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第17話 ラスボス⇒降臨
【3】対神初戦
しおりを挟む「思うんだけど」
涼しげな声が耳に届く。
「貴方、遠距離攻撃が得意な癖に、やたらと接近戦を好むわよね?」
“オーバーロード”だ。アスヴェルの拳は彼女に届いていない。女の人差し指にそっと触れているだけだ。どれだけ力を込めようと、腕はピクリとも前へ進まない。そのか細い腕に似合わぬ異常な膂力。
つまるところ、勇者が繰り出した会心の一撃が、指一本で止められたという結果だ。
「――ふっ!」
その事実を確認するや、アスヴェルはすぐさま身を翻し――左足を軸に回転すると、その勢いのまま蹴りを仕掛ける。
「ふぅん――身体に磁装を施して、稼働効率と反応速度を上げてるわけ」
空振り。
脚の過ぎ去った場所には、既に女の姿は無い。
瞬時に後方へ移動していたのだ。
すぐさま追撃――
「ま、“竜”相手なら十分有効な魔術なんでしょうけど、神相手へ使うにしては随分とお粗末じゃない?」
手刀。
足刀。
貫手。
鉤手。
正拳。
直蹴り。
踵落とし。
あびせ蹴り。
脛蹴り。
回し蹴り。
一挙一動が大気を切り裂く神速の技。
それらを上段、中段、下段と振り分け、併せて37手を数秒の間に繰り出し――その全てが不発となった。
悉くを回避されたのだ。
「どう? この華麗な動き♪ 見惚れちゃわない?」
軽口が飛んでくるが、言うだけある。彼女はアスヴェルの一撃を必要最小限の動きで避けているのだ。ミリメートル単位の、正しく紙一重で避けてくる様は、優雅さすら感じられる。
(こっちからすれば、かわされているという感覚でも無いが)
胸中で愚痴る。
攻撃を放った瞬間、既に相手はその場所に居ないのである。手と足が、ただひたすらに空を切ってしまう。“オーバーロード”はすぐ眼前へ居るというのに、まるで届く気がしない。独りで演武でもしているような気分になる。
(おそらく。こちらの行動を高精度で予測し、完璧な回避をとっているのだろう)
戦いを仕掛けて早々にこのような状況へ陥れられた。こちらの全力が悠々と対処されている。いや、遊ばれていると表現した方が正確か。
一見して打開策の無い局面でアスヴェルは――
(思った通り。やはりこの女、素人だ)
――顔には出さず、ほくそ笑んでいた。
先程までの会話の最中、その細かい所作からも感じられていたことでもある。
確かに“オーバーロード”の動きは洗練されている。美しい所作だ。だがそれは“美術品”としての美麗さに近い。
足運びに始まる重心の移動や、四肢の動作連動が戦闘者のソレではない。
(計算で導かれた最適解にただ従っているだけ。これまでに“戦い”と呼べる行為を行ったことがあるかどうかすら怪しいな)
そう結論付けた。
ならば、手はある――というより、アスヴェルは最初からソレを前提として動いていた。熟練の戦士には通じないが、戦闘未経験者には効果的な一手。
もったいぶった言い方をしてしまったが、要するに“フェイント”である。
「なぁに? まだ続けるの? 自分の身の程、理解できてないのかしら?」
訝しむ声を尻目に、アスヴェルは再度“オーバーロード”に向けて接近戦を挑む。“仕上げ”を実行するために。
……戦いの初めから、攻撃の中にある一定のパターンを紛れ込ませていた。ある“Aという行動”を起こした後は、必ず“Bという行動”をとるようにしていたのである。簡単に例えるなら“大きく打ち込んだ直後、バックステップする”という動作であったり、或いは“上段を狙った後に足元へ攻撃を移す”という動作だ。
これまでの無為とも言える突貫は、このパターンを相手の無意識に刻み付ける作業だったのである。
(そのパターンを――崩す)
「あら?」
綺麗に。
ものの見事に。
“オーバーロード”は引っ掛かった。
それは刹那の逡巡である。
僅かな戸惑いに過ぎない。
だがそれでも、“一つ当てる”だけならば、十分な隙。
(二度目は無い。分かっている。一度見せた以上、次は必ず対策される)
きっと“オーバーロード”はそういう存在だ。
だからこそ、一撃で決める。
『悪夢を謡う、死を記録す、終焉を捧げる』
紡がれるは呪詞。構築するは必討の魔術。
「磁式・終淵――!」
発動と同時に右の掌へ“黒色の欠片”が生じる。アスヴェルは一切の躊躇なく、その“欠片”を“オーバーロード”の身体へと埋め込んだ。
「――あ」
小さな吐息が、女から漏れる。
次の瞬間、“オーバーロード”の身体が分解を始めた。体表からテクスチャーが剥がれ落ち、徐々にその全身が掻き消えていく。
「これは――情報破壊」
壊れていく四肢を見つめながら、そんな言葉を“オーバーロード”が紡ぐ。
