事あるときは幽霊の足をいただく!

北大路 夜明

文字の大きさ
上 下
7 / 60
第1章 オカルト生活は突然に

第6話 怨霊の証明

しおりを挟む
「違うよ。オンリョーだよ、怨霊」

 目の前の、嫉妬する気も起こらない端整な顔立ちの不法侵入者から信じがたい言葉が放たれた気がして、オレはもう一度聞き返した。

「音量だよな?」

「お・ん・りょ・う。怨霊はたたりをもたらすユーレイのことだよ、ゆ・う・れ・い」

 男は、地球が丸いのは常識だとでも言うように、なぜそんなことも知らないんだと非難の色をにじませて口を尖らせた。

「はあ?」

 悪びれる様子もない男の態度に呆気に取られ、口が半開きになる。

「ほら、千代ちよが守護霊だって豪語している崎山家の偉大なご先祖様がいるでしょ?  その偉大な先祖にひどい目に遭わされて、可哀想に、私は殺されちゃったんだ。あれは悪夢だったなあ。まあ、それ以来、崎山家に積年の恨みを抱いている、つまり怨霊になってしまってね。ちなみに私の人生計画では崎山家の末代まで呪わせてもらう予定だからよろしく!」

 男はオレに友好の意思を示してか握手を求めようとまた手を差し出してきた。

 その手を今度は払いのける。新手の詐欺か何だか知らないが、今時そんなネタを信じるやつは誰もいない。

「バーカ、何が怨霊だ、幽霊だ。嘘をつくならもっとまともな嘘をつけっての。オレはさっき、あんたの手を掴んだんだぜ、幽霊じゃなくて生身の人間じゃねえか。どうせ、『貴方はこのままでは不幸になりますので、指定の口座にお金を振り込んでください』ってたぐいの詐欺なんだろ」

 近頃のオレオレ詐欺の手口が巧妙になっているとは耳にするが、ついには幽霊まで登場させてくるとは。劇場型オレオレ詐欺ならぬ心霊型オレオレ詐欺だ。

「参ったな、信じてもらえないなんて」

 男は台詞とは裏腹にちっとも困った様子もなく、鼻の頭をかいたあと、のんびりとオレを覗き込んだ。

「見えないものを信じないなんてナンセンスだよ。世の中は目に見えないもので満ち溢れていることに真は気付いてる?」

 男の澄み渡った黒い瞳に困惑顔のオレが映る。

「Wi-Fiだって、Bluetoothだって、紫外線だって、真の好きな音楽だって、目に見えないのにちゃあんと存在しているじゃないか」

「それは科学的に証明されているんだよ!」

 妹が科学部に所属していることもあり、兄として語気荒く言い返しはしたが、体は金縛りにあったかのように動かない。恐怖のためではなく、考えたこともない世界の存在に戸惑ったからだ。

「仕方がない、証拠を見せてあげるよ」

 ノンフライのスナック菓子より軽い調子で男は言った。そして、その口調よりも軽く畳を蹴り上げると、男の痩身そうしんが空中を浮遊し始めた。風船のようにふわふわと漂いながら、口の端に強気な笑みを浮かべる。

「幽霊は空を飛べるんだよ。もう信じてくれるよね」

 オレは舌を巻いた。だが、慌てて驚いた顔を取り繕った。

「だったら、オレがあんたの手を取ったのはどう説明するんだよ」

「それは簡単、霊力の調節さ。死者である私たち幽霊には霊力という特別な力があるんだ。霊力を使うことで姿を見せたり、消すことができる。さっき、真が私の手を掴めたのは霊力を消費しているからだよ。こんな風に──」

 男は言いながら着地し、先ほどオレが払いのけた手で、パシッとオレの腕を取った。

 驚いたオレは、思わず後ろへる。

まことの腕を掴んだり、物体に触れたりすることは物凄く霊力を使うんだ。さあ、今度は私に触ってごらん」

 男にうながされるまま、恐る恐る手を伸ばした。胴体に触れたはずなのに、そこには初めから何も存在しないかのように手がくうを切る。光やSF映画のようにホログラムに触れても通過するだけで何も感じないのとよく似ていた。

