楽園パスポート

鋼鉄の椎茸

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コーキアツケーホー

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止まってしまった。

完全に、
エンジンが止まってしまったのだ。

今この状況で車のエンジンが止まる。
それがいかに恐ろしい状況なのか。

外気温38度。

ヤバイよね。
もうほんと、ヤバイよね。
あぁ、もう・・・。

昨日まで、僕は20連勤の地獄を、味わっていた。
毎日11時過ぎに退勤し、帰宅後はまともなものも食べずに泥のように眠るだけのルーチンをこなすこと、約3週間。

そう。オイラのメンタルは極限まですり減っていたのだ。

そんな状態からの、久し振りの休暇なので、
そりゃあ羽を伸ばしもしますよ。
オープンカーをレンタルして、田舎道をドライブだってしますよ。
そして、行き先にはリゾートホテルも予約済みですよ。

旅行雑誌のカタログで見た広々とした温泉。
ここのところとんと縁のなかった懐石料理。
そしてビール!!!!!!

これからそれらを羽目を外して楽しもうってときだったのですが・・・、
これですか。

あいにく、どこかに連絡するにも、スマートフォンの電源が切れていた。
車の中で、大音量で音楽を流し過ぎたせいだ。

なんとなしに見たら、腕時計は12時を指していた。

そういえば、今日の天気予報は快晴で最高気温は40度。
午後2時ごろにかけて、気温はまだまだ上昇中。
今日は、この夏でもかなりの酷暑だった。

これは下手をすれば、
・・・死んでしまう。

いや、冗談ではなくて。


さて、とりあえずこれからどうしようか。
実際のところ、途方にくれている暇はない。

ガソリンメーターはまだ満タン付近を指しているあたり、エンストの原因は、バッテリーあがりだろうか。
幸いこんな事もあろうかと、ブースターケーブルの在処は把握しているのだけれど・・・
取り敢えず、
誰か通りかからないことには・・・待つしかないか。


~ そして、30分が経過して ~


北の大地は、ひろいね・・・。

そう。私が来た旅行先とは、真夏の北海道。
そもそもエンストしてはいけない場所なのである。

野生の羊を見かけて、停車してまで見に行ったのが運の尽きだったか。

そして、陽射しを遮るものもなく、

~ 過ごすこと1時間 ~

頭が痛くなって来ました。

だだっ広い畑の中の、
ひたすら真っ直ぐな一本道。
町まで出るのに車で1時間。

歩いて行ったら、干からびるわ!!
冗談じゃなしに。

そういえば、喉が乾いたな~。
車に乗る前に、飲み物買っておくんだった。

空港にはあんなに沢山あった自動販売機も、こんな人里離れたとこには
一台もないわけで・・・。
ポカリが飲みたい、ポカリが飲みたい、キンキンに冷えたポカリとついでにカルピスも飲みたい!!!

それにしても、このまま誰も通らなかったらどうしよう・・・。
色々と考えているうちに、頭痛がだんだんひどくなって来た。
あぁ、首の後ろが痛いし、なんだか吐き気がする。
それに、なんだか全身がすごく痛い。
筋肉痛?なのか。

たぁい、痛くて、動けない。

そうして、遂にその場で座り込んでしまったこの時、
エンストから既に2時間が経過していた。

太陽は南中高度から少し西に傾き始めていた。

エンストした車から少し離れたところに大きな松の木があり、
オイラはそこでうずくまっていた。

ポソッと、

音が聞こえた気がした。

オイラがうずくまっていた鼻先にある雑草のうえにキラキラした手のひら大のカードが落ちていた。
意識は朦朧とし、視界もぼんやりとするなか、それをボンヤリと見つめていると、なにやら書いてあった。
太字にゴシック体で「楽園パスポート」

ふと、インターネットの都市伝説掲示板にコピペされていた楽園パスポートの噂を思い出してしまった。
そう。あれを見たのは、結構昔。大学生の頃だっただろうか・・・・。

・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・。

どうやら少しの間、意識を失っていたらしい。
あれだけ、ガンガンと脈打っていた頭痛も、全身焼けつくようだった筋肉の痛みも、いまは大分とましになっていた。

そして、のそりのそりと倒れた状態から起き上がると、あたりはすっかり真っ暗になっていた。

「車がない」

ど、どうしよう。あれ、レンタカーなんだけど・・・。
いや、それどころか、

「道路もない!!」

周囲にある景色が、気を失う前の広大な平原から、木々に覆われた森の中へと変わり去っていた。

いま、オイラはどこにいるんだろう。
心地よい涼風が通り抜けるこの森は、ホテルまでのドライブルートに存在しないはずの場所だった。
平原を一直線・・・のはずだったのに。
そう思って立っていると、

ポソッ

と物音がした。
1メートルほど先の地面に、キラキラとした手のひら大のカードが落ちていた。
こんな目の前に落ちてきたのに、落ちてくる途中に気が付かなかったなんで。

「変だな」
そう思いながら屈んで、拾ってみると、さっきのカードと同じような大きさの手紙だった。
キラキラしたとしか形容のしようがない、そのカードは黄金色の箔押しような紙でできていて、先ほど見たような楽園パスポートという文字はない。
代わりに、数行のメッセージがしたためられていた。

《あなたの楽園へようこそ。ここは時間を気にすることなく休むことができる滋養の庭園です。奥にある美味しいフルーツは自由に食べてください。白いのが冷たくて、赤いのは涼しいです。黒いのはお楽しみに。全部皮ごといけますよ。私の自信作です。そうそう。手紙だけ見ると胡散臭いでしょうから、右足で3回ほど、ケンケンをしてもらえますか?素直な気持ちが大事です。From大精霊》

誰かに監視されている?
一体どこから?
こんな手紙をもらって、胡散臭く思わない人間がいるものなのだろうか。
それに庭園って、そんなところが一体何処にあるんだよ。
木々の奥は真っ暗なのだが、広い空間があるふうでもなかった。
とはいうものの、真っ暗な森の中、他にすることがあるわけでもなかったわけで。
「なにやら、よく分からないが、素直な気持ちで3回ケンケンをやればいいんだろ」
何かが変わるわけでもないはずなのに、
ケン、ケン、ケンっと。
「変わった」
分かった気がする。
ええと、合言葉は「開けゴマ」ですね?

