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43.孤児院

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 100/7/14(木)19:00 ファーの街


 ファーの街まで職人の護衛を終え、入場門から街中へと入る。

 グリさんは、街の外で待機だ。
 使い魔の首輪を購入するだけの金銭はあるが、グリさんは以前に街中で暴れている。
 グリさんが悪いわけではないし誤解も解けているが、それでも怪我をした衛兵たちは良い顔をしないだろう。
 グリさんも人込みは嫌いだろうし、街中へ連れ込む意味はない。

「護衛あざっす。ユウシャさんの活躍を祈っているっすよ」

「こちらこそ。建物の修理、ありがとうございました。それでは」

 職人さんたちと別れた俺は、幼女の案内で孤児院を目指す。

 案内されたのは街の外れ。
 あばら家のような建物が孤児院だという。

 職人さんたちの話からも分かるとおり、異世界での孤児の扱いは悪い。
 そんな中、あばら家で共に暮らしながら、孤児たちの世話をする。
 なかなか出来ることじゃない。

 そう考えると、少しばかり幼女たちに厳しく当たるのも無理はない。
 幼女たちに口添えするつもりで着いてきたが、むやみに文句をつけては俺がDQNになる。

 それはマズイ。
 仮に幼女への暴力があったとしても、理由があってのことかもしれない。
 しっかり話を聞いてから、礼儀正しく理論的に幼女を擁護しなければならない。

 幼女たちに続いて、俺はあばら家へと足を踏み入れる。

「おっせーぞ。なにやってんだ!」

 幼女を、俺を出迎えたのは男の怒声だった。

「ごめんなさい。薬草なかなか見つからなかったの」

 あれ……まるでDQNのような……第一声がこれか?

「ったく。使えねえゴミだな……おめーらのメシねーからなっ」

 幼女を怒鳴り散らす男は、背後の俺に気づいたのか不審げに問いかける。

「あ? 後ろの男はなんだ?」

 ……とりあえず、当初の予定通り礼儀正しく接するとしよう。

「こんばんは。俺は冒険者でユウシャと言います。草原で彼女たちがモンスターに襲われていたので保護しました」

「ああ? 冒険者ねえ。そりゃ、ありがとよ。じゃあな」

 話を聞くもクソもない。早くも俺を追い返したいようだ。

「あの、貴方が孤児院の責任者の方ですか?」

「だったら何だ? 謝礼なんて出す余裕ねえからな。ただでさえガキどもを食わせるのに精いっぱいだってのによ」

 そのわりに、男の顔は血色が良い。
 大柄な体格。十分すぎるほど栄養が行き渡り、でっぷり突き出たお腹。
 仕立ての良い衣服を身に着けている。この男が孤児院の院長だ。

 謝礼を期待したわけではないが、あまりにぞんざいな扱い。
 院長という、子供を育てる立場にありながら、こんな対応で良いのか?

「俺は謙虚ですから、謝礼は結構です。それより、遅くまで少女たちを外に出すのは危険じゃないですか? モンスターに襲ってくださいと言っているようなものです」

「余所者が余計な口出しするんじゃねえ。うちにはうちの指導方針があんだよ」

 俺だっておっさんと話したくはない。
 が、幼女たちに口添えすると言った手前、何もしないで帰るわけにもいかない。

「あまり子供に無茶をさせない方がよくないですか? 孤児院は孤児を育てるもので、死なせては駄目だと思うのです」

「へっ。何を言ってやがる。街で孤児どもが毎年どれだけ死んでるか知ってるのか? それに比べればここは天国だぜ」

 孤児の事情に詳しくはないが、きっとそうなのだろう。
 仮にも孤児院の院長。
 怒鳴るのも幼女のためを思っての行為であって、DQNのように見えて本当は良い奴なのだろうか?

「ああ? お前もしかしてガキどもに何か頼まれたか?」

「いえ、別にそういうわけでは……」

 院長は俺の言葉を待たず、行動に移っていた。

「ガキがっ! 恩を忘れやがって!」

 バシッ

「うう……」

 院長が、幼女の頬を平手で打つ。

「院長! なにを!?」

「へっ。ただのしつけだろ。薬草の数が全然たんねーんだからよ。サボってるガキにはしつけが必要なんだよ」

「しつけも大事ですが、暴力は見て楽しいものではありません。そしてサボリではなく、薬草が採れなくなった事には理由があります。やめてもらえませんか?」

 別に俺は体罰反対派ではない。
 世の中、身体で覚えなければ分からないこともある。

「へえ、暴力はやめてくださいだとよ……そんなら」

 バシッ

「うう……」

 院長は見せつけるように幼女の頬を平手で打った。

 こんな男を一瞬でも良い奴だと思った俺が間違っていた。
 幼女の言い分も聞かずに、理不尽な体罰は推奨される行為ではない。

「院長。俺はやめてくださいと言いました」

「なんだその目は? 文句でもあるのか? うちはなあ、ファーの領主さんに認められた由緒正しい孤児院なんだよ」

 領主。きっとファーの街で一番偉い人なのだろう。
 こんな無意味に虐待する奴を公認するとは、異世界の世も末だ。

「たかが冒険者にどうこう言われる筋はねえ。へっ、うちの指導に文句があるなら領主さんに言いなっ」

 バシッ

 領主という後ろ盾があったのでは、意見することはできない。
 これまでも同様の圧力で意見を封じてきたのか?
 領主に歯向かったのでは、ファーの街で生きていくことはできない。

