5 / 7
ミラクルビバーク 前編
しおりを挟む
気温はマイナス22度。
あたりは一面真っ白で。
これはまさしくホワイトアウト。
頼みの綱のGPSは滑落した際に粉々になり、とりあえずはここでビバーク。
それにしても・・・
『二人揃って、滑落するなんてなぁ』
そう言って溜息したのは同期の沖野だった。
沖野は滑落した際、右足を捻挫したようだった。
患部は腫れていたので、水で濡らしたタオルハンカチを外気で凍らせたものを固定し、冷やしている。
いまは、カマクラの中で大人しくしていた。
「まぁ、そんなにぼやくなよ。滑落して、私は打撲、君は捻挫ですんでいるんだから。これだけでもかなり幸運だったじゃないか」
滑落で骨折しなかったのは、非常に大きい。悪条件は少ない方が生存率も上がるのだ。
『まぁ、骨折してないだけ、マシではあるな。しかし悪いな高杉、これだと当分歩けそうにはないよ』
そう言って沖野は、らしくもなく済まなそうにしていた。
「気に病むなよ。こんな天気じゃどのみち移動はできないさ」
さて、外気の冷たさは依然として厳しいので、私もカマクラの中に戻った。
ビバークし始めてまだ7時間。
ホワイトアウトは穏やかになる気配もなく視界不良は続いていた。
そろそろ太陽が沈む。
冬山の夜といえば、言うまでもない。
恐ろしい低温の世界となる。
まぁ、カマクラの中は思ったよりも暖かいし、寝袋も厚めのものがある。
携行食も余分に持って来たし、水はまわりにどれだけでもあるし・・・。
そう考えて自らを鼓舞するものの・・・
現実として、固形燃料があとどれだけ持つのか、
救助が来るのはいつになるのか、
問題は山積みである。
ふと気づくと、沖野が寝息を立てていた。どうやら、疲労しきっていたようだ。
捻挫の痛みもこたえたのだろう。
このまま天気が回復しなければ、沖野も自分も助からないかもしれない。
今できることは、睡眠で体力を回復することぐらいしかないな。
私は暗澹たる気持ちのまま眠りについたのだった。
そして、
しばらくして、眠りが覚めた。こんな状況では眠りも浅いはずだ。
私は目を閉じたまま寝返りをうつ。
・・・・・
・・・
・・
!?
ここは?
寝袋の中はこんなに広くない。
いや、それどころか顔をなでる空気が温かい。
ガバッと起き上がり、ポケットの中にあったLED灯で周囲を照らすと、今いるのは、どこぞやの温泉旅館の和室のようなところであった。
腕時計を見ると午前5時を回っていた。
思ったよりも長く寝ていたらしい。
「おい、沖野!!」
突然の異変。
少し怖くなった私は、
近くにいるだろう沖野に向かって大声で呼びかける。
『なんだよ、うるさいなぁ・・・
って、・・何事!?』
あぁ。
自分以外の人間がひどく驚いているのを見ると、案外冷静でいられるものだな。
さっきより少し落ち着いた私は答えた。
「我々は、どうやらあの場所から移動したらしい」
電気をつけるとこの部屋は随分と見事なものだった。
座卓は新調したばかりのようにキレイで、障子も張り替えたばかりのように真っ白で、もちろんどこにも破れはない。
畳も全く痛んでいないうえに、埃や髪の毛一本さえも落ちていなかった。
それどころか、今気がついたのだが、ポットにはお湯が沸かされていて、急須、茶筒も使えるばっかりになっていた。
まるで、我々をもてなしているかのように。
そして・・・
『おい、高杉!手紙が置いてあるぞ』
「えっ?どれどれ?」
《隣のお部屋は食堂です
その隣には大浴場
トイレはこの部屋のわきの方に
小さな扉があるのでそちらから。
お荷物はテーブルの
わきに置いてあります。
吹雪が晴れるまでごゆっくりどうぞ。
from 大精霊》
「お風呂?」
『食事?』
ちょっと待て!
ち、ちょっと、たんま!!
冷静に、冷静になって考えればだ、
『こんなことあってたまるかよ!
ここはホワイトアウトの雪山の中だぜ?
この暖かい部屋といい・・・まさか、俺たち、既に凍死してる・・・なんてことないよな?』
おい沖野、今私が言おうとしていた事を全て言うなよ。
おかげで、また少し冷静さを取り戻せたじゃないか。
しかし、
「全くもって、不可解な状況だけど、我々は確かに生存しているし、ここにたどり着いて幸運だったのは間違いないだろう。
ここまで来られた経緯は謎に包まれているけれども、そもそも害意があるのなら、あの状況であれば、放っておけばいいのだから・・・」
そう言う訳で、我々2人は、この手紙を信用する事にした。
そして、食堂へのドアを開いた。
洋間があり、中央に大きなテーブルと椅子があった。
広さは、10畳といったところか。
他に家具は見当たらないので、随分と広く見えた。
『おい、テーブルの上に、手紙があるぞ。』
沖野が手にした手紙の文章は短く、
《この手紙の余白に、なんでも食べたいものを書いて下さい。先にお風呂をどうぞ》
とあった。
もう、なんか本当に用意してもらえそうな感じだし、思い切って好きなもの書いちゃえっ!
