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92.恩と仇と

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 100/11/30(水)23:30 王都 王宮内タローシュの寝室

 不老不死の肉体を得たタローシュ。
 野郎を殺すのは不可能である。

 だが、勇者は人殺しではない。
 別に野郎を殺す必要はない。

「勇者パワー300倍!」

「いたいいたいいたいいたいいいい!」

 勇者が殺すのは悪の心。
 野郎の精神だけを殺す。

「しねえええええ! 勇者パワー400倍!」

 結果的に野郎が死んだとしても、それは偶然の産物であって、わざとではない。

「ひぎええええああああああ」

 泣き叫ぶタローシュの悲鳴を堪能した後、俺は勇者パワーを停止する。

「タローシュ。俺は拷問は好きではない。スマホの権利を放棄してはどうか?」

「はあはあはあ……だれが……おい! だ、だれか集まれ! あいつを……あいつを殺せ!」

 みっともなくも大声を張り上げ、助けを求めるタローシュ。

 クソ野郎もいちおうは勇者スキルを持つ身。
 一騎打ちで決着をつけようという、プライドすら持ち合わせていないのか?

 まあ、良い。
 どちらにせよ、それは無理な話。

 深夜にこれだけの轟音。悲鳴。
 タローシュが助けを求めるまでもなく、すでに城内からは衛兵が押し寄せていた。

 ドカーン

 だが、寝室の入口は、すでにサマヨちゃんが占拠しているのだ。
 集まる衛兵。全てがサマヨちゃんに叩きのめされ、地に伏せる。

「はあはあはあ……な、何をやっている! たかがスケルトンに!」

「たかが……か。サマヨちゃん……あれをやってくれ」

 コクリうなづくサマヨちゃん。
 手に持つ棍棒に魔力を込める。

「な?! なんだ……その魔力? そのオーラ……まさか!」

 ズドカーン

 凝縮された暗黒オーラが、棍棒の一振りと共に弾け飛ぶ。
 寝室を目指して廊下に連なる衛兵の身体もまた、散り散りに弾け飛んでいた。

「さしずめ魔王アタックといったところか? これ以上、無用な血を流したくはない。とっとと諦めろ」

「ま、魔王……強奪でスキルを集めても、どこを探しても見つからなかったスキルを。な、なんでモンスターが?」

 モンスターだって?

「サマヨちゃんは俺の嫁だぞ? 勇者と釣り合う相手となれば、魔王でなければ務まるまい?」

 別にサマヨちゃんの了承はもらっていないが、勇者の嫁といわれて、断る相手もいない。
 問題ない。

「お、俺の……俺の嫁は? 俺の課金モンスターは? ミズナはどこだっ!」

 そういえば、気にしていなかったが、こいつの課金モンスターはどこだろう?

「ミズナって、これのことかなぁ?」

 背後を振り向けば、カモナーが手に持つのは、首だけとなった女性の姿。

「ミ、ミズナ! なんてことを……うおー」

 首だけとはいえ、よくよく見ればかなりの美少女モンスター。

 この助平野郎が。
 課金モンスターに求めるのは、まずは主人を守る力。強さ。
 それを、見かけ優先で美少女モンスターをはべらせるとは。

 うらやましい……ではなくて、色ボケした自分の落ち度だ。

「ど、どういうことだ……こんな……こんな未来は! 聞いてないぞっ! おいっ! お前っ。なんとかしろ!」

 タローシュの言葉に応じて、ベッドを共にしていた女性が顔をあげる。

「……君は……ヒカリ様か?」

 その顔は忘れもしない。
 光の巫女。ヒカリ様。

 タローシュにスマホを奪われた俺を、助けてくれた少女。
 プライドの高い。強大な力を持つ少女。

 そんな彼女が助けを求めた相手が俺。
 タローシュに力を奪われ、殺される未来を視たと。

 ……これがその未来なのか?
 ベッドで組み伏せられたヒカリ様は、生まれたままの御姿。

 なら、その力は? 
 強奪は触れた相手のスキルを奪い取る。
 すでに力を奪われた後なのか?