「ったく。使えねえガキだが、いっちょまえに成長だけはしたか? そろそろヤツラにでも売り払うか。もっともその前に、俺が味見してからだがな。げへへ」

 そう言って、男は幼女の胸へと手を這わせた。

「や……いやなの」

 世の中、理不尽な暴力などいくらでもある。
 俺が知らないだけだ。
 そして、それは知らない方が楽でもある。
 知らないことに対しては、何もしなくて良い。

「おい。お前、いつまでいる? 見世物じゃねーぞ? とっとと帰りやがれ」

 だが──

 俺の手は、幼女の身体を這いずる男の手首をつかみ、捻りあげていた。

「な、なにしやがる。はなせっ」

 だが、知ってしまった。
 目の前で理不尽な暴力を見せられたのでは、勇者が見て見ぬ振りはできない。

 領主公認だって? 街で一番偉いだって?
 俺は勇者で世界で一番偉いのが俺だ。

「子供たちは宝だ」

 特にロリコンにとっては。

「子供たちは未来の希望だ」

 例え今は不細工であっても、将来は美人になる希望がある。

「由緒正しいか何か知らんが、勇者である俺を不快にさせた。それだけでお前の罪は万死に値する」

「な、なに言ってやがる。気が狂っているのか? 衛兵を呼ぶっもがっもがっ」

 暴れる院長を引き寄せ、うるさい口を手で封じる。

「お嬢ちゃん。なんでこんな男が孤児院なんて経営している? どう見ても福祉の精神にあふれているようには見えないのだが?」

「おばあちゃんが院長の時は良かったの。領主さんも、おばあちゃんならって資金を出していたそうなの。でも、おばあちゃんが亡くなって、この男が院長になってから、ひどくなる一方なの」

 ふむ。おばあちゃんの頃はまともな孤児院だったのだろう。
 領主から資金を貰い孤児院を運営していた。
 子供手当てみたいなものか。

「ありがとう。俺は院長と少し話をしてくる。ここで待っているんだよ」

 だが、この男。孤児のための資金をどうしている?
 孤児たちの身なりはボロボロでロクに食事も貰えていない口ぶり。
 そのわりに院長だけ妙に身なりが良いのは気になっていたが、資金を着服しているのか?

 この男はお金を得るために孤児を使っているだけで、孤児のことなど何も考えていない。
 それなら、俺も院長のことなど何も考える必要はない。

「指導といったな? お前の指導とは何だ? 子供を殴るだけがお前の指導なのか? 俺はお前の指導に不満がある。領主公認どうこうは関係ない。だからお前に文句を言わせてもらう」

 馬鹿な民衆に英知を授けるのもまた勇者の務め。
 俺が正しい指導というものを教えてやる。

「お前は孤児たちに薬草を集めろと言ったな? どうやって集める?」

「もがっもがっ」

 モガモガうるさい男の口に布をつめこみ黙らせる。

「そうだ。街の外へ。草原で集めるんだ。なら、まずはお前がやってみせろ。お前が手本を見せねば少女たちも集められないだろう?」

 騒ぐ院長を後ろ手にロープで縛り上げ拘束する。

「もがっもがっ」

「なに? 外は夜でモンスターが危険? 当たり前だろう? 今さら何を言っている。俺の指導に文句でもあるのか?」

 暴れる院長を引っ立て、孤児院を外に出る。

「サマヨちゃん。幼女たちをしばらく頼む」

 孤児院をサマヨちゃんに任せ草原へ向かう。
 そのため、まずは街の入場門へと移動する。

「もがっもがっ」

「領主公認だって? 俺は国王公認の勇者だぞ?」

 もっとも国王など見たこともない。
 だが、一般的に勇者は王族など偉い人たちに召喚されると決まっている。
 大きなくくりで見れば、間違いではないだろう。

「俺に文句があるなら国王に言うんだな。そら、行くぞ」

 院長を引き連れて通りを移動する姿を見て騒めく声が聞こえる。

「なにあれ?」
「やばくない?」
「野盗? 衛兵に通報したほうが良くない?」

 勇者がパレードするのだ。話題になるのも無理はない。
 だが、今は相手をしている暇はない。
 俺は騒めく群衆を通り抜け、街の入場門へと向かう。

「もがっもがっ」

 いつまでも、うるさい。

 ボカッ

 入場門では、衛兵が出入りする人たちを調べて通行料を徴取していた。
 もっとも俺はファーの街の冒険者。
 ギルドカードを提示すれば、通行料を払う必要はない。

「おい。あんたその男はどうした? なんで縛った上に口を塞いでいる?」

「俺はEランク冒険者のユウシャだ。この男と一緒に薬草を採りに行くだけだ。気にしないでくれ」

 俺はギルドカードを提示して入場門を抜ける。

「駄目だ。怪しい奴だな。男の口を塞いでいる布を外してくれないか? その男の言い分を聞いてみたい」

 ギルドカードを提示したにも関わらず、俺は衛兵に呼び止められていた。
 なかなか仕事熱心である。

「怪しい奴ではないので、その必要はない。勇者の俺が言うのだから間違いない」

「もがっもがっ」

 お前は黙っていろ。
 ボカッ

「おいっ。勇者か何だか知らんが、お前怪しいぞ? ひっ捕らえろ!」

 無念。俺はひっ捕らえられてしまった。

 いかに俺が善行をなそうとしようとも、残念ながら人は見た目で判断する。
 院長をロープで縛り街中を移動する俺は、どう見ても不審者だ。
 院長を連れ去ろうとする野盗にしか見えないのでは、捕まるのも無理はない。

 俺は大人しく衛兵に従う。
 勇者が理由もなく衛兵に暴力をふるうわけにはいかない。
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