とまぁ、書きましたとも。
沖野のリクエストも聞きながら。
ただ、・・・
私はそれよりも・・・
『食事もいいけど、お風呂入りたい、お風呂。
空腹も辛いんだけど、
手足の凍傷を先になんとかしたい!』
「沖野、おまえなぁ・・・」
またしても、私のセリフを奪いやがって・・・。
と思いつつも
「それには私も賛成だ!!」
我々は食堂で全裸になると、勢いよく、隣にあると言う、浴室の扉を開けたのだった。
あたりは一面真っ白で。
これはまさしくホワイトアウト。
頼みの綱のGPSは滑落した際に粉々になり、とりあえずはここでビバーク。
それにしても・・・
『二人揃って、滑落するなんてなぁ』
そう言って溜息したのは同期の沖野だった。
沖野は滑落した際、右足を捻挫したようだった。
患部は腫れていたので、水で濡らしたタオルハンカチを外気で凍らせたものを固定し、冷やしている。
いまは、カマクラの中で大人しくしていた。
「まぁ、そんなにぼやくなよ。滑落して、私は打撲、君は捻挫ですんでいるんだから。これだけでもかなり幸運だったじゃないか」
滑落で骨折しなかったのは、非常に大きい。悪条件は少ない方が生存率も上がるのだ。
『まぁ、骨折してないだけ、マシではあるな。しかし悪いな高杉、これだと当分歩けそうにはないよ』
そう言って沖野は、らしくもなく済まなそうにしていた。
「気に病むなよ。こんな天気じゃどのみち移動はできないさ」
さて、外気の冷たさは依然として厳しいので、私もカマクラの中に戻った。
ビバークし始めてまだ7時間。
ホワイトアウトは穏やかになる気配もなく視界不良は続いていた。
そろそろ太陽が沈む。
冬山の夜といえば、言うまでもない。
恐ろしい低温の世界となる。
まぁ、カマクラの中は思ったよりも暖かいし、寝袋も厚めのものがある。
携行食も余分に持って来たし、水はまわりにどれだけでもあるし・・・。
そう考えて自らを鼓舞するものの・・・
現実として、固形燃料があとどれだけ持つのか、
救助が来るのはいつになるのか、
問題は山積みである。
ふと気づくと、沖野が寝息を立てていた。どうやら、疲労しきっていたようだ。
捻挫の痛みもこたえたのだろう。
このまま天気が回復しなければ、沖野も自分も助からないかもしれない。
今できることは、睡眠で体力を回復することぐらいしかないな。
私は暗澹たる気持ちのまま眠りについたのだった。
そして、
しばらくして、眠りが覚めた。こんな状況では眠りも浅いはずだ。
私は目を閉じたまま寝返りをうつ。
・・・・・
・・・
・・
!?
ここは?
寝袋の中はこんなに広くない。
いや、それどころか顔をなでる空気が温かい。
ガバッと起き上がり、ポケットの中にあったLED灯で周囲を照らすと、今いるのは、どこぞやの温泉旅館の和室のようなところであった。
腕時計を見ると午前5時を回っていた。
思ったよりも長く寝ていたらしい。
「おい、沖野!!」
突然の異変。
少し怖くなった私は、
近くにいるだろう沖野に向かって大声で呼びかける。
『なんだよ、うるさいなぁ・・・
って、・・何事!?』
あぁ。
自分以外の人間がひどく驚いているのを見ると、案外冷静でいられるものだな。
さっきより少し落ち着いた私は答えた。
「我々は、どうやらあの場所から移動したらしい」
電気をつけるとこの部屋は随分と見事なものだった。
座卓は新調したばかりのようにキレイで、障子も張り替えたばかりのように真っ白で、もちろんどこにも破れはない。
畳も全く痛んでいないうえに、埃や髪の毛一本さえも落ちていなかった。
それどころか、今気がついたのだが、ポットにはお湯が沸かされていて、急須、茶筒も使えるばっかりになっていた。
まるで、我々をもてなしているかのように。
そして・・・
『おい、高杉!手紙が置いてあるぞ』
「えっ?どれどれ?」
《隣のお部屋は食堂です
その隣には大浴場
トイレはこの部屋のわきの方に
小さな扉があるのでそちらから。
お荷物はテーブルの
わきに置いてあります。
吹雪が晴れるまでごゆっくりどうぞ。
from 大精霊》
「お風呂?」
『食事?』
ちょっと待て!
ち、ちょっと、たんま!!
冷静に、冷静になって考えればだ、
『こんなことあってたまるかよ!
ここはホワイトアウトの雪山の中だぜ?
この暖かい部屋といい・・・まさか、俺たち、既に凍死してる・・・なんてことないよな?』
おい沖野、今私が言おうとしていた事を全て言うなよ。
おかげで、また少し冷静さを取り戻せたじゃないか。
しかし、
「全くもって、不可解な状況だけど、我々は確かに生存しているし、ここにたどり着いて幸運だったのは間違いないだろう。
ここまで来られた経緯は謎に包まれているけれども、そもそも害意があるのなら、あの状況であれば、放っておけばいいのだから・・・」
そう言う訳で、我々2人は、この手紙を信用する事にした。
そして、食堂へのドアを開いた。
洋間があり、中央に大きなテーブルと椅子があった。
広さは、10畳といったところか。
他に家具は見当たらないので、随分と広く見えた。
『おい、テーブルの上に、手紙があるぞ。』
沖野が手にした手紙の文章は短く、
《この手紙の余白に、なんでも食べたいものを書いて下さい。先にお風呂をどうぞ》
とあった。
もう、なんか本当に用意してもらえそうな感じだし、思い切って好きなもの書いちゃえっ!
とまぁ、書きましたとも。
沖野のリクエストも聞きながら。
ただ、・・・
私はそれよりも・・・
『食事もいいけど、お風呂入りたい、お風呂。
空腹も辛いんだけど、
手足の凍傷を先になんとかしたい!』
「沖野、おまえなぁ・・・」
またしても、私のセリフを奪いやがって・・・。
と思いつつも
「それには私も賛成だ!!」
我々は食堂で全裸になると、勢いよく、隣にあると言う、浴室の扉を開けたのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる