事あるときは幽霊の足をいただく!

北大路 夜明

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第4章 生きることは、守られること

第12話 血濡れの乙女【前編】

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「お助けください、真之助様!」

 きつくまぶたを閉じ、守護霊召喚の魔法を唱える。

 すると、足元に描かれた魔法陣が目が眩むほどの光を放ち、嵐の如く強風が吹き起こった――。なんて、ド派手な演出は当たり前だが一切なかった。

 目を開けば、澄まし顔の真之助が肩を並べていた。音もなくひそやかに舞う花びらのようにそっと佇んでいる。

「いるならいるって言えよ。いきなり隣に立たれるとビックリするだろうが!」

 早速、いつものように怒りをぶつけると、いつものように真之助はあっけらかんと笑った。

「隣に立つなって言うんじゃあ、ご希望に応えて遠くから見ているだけにしようかな。リストラされたわけだし?」

「冗談です、再雇用させてください、ひとりにしないでください、ごめんなさい」

 自分でも現金だと自覚するが、頭を下げずにはいられない。こんなとき、頼りになるのは専門分野に強い真之助しかいないのだ。

「そこに女の子の幽霊がいるんだよ!」

 オレは真之助の後ろに身を隠し、前方を指差した。情けないことにブルブルと指先が震える。こういうオカルト的な現象には一向に慣れそうもなかった。ビビりと言われようが、意気地無しと言われようが、構わない。怖いものは怖いのだ。

「藤木さんの車から見えた子だね」

 真之助は「今夜は星がキレイだね」と世間話でもするような軽い口調で声をかけた。

「こんばんは、お嬢さん。何かお困りごとでもあったのかな?」

 女の子の幽霊が顔を上げる気配があり、オレは反射的に顔を背けた。

 ホラー映画にありがちな、血に濡れた顔をしているに違いないと思ったからだ。

 女の子を直視すれば、得体のしれない呪いが発動しそうな気がして真之助を盾にする。

 ややあって、か細い声が反応した。二言三言、真之助と言葉を交わしているうちに女の子は泣き止んだようだった。

 急かすように明滅していた街路灯も何事もなかったかのように静かな明かりが点っている。

「真、怖がる必要はないよ。彼女も同業者だから」

「同業者って……その子も守護霊なのか?」

 カメがのっそり甲羅から頭を出すようにして、オレは恐る恐る真之助の背中から顔を覗かせた。

 泥が跳ね上げ、グチャグチャになった雨上がりの道路のように、涙と鼻水にまみれた女の子が真之助に顔を拭ってもらいながら、ニコニコ笑っていた。

 そこに血に濡れたホラー映画は存在せず、自分の想像力の豊かさに辟易へきえきする。

「お兄ちゃんが美人さんでビックリしちゃった」

「それはお嬢さんみたいな女の子に使う言葉だよ。私は崎山真之助。お名前は?」

はね、っていうの」

「おいねちゃんか。いい名前だ。よろしくね」

 真之助とおいねは例の守護霊之手形を確認し合う、守護霊界独特の挨拶を交わした。

 まだ小学校低学年くらいの小さな子供に見えるおいねだが、実際はオレよりも遥かに年上なのかもしれない。

 そう思ったのは、真之助が「おいねちゃんは※テンナ生まれか。私よりも先輩だ」と聞いたこともない元号を口にしたからだ。

 テンナが一体いつの時代なのか、歴史に疎いオレの知識ではわからないが、なるほど、よくよく見れば、おいねの着物や結い上げた髪から古い時代の情緒が感じられる、ような気がする。

 おいねは、はにかみながらオレに視線を寄こした。

「小さいお兄ちゃんのお名前は?」

 聞き捨てならない形容詞が文頭にくっついていたが、子供の言うことにいちいち腹を立ててはいられないと思い直す。

 ここでの小さいは身長の小さいではなく、年齢が一番小さい、すなわち「若い」を意味するのだと、自分に何度も言い聞かせ、怒りを急速冷凍させた。

「オレは崎山真」

「さきやま……? どうして、二人は同じ苗字なの、兄弟なの?」

「真は私の子孫であって、お付き人だからね。同じ苗字なんだよ」

 真之助が腰を屈めるようにして、おいねと目線を合わせる。

「子孫なのにあんまり似てないね」

 オレがイケメンじゃないと言いたいのか。

「身長も違うし」

 オレが小さいと言いたいのか。

「小さいお兄ちゃんは中学生だよね」

 オレが童顔だって言いたいのか!

 立て続けにコンプレックスを逆撫でされたのだ、そろそろ腹を立ててもいいはずだ。

 そもそも「小さいお兄ちゃん」呼ばわりじゃあ、自己紹介した意味がないではないか。

 「おいね、てめェ……!」とオレが息巻くより先に、真之助が「まあまあ、落ち着いて」とふんわり相好を崩した。子供の前だとこうも豹変するものなのかと非難したくなるほど、今まで見せたことのない優しげな表情に拍子抜けする。 

「おいねちゃん、私の顔をよく見てごらんよ、真と似ているから。目も鼻も口も」

「えー……」

 訝るように真之助を眺めていたおいねだが、やがて、手を叩きながら、「ほんとだ、似てる、似てる!」と表情を明るくした。

「真と私は瓜二つなんだ」

 思いがけないその言葉に嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてきた。
 
 イケメンのご先祖様真之助に瓜二つと公認されるのは正直、悪い気はしなかった。むしろ、光栄だ。

 オレはニヤニヤしそうになる口元を精いっぱい引き締めながら、「オレがイケメンだなんて、そんなことねえよ」と謙遜しようとしたのだが、すぐさま怒りを解凍させ、真之助の頬に叩き込むべき拳の準備をした。

 真之助が自分の顔のパーツを指差しながら、変顔をしていたのだ。それもただの変顔ではない。つらの皮を剥ぎ取り、隅々まで念入りに探しても、イケメンの要素がどこにも見当たらない面白可笑しい福笑いの顔だったのだ。

「お前ら、オレのことをバカにしやがって!」

「真が怒った」

「きゃ~怖い」

 いつか真之助の頬に思いっきり拳を叩き込んでやる。

 オレは固く決意した。
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