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第4章 生きることは、守られること
第19話 崎山家の食卓2
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通り魔は無事に逮捕された。
路上で完全に伸びきっていたところを、駆け付けた屈強な刑事たちによって叩き起こされたあと、荷物のようにパトカーに運び込まれ、あっという間に桜並木警察署へ連行されて行ったのだ。
その刑事たちのチームワークのよさと言ったら、「迅速・丁寧」をモットーにする引っ越し業者のように、息がぴったりと合っていた。
オレと加奈は見事な荷物の運搬作業を見届けたあと、現場に残った三田村さんと安藤さんに軽く事情聴取されただけで、すぐに解放された。
しかも、解放された先は市立病院。
加奈は無傷だからと現場に到着した救急車を帰還させたばかりで、病院は必要ないと応えたのだが、頭を打っているかもしれないから、念のために救急外来もやっている市立病院で診てもらった方がいいとの三田村さんの判断だった。
本格的な事情聴取は、明日少年課の刑事を交えて行われるとのことで、恐らく、その少年課の刑事は藤木さんなのだろうなと察しがつく。
病院のエントランスにタイヤを鳴らしながら、一台の車が入ってきた。
父さんだった。
父さんはオレたちを見つけると、その場に車を乗り捨てるようにして、駆けてくる。顔面蒼白だ。
三田村さんが話す事件の経緯に耳を傾けながら、父さんはオレと加奈の肩をそれぞれ抱いて、ずっと震えていた。病院の職員に車の移動を促されるまで二分となかったのに、「よかった、よかった」とマントラのように百辺以上は唱えていたと思う。
「それじゃあ、明日の事情聴取、大変だろうけど、よろしく頼むよ」
「よろしくね」
三田村さんと安藤さんと明日の約束をして、オレたちは覆面パトカーを見送った。
それから、一時間ほどで加奈の検査結果が出た。
「異常なし」
医者から太鼓判を押され、車に乗り込むと、父さんは「途中コンビニへ寄って、スイーツを買って帰ろう」といつかの会話を持ち出した。
オレと加奈、そして、なぜか真之助も賛成すると、運転席の父さんはとろけるような笑顔で振り返った。
兄妹のわだかまりが消えたことがよっぽど嬉しいようだった。
思えば、じいちゃんが死んでからの三年間、オレと加奈の確執を一番悲しんでいたのは父さんだったのかもしれない。
家族の中で取り分け優しく繊細な父さんは婿養子ということもあって、気配り上手であったから、家族のちょっとした異変にもいち速く気がついた。
家族の和を守るのは自分だと、そんな使命感を持っていたように感じる。
「真はよく頑張ったよ。加奈を助けてくれたこと、父さんは誇りに思うよ」
「当然のことをしただけさ」
オレは照れくささから逃れるついでに、窓の外へ視線を逃がした。
すると、病院の出入り口から見知った顔が出てくるところだった。見間違いかと思い、目を擦ってみたが、間違いない。風紀委員の坂本だ。
「坂本!」
「本当だ。どうして、こんな時間に病院にいるんだろう」
真之助が窓に顔を寄せ、オレの視線を追いかける。
「具合でも悪くなったのかな」
入れ違いになったのだろうか。しかし、救急外来は待合室も狭い上、坂本はモデルのような容姿だ。目立たないはずがなかった。
首を捻ったところで、坂本が病院にいた理由がわかるわけもなく、コンビニへ向かううちに車内はスイーツの話題で盛り上がり、そんな疑問は甘いホイップクリームで重ね塗りされていった。
※ ※ ※
帰宅後、久しぶりに平和な家族の団欒が訪れた。
テーブルの上座にばあちゃん、父さん、母さん。そして、反対側にオレと加奈が並ぶ。かつて、じいちゃんの席だった空席には真之助が着いている。