「今は霊力を最小限に抑えている状態だから、触れることができないんだ。でも、こうすると」

 次は男の胴体に触れることができた。なめらかな肌触りの上質な着物と、引き締まった筋肉の感触を指先に覚え、咄嗟とっさに手を引っ込めた。

「うわ、気持ち悪ィ」

 両方の掌を代わる代わる眺めるオレに、男は「失礼だな」と言いながら、声を上げて笑った。

「ついでに言うと、今は真以外の生者には私の姿が見えないように霊力を節約しているんだよ。だから、他の人には私が見えない」

「どうせ、トリックがあるんだろ。あんた、マジシャンだもんな」

「トリックなんてないし、私はマジシャンじゃない、平凡な怨霊だってば。相変わらず、真は疑い深いなあ」

 男が初めて浮かべた困ったような表情につけ込み、オレはさらに息巻いた。とっておきの切り札を叩きつけてやる。

「怨霊だって言い張るんだったらなあ、あんたを殺した崎山家の先祖とやらをここに連れて来いよ」

「それは無理なお願いだね」

「どうせ嘘だから、できないんだろ?  今警察呼ぶからな、覚悟しろよ、詐欺師野郎」

 スマートフォンの液晶画面にためらいなく、「110」を打ち込んだとき、

「どうして連れて来れないと思う?」

 男はオレを試すように涼しげな目元を細めた。

「それは私が彼を封印したからだよ」

 通話ボタンに触れる寸前で、人差し指を止めた。

「何だって?」 

「封印したって言ったんだ。崎山家に伝わる偉大なご先祖様は実のところ、千代の言うように真の守護霊なんだよ。その守護霊を私がこの手で封印してしまった。ということは今の真には守護霊がツいていない」

 男は意味深に唇をつり上げる。

「真たち生きている人間、つまり生者には、必ずひとり守護霊がツいている。普段、何気なく生きている真たちが平穏無事に日常生活を送れているのは、守護霊の加護の元にある奇跡なんだ。その守護霊がツいていないってどういうことかわかる?」

 現実味のないキーワードの羅列に脳内がめちゃめちゃにかき乱されていた。

 これが詐欺の手口だと脳の司令塔で理解していても、すっかりパニックの波に呑み込まれたオレは、秩序を失ってしまっていた。まんまと男の話に取り込まれたというわけだ。

 単純で用心深い割に、情に流されやすいお人好し。オレの欠点が裏目に出た。

「……わからない」

 男の勢いに気圧けおされて、か細い声が漏れた。

「つまりは常に危険と隣り合わせ、なんだ」

 男は電車で見せた闇を抱えたような表情で、上半身を乗り出してきた。背筋に虫が這うような不快な気分になる。

「今日起こったことを思い出してみて。ひとつ、第二ボタンが取れた。ふたつ、チョークが黒板に突き刺さった。みっつ、靴紐が切れた。これは全部予兆なんだ」

「な、何の予兆なんだよ」

「今、貴方は私以外の怨霊にも狙われているってこと」

 男の婉曲えんきょくな言い回しに、オレは生唾を飲み下した。

「どういうことなのか、はっきり言えよ」

 男は楽しむには充分すぎるほどの小さな間を取ったあと、整った顔を惜しみなく崩して、憎たらしいほどの笑顔でとんでもないことを言った。

「一世一代の大ピンチ。真はもうすぐ死んじゃいまーす!」

 それはまるで「福引きで一等が当たりました」と心踊る歓喜の声が聞こえてきそうな顔いっぱいの笑顔だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

高校のナゾ

Zero
ミステリー
主人公 白鷺新一が入学した高校で次々と起こる事件。 新一はそれらを解決することができるのか

処理中です...