 いや、それよりも……タローシュ!

「ぐすん……勇者さま。助けてください。タローシュが無理矢理……」

「はあっ? おかしいだ……ぎゃあああ!」

「ぶっ殺す! 勇者パワー500倍だぞ? 死ねよクソ野郎が!」

 女性を無理矢理など男にとって、あるまじき行為。
 しかも、俺が狙う相手を俺より先に手を出すなど、許されざる暴挙。

「ひぎゃああああああ! やめてやめてやめええええ!」

 よって手加減は必要ない。
 そして、止めてと言われて止める男もいない。
 ここまで来たなら、最後まで突き進むだけだ。

「しねええええ! 勇者パワー1000倍……マックス!」

「ぎええええあああああああ!」

 悲鳴を上げるタローシュの頭が。
 不死身のはずの肉体が徐々に崩壊していく。

 永遠に続く痛みから逃れる唯一の術。
 それはスマホの放棄。スキルの喪失。

 普通の人間が、終わりのない拷問に耐えられるはずがない。
 タローシュは不死の再生能力を手放し、死を選択したのだ。

 ズバアッ

 悲鳴の途絶えた頭に剣を振り下ろして、叩き割る。
 2つに分かたれたその頭が再生することは2度とない。

 ……あっけない最後。

 だが、悪党の幕切れなどそんなもの。
 せめて肥溜めの中で安らかに眠ると良い。

 ……しかし、冷静に考えればおかしな話。
 タローシュがスマホの権利を放棄したのは良い。

 だが、俺はまだ野郎のスマホを奪ったわけではない。
 誰かがスマホの権利を受け継ぐまでは、スキルを失うのはおかしいのではないか?

「んん? 何もおかしくないよ。だって、タローシュのスマホはここだもん」

 振り返る俺が見たのは、タローシュのスマホを手に持つヒカリ様。

 いつの間に服を着たのか?
 ではなくて、いつの間に野郎のスマホを?