先ほどまで加奈の帰宅を喜び、抱き合って泣いていた母さんとばあちゃんだが、今ではすっかり涙も乾いて、笑顔を見せていた。これも食べなさい、あれも食べなさいと、離れて暮らす家族の里帰りを歓迎するかのように、オレと加奈の真ん前にてんこ盛りの料理を置く。
「今日は大変なことがあって時間がなかったから、簡単に冷凍食品なんだけど、二人ともたくさん食べるのよ」
「こんなことがなくても、恵子さんはいつもレンジでチンの簡単な料理だよね」
恥じらうように言った母さんに、鋭いツッコミを入れたのはもちろん真之助だ。崎山家には、母さんに歯に衣着せぬことを言う勇気ある人間はばあちゃん以外に存在しない。
オレはお付き人として責任を感じ、すぐに注意する。
「バカ、いつも簡単な料理とか失礼なことを言うなよ」
すると、真之助は心外だなと半眼で返してきた。
「勘違いしてない? 私は、恵子さんを悪く言っていないよ。ただ簡単な料理が好きなんだなあと思って感心しただけだよ、純粋にね」
「純粋にだと? 母さんをバカにしたら叱られんぞ」
「どうして、私が子孫の恵子さんに叱られなきゃならないんだよ」
「先祖も子孫も関係ねえよ」
「お兄ちゃん」
ふいに肩を叩かれ、顔を向けると、加奈は視点を一点に定めたまま、箸で正面を指している。前を見ろと言うのだ。
そこには不動明王を彷彿させる憤怒の形相を彫り刻んだ母さんの顔があった。眉間に深いしわを寄せて、ヒクヒクと顔を引きつらせている。
「……簡単な料理で悪かったわね」
「いえ、あの……ですね。こ……これには深い事情がありましてですね、お母様」
「夕飯に文句があるのなら、あんたは一生ご飯を食べるな!」
「はい、ごめんなさい。文句など一切ございません。いつも美味しい料理をありがとうございます」
真之助がニヤニヤする隣で、オレは母さんに平伏した。
何度も言うが、崎山家は女性の権力がすこぶる強い家系であるから、オレと父さんの肩身は狭く、牙を抜かれたオオカミのように立ち向かう術がない。
しかし、肩身の狭いもの同士、女性陣の水面下では男同士の絆が芽生えている。
このときも父さんは母さんの怒りから密かにオレを守ろうとして、さりげなく話題を変えてくれた。
「そういえば、科学部の研究はどんな具合なんだい、加奈?」
「順調だけど……」
加奈はご飯の上に乗せた冷凍ひじきをじっと眺めていたが、ちらりと横目で対角線上に座るばあちゃんを一瞥すると、姿勢を正して箸を置いた。
「今まで話してなかったけど、科学部の研究は実を言うと、幽霊がいないことを証明するための研究なの。今日ついにみんなで幽霊探知機を完成させて、明日いよいよ実験をする予定だったんだけど。あたし、明日まで待てなくて、お父さんの迎えがないのをいいことに、幽霊探知機を持って、ひとりで墓地に向かったの。お墓に行けば、幽霊がいるって言うでしょ。でも、探知機は反応しなかった」
「お墓に幽霊が眠っているわけないじゃないか。そんな退屈なところ、誰も好き好んでいやしないよ」
真之助がそんなことを言うから、頭の中にテノール歌手の歌声が巡り始め、思わず噴きそうになる。
「おばあちゃん、幽霊探知機が反応しなかったということは何を意味するかわかる? 残念だけど、この世に幽霊は存在しないんだよ」
加奈は同情する顔つきで、ばあちゃんを見た。新興宗教に心酔した人間を諭すような憐憫の情がこもった口ぶりだ。そして、勢いに乗った加奈は絶対に言ってはならない言葉を口にする。
「おばあちゃんが信じている守護霊様はどこにもいないんだからね!」
「お黙りなさい!!!!!」
平和な家族の団欒が一瞬にして、修羅場へと変わる。
ばあちゃんの一喝に一度は怯んだ加奈だったが、グッと肩に力を入れて、言い返した。
「黙らないもん。守護霊なんかいるはずがないのに、どうしてお仏壇に手を合わさなくちゃいけないの? いないんだから、感謝したって意味がないじゃない。そんなものを信じ続けるおばあちゃんが、古くて、ダサくて、可哀想で、あたし本当に嫌なの。だから、あたしは科学の力で幽霊がいないことを証明したいのよ!」
積もりに積もった感情を爆発させている、そんな感じだ。元々、オレもばあちゃんへの反抗心も手伝って、加奈寄りの考えであったから、気持ちはわからないでもない。が、残念ながら守護霊も幽霊も存在するのだ、妹よ。
「いつから加奈は目に見えないものを信じない子になったのかしら。それとも、科学は見えないものを信じない盲目的な学問なのかしら? だったら、それはダサいわね」
「科学はダサくないもん!」
加奈とばあちゃんのケンカがヒートアップするのをよそに、母さんと父さんは「触らぬばあちゃんに祟りなし」と決め込んでいるのか、おかずをパクパクと口に運びながら、楽しげに夫婦の会話で盛り上がっている。
そんな中年夫婦のイチャラブぶりを見ていたら、オレひとりが仲裁に入るのも何だかバカバカしくなって、テレビに顔を傾けた。
誰の視線も集めていないクイズ番組では「宇宙には人間が認識できる物質はたった五パーセントしかなく、残りはダークマターとダークエネルギーという目に見えない物質で構成されている」とタイムリーな話題を取り上げている。
なるほど。世の中、目に見えないもが確かに存在するということか。と、納得しながらエビチリに箸を伸ばす。
一番大きなエビを捕まえ、口に入れようとしたとき、テーブルに頬杖を突いた真之助が「ねえ」と目を細めた。
「テレビのチャンネルを変えてくれない?」
「は?」
「チャンネルだよ、チャンネル。今の時間、裏番組で面白いドラマがやっているんだよね。毎週、それを見たいがために、わざわざ佐藤さん家まで観に行く生活はもうやめにしたいんだ」
「やめにしたいって、不倫カップルの別れ話じゃねえんだからさ」
クイズ番組は頭の体操になるからと、ばあちゃんが好んで見ている番組で、リモコンの主導権は家長であるばあちゃんが握っているのだから、勝手にチャンネルを変えることは法律を破るくらい大それたことだ。
崎山家の人間であれば、誰だってこの不文律を理解しているはずだし、真之助だって例外ではない。それなのに無茶を言うのはオレを困らせて楽しんでいるだけなのだ。
「千代の手元にリモコンがあるから、サッと盗って、ピッと押すんだよ。サッと盗ってピッ。サッと盗ってピッだ」
リズムを刻むように軽やかに言う。
「絶対、やらないからな」
オレはドアをバタンと閉める勢いで撥ねつけ、拒絶の意思を表した。
しかし、真之助は承諾させる勝算でもあるのか、顔を近づけて、ニッと笑った。
「じゃあ、いいよ。佐藤さん家で観てくるから。ただその間、私が傍にいないんだから、自分の身は自分で守ることだね」
そんなことを言われてしまえば、こちらは脅迫されているようなものだ。
オレは声を押し殺して唸ると、ばあちゃんと加奈の様子を窺いながら、抜き足、差し足、忍び足でターゲットに接近する忍者のように、ばあちゃんの傍にあるリモコンへそっと手を伸ばした。
「今だ!」
真之助の号令を合図に、サッと盗って、ピッとボタンを押すと、パッとチャンネルが切り替わる。
すると、それまで加奈と言い合いをしていたはずのばあちゃんがオレの鼓膜を乱暴にぶち破った。
「コラ、真!!!!!」
このあと、どんな思いでリモコンを死守しなければならなかったのか言うまでもない。
十八歳の誕生日まであと三日――。
路上で完全に伸びきっていたところを、駆け付けた屈強な刑事たちによって叩き起こされたあと、荷物のようにパトカーに運び込まれ、あっという間に桜並木警察署へ連行されて行ったのだ。
その刑事たちのチームワークのよさと言ったら、「迅速・丁寧」をモットーにする引っ越し業者のように、息がぴったりと合っていた。
オレと加奈は見事な荷物の運搬作業を見届けたあと、現場に残った三田村さんと安藤さんに軽く事情聴取されただけで、すぐに解放された。
しかも、解放された先は市立病院。
加奈は無傷だからと現場に到着した救急車を帰還させたばかりで、病院は必要ないと応えたのだが、頭を打っているかもしれないから、念のために救急外来もやっている市立病院で診てもらった方がいいとの三田村さんの判断だった。
本格的な事情聴取は、明日少年課の刑事を交えて行われるとのことで、恐らく、その少年課の刑事は藤木さんなのだろうなと察しがつく。
病院のエントランスにタイヤを鳴らしながら、一台の車が入ってきた。
父さんだった。
父さんはオレたちを見つけると、その場に車を乗り捨てるようにして、駆けてくる。顔面蒼白だ。
三田村さんが話す事件の経緯に耳を傾けながら、父さんはオレと加奈の肩をそれぞれ抱いて、ずっと震えていた。病院の職員に車の移動を促されるまで二分となかったのに、「よかった、よかった」とマントラのように百辺以上は唱えていたと思う。
「それじゃあ、明日の事情聴取、大変だろうけど、よろしく頼むよ」
「よろしくね」
三田村さんと安藤さんと明日の約束をして、オレたちは覆面パトカーを見送った。
それから、一時間ほどで加奈の検査結果が出た。
「異常なし」
医者から太鼓判を押され、車に乗り込むと、父さんは「途中コンビニへ寄って、スイーツを買って帰ろう」といつかの会話を持ち出した。
オレと加奈、そして、なぜか真之助も賛成すると、運転席の父さんはとろけるような笑顔で振り返った。
兄妹のわだかまりが消えたことがよっぽど嬉しいようだった。
思えば、じいちゃんが死んでからの三年間、オレと加奈の確執を一番悲しんでいたのは父さんだったのかもしれない。
家族の中で取り分け優しく繊細な父さんは婿養子ということもあって、気配り上手であったから、家族のちょっとした異変にもいち速く気がついた。
家族の和を守るのは自分だと、そんな使命感を持っていたように感じる。
「真はよく頑張ったよ。加奈を助けてくれたこと、父さんは誇りに思うよ」
「当然のことをしただけさ」
オレは照れくささから逃れるついでに、窓の外へ視線を逃がした。
すると、病院の出入り口から見知った顔が出てくるところだった。見間違いかと思い、目を擦ってみたが、間違いない。風紀委員の坂本だ。
「坂本!」
「本当だ。どうして、こんな時間に病院にいるんだろう」
真之助が窓に顔を寄せ、オレの視線を追いかける。
「具合でも悪くなったのかな」
入れ違いになったのだろうか。しかし、救急外来は待合室も狭い上、坂本はモデルのような容姿だ。目立たないはずがなかった。
首を捻ったところで、坂本が病院にいた理由がわかるわけもなく、コンビニへ向かううちに車内はスイーツの話題で盛り上がり、そんな疑問は甘いホイップクリームで重ね塗りされていった。
※ ※ ※
帰宅後、久しぶりに平和な家族の団欒が訪れた。
テーブルの上座にばあちゃん、父さん、母さん。そして、反対側にオレと加奈が並ぶ。かつて、じいちゃんの席だった空席には真之助が着いている。
先ほどまで加奈の帰宅を喜び、抱き合って泣いていた母さんとばあちゃんだが、今ではすっかり涙も乾いて、笑顔を見せていた。これも食べなさい、あれも食べなさいと、離れて暮らす家族の里帰りを歓迎するかのように、オレと加奈の真ん前にてんこ盛りの料理を置く。
「今日は大変なことがあって時間がなかったから、簡単に冷凍食品なんだけど、二人ともたくさん食べるのよ」
