上 下
83 / 164
第2章 前編

第五話 ~野球部の先輩方から本気の殺意を向けられました~

しおりを挟む
 第五話


「さぁ!!かかってこい、桜井!!お前なんか滅多打ちにしてやる!!!!」
「……どうしてこうなった」

 ユニフォームに着替え、武藤先輩のお古のスパイクを借り、予備で用意されていた左用の硬式グローブを右手にはめて、俺はマウンドに立っていた。

 防球ネットを突き抜けるレベルの殺意をバッターボックスからヒシヒシと感じる……

「霧都くーん!!頑張ってくださーい!!」

 グラウンドの端では永久さんが手を振りながら笑顔で声援をくれる。
 その声援を受けて、バッターボックスの先輩の殺意が増した。

「……あはは」

 こうなった原因の武藤先輩を見ると、ニヤニヤ笑っていた。

 はぁ……やるしか無いか。

 俺は覚悟を決めて、大きく振りかぶった。




 放課後。武藤先輩に呼ばれていたので野球部の更衣室へと向かった。

「こんにちわ!!今日はバッティングピッチャーをやらせてもらう桜井です!!よろしくお願いします!!」

 更衣室の扉を開け、中にいる先輩達に挨拶をする。

「よう、桜井!!来たな!!」
「武藤先輩!!こんにちわ!!」

 既に着替えを済ませていた武藤先輩が、俺の姿を見て二カリと笑う。

「お前用のユニフォームとかスパイクは俺のお下がりで構わないだろ?俺が一年だった時とお前のサイズはだいたい同じだからな」

 貸してくれるのか。それはありがたい。

「ありがとうございます!!大切に使わせてもらいます!!」
「左用の硬式グローブも予備があるしな。よし、さっさと着替えて来い!!準備体操から始めてキャッチボールは俺とやるぞ!!」

 マジか!!すげぇ光栄な事だぞ!!

「ありがとうございます!!」

 俺はそう返事をして、着替えをした。




「お待たせしました!!今日はよろしくお願いします!!」

 既に集まっていた野球部の方々に頭を下げて挨拶をする。

「よし。全員揃ったから準備体操をしたらランニング。そしてキャッチボールだ。それが終わったら週末の練習試合を想定して速球派左投手の桜井を相手に実戦形式で打撃練習だ」

『はい!!!!』

「では準備体操を始め!!」


 そして、俺たちは準備体操をして、グラウンドを五周ランニングした。

 走り込みは続けていたので、情けなく息が上がるとかは無かった。

「よし!!桜井、キャッチボールだ!!」
「はい!!よろしくお願いします!!」

 ランニングを終えると、俺は武藤先輩から指名されてキャッチボールをする。

「いきなり呼んで悪かったな!!」

 パシン!!

「いえ!!永久さんにかっこいいところを見せたいと思ってたので!!」

 パシン!!

「へぇ!!大した自信だな!!」

 パシン!!

「あはは。彼女から期待されたら応えないと、ですよね!!」

 パシン!!

「そりゃあそうだな!!」


 なんて会話をしながらキャッチボールをして、塁間程度の距離で何球かした後、キャッチボールは終わった。


 そして、部員たちが武藤先輩の所に集まる。

「よし。じゃあこれから桜井を相手に打撃練習だ」
『はい!!』

 さぁ、始まるぞ。とりあえず、滅多打ちにだけはならないようにしよう。

「桜井は彼女にかっこいい姿を見せるためにここに来たようだ!!」
「む、武藤先輩!!!???」

 俺の抗議も虚しく、部員の人達の殺意に満ちた視線が飛んできた。

「あそこにいる可愛い女の子が桜井の彼女だ」

 と、武藤先輩は永久さんの方を指さす。

 俺の視線に気がついた永久さんは、笑顔で手を振ってくれた。

「よし。じゃあ桜井、マウンドに行け」
「こ、この雰囲気でですか!!??」

 俺がそう言うと、武藤先輩は二カリと笑う。

「さぁ、本気と本気で戦おうじゃないか!!」





 そんな経緯があり、先輩たちの俺に対するヘイトが凄まじい……

 俺は左打席に立つ、海皇高校野球部の切込隊長。長瀬(ながせ)先輩に初球を投げる。

 ベースに覆い被さるように構える先輩。こういう人は、インサイドを苦手にしている人が多い。

 コントロールを意識して、八割程度のストレートをインコース低めに投げ込む。

 ズバン!!

 長瀬先輩はそれを見送った。ストライクゾーンだったと思う。

 これでワンストライクだ。

「へぇ、なかなかコントロールも良いんだな」

 長瀬先輩はそう言うと、スタンダードな構えに戻した。
 なるほど。さっきの構えはブラフか。

 二球目は外の低めにスライダーを投げる。

 基本的に左対左の場合。外にスライダーを投げておけば間違いは少ない。

 しかし、長瀬先輩は外のスライダーをしっかりと踏み込んでレフト方向へ流し打つ。

 カーン!!!!

 という澄んだ音と共に白球が弾き返される。

 しかし、その打球はレフト正面。レフトフライでワンアウトだ。

「あれは無理して打つ球じゃ無かったな。試合ではこうした打撃はしないようにしないとな」

 長瀬先輩はそう言ってバッターボックスを出た。

「よっしゃあ!!今度は俺が相手だぜ!!!!」

 そう言って右打席に入ったのは海皇高校野球部の安打製造機。鈴木(すずき)先輩だった。

 世界のイチローに憧れて、振り子打法を習得してる。
 右のイチローと言われるこの人には小細工は通用しない。

 俺は足元のロージンを掴んで手にしっかりとまぶす。

 そして、一塁側のプレートから鈴木先輩の膝元にストレートを全力で投げ込む。
 対角線投法(クロスファイア)。武藤先輩を見逃し三振に切って取ったウイニングショットを初球から投げ込む。

 ズバン!!!!

