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第4章 生きることは、守られること
第11話 絶交宣言
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オレは一体どこを歩いているのだろうか。
そう思うほど、頭はひどく混乱していて、思考が上手くまとまらなかった。
三田村さんたちと別れてから、オレはあてもなく街をさ迷っている。
真之助がカランコロンと下駄を鳴らしながら、付いてきているのはわかったが、気に留める余裕など微塵も持ち合わせていなかった。
小さな段差につまずいて、我に返ったときには道路を押し倒す格好になっていた。掌や腕がジンジンする。
「洋画のベッドシーンみたいだ」
「……うるせぇな」
頭上から真之助の声が落ちてきたが、顔を上げられそうもなかった。
苛立ちと情けなさが、ない交ぜになり、視界が滲んでいたからだ。
一見、中学生に見えるオレにだって、惨めな顔を誰にも見せたくないと思うほどの男のプライドがあり、一見、無神経に見える真之助にだって、意気消沈している男に無用な情けをかけるような野暮な神経は持ち合わせていない。
道路に視線を這わせたまま、またしばらく歩くと、小さなバス停があった。
すでに気力と体力の限界を迎えていたオレはよろよろと腰を下ろした。
「どうして、じいちゃんが死ななきゃならなかったんだよ」
隣に真之助が座るのを待ってから、オレは愚痴を吐き出した。そう愚痴のつもりだった。
「殺されたかもしれないだって? 笑わせんじゃねえよ。真之助は『生者には必ず守護霊が付いている』って言ったよな? なのに、どうしてじいちゃんは殺されたんだよ? じいちゃんの守護霊は何をしていたんだよ。こんなんじゃ、守護霊の意味ねえじゃん。ふざけんなよ!」
愚痴はエスカレートし、オレはすっかり感情に飲み込まれてしまっていた。白くなった拳を太ももに何度も何度も叩き込む。涙が制服にシミを作った。
「守護霊だって完璧じゃないんだ」
真之助の静かな声が夕闇にぽつりと落ちた。
「生者が失敗することがあるように、私たちだって失敗することがあるんだ。どんなに厳しい訓練を積んだ優秀な守護霊でも、完璧な仕事なんてありえないんだよ。だからこそ、私たちは完璧に近づけるよう毎日努力しているんだ。理解してくれとは言わない。でも、守護霊は己の未熟さをちゃんと知っているから、誰もが命懸けでベストを尽くさなきゃいけない」
「意識高い系かよ」
オレは鼻で笑い、また突っかかる。
真之助の言葉が説教じみた古い言葉に聞こえ、体が異物を排除するように素直に聞き入れることができなかった。
「恐らく、孝志君は運命期にあったんだと思う。生者の運命期は守護霊が足掻いたところで、どうにもならないことも多いからね」
「だからって、じいちゃんの死に納得しろって言うのは強引だよな。真之助は運命期のオレを死なせないって言ったぜ?」
すでに言質を取っているのだと、言葉の端々に皮肉をたっぷりと含ませる。
「世の中には理不尽なことが多く存在するから、今は納得できなくてもいいよ。ただ、人は必ず死ぬ。遅かれ早かれ必ず、だ。これは生者にとって逃れられない絶対の真理なんだよ」
「何、いきなり畏まった顔で真理とか言っちゃってんの? 同僚の失態を庇ったって美談にならないからな。それとも、今の言葉がお前の本音だって言いたいのか?」
真之助は、立ち向かう勢いで詰問したオレを宥めすかしたり、躱したりすることなく、無情にも真っすぐ顎を引いた。
それを目の当たりにしたオレはほとんど反射的に立ち上がった。
「お前となんか、絶交だ。守護霊クビ、クビ、クビ!」
頭はグラグラと煮え立っていた。怒りが噴きこぼれるように、口から感情剥きだしの熱い塊が溢れ出す。
「最悪だな。とっくの昔に死んでいるお前は、生きている人間の気持ちを忘れちまったから、無神経な言葉を軽々しく口に出せるんだよ。オレたちは今この瞬間から赤の他人だからな。じゃあな!」
