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79.激突オーガキング
しおりを挟む100/11/3(木)05:30 ファーの街 郊外
ファーの街を襲うオーガ獣の群れ。オーガ軍団。
かつて俺が初めて街を訪れたその時。
目にした巨大な門はすでに破壊され、続々と街中へ入り込むオーガ獣。
必死に食い止めようと相対する衛兵。そして、冒険者たち。
俺にとっては異世界の街で、どうなろうと関係のない街。
だが、俺の異世界は、ファーの街と共にあったのだ。
冒険者として登録した時のこと。
ギルド内で大暴れした時のこと。
孤児の引き取り。クランの設立。
街を襲うゴブリン軍団との戦い。
全て勇者だった頃の輝かしい記憶。
今や全てが懐かしい思い出の彼方。
確かにちっぽけな街だが。
王都に比べれば田舎だが。
この街が異世界での俺の故郷。
そして、俺を勇者として受け入れてくれた街。
勇者として。御使いとして、様々な恩恵を与えてくれた街。
であるなら、俺にはファーの街を守る義務がある。
「サマヨちゃんとチェーンさんは、街に入り込んだオーガ獣の相手を頼む」
「了解。勇者様は?」
俺はどうするかといえば──
「いくぞ。グリさん。俺たちはオーガ獣の本隊を狙う」
俺が狙うのはオーガ軍団の首領。
ボスの首を挙げる。
それが最も多く住民を救うことにつながるはずだ。
とはいったものの、これはかなりの難題。
首領のいる場所は、オーガ軍団の本隊。
当然、最も多くのオーガ獣が集まる場所。
はたして策もなしに突っ込んで大丈夫なのか?
それでも……行くしかない!
宙を舞い上空を抜ける俺の眼下で、オーガ獣と戦う冒険者たち。
乱戦と化した街中にあって、冒険者ギルドの一角は、オーガ獣相手に組織的な抵抗を見せていた。
「魔法で目を眩ませて。槍隊。足止め。弓隊。目を狙いなさい」
「オガァァッ!」
建物を盾に魔法を、武器を使い、的確にオーガ獣を仕留める冒険者たち。
指揮する女性はギルドマスターか? さすがといったところだ。
その上空を抜ける俺に向け、指揮する女性は手を振り声を荒げていた。
「ちょっと! そこのグリフォン! ゲイムさん! 止まりなさい。どこ行ってたのよ!」
誰かと思えば、リオンさん。元プレイヤーでかつての鑑定習得者。
冒険者を指揮するのは、ギルドマスターではなくリオンさんなのか。
今は冒険者ギルドで受付をやっていたと思ったのだが、なぜ?
「リオンさんか? 無事か?」
「それはこちらの台詞ですわよ。貴方。なに勝手に死んでますの?」
「いや死んではいないのだが……」
だが、国の発表ではそうなのだろう。
俺は偽物の御使いとして、すでに死亡扱い。
「ギルドマスターは?」
「ギルドマスターは精鋭を連れて前線に行ってますわ」
てことは、冒険者ギルドに残るのは、ランクの低い冒険者たちだけか。
それにしては、よくオーガ獣相手に戦っている。
「まあ、いいですわ。それより貴方……その貧弱なスキルは何なの? しかも職業が蛮族戦士ですって? 貴方。ますます野蛮になってますわね」
マジかよ。
都会っ子で勇者だった俺が、ついには未開の蛮族にまで。
というか、なんでリオンさんが俺の職業を知っている?
「それは当然ですわ。だって私、鑑定持ちですもの」
いや……リオンさんはすでに鑑定を失っているはず。
彼女がスマホから習得した鑑定は、スマホと一緒にカモナーの物になった。
スマホを没収した俺が言うのだから、間違いない。
「はあ。貴方ねえ。貴方の骨術スキルはどうやって習得したのかしら?」
それは決まっている。
骨を振り回して、幾度も同じ動作を繰り返すことで、この身体で覚えたのだ。
「そうよ。スキルは、行動によって習得することもできる。私が何のためにギルドの受付なんて面倒な仕事をやっていたと思って?」
面倒とか……ギルドマスターに頼み込んで雇ってもらったくせに。
というか、荒事が嫌で事務職を選んだんじゃないのか?