 と膝元にストレートが決まってワンストライク。

「140は出てるな!!一年にしてはいい球を投げるけど、それじゃあ俺は抑えられないぜ!!」

 そう言って笑う鈴木先輩。俺は二球目はインコース高めにボール球を投げる。永久さんと、俺の可愛い後輩たちのお陰で投げ込めるようになったゾーンだ。

 そのボールゾーンの球を、鈴木先輩はつい手を出したのか、空振りをした。

「くそ!!手が出ちまった!!試合でこんな事してたら即交代だぞ!!」

 と悔しがる先輩。今のを手を出してくれるなら、あとは楽だな。

 俺は外の低め。ボールになるチェンジアップを投げ込む。

 長瀬先輩は呆気なくそれを空振りしてツーアウト。

「あー!!!!くそ!!!!」

 悔しそうな鈴木先輩。二球目を振った時点で勝負は着いてたと思った。

「……ふん。少しはやるようだな。だが、この俺を前の二人と一緒にしてもらっては困るぞ」
「桐谷(きりたに)先輩……」

 左打席に立ったのは海皇高校野球部の天才打者。桐谷先輩だ。

 武藤先輩との二枚看板。三番でキャッチャーを務めている。

 広角に長打を打てる打撃力。空振りをしないバットコントロール。更には足も早く非の打ち所が無い。

 キャッチャーとしての能力も非凡で、盗塁阻止率もかなり高い。強肩に加えてスローイングの正確さとスピード。この人のフレーミングは多少のボールゾーンならストライクにしてしまう。

 武藤先輩と共に、ドラフト候補と呼ばれてる先輩だ。

 この人を相手に『外にスライダーを投げときゃいい』は通用しないだろう。

 俺は大きく振りかぶって、初球を投げ込む。

 投げ込むのは『カーブ』それもかなりスピードを殺した『スローカーブ』だ。

 曲がりを大きくして、桐谷先輩の肩口からインサイドのボールゾーンに落とす。

 先輩はそれを少しだけ身体を仰け反らせて避ける。

「ふん。今中のようなスローカーブだな。良く投げ込みをしてるのがわかる。クオリティの高い変化球だな」
「ありがとうございます」

 俺はお礼を言ったあと、二球目を投げ込む。

 速度差を出すために外にストレートを全力で。

 ズバン!!

 アウトコース低めにストレートが決まってワンボールワンストライク。

「緩急も効いてかなり良いストレートだな。これほどのストレートなら勝負球にも出来るな」
「あ、ありがとうございます」

 さ、さっきからべた褒めだぞ……

 三球目。俺が選択したのはもう一度ストレート。
 だけどコースはインコース高めにボール球

 ズバン!!

 その球を微動だにせず見送った桐谷先輩。

 ま、まだこの人はスイングを見せていない……
 怖いな……

 ツーボールワンストライク

 バッティングカウントではあると思うけど、簡単にアウトコースとかでストライクを取りに行くと打たれると思う。

 ここはスリーボールを覚悟してボールになるスライダーを投げるか?……いや、この人なら見極めてくると思う。
 だとするならば……

 俺はロージンをしっかりと手にまぶし、白球を掴む。

 投げ込むのはストレート。
 コースは……ど真ん中!!

 このキャッチャーをしている人なら色々考えるカウントだ。
 だとするならば、絶対に投げ込まないコースほど安全のはず!!

 俺は大きく振りかぶり、全力で左腕を振り下ろす。

「……っ!!ど真ん中だと!!舐めやがって!!」

 桐谷先輩の意表を突いた俺のど真ん中ストレート。
 思わず手を出した桐谷先輩のスイング。
 どん詰まりの打球は俺の前に飛んできた。

 投手ゴロでスリーアウトだ。

「ふん。次は打つ!!」

 桐谷先輩はそう言うと打席を出て行った。


「霧都くーん!!かっこいいですよー!!」

 なんて言いながら、永久さんが手を振ってくれていた。

 良かった。かっこいいところは見せられてるみたいだ。

 よーし!!次は誰だ!!三振させてやるぜ!!

 なんて思っていると、

「よし!!桜井!!今度は俺だぜ!!」


 と武藤先輩が『左打席』に立っていた。

「あ、あれ……武藤先輩。以前の打席では『右』で打ってましたよね?」

 俺のその言葉に武藤先輩は笑う。

「今年からスイッチに挑戦しててな。だが、本気を出す時は『左』なんだよ。さぁ!!こい!!」

 あ、あれで『練習中』だって言うのかよ!!

 本気を出して『左打席』に立つ武藤先輩に、俺は全力のストレートを投げ込んだが……



 カキーーーーーーン!!!!!!



 白球は高々と舞い上がり……

 パリーン!!!!

 生徒会室の窓ガラスを叩き割った……


「な、何やってるんですか!!武藤先輩!!」
「お、俺は悪くねえ!!!!」

 どっかのゲームキャラみたいなこと言わないでください!!

「はぁ……とりあえず。山野先生に謝りに行くか」

 山野先生……確か生徒会の顧問の先生だったな。

「そうですね……俺もお供します……」




 そして、俺と武藤先輩は山野先生に頭を下げ、こっぴどく怒られたのだった……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

処理中です...