真之助の唇が何か言葉をかたどろうとしたが、オレは足を威勢よく踏み出していた。
真之助に失望していた。
今の真之助が言った台詞は、出会ってから今日までの日々を全否定するものだったからだ。
屋上から平沢に突き落とされそうになったとき、一瞬でも「生」に執着し、真之助に助けを求めた自分自身を恥ずかしく思った。
真之助の「生きる望みを捨てないこと」、そんな使い古された甘言を鵜呑みにし、命を繋ぐ頼みの綱としたのに、まさかの真之助の方からあっけなく切り落とされてしまうとは。
そして、そのことに愕然としているオレ自身に愕然とした。
日々、死にたいと願いながらも、真之助が「死なせない」と言ってくれたとき、本当は嬉しかったのだ。
暗い闇の中に堕ちていたオレに、真之助がそっと救いの手を差し伸べてくれたお陰で、何かが変わると思っていたし、変わることに期待していたのだ。
やっぱり、オレはじいちゃんに放った言葉の責めを受けるべきなのだ。死を以ってでしか償えない罪なのだから――。
感情が高揚すると脳から麻薬のようなホルモンが分泌されるというのは本当らしい。
上り坂が続いていたが、疲労感を感じることはなかった。
坂の中腹まで来たところで、ようやくオレは気が付いた。
ここがさっき藤木さんの車で通過したばかりの県道だったということに。
辺りは往来する車や人影はなく、ひっそりと静まり返っている。まるで、忘れ去られた海底の遺跡にただひとり佇んでいるようだ。
街路灯はあるものの、電球が切れかかっているのか、何かの通信の暗号のように不規則に明滅する。
そして、ひんやりとした空気が流れ込んでいること気が付いたときには、思わず悲鳴を上げそうになった。
目の前に、いつの間に現れたのか、着物姿の女の子がしゃがみ込んで泣いていたからだ。
『立て看板のある電柱のところで女の子が泣いている』
『この辺りはね、幽霊坂。そう呼ばれているんだよ』
車内での会話がようやく実像を結び始め、オレは震え上った。
恥ずかしげもなく前言を撤回する。
「お助けください、真之助様!!!」
絶交したばかりの真之助に助けを求めるのは調子がいいなあと自分でも思う。
そう思うほど、頭はひどく混乱していて、思考が上手くまとまらなかった。
三田村さんたちと別れてから、オレはあてもなく街をさ迷っている。
真之助がカランコロンと下駄を鳴らしながら、付いてきているのはわかったが、気に留める余裕など微塵も持ち合わせていなかった。
小さな段差につまずいて、我に返ったときには道路を押し倒す格好になっていた。掌や腕がジンジンする。
「洋画のベッドシーンみたいだ」
「……うるせぇな」
頭上から真之助の声が落ちてきたが、顔を上げられそうもなかった。
苛立ちと情けなさが、ない交ぜになり、視界が滲んでいたからだ。
一見、中学生に見えるオレにだって、惨めな顔を誰にも見せたくないと思うほどの男のプライドがあり、一見、無神経に見える真之助にだって、意気消沈している男に無用な情けをかけるような野暮な神経は持ち合わせていない。
道路に視線を這わせたまま、またしばらく歩くと、小さなバス停があった。
すでに気力と体力の限界を迎えていたオレはよろよろと腰を下ろした。
「どうして、じいちゃんが死ななきゃならなかったんだよ」
隣に真之助が座るのを待ってから、オレは愚痴を吐き出した。そう愚痴のつもりだった。
「殺されたかもしれないだって? 笑わせんじゃねえよ。真之助は『生者には必ず守護霊が付いている』って言ったよな? なのに、どうしてじいちゃんは殺されたんだよ? じいちゃんの守護霊は何をしていたんだよ。こんなんじゃ、守護霊の意味ねえじゃん。ふざけんなよ!」
愚痴はエスカレートし、オレはすっかり感情に飲み込まれてしまっていた。白くなった拳を太ももに何度も何度も叩き込む。涙が制服にシミを作った。
「守護霊だって完璧じゃないんだ」
真之助の静かな声が夕闇にぽつりと落ちた。
