学園の聖女様と俺の彼女が修羅場ってる。

味のないお茶

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第1章

第九話 ⑨ ~波乱の一日・昼~ 朱里視点

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 第九話  ⑨



 四時間目が終わるチャイムが鳴った。

 休み時間の度に、私の隣でたくさんのクラスメイトが黒瀬さんと悠斗くんに詰め寄っていた。

 二人のクラスメイトへの対応は両極端だった。

 悠斗くんはうんざりしながら、黒瀬さんは嬉々としながら。私はその様子を見ながら、歯噛みしていた。

 悔しい。

 どうしてもっと早くにクラスメイトの皆に、悠斗くんとの交際を打ち明けていなかったんだろうか?

 打ち明けてさいれば、こんな事にはならなかったのに……

 きっと、悠斗くんも同じ後悔をしてるんだろうな。

 ははは……

 そんなことを考えていたら、悠斗くんが私たちに言ってくる。

「山野先生に呼ばれてるから、進路指導室に行ってくるよ」

 そうだった。悠斗くんは先生に呼ばれてたよね。

 私は教室から出ていく彼の姿を見ながら、咲ちゃん先生が少しでも悠斗くんを元気づけてくれたら良いなと思っていた。

 そして、それが合図だったのかもしれない。

 黒瀬さんが私たちに話しかけてきた。

「ふふふ。佐藤さん、藤崎さん、それに武藤くん。本日は悠斗くんが残念ながら居ませんので、この四人でご飯と行きませんか?」

 悠斗くん……

 黒瀬さんの名前呼びにも少しは慣れてきた。

 けど、やっぱりまだ胸がザワザワする。

 でも、ここで逃げる訳には行かないっ!!

 私は決心して、黒瀬さんに答える。

「いいよ。黒瀬さん」

 そして、そんな私に二人が追従してくれる。

「私も賛成かな。黒瀬さんとは話したいことあるし」
「女三人に男一人ってのはなんとも気まずいが、まぁ悠斗が居ねぇなら仕方ねぇな。邪魔にならねぇようにするさ」

 ありがとう。二人とも。心強いよ。

 そんな私たちに黒瀬さんが言います。

「ありがとうございます。実は彼が居ないと『仲間外れ』にされてしまうかと思いましたが、杞憂でしたね。大変申し訳ありませんでした」

 な、仲間外れ!!??
 そ、そんなことするつもりなんて……
 いや、もしかしたら。ゆーこちゃんとか武藤くんなら、悠斗くんから引き離すために黒瀬さんを遠ざける行為に出てたかもしれない。
 それをさせない為に先手を打ってきた?

「……っ!!」
「黒瀬さん……」
「……なるほどな」

 仲間外れという言葉自体に反応した私と、その言葉の裏を読んだ二人が答える。

 そして、黒瀬さんはくるりと踵を返して言った。

「では、食堂へと向かいましょう。私は当然、肉増しの焼肉セットです」

 その言葉はいつもより明るく楽しげに聞こえた。









 食堂へと向かう途中で、私たち三人は話していた。

 普段は悠斗くんと私たち三人が先導し、少し後ろから黒瀬さんが着いてくる。
 と言う並びだったけど、今日は意気揚々と黒瀬さんが先頭を歩いている。
 ……余程嬉しいのかも知れない。
 まぁ、そのお陰で、私たち三人はある程度作戦会議のようなものが出来るのだけど。

「取り敢えず。今のうちの教室は、黒瀬さん贔屓になってるから、あそこで戦っても無理がある」

 と、ゆーこちゃんが切り出してきた。

「今、朱里がしないといけないのは、自分がいーんちょーの彼女だって示すこと」
「うん。でも、今のあの教室の雰囲気じゃ……」
「だから、学食を使う」
「え?」

 疑問に思う私に、ゆーこちゃんが続ける。

「うちのクラスは学食を使わない人が結構多いの。それに、いくら黒瀬さんが人気だからって、朝の今で学食まで彼女の話で盛り上がってるとは考えにくい」
「……うん」
「なるほどな。つまり、学食で藤崎さんが、『私が悠斗の彼女だ!!』って叫べばいいのか」

 と、武藤くんが補足する。

「でも、そんな都合良くみんなが私の話を聞いてくれるの?」
「そこで、使うのが焼肉セットよ」

「「焼肉セット??」」

 ゆーこちゃんの言葉に首を傾げる私と武藤くん。

「最初に黒瀬さんと食堂に来た時、みんなで焼肉セットを頼んだら注目を浴びたでしょ?それを今回は意図的に起こす」
「つまり、周囲の好奇心をこっちに向けて、その上で付き合ってる発言をするって話しか」
「そういう事」

 だから、今日の昼ごはんはみんな焼肉セットね?

