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45.戦闘訓練

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100/7/14(木)23:00 クランハウス


 孤児たち10人を引き連れてクランハウスまで戻る頃には、すっかり深夜になっていた。
 昨晩あれだけ襲って来たオオカミ獣の姿は、周囲に見えない。
 半信半疑ではあったが、オオカミ避けが効いているようだ。

「というわけで、ここが俺たちのクランハウスだ」

「ふわぁ……おかえりーって、なんでいっぱい増えてるのぉ?」

 半分寝ていたのだろう、寝ぼけ眼のカモナーが出迎える。
 ギルドのお姉さんは帰ったのだろう。その姿はない。

「カモちゃんだぁ」「カモちゃーん」

「ああっ。みんなーどうしたのぉ?」

 ワラワラとカモナーに群がる孤児たち。
 親交を温めている間に俺はクランハウスの2階へと移動する。

 元々複数の人間が住むよう設計されており、2階には廊下を挟んで複数の部屋が用意されていた。
 1部屋あたりの広さは8畳ほど。
 職人さんの手によって補修されてはいるが、家具など何もないがらんどうの状態だ。

 孤児たちの総数は10名。
 空き部屋のうち、3つの部屋にスマホから購入した布団を並べる。
 孤児院を離れて最初の夜。孤児たちも離れ離れになるのは不安だろう。
 1部屋あたり3ー4名を詰め込むことにする。

 準備ができたところで、今だに外で騒ぐカモナーたちに声をかけた。

「夜も遅い。布団を用意したので部屋で寝るように。明日から忙しくなるから、早く休んでおいてくれ」

「はーい」

 孤児院で厳しくしつけられたのだろう。
 素直な返事を残して孤児たちは部屋へと入っていった。

「ユウシャさん。あの子たちを引き取ったんだ」

 孤児たちを部屋へと押し込んだところで、カモナーが問いかける。

「ああ。まずかったか?」

「ううん。彼女たちが孤児院で辛い思いをしているって聞いても、僕には何もできなかったから……可愛そうだなーと思って、それだけだったんだ」

 それは俺も同じだ。
 可愛い幼女だとは思っても、今回のようなことでもなければ、クランハウスに連れ込むことはしない。

「誰でも自分が一番可愛いもの。何もおかしくない。たが、勇者である俺には子供を守る義務がある。それだけだ」

 誰にも役割というものがある。
 強者には強者の役割が、勇者スキルという力を得た俺には弱者を、幼女を守るという役割がある。

 危険のあるクランハウスで孤児たちを引き取ることに抵抗はあったが、要は俺がゴブリンどもを倒せば良いだけだ。

 そう考えれば人手が増えるのは、逆にありがたい。
 薬草採集に乳牛の乳しぼりなど、雑用はいくらでもある。

「やっぱりユウシャさんは勇者なんだなぁって……憧れるなぁ」

「カモナーも、もう休め。夜の見張りはサマヨちゃんがやってくれる。明日からはお前にも、孤児たちの先生になってもらうぞ?」

「うん。分かったよぉ。ユウシャさんお休みぃ!」

 強者に役割があるように、弱者にも役割がある。
 強者に奉仕するという役割が。

 幼女ばかり10人もの孤児たち。
 立派な女性に成長したあかつきには、しっかり奉仕してもらうとしよう。


 100/7/15(金)6:00 クランハウス


 翌朝、起き出した孤児たちを1階の食堂へと集めた。

「おはよう。みんな、よく眠れたかな?」

「おはようございますなの。凄く柔らかいお布団でびっくりしたの」

 そうだろう。スマホ産の高級羽毛布団だからな。

「朝食をとった後、君たちには戦闘訓練を行ってもらう」

「薬草集めじゃないの?」

 戦闘という言葉に、孤児たちは少し騒めいていた。

「見てのとおり、このクランハウスは郊外。ゴブリン獣の森の近くにある。いつゴブリン獣に襲われてもおかしくはない。生きるためには、戦う力が必要だ」

「分かったの。でも、みんな戦ったことなんてないの」

 それはそうだ。
 戦うだけの力があれば、院長にも歯向かっていたはずだ。

「そのための訓練だ。大丈夫。君たちに危険なことはさせないよ。さ、まずは朝ごはんを食べよう」

 スマホから購入した朝食セットで、俺たちは食事を済ませる。
 食事メニューの中でも安い物を選んだが、孤児たちは美味しいと喜んでいた。
 安あがりで良い。

「君たちには、これを使って訓練してもらう」

 俺が孤児たちのために用意した武器。
 それは弓だ。

 孤児たちは、これまで院長に虐げられてきた。
 間近で敵意を向けられたなら、反射的に身体がすくんで戦うどころではない。

 そして、直接、生き物を殴る、刺す、斬りつけるのは心情的に厳しくとも、離れたところから弓を引く分には、精神的な負担は少ない。
 ゴキブリを叩き潰すのはキモイが、スプレーを吹き付けるだけなら気楽なのと同じだ。

「まずは俺がお手本を見せる。見ていてくれ」

 俺は自分用に購入した弓。
 全長2メートルの長い弓を手に取った。
 これは、いわゆる和弓だ。

 学生時代は誰しも古武術や弓道といった神秘的な技術に憧れを持つもの。
 俺も同様で、憧れから少しだけ弓道をかじった経験がある。

 もっとも現実は甘くない。
 俺の幻想とは異なる厳しい練習に、わずかな期間で離れることになった。
 それでも、全く未知の洋弓とは異なり、多少の心得がある。

 和弓と洋弓。
 どちらが実践的なのか俺には分からないし、どうでも良い。

 元々、孤児たちは戦力外の存在。
 俺が孤児たちに弓を学ばせるのは、戦力として必要だからではない。

 武道は、弓道は心技体を鍛えるという。
 院長のような連中と遭遇した際にも、抗えるように。
 虐げられ自信を失くした孤児たちに、戦う自信を与えるため。

 俺は孤児たちに弓道を学んでもらうことにする。

 クランハウスの庭。
 その中央で俺は両足を開き、身体の正面、その頭上で弓を構える。
 視線の先には、柵に吊るしたオオカミ獣の死体。
 その死体を狙って、弦を引きながら弓を胸元まで降ろした。

 矢を引いたまま狙いを絞って静止する。
 まだだ……まだ……
 時間が止まったかのように静止、集中した中で……今だ!
 俺は右手を大きく離す。

 ターン

 手元を離れた矢が、一直線にオオカミ獣へと的中した。

 ドカーン

 直後、オオカミ獣の死体が爆散する。

「わー」「すごーい」「ほえー」

 ……なんで矢が刺さっただけで爆発する?
 これも魔力の影響か?
 狙いを絞る。集中するその間、矢に魔力が宿ったのか?
 なるほど……魔法や闘技と同じというわけか。

 幼女たちが騒ぐ中、俺は両手を腰に当て、その爆発が終わるまで見届けた。
 もしかして、魔力と弓道は相性が良いのかもしれない。

「どうかな?」

「……綺麗なの。よく分からないけど、パパが弓を射る姿は綺麗だったの。わたしもやってみたいの」

 相手を殺すという残虐な行為には、誰しも眉を潜めるものだ。
 だが、美しい、綺麗なものには、誰しも興味をひかれるもの。

 相手を殺す技術になるとしても、弓道なら、孤児たちも嫌悪感を抱くことなく、練習してくれるだろう。

 なにより、弓道をたしなむ女性は美しい。
 ただでさえ可愛い幼女が弓を引くなら、可愛く美しい至高の存在になるはずだ。
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