散らかっている。

「どどど、どうしよう…!いや、まずは探さなきゃ…!!」
パニックになりかけるが、生徒から預かったものだ。受け取った以上、責任は昭隅にある。


だが、きちんと机の上に置いていたのは記憶にあるため、どこかに失くしたというのは考えにくかった。
書類はどこへいったのだろう…。
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