「こんなことがなくても、恵子さんはいつもレンジでチンの簡単な料理だよね」
恥じらうように言った母さんに、鋭いツッコミを入れたのはもちろん真之助だ。崎山家には、母さんに歯に衣着せぬことを言う勇気ある人間はばあちゃん以外に存在しない。
オレはお付き人として責任を感じ、すぐに注意する。
「バカ、いつも簡単な料理とか失礼なことを言うなよ」
すると、真之助は心外だなと半眼で返してきた。
「勘違いしてない? 私は、恵子さんを悪く言っていないよ。ただ簡単な料理が好きなんだなあと思って感心しただけだよ、純粋にね」
「純粋にだと? 母さんをバカにしたら叱られんぞ」
「どうして、私が子孫の恵子さんに叱られなきゃならないんだよ」
「先祖も子孫も関係ねえよ」
「お兄ちゃん」
ふいに肩を叩かれ、顔を向けると、加奈は視点を一点に定めたまま、箸で正面を指している。前を見ろと言うのだ。
そこには不動明王を彷彿させる憤怒の形相を彫り刻んだ母さんの顔があった。眉間に深いしわを寄せて、ヒクヒクと顔を引きつらせている。
「……簡単な料理で悪かったわね」
「いえ、あの……ですね。こ……これには深い事情がありましてですね、お母様」
「夕飯に文句があるのなら、あんたは一生ご飯を食べるな!」
「はい、ごめんなさい。文句など一切ございません。いつも美味しい料理をありがとうございます」
真之助がニヤニヤする隣で、オレは母さんに平伏した。
何度も言うが、崎山家は女性の権力がすこぶる強い家系であるから、オレと父さんの肩身は狭く、牙を抜かれたオオカミのように立ち向かう術がない。
しかし、肩身の狭いもの同士、女性陣の水面下では男同士の絆が芽生えている。
このときも父さんは母さんの怒りから密かにオレを守ろうとして、さりげなく話題を変えてくれた。
「そういえば、科学部の研究はどんな具合なんだい、加奈?」
「順調だけど……」
加奈はご飯の上に乗せた冷凍ひじきをじっと眺めていたが、ちらりと横目で対角線上に座るばあちゃんを一瞥すると、姿勢を正して箸を置いた。
「今まで話してなかったけど、科学部の研究は実を言うと、幽霊がいないことを証明するための研究なの。今日ついにみんなで幽霊探知機を完成させて、明日いよいよ実験をする予定だったんだけど。あたし、明日まで待てなくて、お父さんの迎えがないのをいいことに、幽霊探知機を持って、ひとりで墓地に向かったの。お墓に行けば、幽霊がいるって言うでしょ。でも、探知機は反応しなかった」
「お墓に幽霊が眠っているわけないじゃないか。そんな退屈なところ、誰も好き好んでいやしないよ」
真之助がそんなことを言うから、頭の中にテノール歌手の歌声が巡り始め、思わず噴きそうになる。
「おばあちゃん、幽霊探知機が反応しなかったということは何を意味するかわかる? 残念だけど、この世に幽霊は存在しないんだよ」
加奈は同情する顔つきで、ばあちゃんを見た。新興宗教に心酔した人間を諭すような憐憫の情がこもった口ぶりだ。そして、勢いに乗った加奈は絶対に言ってはならない言葉を口にする。
「おばあちゃんが信じている守護霊様はどこにもいないんだからね!」
「お黙りなさい!!!!!」
平和な家族の団欒が一瞬にして、修羅場へと変わる。
ばあちゃんの一喝に一度は怯んだ加奈だったが、グッと肩に力を入れて、言い返した。
「黙らないもん。守護霊なんかいるはずがないのに、どうしてお仏壇に手を合わさなくちゃいけないの? いないんだから、感謝したって意味がないじゃない。そんなものを信じ続けるおばあちゃんが、古くて、ダサくて、可哀想で、あたし本当に嫌なの。だから、あたしは科学の力で幽霊がいないことを証明したいのよ!」