「ギルドの受付には様々なスキルを持った、様々な職業の方々が集まりますのよ。その人たちを見てスキルと職業を推測する。そして実際にギルドカードを見て答え合わせをしますの。これって何かのスキルの訓練になるんじゃないかしら?」
相手を見て職業とスキルを知る。それは確かに鑑定スキルそのものだ。
だが、それで習得できるなら、ギルドの受付は全員が鑑定を習得できるはず。
仮にも10Pスキルである鑑定スキル。他のスキルとは扱いが異なる。
そんな簡単に習得できるものではなく、実際、異世界に鑑定スキルを習得した者は誰もいない。
「普通の人には無理ですわ。ですが私は以前に鑑定を覚えていたという点で特別ですもの。スキルを失っても、鑑定のコツは私の身体が覚えてますから。だから、習得できましたのよ」
……そうか!
どんなに難解な問題でも、正答が分かれば、いずれ到達することができる。
例え記憶を失っても、繰り返し実戦した行動は身体が覚えているともいう。
「つまり……私の言いたいこと、分かりますわよね?」
つまり、過去には勇者であった俺なら、自力で勇者スキルを再習得することができる。
そういうことか?
「分かったなら、とっとと行ってらっしゃい。こっちは2軍の冒険者ばかりなのよ。いつまでも保たないわ」
「あねごー。2軍とかヒドイっす」
「うるさいわね。そこ。次が来てるわよ!」
「アイアイサー」
アイマムじゃないのかと思わないでもないが、どうでもいいか。
なんだかんだ言いながらも、襲い来るオーガ獣を撃退する冒険者たち。
ここは任せて、俺は行くとしよう。
「それとゲイムさん。オーガ獣の弱点は頭ですわよ」
頭が弱点って、それは俺もそうだ。
というより相手が人型なら、普通は頭が弱点だろう。
今さら言うようなことか?
「馬鹿にしてますわね? オーガ獣を御覧なさい」
冒険者たちが相手取るオーガ獣。
頭を潰されたオーガ獣は倒れて動かないが、手足を斬られたオーガ獣は違う。
噴き出す血は時間と共に止まり、切れた腕までもが再び生えだしていた。
「超再生のスキル。手や足を切っても無駄ですわ」
なるほど。
アンデッドであるサマヨちゃんが持つのと似たようなスキル。
頭を潰さない限り、復活するというわけか。
「分かった。サンキュー」
「ふん。今度はせいぜい死なないことね。貴方が死んだらこっちも終わりなの。真面目にやりなさいよ」
言われなくとも俺はいつでも真面目である。
「あねごー。もう少し言いようがあるっしょ。あれだけ心配していたのにさあ」
「うるさいわね。心配するわけないでしょ。アンタも喋ってないで手を動かす!」
なにやら顔を赤くして怒鳴るリオンさんを後に、俺はオーガ獣の本隊を目指してグリさんを駆る。
(ゲイムさん。今だけは応援してあげるから。勇者として、しっかり決めなさいよ)
とにかく作戦は決まった。
俺が勇者スキルを再習得すれば、勝負は決まる。
勇者にかかれば、薄汚いだけのオーガ獣の1000や2000。
物の数ではないのだから当然の話。
だが、そう上手くいくのだろうか?
勇者スキルのコツといわれても、俺には何も分からない。
俺は、ただスマホからスキルを習得しただけの男。
それでも……過去に俺が勇者だったのは事実。
戦ううちに何とかなるだろう。
いや──何とかしてみせる!