オイラがそ言うと周囲の景色はグニャリと揺れ、瞬きの後、全く違う場所に変わっていた。



まず、さっきまで真っ暗だった空は、驚くほどたくさんの星に埋め尽くされていて、満月の夜よりも幾分も明るかった。
その空の明るさは、昼間とは言わないまでもまるで、白夜のような明るさでいて、しかし、その光源は太陽ではないただの星々の光であるため、均一に薄明るい幻想的な空。

次に、辺り一面の地面は枯山水の玉砂利のような石が敷かれていて白く美しく、その玉砂利の地面には、数メートルおきに葡萄の木が植えられていた。
その枝という枝には、立派な巨峰が実っていて、赤葡萄、マスカットそれから、見慣れない黒い葡萄もある。

手紙にもご自由にどうぞとあったわけだし、さっきのお告げ?でオイラはこれがどこぞの神さまの御業であることも何となく確信していた。

「それでは、お言葉に甘えて・・・」

いただきまーす!!!と最初にもいだのは、白葡萄。
スーパーではよく、「シャインマスカット」という品種が販売されているが、まさにそれ。
「冷たい」
もいだ時点で、キンキンに冷えているそれは、皮ごと食べられるはずと、かじってみれば、
シャーベット。マスカットシャーベット。
樹に実っているのに凍っている。
滋養の庭園、ミラクルすぎる。

口の中に広がるのは、シャーベット状に凍っているようであって、なお、マスカット独特の柔らかい食感も失っていない極上の果実のさわやかな甘さだった。
噛み締めれば、噛み締めるだけ溢れ出す果汁の甘さ、そして冷たさは、かれこれ数時間前まで、熱暑にさらされていたオイラの乾ききった体にどんどんと染み込んで行く。

モグモグモグモグモグモグ・・・・・・
モグモグモグ・・・
ングングング
・・・ゴクン。

そうして食べているうちに、あっという間に一房がなくなる。
20粒以上はあっただろうか。

さてと。
次は赤いのを。
と、きからもぎ取った赤葡萄一房。
こちらは、特に冷たくもない、普通に流通しているであろう、巨峰と見受けられるが、
「えらい立派な巨峰ですな~』
その巨峰は近所のスーパーに売っているような傷や汚れのあるものではなく、贈答品用に桐の箱にでも入っていそうな、それこそ百貨店にでもいかなければお目にかかれないような、そんな巨峰だったわけで。

一口

口に放り込めば、弾けるような弾力ある果実。

ギュッと

噛み締めれば、口に広がるのは甘くジューシーな果汁。
それは、さっきの白葡萄より幾分も甘い。
先ほどの白葡萄もかなり甘い、それこそ普通の巨峰よりも甘いくらいであったのだが、いやはやこの巨峰は恐ろしく甘かった。

そして、

モグモグモグ・・・
ングング
ゴクン。

巨峰なのに皮が食べやすい。
渋味も無く、柔らかで、かすかに甘みさえ感じられるこの巨峰の皮は、きっとポリフェノール満点だろう。

最後に、
黒いの。

と黒い葡萄をもぎ取ってみれば、・・・
これは、・・・
その、・・・
なんというか、・・・
あんまり、・・・
美味しそうには見えないのだが・・・。

ふさからちぎり取った一粒を、よくよく見てみれば、表面が黒というよりも茶色のその果実は、より顔に近づけてみていると、なんだか甘い香りがするわけで、

一応、これも一口。
パクリ

と口に入れてみれば、表面は少し堅く、ガリッと噛み砕けば、すぐ中が先ほどの赤葡萄(巨峰)の果実。
口の中に感じる、表面の皮は砕けた球形をなしていたのだが、モグモグするまでも無く、体温で溶けて感じるのは甘美なるチョコレート。
「甘っ!・・・うま~♪・・・」

なるほど!
チョコレートコーチングの巨峰ですか。
いや、これは美味い。

口の中で混ざり合う極上チョコレートと最高の巨峰のハーモニー。
全くの未体験スイーツに興奮するオイラ。
これが一番好きだ!!とパクパク食べていくうちにあれよあれよと、最後の一粒もパクリ。

こうして、天上の果実に舌鼓をうつこと数十分。
程よくお腹もいっぱいになり、体も心もスッカリ元気を取り戻していた。そんなオイラのもとに、再び

ポソッ

とキラキラの手紙が。

《どうです、特別製のフルーツはとても美味しかったでしょう?それと、お伝えし忘れていたのですが、当庭園にあるものは玉砂利も、樹木も全て美味しいスイーツでできているので、食べられます。是非ご賞味ください。滞在時間につきましては御随意にしてください。もちろんうたた寝するもよし庭園のどこかに隠されている温泉を探すもよし。そして、ここでリフレッシュしたら、今度はあなたの計画した楽しいバケーションが待ってますよ。戻った頃には車の調子も良くなっているはずですからね。 グッドラック。
From大精霊・・・そうそうもう一つお伝えすることがありました。お帰りの際の呪文は・・・・》

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