事あるときは幽霊の足をいただく!

北大路 夜明

文字の大きさ
上 下
27 / 60
第3章 守護霊界の掟

第1話 リア充爆発

しおりを挟む
【真之助視点】

 今、私の隣には梅見原うめみはら高校のセーラー服を着た三十代の女性がいる。
 
 きっちりと結い上げた島田髷に、螺鈿らでん細工を施したくしかんざしあでやかに飾った彼女は、にこにこと穏やかに微笑み、私に腕を絡ませては無防備に体を押しつけてくる。

 仮に私が生者せいじゃ、つまり生きている人間で、生身の肉体を持っていたとすれば、心臓が派手に爆発でもして、理性の境界線が吹き飛んでしまうのだろうけれど、生憎、私は当の昔に死んでいるため、煩悩もとっくに手放している。
 
 彼女の甘い匂いや柔らかな二の腕は、まるで無味無臭の空気のような存在で、トキメキなんてものは起こりやしない。
 
 しかし、まあ、三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。

 朝の学校の図書館には特有の空気が満ちている。

 例えるならば、薄氷を割らないよう注意深く歩く緊張感と、樹齢千年を越えるご神木を前にした神聖で荘厳な雰囲気だ。

 この空気にあたると無意識に背筋を伸ばしてしまうのは、生前の癖が未だに抜けないからだろう。

 どことなく道場を彷彿ほうふつさせる図書館の空気感に、私はこっそり苦笑すると、
 
「ニヤニヤしてんじゃねえよ」
 
 真向まむかいに座るまことが押し殺した声で言った。
 
 女性に興味を持つ思春期の少年ならではの嫉妬と羞恥しゅうち、苛立ちを含んだドングリ眼が、私と私に身を寄せる彼女の胸元を躊躇ためらいがちに右往左往する。

 口に出さなくても「羨ましい」との声が聞こえてくるようだ。

 しかし、私は好きでこの場所に座っているわけではない。昨夜の真の行動がそもそもの原因な訳だから、責任を取って今すぐ交代して欲しいほどなのに、真は私の気持ちを露ほども知らず一方的に物事を解釈して非難してくる。

 まだまだ了見の狭いお子様めっ。

 度量の広い年長者である私は真の若さ故の未熟さを、許してあげなければならない。

 私は真の妬みと羨望の眼差しを受け流して、今朝の出来事を話題にすることにした。
 
「ねえ、無料の占いサイトは知ってる?」
 
「スマホのお話でございますか?」

 彼女は小さく首を傾けて、興味深そうに目を輝かせた。

 私は頷く。

「真が眠っている間、暇で暇で仕方がなかったから、ちょっとだけスマホを拝借して、無料の占いサイトに登録してみたんだ。ただ登録しただけなんだよ。それなのに真は『お前のせいで、今朝から大量の迷惑メールがたくさん来るようになった。どうしてくれるんだ』って文句を言うんだ。ゲームの課金をしたわけでも、睡眠の邪魔をしたわけでもないのに。一体、誰のお陰で今朝も遅刻しなかったと思っているんだろう。その恩を仇で返すだなんて、真は短気だと思わない? ねえ、寿々すずちゃん?」

「真之助様ったら、本当にお茶目なイタズラでございますね。いつまでも少年のようでス・テ・キ」

 この女性、寿々子すずこさんは口元を押さえ、ホホホと笑った。笑うと緩やかな山を描く眉がますます角度を失い、平地のようになる。

「何度も言わせんなよ。あんたが登録した占いサイトが出会い系と繋がっている悪質なやつだったんだよ」

 声のボリュームを最小まで絞って話す真をよそに、私は通常通りの音量で返す。

「でも、スマホを使ってもいいって言ったのは真だよ」

「オレは占いサイトに登録してもいいと言ったのか? あんたが可愛い犬猫の動画を見たいって言ったからスマホを貸してやったんだよ」

「まあまあ、お二人とも落ち着いてくださいませ」

 寿々子さんがゆっくりとした口調で仲裁に入る。

 すっきりとした奥二重の、わずかに下がった目尻はのんびりとした彼女の人柄と育ちのよさを表しているようだ。

「真さんも真之助様のお気持ちをんでさし上げればよろしいのに。生者は眠っておりますからご存じないのでしょうけれど、わたくしたちにとって、夜の空き時間は想像以上に退屈で苦痛が伴うものですのよ。ね、真之助様?」

 寿々子さんが私の肩に頭を寄せると、真の顔が引きつった。

 ここが図書館ではなかったら、間違いなく「リア充、爆発しろ」と呪いの呪文を唱えていたのだろうけれど、私も寿々子さんもリアルな生活が充実していたのは、生前、つまり大昔のことだから、嫉妬されるのはお門違いなのだ。私たちがイチャイチャしているのだって、真をからかうためにやっているだけだ。

「あーあ、やってられっかよ!」

 呪いの呪文を唱える代わりに乱暴な言葉を放つと、真はすぐに両手で口を塞いだ。周囲の視線を独り占めしていることに気がついたからだ。

 机に顔を伏せ、悔しさで体を震わせる真に心底同情したが、私の口は心にもないことを喋り出した。

「元はと言えば、真がこの状況を招いたんじゃないか。自業自得だよ。私はちっとも悪くないもーん」

「真さん、殿方が公衆の面前でお泣きになるのはおやめくださいませ」

 私や寿々子さんがどんな大声を出そうとも、幽霊の声は防音室に封じ込めた演奏のように生者に聞こえることはない。

 その証拠に私たちがどんなに騒がしかろうと、周りの生徒たちは読書に励んでいるし、隣の自習室では友人A君が勉強しているのが見える。

 生徒たちの守護霊たちは時折、好奇の視線を向けてくるけれど、彼らが私たちに話しかけてくることなど、まず百パーセントないだろうし、真には姿が見えてはいない。

 つまり、私たちは図書館だろうが、映画館だろうが、試験の真っ最中だろうが、お構いなしなのだ。

 真は何か言い返そうして、わずかに顔を上げたけれど、やがて悔しげに舌打ちを洩らし、小さな子供のように「べえっ」と舌を出した。

「まあ、ふて腐れてしまわれましたわ。真之助様も早くお謝りくださいませ」

 こんなときまで真のご機嫌取りをしなければならないなんて、守護霊は気苦労が絶えない仕事だと実感しながら、昨夜のことを思い出す。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

高校のナゾ

Zero
ミステリー
主人公 白鷺新一が入学した高校で次々と起こる事件。 新一はそれらを解決することができるのか

処理中です...