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46.弓

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 100/7/15(金)8:00 クランハウス


 虐げられた孤児たちをクランメンバーに加えるにあたり、俺は弓道を通じて心技体を鍛えることにした。

 お手本に一射してみせた俺の矢は、的に的中したあと盛大に爆発する。
 狙いを絞り集中する間、矢に魔力がこもったのだろうか?
 異世界の弓道は、恐ろしい武道に変貌していた。

 戦力外だと思っていた孤児たちだが、上手くいけば戦力になるかもしれない。

「それじゃ、みんな弓を持って。やってみてくれ」

 本来は筋力など基礎体力を先に着けるべきだが、せっかく幼女が興味を持ったのだ。
 いきなりだが、弓を引いてもらうことにする。

 スマホから、初心者でも大丈夫。子供用弓道セットを購入する。
 子供でも引けるよう弦は弱めに張られており、威力、飛距離共に大したことはない。

 が、それで十分だ。
 孤児たちには、クランハウスの2階に立てこもり、そこから弓を引いてもらう。
 弦が弱くとも、高所から射ることで威力と飛距離をカバーできるはずだ。

「弓は左手。矢は右手。そう、そう持つんだ」

 まずは持ち方だ。
 俺の弓道の知識はにわかでしかないが、全く知らないよりはマシだろう。
 孤児の手を取り、懇切丁寧に教えていく。

 家事や内職、外での薬草採集などの影響か、孤児たちの手は傷んでカサカサにひび割れていた。
 しっかり栄養を与えて成長すれば、いずれ綺麗で柔らかい手になるだろう。
 俺は孤児たちの手をいたわるよう、撫でさすりながら指導する。

「弓を引き絞っている間は、動かないように。心を平静に。的に集中すること」

 孤児の腰に手をそえ、構えを整える。
 やはり栄養不足か、孤児たちの身体は同年代の幼女に比べて細い。
 これまた、しっかり栄養を与えて成長すれば、いずれ柔らかくも引き締まった女性らしい腰になるだろう。
 俺は孤児たちの成長を促すよう、撫で抱えながら指導する。

「慌てる必要はない。ゆっくり、しっかり狙うんだ」

 孤児の顔に自分の顔を近づけ、ほっぺにほっぺを付けて狙いを補正する。
 孤児といっても、さすがにほっぺは柔らかい。

「矢を射った後もそのまま気を抜かない。相手を倒せたかどうか。反撃があるのかどうか。最後まで見届けて次に備えるように」

 今の俺は熱血教師。
 孤児の手をとり足をとり、俺は親身に寄り添いながら指導を続ける。

「でも、こんなにのんびり構えていても良いの? 相手は動くの」

 孤児が疑問に思うのはもっともだ。
 実際に戦うとなれば早く射るのは重要。
 だが、俺はあえてそれを追及しない。

「かまわない。弓を引くということは、相手の命を奪う行為だ。一射入魂。相手の命を奪う一射だからこそ、放つ一射に自分の魂を込める。軽々しく引いてよいものじゃない」

 いくら早く射ったとしても、幼女の放つ一射。
 当たりもしなければ、当たったとしても、どうということはない。

 なにより、孤児たちに指導を続けるなか、分かってきたことがある。

 魂を込める。集中して魔力を込めれば込めるほど、放たれる矢の威力、速度、精度ともに向上するということに。

 現に孤児たちの引く弓は、始めたての幼女とは思えない威力を見せていた。

 ターン ボカンッ

 的であるオオカミ獣の死体へ見事に的中。
 爆発したオオカミ獣は、こんがり燃える焼肉に変わっていた。

「やったー見て見てー」

 自分の成果に、小さな幼女がはしゃぐように手を振っていた。

「こらっ」

 ポカリ

 見事な戦果だが、俺は小さな幼女の頭に軽く拳骨を落とす。

「言っただろう? 的中したからといって気を抜かない。隙を見せないこと。嬉しい気持ちは分かる。だが、まずは君が射殺したオオカミ獣に敬意を表すること。喜ぶのはその後だ」