そのためにも、敵首領の前までグリさんで突っ込む。
アルちゃんを投げつけて、怯ませる。
飛び降りた俺が首領を、文字通りその頭をぶっ飛ばす。
「というわけで、突撃!」
宙を駆けるグリさん。
その背中で、俺はサマヨちゃんから借りた右腕の骨を構える。
一気に高度を取ったグリさんは、陣を構えるオーガ軍団の中枢へと侵入する。
宙を舞うグリさんに気づいたのか、オーガ軍団から迎撃の石が襲ってきていた。
たかが石ころとはいえ、オーガの膂力によって放たれるそれは砲弾である。
ドカッドカッ
「グルル……」
高速で飛行するグリさんだが、迎撃の数が多い。
何千というオーガ獣が立ち並ぶ本陣への急襲。
いくつかの石がグリさんを直撃するが、グリさんの背にある間、俺にできることは何もない。
と、俺の膝に座るアルちゃんは体液を漏らして、グリさんへと振りかけていた。
アルちゃん。マンドラゴラの体液は、治癒の効果を秘めている。
迎撃を受けながらも、その怪我を治療しつつ進み続けるグリさんアルちゃん。
ここは2人に任せて、俺は力を貯め続ける。
骨に魔力を込め、必殺の一撃に備えるのが俺の仕事。
進むにつれ、ますます迎撃の密度が増していく。
耳の近くで空気を切る投石音がなり響く中、ついに目的地が見えてきた。
オーガ獣の中にあって一際巨大なオーガ獣。
奴がオーガキング。
奴を討てば雑魚は混乱に陥り、街を襲うどころではなくなるはず。
魔力を込めて鈍く光る骨を両手に構える。
今の俺が蛮族戦士であるなら、蛮族最大の奥義で奴を葬る。
「頼む」
一点突破の急降下。
標的のオーガキング目がけてグリさんが降下した。
ドカアッ
一際巨大な岩石。
オーガキングの投げつける高速の岩石が、グリさんを直撃する。
「グルゥッ!」
崩れるバランス。落下するグリさん。
だが、その進路は標的に固定されたまま。
決して逸れることはない。
ドカッドカッドカッ
続いて撃ちだされる多数の石ころを、グリさんは翼を広げて受け止めた。
必死で体液をかけ続けるアルちゃんを尻目に、俺は翼の切れ目からチャンスを窺い続ける。
グリさんもアルちゃんも。
各自がやれることを、やってくれているのだ。
だから、俺は俺のやるべきことを。集中しろ。
オーガキング目がけて落下を続けるグリさん。
その巨体を空中で打ち返そうというのか、棍棒を振りかぶり待ち受けるオーガキングの姿が間近に見えた。
今だ!
オーガキングに接触する前。
奴が棍棒を振り払う前に。
俺はグリさんの背中から、落下の勢いを利用して飛び出した。
俺が奴の頭を打ち砕く!
「しねえええええええ!」
ドグシャアアアアッ!
「オガアアアアッッッキンゥッァァ!!」
打ち付ける骨。
急降下蛮族アタックは、咄嗟に振るわれた棍棒により軌道が逸らされ、オーガキングの肩甲骨を打ち砕くに留まっていた。
それでも、奴の右腕はしばらく使い物にならない。
落下するまま地面に打ち付けられた俺は、なんとか身体を起こして、再度オーガキングへと迫る。
「オーガアァァッ! キングー!」
腰を抜かせて座り込み、片手を挙げたオーガキングは雄たけびを上げた。
何事だ? 降参の合図……にしては威勢がよすぎるか?
「ググ……グオー!」
「グオー!」
「グオオー!」
不穏な雰囲気を感じた俺は、その場を飛び退いた。
ドカーン
付近のオーガ獣から一斉に投げられた石が、足元の地面を打ち砕く。
ぬおっ。
あらかじめ用心して正解だったが、これは……オーガキングめ。
逃げようというのか?
いや、違うな。
オーガキングの赤く光る目が、俺を睨み付けていた。
その目に映るのは、憎悪と復讐。
自分を傷つけた俺を決して逃がさない。
じわじわ嬲り殺しにしてくれる。
奴の目がそう語っている。
いつの間にか俺とオーガキングの間に、多くのオーガ獣が。
俺の周囲を、圧倒的多数のオーガ獣が取り囲んでいた。
俺を決して逃がさないと、その包囲を縮めるオーガ獣。
オーガキングの命令により、奴らの狙いは、ただ俺だけに代わっていた。
なら……狙い通りといえよう。
奴らの狙いが俺に移ったなら、街中で暴れている連中もここに集まる。
囮となって、命を賭けても民衆を守る。
それこそが勇者道。
かつて勇者だった俺が、再び勇者となるには、俺の命を賭けるほか道はない。
はたして俺は勇者となるのか、死者となるのか。
どちらにせよ、最後を飾るにふさわしい見せ場といえよう。
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