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第1章 異世界転生編
82話 歓声の裏で(後編)
しおりを挟む倒れこむような体制にはなっていたものの、拳は相手の横腹に命中し、その感触もしっかりと拳に伝わっていた。
「いやはや、驚かされました。ただ愚かなだけの少年だと思っていたのですがこれは予想以上。ですが…」
仮面男は何事もなかったかのようにニヤリと笑った。
「効きませんね、まったく」
その不気味な笑みは先日見た夢に出てきた得体のしれない影のそれと類似しており、身が凍りそうな感覚が大河を襲った。
「くそっ!」
湧き出る恐怖を打ち消すように2発、3発と連続で腹部に右拳を打ち込むも痛がる素振りどころか大河が攻撃が通じず焦っているのを楽しんでいる様子だった。
「大雑把な攻撃が更に雑になって随分とお粗末なものになっておりますがこれもまた作戦でしょうか?」
大河はバックステップで少しだけ距離を取って握る力を少しだけ弱めながら再び右拳を前に突き出した。
くそっ!やっぱり体が流れて…
一直線に突き出したつもりの拳はやはり上ずって少し放物線を描く軌道になってしまったが、理解しつつもどうすることも出来なかった大河は半分破れかぶれのまま当てに行った。しかし仮面男はわざわざ横向きにしていた体を突然正面に向けてきた。そしてわざと額を拳の前に差し出し、そのまま拳が仮面に衝突した。
「模倣品とはいえこの仮面にひびを入れるとは。やはり一般人にしては驚くべき力の持ち主ですね。ですが…」
半端な位置で止められた反動で手首に痛みが走り、後ろによろけた。
「申し訳ありませんこのままだといつまで経っても終わりが見えなかったので特別サービスで額を差し出したつもりだったのですがね、くっくっくっくっ。失敬、私仮面を付けている事を失念していたようです。どうかお許しを」
「そのままではお辛いでしょうから私めが楽にしてさしあげましょう」
次の瞬間、仮面男は素早く距離を詰めて来た。大河は咄嗟に後ずさり仮面男の攻撃をかわした。
「これで何度目ですかね貴方に驚かされたのは。先程のお粗末としか言いようのない攻撃もした方と同一人物とは到底思えぬ程洗練された足捌き。もしや先程までは様子を窺う為に本当に演技していたとでも」
「………」
「だんまりですか。なら…」
忽然と相手の姿が消えた、気付いた時には大河の仮面男の拳が腹部に打ちこまれていた。
「うっ…」
「ほう、これまた驚かされましたね。まさかよろこもせず普通に耐えてしまわれるとは。これ以上出力を上げては感のいい者に気付かれてしまうかもしれませんからね。一瞬で終わらせてさしあげましょう」
周りを見渡すと倒れている警備隊員がおり、その者が手にしていた。剣が目に入った。痛みに耐えながらすぐさま駆け寄り剣を手にし牽制しようとした。しかし…
″″カラン″″カラーン″″
構えた筈の剣は何故かスルリと地面に転がった。
なっ!
再び剣を掴むもいつの間にか力が抜けて重力に逆らうことなくまたしても地面に落ちた。何度も試しても同じ結果となり、敵に追い詰められている状況も相まって急速に焦りが加速していった。
クソっ!何で、何でだよ!?
「それはまた何かの作戦なのでしょう?本当に読めない方ですね。それなら尚の事早めに終わらさなければ」
再び相手の姿が消え、大河は反射的にその場を飛びのきガードしようとした。しかし腕をクロスする直前腕が潜り込まれた。そして同時に腹に穴が開いたのかと思う程の衝撃と共に壁に叩きつけられた。
「攻撃力《パンチ》といい限りなく抑えているとはいえ私の攻撃をまともに受けて原形を留めている肉体といい、案外逸材だったのかもしれませんね。ですがこれで分かったでしょう?貴方では私に手も足も出ない事が。分かったのなら大人しくくたばっておいてください」
また…救えないのだろうか?
「いや…いや!」
やっぱり駄目なのだろうか…もういっそこのまま動かずにいた方が良かったりするのだろうか?…
「本当に人間の子供というのはそそる顔をするものですね。出来ることなら今すぐその恐怖の表情を最高値《Max》に高めて断末魔の叫びを聞きたいところですが、残念ながら今はまだ殺してさ上げられません。ですから後ほんのもう少しだ大人しく…」
地べたを這いかけている少年が自分の足を掴んでいた。
「…何ですかこの手は」
…余計なこと思い出してんじゃねーよ
何で首を突っ込んだんだよ?
結局スルーしきれなかったからだろ?
自身の為に関わらない方がいいんじゃないかと思いながらも目の前で連れ去られている現状を目撃してしまってそれを黙認でいなかったからだろ?
追いかけながらもその踏み出す事が正しいか間違いかすらわからない明確な答えが見つからないにも関わらず結局立ち止まれなかったんだろ?
だったらくだらないこと思い出してる余裕があんなら少しでもあがけ!
首を突っ込んじまったんなら突っ込み通せ!
またあんな光景を見たくないのなら!
「その子を離せ…クズ野郎」
「クズというの私にとっては誉め言葉でしかありませんが、気にいりませんね。何ですかその態度は。普段ならサクッと殺せるところを今はそれが出来ないから仕方なく見逃してあげようというのに…図に乗るなよ虫けらの分際で!!」
‘‘ゴキッ
先程食らったパンチよりも数段威力のある蹴りが横っ腹に突き刺さり、肋骨をへし折られた。その一撃で意識が飛びかけた。
「虫けらの分際で私をイラつかせたりするからそうな…」
驚愕した。忌々しくもその少年が自分の足を離さず掴んでいる上に自分を無言のままにらみ続けているからだった。
「き、貴様!」
「離さねー…絶対に…」
「…ふ、ふふふふ。なるほど、成るほど。虫にも五部の魂という奴でしょうか。気持ち悪くて虫唾が走りますがここまでくると感心すらしますよ。なのでそれに敬意を表して周りに気付かれない一瞬の間に体を貫いてあげましょう。私に出会ってしまった運の悪さと私に歯向かった己の愚かさをを後悔しながら死になさい」
「止めてー!それ以上やったらお兄ちゃんが死んじゃう!」
「心配なさらずともあなたもすぐにそちらに送って差し上げますからね」
「ダメ―!」
「それではこれにて…死ねー!」
文字通り殺すつもりで放たれた突き。しかしそれがタイガに届く前に仮面男は後方へと吹っ飛ばされていた。
「どうやら運が悪かったのは貴様の方だったようだな」
その場に突如として現れた最強の冒険者ブライト・エルプリクスは捕らわれていた少女を片手で胸に抱きながら仮面男に指を突きつけた。
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