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第1章 オカルト生活は突然に

第7話 偉大な先祖

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 崎山家には偉人がいる。

 何でも偉大なことをやってのけたとかで、先祖代々、供養につとめる誇れる人物だ、そうだ。

 正月などに親戚が集まると、毎年雪だるま式に膨らんでいく偉人伝。

 屈強な体格は二メートルをゆうに超え、まさに容貌魁偉ようぼうかいい

 おうぎで風を起こせば木をなぎ倒し、地を駆ければまさに早馬の如き疾走し、声を上げれば雷鳴が起こり、涙を流せば大雨が降る。

 弱きを助け強きをくじく心意気はおとこの中のおとこで、心優しき正義の英雄ヒーロー

 わずか一秒で相撲取りを倒したとか、口から火を噴いたとか、どれが真実でどれが嘘なのか、全くわからないほど、伝説は一人歩きしている。

 だが、実際のところ、みんなは偉大な先祖が何を成し遂げた人物なのか、関心は薄いようだった。

 親戚一同が集まった際には、酒を飲みたい大人たちの都合のいい「酒のさかな」として話題に上っているように見えたし、偉大な先祖の血が自分に流れていると実感することで自尊心が満され、誇らしく思っているだけなのでは、とオレは考えていた。

 ただ一人、ばあちゃんを除いては――。

 物心ついた頃から、耳にタコができるほどオレの「守護霊様」はその偉大な先祖だと何の根拠もなくばあちゃんから聞かされてきたけれど、オレは彼女の並べる御託ごたくを信じちゃいなかった。

 ばあちゃんは使命感に捕らわれているのか、何かあるとすぐ、「守護霊様、守護霊様」と結びつけたがった。

 それも異常なほどにしつこくこだわりすぎるものだから、オレは苦々しい思いで、ばあちゃんの話を聞き流していた。

「守護霊様」の名前さえ、うろ覚えの状態なのは、ばあちゃんへの反抗心からだ。

 その守護霊を封印したと公言する自称怨霊男が目の前にいる。

 痩身そうしんに、中性的で整った容貌。はっきり言ってしまえば、嫉妬心も奮い立たないほど同性から見ても惚れ惚れするようなイケメンだが、なよなよしているし、不意に気味が悪くなったりで、絡みづらく掴み所がない。まず、絶対に友達にしたくないタイプだ。

 そんなひょろひょろでなよなよした優男やさおとこが、おとこの中のおとこ容貌魁偉ようぼうかいいな偉大な先祖であり、オレの守護霊を封印してしまったとは、にわかに信じられない話だった。

 それに加え、オレはたった今、底抜けに明るい声で死の宣告を受けたところだ。不謹慎極まりない満面の笑顔も付け足されて。

「なんだってーーー!」

 近所中に響くようなオレの大声に、男は迷惑そうに耳を塞いだ。

「どういうことなんだよ、何で、何がどうなって」

「だから、真の命を狙っているのは私だけじゃないってことだよ。大変だね」

 男は全く大変そうじゃなく言った。

「大変だねって、あんたがオレの守護霊を封印したからだろうが。張本人のくせに他人事みたいに。オレの守護霊を返せ」

「イヤだったら」

「こっちは下手したてに出て頼んでんだろうが」

 男に食ってかかると、

「帰ってきたと思ったら、一体何事? 近所迷惑よ」

 ドアの向こうに眉間にしわを寄せた着物姿のばあちゃんが立っていた。

 持ち運びに便利なほど小柄でコンパクトな体型なのに、圧倒的に態度がでかい崎山家のドンの登場だ。

 七十歳目前のばあちゃんは、和服はもちろんのこと若者向けのカジュアルなファッションまで幅広く好む。

 不思議と若作りにならずに着こなしてしまう辺りも強者つわものなのだが、その若々しい印象は恐らく、姿勢のせいだろう。

 ばあちゃんのぴんと張った背筋は、まるで誰かが糸で吊っているようで、思わず天井を見上げそうになる。

「よそ見をしない」

「はいっ」

 彼女の気の強さが母さんや妹に受け継がれているのは当然のことで、崎山家の男子たちは肩身の狭い思いをしている。

 着物の裾を払うようにしてオレの前に正座をしたばあちゃんは、「今朝、真は守護霊様にご焼香しなかったわね?」とやんわりとした物言いとは裏腹、鋭い眼力でオレを射抜いた。

 オレは正座したまま、身体を強張こわばらせる。

「ごめん、線香はあとで上げておくからさ。今はそれどころじゃないっていうか」

「それどころじゃないっていうほど忙しそうには見えないわよ」

 来客があったからか、うっすらと口紅を引いた唇が不機嫌に動いた。

「大事な話をしていたんだよ、こいつと」

「こいつ?」

 オレは隣に座る男に親指を向けたが、さすがのばあちゃんも男の姿は見えていないようだった。

「そこに誰がいるって言うの。ふざけていないで背筋をシャンと伸ばしなさい」

「千代、そんなに怒ると血圧が上がっちゃうよ」

 あぐらを崩した男は、のんきにばあちゃんに向かって言ったが、彼女は無反応だった。男の姿が見えていないどころか、声も聞こえていないらしい。

 オレはどうにかしてばあちゃんに男の存在を知ってもらおうと「見えていないかもしれないけれど」と前置きをしてこれまでのいきさつを説明したが、耳を傾けるばあちゃんは次第にしおれた花のように顔色がえなくなっていった。呆れ返っているようだ。

「怨霊の話によると、怒りっぽいばあちゃんはな、『いつか血圧が上がってぽっくりっちまう』んだって。しかも、へらへら笑ながら話してるんだぜ。不謹慎だよな」

「何を訳のわからないことを言っているの、不謹慎はあなたの方よ。全く、あなたの所行を見て、守護霊様がどんなにお怒りのことか。何て罰当たりな孫、崎山家の恥!」

 男の正体を明かすつもりで、事実をなるべく忠実に伝えたというのに、ばあちゃんは説教を茶化されたと思ったようで、オレの耳を引きちぎるほどの力で引っ張った。

 オレは悲鳴を上げる。

 昔は美人だったと自称しているが、鬼婆さながらの怒り顔に見る影もない。

「いい? 真の名前は守護霊様の名前から一字を頂戴してつけたのよ。大変ありがたいの。十七年前、もうすぐ十八年前になるけれど、あなたが未熟児で生まれたときに、お医者様は『今日が峠かもしれない、覚悟してください』と何度も仰ったのに、真はこうして元気に生きている。それは守護霊様が守ってくださったお陰なの」

「違うって、オレが強運の持ち主だからだよ」

「真は強運を持ち合わせてなんていないわ」

 ばあちゃんはすげなく打ち捨てた。

「小さい頃に何度も命の危機があったのを守護霊様に助けていただいたでしょう? 毎朝、感謝の気持ちを込めてお線香をあげるように言っているのはそのためなのよ」

 オレはじんじん痛む耳をさすった。そこまで言うなら是非確認しておきたいことがある。

「ばあちゃんはどうして偉大な先祖が、オレの守護霊様だと思っているんだよ?」

「それは真と守護霊様の誕生日が一緒だからよ」

「たったそれだけの理由かよ!」

 そんな単純な思い込みで守護霊崇拝をしているというのか。

 ばあちゃんは鋭い目つきでオレを見据えているが、開き直っているようにも見えた。

「さあ、仏間に行きましょ。ご焼香したあとはお説教の続きをしなくっちゃ」

 ばあちゃんが意気揚々として、腰を浮かしたとき、背後で凄まじい破壊音がした。

 振り返ると、野球ボールが窓ガラスを突き破っているではないか。

 身をすくめたばあちゃんを咄嗟とっさに抱きしめたことにすら気付かないほど、あまりに突然の出来事だった。

 ボールは勢いやまず、割れたガラスの破片までもが鋭利な先端部分を向いて、オレたちに降り注ごうとしていた。

 それは逃れることのできない無数の凶器のように。
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