「えー。でも、敵だよね。それにオオカミ獣ってもう死んでるよ?」

 まあ確かにそうだ。
 だからといって、ないがしろにして良いわけではない。

「敵だとしても、死体だとしても冒涜してはいけない。君たちの誰だったかも言っていただろう?」

「わたしなの。死者をぼーとくしちゃダメなの」

 そうだ。孤児たちの中で一番年長の子だ。

「そう。君なら分かるだろうけど──こういうことだ」

 俺は剣を抜き放ち、オオカミ獣の死体へと斬りつける。

「死ねっ。このクソオオカミ!」

 グチャグチャに斬りつけた後も、頭を蹴とばして最後に──

「へっ。ざまあねえぜ。ぺっ」

 唾を吐きかけて、小さな幼女に向き直る。

「どうだ? 今の俺の姿は?」

「その……野蛮で怖いし格好悪いです。オオカミ獣さん、かわいそう」

 院長に虐げられていた記憶が蘇ったのか、小さな幼女は震えていた。

「そうだろう? なら、これでどうだ?」

 俺は抜き身のまま剣を構え、オオカミ獣の頭を一太刀で切り離す。

「すまない。だが、君の命は俺の糧とさせてもらう。安らかに眠ってくれ」

 剣を鞘に納めてオオカミ獣に一礼。
 黙祷をささげたところで、小さな幼女へと向き直る。

「どうだ? さっきの俺と比べて」

「その……キザでキモイです。でも、格好良いかも。オオカミ獣さんも安らかに眠っているような気がします」

 勇者は何をやっても様になる。若干キザに見えるのも仕方がない。

「仮に君が殺されるとして、どちらが良い?」

「その……後の方が良いかも」

 それが分かってもらえれば良い。

「そうだろう。誰でもゴミのように扱われるより、対等の命として扱ってくれる方が良い。君もそうするべきだ」

「はい。勇者さん、ごめんなさい」

 俺は謝る小さな幼女の手をとり、腰に当てさせる。

「なら、もう一度だ。そのままオオカミ獣の方を向いて」

 俺は小さな幼女と一緒に両手を腰に当て、オオカミ獣へと黙祷をささげる。
 周りで見ていた孤児たちも、俺たちにならって一斉に黙祷をささげていた。

「よし……なら、やったな。見事な的中だ!」

「は、はいっ。ありがとうございます」

 パンッ

 お互いに掲げた片手を打ち合わせて、的中を祝福する。

 異世界と弓道の相性は良い。
 この調子で鍛錬すれば、孤児たちも十分な戦力になりそうだ。

 戦力として考えるなら、実際に戦うだけなら、卑怯だろうが冒涜だろうが、何でもありな悪い奴の方が強いだろう。

 だが、俺は孤児たちに戦力を求めているわけではない。
 孤児たちを当てにするようでは、元々勝ち目などない。

 ボロは着てても心は錦。
 孤児たちには、正々堂々と美しく弓を引いてもらう。

 異世界には、他にも虐げられている孤児がたくさんいる。
 そんな孤児たちが誇れるように、目標となるように。

 心も体も美しくあってもらいたい。

 なにより、俺が求めるのは将来のハーレム要員。それだけだから。


 孤児たちと親身になって、肌をふれあって指導を続ける俺は、ひとつ気づいたことがある。

 孤児たちの服装は、かつては服だったと思える薄汚れた布切れを身にまとうのみ。
 練習で汗をかいたこともあって、言うのは少しはばかるが、臭うのだ。

 お風呂に入れるか。
 そして、新しい服。

 いくらお風呂で綺麗にしても、服装が汚れていたのでは意味がない。
 どうせなら、クランとして服装を統一するとしよう。

 今の俺は教師で孤児たちは生徒。
 学校における制服のようなものだ。
 私服OKの学校などもあるが、やはり学生には制服が良く似合う。

 俺は制服フェチではないが、利用する動画には制服物が多かった。
 そして、集団として戦闘するなら、敵味方の識別は楽な方が良いからだ。

「カモナー。すまないが、お風呂の用意をしてくれないか? 孤児たちを綺麗にしてやりたい」

 ウーちゃんの世話をしながら俺たちの練習を見ていたカモナーに、風呂の準備を頼むことにする。
 クランハウスの1階には、大きな浴場がある。
 練習後の疲れを癒すにも、お風呂は丁度良い。

「分かったぉ。でも、凄いねぇ。なんか弓道部の練習を見てるみたいだよぉ」

 俺は元弓道部だぞ? 1ヵ月だけだが。
 それはそうとして、服装を統一するなら、俺もカモナーもだ。

 今は長袖長ズボンの冴えないカモナーだが、制服となればやはりスカート。
 いちおうコイツは美少女だから、可愛くなるのではないか?

 ただ、これまでずっと男装していたカモナー。嫌がるかもしれない。
 まあ良い。孤児たちの面倒を見させるため、カモナーも一緒にお風呂へ放り込む。

 その間に、脱いだ服を全部制服に交換してしまえば良い。
 嫌だろうが何だろうが、スカートしかないのでは、履かざるをえない。
 まさか裸で外へ出るわけにもいくまい。

「よし。今日はこれまで。道具を持って2階へ。最後にしっかり手入れをするように」

 まだお昼前だが、今日の訓練はこれで終了だ。
 体力のない孤児相手にやりすぎても意味はない。
 楽しい、もっと続けたいと思える程度で引き上げれば、明日もまた頑張ってくれるだろう。

 道具の手入れが終わるころには、お風呂の準備ができているはずだ。
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