 もしやタローシュが不老不死のスキルを失ったのは……

「もちろん。わたしが権利を奪ったからだよ。それじゃ……勇者パワー500倍いくねっ」

 ピッカリーン

 瞬間。ヒカリ様の身体から発する勇者の光。
 その光に目をくらませた一瞬。

「うぁぁっ!」

 ヒカリ様は瞬時にして、カモナーを叩きのめしていた。
 さらなる追撃。

 ガシッ

 その拳を俺は抑え込む。

「ヒカリ様。タローシュにスマホを狙われていたのではなかったのですか?」

「うん。じつはあ……わたしがタローシュのスマホを狙っていたの。きゃはっ。予知のとおり、ゲイムさん良い働きよね」

 ヒカリ様は、肉食系だったというわけか……
 言われてみれば納得だ。

「それで、ヒカリ様。スマホを奪ってどうするつもりです? スマホの力は一般人の手にはあまる力。勇者以外が扱えるものではないですよ?」

「えへ。わたしも勇者なんですよ? だからね……勇者パワー600倍よん」

 また目くらましか?
 だが、勇者に同じ手は2度も通用しない。

 そして、勇者パワー本来の使い方は、仲間を強化する聖なる光。
 仲間のいないヒカリ様が使ったところで、まぶしいだけで何の意味もない。

「ヒカリ様。戦うというなら、いきますよ?」

 しょせんは素人勇者。
 俺が本物の勇者スキルの使い方というものを、教えてやるとしよう。

「あー。ゲイムさん油断してると危ないよ?」

 なにを言ってる?
 だが、俺の後方。
 死角から凄まじい殺気が迫るのを感じる。

「ユウシャさん……死んでぇぇぇ。僕と一緒に死んでぇぇぇ!」

 凄まじい速度で俺を襲うのは、カモナー。

 ズバッ

 その手の小剣が、俺の服を切り裂いていた。
 死角からの攻撃とはいえ、俺に触れるとは。

「カモナー。気でも狂ったか?」

 ガキーン

 俺の制止にも構わず、続けて小剣を振るうカモナー。

「ハーレムなんてっ! ユウシャさんが死ねばっ! そうだよ。僕だけのユウシャさんになるんだよぉぉぉ!」

 いったい何を言っている? やはり気がふれたのか?
 俺が死んだとするなら、俺は誰とも何もすることはできない。
 俺は誰の物でもなくなるというのに。

 理解不可能な理論。
 支離滅裂な言動。

 何かのスキルの影響か?

「ゲイムさんヒドイよねえ。そんなに想ってくれる子がいるってのに。この変態さん」

 小剣スキルLV5所持のカモナー。
 その能力がヒカリ様の勇者パワーによって600倍に強化され、俺に迫る。

 カン カーン カキーン

 やむなく剣を抜いた俺は、次々に迫る小剣を打ち払う。

「カモナーに何をしました?」

「別にい? ただ彼女の精神を強化しただけよ? そう。愛情の心。可愛さあまって憎さ600倍ってやつう?」

 何が別にい? だ。

 カモナーを利用して俺を害しようというのだろう。
 相手がカモナーであれば、俺が反撃できないだろうという薄汚い計算。

 他人を道具としか見ないヒカリ様。
 ま、それはそれで王者の素質であり。

 カキーン

 なかなかに効果的な作戦といえよう。

 LV60のカモナーの能力が600倍となれば、LV3600に匹敵する戦闘力。
 最強勇者である俺と剣を打ち合うなど、世界広しといえど、そうはいない。

 カキーン

 それでも。

 エルフやドワーフの信仰をも取り込んだ今の俺は、5万人の勇者。
 すなわち勇者パワー5万倍に匹敵する戦闘力。
 LVでいうなら、LV30000である。

「カモナー。すまないが眠ってくれ」

 小剣を受け流すと同時に、みね打ち勇者アタックでカモナーを気絶させる。

 そう構える俺の耳に、ヒカリ様の声が聞こえた。

「それ困るかな……だからね。シャイニングマリオネット!」

 言葉と同時に俺の右腕が。
 カモナーの攻撃を受け流そうとする右腕が。
 俺の意志を離れ、動きを止めていた。

 ズバッ

 カモナーの小剣が俺の身体を斬りつける。
 痛い。まあ、それは良い。良くはないが。

 ズドッ

 俺の。自分の右腕に持つ剣が、俺の身体をえぐる。
 これはない。
 しかもさすがは俺の腕。痛い。

「?! ヒカリ様。何をやりました?」

 俺の右腕が、俺の意志と無関係に動き回る。
 手に持つ剣を振り回し、さらに俺の身体を刻もうとしていた。

「うーん……もうネタばらしして良いかな? わたしと会った時、ゲイムさんの右腕。なかったよね? わたしが魔法で治したんだもんね。その時にね。少し細工したのよねーてへっ」

 何がてへっだ。まったく可愛くない。

 しかし……そうか。
 あの時。俺の身体を治療する時、光魔法で何か細工したようだ。

 道具として扱うには、俺の意志は不要。
 出会った最初から、俺を使い捨てるつもりだったというわけか……

 なんだかんだいって、王都を脱することができたのは、ヒカリ様のおかげ。
 ヒカリ様の助けがなければ、俺はあのまま死んでいたかもしれないからだ。

 だからこそのヒカリ様。
 好きだとか、嫌いだとかは関係ない。
 恩には恩で応える。それが勇者というもの。

 だが、恩が恩ではなかったのであれば──
 もはや少女は俺にとって、ヒカリ様ではなくなった。

「ヒカリ。最強勇者を敵にまわしたなら死あるのみだ。これ以降、手加減はないぞ?」

 仇には仇で応えるのも、また勇者。
 ヒカリが死を望むのであれば、それに応えるのが勇者の義務である。
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