 ゆーこちゃんの言葉に私たちと武藤くんは首を縦に振った。

「黒瀬さんが空気を味方につけて戦うなら、私達も空気を味方につけて戦うまでよ……」


 ゆーこちゃんはそう言うと、小さく拳を握りしめていた。

 私も、ゆーこちゃんの頑張りに応えないと!!

 絶対に、大きな声で、悠斗くんと付き合ってるんだ!!って言うんだから!!

 私は決意を新たにして、食堂への道を歩んだ。









 そして、私たちは食堂へと辿り着く。

 いつも使ってる丸テーブルはやはり空いていた。

 もしかしたら、暗黙の了解みたいなのが出来つつあるのかもしれないな。

 私たちは事前の打ち合わせの通り、焼肉セットを注文する。

 そして、みんなが席に着いたタイミングで、黒瀬さんが周りを見渡し、こう言った。

「さて、無事に皆さんお昼ご飯を買うことが出来ましたね?」

 くるりと見渡し、全員が焼肉セットなことに、多少訝しげな表情を浮かべていた。
 まぁ疑問に思うよね。
 私は軽くテーブルの外に意識を向ける。

『またアイツら全員焼肉セットだ』
『なんだよまた何かの儀式か?』
『てかなんか雰囲気が異様じゃね?』
『ちょっと見てようぜ』

 ゆーこちゃんの言ってた通り、学食全体から視線を感じてる気がする。

 多分、黒瀬さんは気が付いていない。
 と言うか、そういう視線を意図的にカットしてるような感じがする。
 去年一年。彼女がひとりで過ごすために身につけてしまった生きる術が、今は逆に彼女にとっての隙になってるんだ。

「では、冷めないうちにいただきましょう」

 黒瀬さんは特に周りの視線や、私たちのメニューを気にし過ぎることも無く、そう言う。

 私たちは声を揃えていただきます。と言うと焼肉を食べ始めた。

 食べてる間は終始無言。誰も何も話さない。

 これもゆーこちゃんの作戦。
 話は、黒瀬さんから切り出させるって移動の途中で言ってた。
 こっちが黙ってれば向こうから絶対に話しかけてくる。
 精神的優位性をこっちに持ってきたいから、
『向こうが我慢出来ずに話しかけてきた』
 という体をとりたい。

 よ、良くわかんないけど、とりあえず黙ってよう……

「皆さん。何か聞きたいことがあるのでは無いですか?」

 案の定。黒瀬さんが話を切り出してきた。
 その言葉に、ゆーこちゃんが笑う。

「ねぇ、黒瀬さんは『どこまで』知ってたの?」

 何がどこまでって話なんだろ?
 私がわからずに武藤くんに視線を向けると、彼も首を横に振ってた。
 でも、二人の間では会話が成立してるようで、

「いえ、私は『彼からは何も聞いてません』よ?」
「へぇ、いーんちょーは『黒瀬さんには』話してなかったんだ」

 あ、わかった。これは黒瀬さんに、
 私と悠斗くんの間柄をどこまで知ってたのか?
 って聞いたんだ。

 それに黒瀬さんは、
 悠斗くんからは聞いてない
 って答えた。

 その答えに、ゆーこちゃんは、
 私たちには話してるのに、あなたには話していないんだね。
 って挑発をしたんだ。

 こ、これも精神的優位性の取り合いってこと?

 ゆーこちゃんの挑発には乗らず、黒瀬さんは余裕そうな表情で言い返す。

「そうですね。話してはいただけてませんが、ある程度のことは察してましたよ?『何故あの時間に悠斗くんが教室に居るのか』ということに対して」

 つ、つまり。私が悠斗くんと付き合ってるのを知ってたから。
 バスケ部の朝練で早くに登校する私に合わせて登校する悠斗くんと、私が居ない教室で密会をしていたんだ!!

 そんな私の内面を知ってか、
 黒瀬さんが私の方を向いて言ってくる。

「彼としても気まずかったのでは無いでしょうか?仮にも交際相手が居る状況で、私のようなそれなりに見目の整った女性と一緒の時間を過ごしているという現状は」

 う、うぅ……黒瀬さんは、自分の容姿がかなりの水準だってわかった上で行動してる。
 その上で、悠斗くんの行動や発言に制限をかけて行ってたんだ。
 強い……

「なあ……なんで黒瀬さんは、付き合ってる相手がいるのに悠斗にちょっかいかけたんだ?」

 た、確かに。
 黒瀬さんは私と悠斗くんが付き合ってるってわかってた。
 だ、だったら『普通は』身を引くでしょ!?