「生者が失敗することがあるように、私たちだって失敗することがあるんだ。どんなに厳しい訓練を積んだ優秀な守護霊でも、完璧な仕事なんてありえないんだよ。だからこそ、私たちは完璧に近づけるよう毎日努力しているんだ。理解してくれとは言わない。でも、守護霊は己の未熟さをちゃんと知っているから、誰もが命懸けでベストを尽くさなきゃいけない」
「意識高い系かよ」
オレは鼻で笑い、また突っかかる。
真之助の言葉が説教じみた古い言葉に聞こえ、体が異物を排除するように素直に聞き入れることができなかった。
「恐らく、孝志君は運命期にあったんだと思う。生者の運命期は守護霊が足掻いたところで、どうにもならないことも多いからね」
「だからって、じいちゃんの死に納得しろって言うのは強引だよな。真之助は運命期のオレを死なせないって言ったぜ?」
すでに言質を取っているのだと、言葉の端々に皮肉をたっぷりと含ませる。
「世の中には理不尽なことが多く存在するから、今は納得できなくてもいいよ。ただ、人は必ず死ぬ。遅かれ早かれ必ず、だ。これは生者にとって逃れられない絶対の真理なんだよ」
「何、いきなり畏まった顔で真理とか言っちゃってんの? 同僚の失態を庇ったって美談にならないからな。それとも、今の言葉がお前の本音だって言いたいのか?」
真之助は、立ち向かう勢いで詰問したオレを宥めすかしたり、躱したりすることなく、無情にも真っすぐ顎を引いた。
それを目の当たりにしたオレはほとんど反射的に立ち上がった。
「お前となんか、絶交だ。守護霊クビ、クビ、クビ!」
頭はグラグラと煮え立っていた。怒りが噴きこぼれるように、口から感情剥きだしの熱い塊が溢れ出す。
「最悪だな。とっくの昔に死んでいるお前は、生きている人間の気持ちを忘れちまったから、無神経な言葉を軽々しく口に出せるんだよ。オレたちは今この瞬間から赤の他人だからな。じゃあな!」
真之助の唇が何か言葉をかたどろうとしたが、オレは足を威勢よく踏み出していた。
真之助に失望していた。
今の真之助が言った台詞は、出会ってから今日までの日々を全否定するものだったからだ。
屋上から平沢に突き落とされそうになったとき、一瞬でも「生」に執着し、真之助に助けを求めた自分自身を恥ずかしく思った。
真之助の「生きる望みを捨てないこと」、そんな使い古された甘言を鵜呑みにし、命を繋ぐ頼みの綱としたのに、まさかの真之助の方からあっけなく切り落とされてしまうとは。
そして、そのことに愕然としているオレ自身に愕然とした。
日々、死にたいと願いながらも、真之助が「死なせない」と言ってくれたとき、本当は嬉しかったのだ。
暗い闇の中に堕ちていたオレに、真之助がそっと救いの手を差し伸べてくれたお陰で、何かが変わると思っていたし、変わることに期待していたのだ。
やっぱり、オレはじいちゃんに放った言葉の責めを受けるべきなのだ。死を以ってでしか償えない罪なのだから――。
感情が高揚すると脳から麻薬のようなホルモンが分泌されるというのは本当らしい。
上り坂が続いていたが、疲労感を感じることはなかった。
坂の中腹まで来たところで、ようやくオレは気が付いた。
ここがさっき藤木さんの車で通過したばかりの県道だったということに。
辺りは往来する車や人影はなく、ひっそりと静まり返っている。まるで、忘れ去られた海底の遺跡にただひとり佇んでいるようだ。
街路灯はあるものの、電球が切れかかっているのか、何かの通信の暗号のように不規則に明滅する。
そして、ひんやりとした空気が流れ込んでいること気が付いたときには、思わず悲鳴を上げそうになった。
目の前に、いつの間に現れたのか、着物姿の女の子がしゃがみ込んで泣いていたからだ。
『立て看板のある電柱のところで女の子が泣いている』
『この辺りはね、幽霊坂。そう呼ばれているんだよ』
車内での会話がようやく実像を結び始め、オレは震え上った。
恥ずかしげもなく前言を撤回する。
「お助けください、真之助様!!!」
絶交したばかりの真之助に助けを求めるのは調子がいいなあと自分でも思う。
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