積もりに積もった感情を爆発させている、そんな感じだ。元々、オレもばあちゃんへの反抗心も手伝って、加奈寄りの考えであったから、気持ちはわからないでもない。が、残念ながら守護霊も幽霊も存在するのだ、妹よ。
「いつから加奈は目に見えないものを信じない子になったのかしら。それとも、科学は見えないものを信じない盲目的な学問なのかしら? だったら、それはダサいわね」
「科学はダサくないもん!」
加奈とばあちゃんのケンカがヒートアップするのをよそに、母さんと父さんは「触らぬばあちゃんに祟りなし」と決め込んでいるのか、おかずをパクパクと口に運びながら、楽しげに夫婦の会話で盛り上がっている。
そんな中年夫婦のイチャラブぶりを見ていたら、オレひとりが仲裁に入るのも何だかバカバカしくなって、テレビに顔を傾けた。
誰の視線も集めていないクイズ番組では「宇宙には人間が認識できる物質はたった五パーセントしかなく、残りはダークマターとダークエネルギーという目に見えない物質で構成されている」とタイムリーな話題を取り上げている。
なるほど。世の中、目に見えないもが確かに存在するということか。と、納得しながらエビチリに箸を伸ばす。
一番大きなエビを捕まえ、口に入れようとしたとき、テーブルに頬杖を突いた真之助が「ねえ」と目を細めた。
「テレビのチャンネルを変えてくれない?」
「は?」
「チャンネルだよ、チャンネル。今の時間、裏番組で面白いドラマがやっているんだよね。毎週、それを見たいがために、わざわざ佐藤さん家まで観に行く生活はもうやめにしたいんだ」
「やめにしたいって、不倫カップルの別れ話じゃねえんだからさ」
クイズ番組は頭の体操になるからと、ばあちゃんが好んで見ている番組で、リモコンの主導権は家長であるばあちゃんが握っているのだから、勝手にチャンネルを変えることは法律を破るくらい大それたことだ。
崎山家の人間であれば、誰だってこの不文律を理解しているはずだし、真之助だって例外ではない。それなのに無茶を言うのはオレを困らせて楽しんでいるだけなのだ。
「千代の手元にリモコンがあるから、サッと盗って、ピッと押すんだよ。サッと盗ってピッ。サッと盗ってピッだ」
リズムを刻むように軽やかに言う。
「絶対、やらないからな」
オレはドアをバタンと閉める勢いで撥ねつけ、拒絶の意思を表した。
しかし、真之助は承諾させる勝算でもあるのか、顔を近づけて、ニッと笑った。
「じゃあ、いいよ。佐藤さん家で観てくるから。ただその間、私が傍にいないんだから、自分の身は自分で守ることだね」
そんなことを言われてしまえば、こちらは脅迫されているようなものだ。
オレは声を押し殺して唸ると、ばあちゃんと加奈の様子を窺いながら、抜き足、差し足、忍び足でターゲットに接近する忍者のように、ばあちゃんの傍にあるリモコンへそっと手を伸ばした。
「今だ!」
真之助の号令を合図に、サッと盗って、ピッとボタンを押すと、パッとチャンネルが切り替わる。
すると、それまで加奈と言い合いをしていたはずのばあちゃんがオレの鼓膜を乱暴にぶち破った。
「コラ、真!!!!!」
このあと、どんな思いでリモコンを死守しなければならなかったのか言うまでもない。
十八歳の誕生日まであと三日――。
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それから、1番怖いと思ったのは聖子先生ですね笑
よかったら私の小説ちらっと見てみてください。素敵なお話をありがとうございます!
千名ひな様
この度は拙作を読んでいただいた上、感想までありがとうございました。
第一章は主に主人公と怨霊男との出会いがメインとなっていますが、第二章からはミステリー要素増えてきます(о´∀`о)
また機会がありましたら、よろしくお願いしますm(__)m
この度は本当にありがとうございました!