 そんな私には理解出来ない言葉を黒瀬さんが言う。

「結婚してる訳では無いのですから、別に交際相手が居ても意中の男性にアプローチをかけては行けないということは無いと思いますが?」

 は、はぁ!!??

「別に性的な関係を迫った訳でもないですし。私がしていたのは、朝の教室で彼と本を読んでいただけですよ?それも、彼が自ら私に貸してくれたライトノベルです」

 せ、性的な関係!?私は頭が混乱してる。
 どれもこれも、私には理解出来ないことばかりだ。

 これに何か問題でもありますか?

 と、言う黒瀬さん。
 も、問題ばかりだよ!!

「倫理観の問題だと思うがな……」

 と、言う武藤くん。
 私もそう思う……

「さて、藤崎さんからは何かないのでしょうか?」

 でも、何も気にした素振りを見せない黒瀬さんは、私にそう言って、視線を向けてくる。

 なので、私は聞いてみることにした。

「ねぇ、黒瀬さんはさ、悠斗くんのこと好きなの?」
「えぇ、好きです。大好きです。愛してます。彼と一緒の将来を歩んで行きたい。そう考えています」

 その問いに、黒瀬さんは私に対する罪悪感も、恥ずかしがる素振りすらなく、そう言いきった。

「……っ!!なんで、悠斗くんだったの」
「なんで?そんなの、藤崎さんが一番わかってるのではないですか?」

 悠斗くんがどれほど魅力的な男性か。
 表面しか見ない人間にはわからない、彼の奥底にある、他者への慈しみ。
 それを全て自分に向けて欲しい。
 女として生まれたならそう思うのは当然では無いですか?

 わかる。悠斗くんは優しい。
 彼と居ると、たくさんの愛をくれるから、自分がどんどん満たされていくような、充足感を得られる。
 そうなったらもう、離れられない。

「なので、現状彼の愛の向き先になってるあなたから、彼を奪おうかと思いました」
「う、奪…っ!!」

 私が『聖女様』と呼んでいた女の子は、かなり過激な思考の女の子だった……

「今の教室には『私と悠斗くんが交際間近』と言う空気が出来つつあります。その空気を使って、彼の外堀を埋めて、あなたを彼女の座から追い落とし、私がその椅子に座ります」

 自分の策略を私に教える黒瀬さん。そうかこれは、

「愛する人を手にする為なら、私は手段を選びません。覚悟してくださいね、藤崎さん?」

 彼女が私に向けた、宣戦布告だ!!
 これに答えられないんじゃ、私は悠斗くんの隣に立てない!!

「では、先に戻ります」
「待って!!」
「なんでしょう?」

 私は黒瀬さんを呼び止める。
 彼女は、きっとそうなると予想していたんだろう。
 挑発的な笑みを浮かべている。

 今、ここだ!!
 みんなの視線が集まる今、私が悠斗くんの彼女だと叫べ!!

「絶対に、悠斗くんは渡さない!!」

 彼の彼女は私だから!!

 私は立ち上がり、黒瀬さんを睨みつけそう言いきった。

「ふふふ」

 それを見た黒瀬さんが笑った。あの時見た、妖しげな笑みだ。

「では、勝負ですね。藤崎さん」

 黒瀬さんはそう言うと、食べ終わった食器を持って、この場から去って言った。






「朱里。よく言った」
「……ゆーこちゃん。ありがとう」

 黒瀬さんが居なくなったあと、ゆーこちゃんが私を労ってくれた。

「とりあえず、学食に居た人間には、朱里がいーんちょーの彼女だって示せたね」
「うん。でも、うちのクラスメイトは学食に居なかったから、教室の雰囲気は変わらないと思うけど」
「いいのよ。まずは、変えて行けるところから変えていくんだから」
「俺も、野球部の連中には藤崎さんが悠斗の彼女だって話していく」
「私たちも今日の部活で部員には話していこう」
「うん。ゆーこちゃん」
「まぁでも、俺たちのクラスメイトに、野球部もバスケ部も他に部員は居ないから、クラスの雰囲気は変わらないけど、出来るところからってやつだな」
「そうそう。出来るところからやって行こう!!」

 時計を見るとそろそろ昼休憩が終わりそうだった。

 私たちは決意を新たにして、教室へと戻って行った。





 黒瀬さん、私、負けないから!!

 悠斗くんは奪わせないっ!!
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