正に御名答。あの“欠片”は情報の塊だ。対象の情報へ侵入し、それを改竄する――今回の場合は消去、だが。強いて言うなら、この仮想空間においてのみ作用する“即死魔術”。“ゲーム”の際、運営に対して使ったものと同種の代物である。
「――――」
そして音も無く、何の抵抗も無いまま。
余りにあっさりと、“オーバーロード”は姿を消した。
「やった――訳が無いか」
一息つく間すら無く。
「もっちろん♪」
目の前に、再度“オーバーロード”が現れた。先程までと変わらぬ笑みを携えて。
女はゆったりとした動作でこちらへ手をかざしてくると、
「えい、デコピン!」
言葉の通り、中指を弾いてくる。デコピンとか言ってるわりに、額にはまるで届いていなかったりする、が。
「おぉおおおおおっ!!?」
衝撃で吹き飛ばされた。強引に床へ足を突き立てるも、巻き起こる突風は地面そのものを捲り上げる。故に体勢を立て直せず、アスヴェルの身体は地を跳ね無様に転がり続け――“神殿”の壁にぶつかり、ようやく止まった。
「ぐ、はっ!?」
背中を強打して肺が息を漏れる。身体のあちこちにも裂傷が走っている。“ゲーム的”言えば、一瞬でHPの大半を削られた、といったところか。
すぐ立ち上がり反撃を――とも行かず。
「ぬぐっ!」
首を掴まれ強引に立ち上がらせられた。華奢腕に見合わぬ剛力。首に食い込んだ指を剥がそうとしても、微動だにしない。
「――大したものね」
やっていることとは裏腹に、女は優し気な声で語りかけてくる。
「ああ、分かってると思うけど、あんなチャチな情報操作のこと言ってるんじゃないわよ? 褒めてるのは、神に攻撃を当てることができた事実に対して。流石、竜と戦い続けてきただけあって、大物食いはお手の物ってわけね。全く意味が無かったとはいえ、その戦闘センスには目の見張るものがあったわ」
言っている最中にも、彼女の指は容赦なくアスヴェルの首を絞めつける。気を抜くと意識を持って行かれそうだ。
「というか、最初からそれが目的だったのかしら? “ここ”での死は“3次元世界”での死に繋がらないことは、貴方だって十分理解してるんだもの」
首を傾げ、目を細めながら独り言を続ける。
「怒ったフリをして、神に自分の有能さをアピールしたかったとか? だとしたらその目論見は成功よ。ええ、神は今、貴方のことを先程よりも強く意識しているわ。少し――ほんの少しだけど、このまま握りつぶしてやりたいという欲求が湧いています」
随分と好き勝手な妄言を垂れてくれたものだ。
「本当ならこのまま帰るつもりだったのだけれど。これだけのことをしてくれたのだから、ご褒美をあげなきゃね――情報操作の見本、見せてあげるわ」
その台詞と共に、彼女の手から“何か”が流れ込んできた。先程アスヴェルが使った魔術と同種のモノ。いや、それよりも遥か高度に組上げられた“情報”。ソレが、己の内側を侵食してくる。
「――――!!?」
身体から力が抜けた。
筋肉が萎んでいく。
全身が衰えていく。
自分がこれまで積み上げてきたものが、消え失せていくのを感じる。
「……なに、を」
掠れる声を絞りだす。幸い、相手の耳には届いたようで、
「貴方をLv1に戻したの。感謝しなさい。神にここまで面倒看て貰えるなんて、早々無いことなのよ?」
首を掴んでいた手が離れる。足に力が入らず、そのまま倒れ込んだ。
「せっかくだし、その状態で“Divine Cradle”を愉しでみたら? ふふ、最初から“強くてスタート”したら、ゲームの醍醐味は味わえないもの」
倒れたまま動けないアスヴェルを嘲笑うように微笑みを浮かべ、
「じゃ、この辺りで失礼するわ。次は“三次元世界”で会えると良いわね?」
一方的に告げると、“オーバーロード”は忽然と姿を消した。程なくして風景も変貌を遂げ――気付けば、元居た場所に戻っていた。
視界の端にはこちらへ駆けて来る2人――ミナトと魔王が見える。彼等が無事であることを確認し、アスヴェルは脱力して手足を投げ出す。
「……なかなかしんどいことになりそうだ」
こうして神との初戦は、勇者の敗北という形で幕を閉じた。
「……ご息女の容態は如何ですか?」
「今のところ健康体そのものだ。当面の間は大丈夫だろうが――“オーバーロード”の言った通り、期限は1ヶ月だね」
「医療用資材が必要なのでしたら搬入させますが」
「結構だよ。この時期にそちらが派手な動きをするのは流石に避けたい。それにどのみち、この1ヶ月で決着をつけるつもりだったんだ。計画に支障はないとも」
「ですが――魔王、貴方の切り札は“オーバーロード”に敗北を喫したではないですか。本当に彼を信じても良いのでしょうか?」
「それも問題ない。あれは負けるべくして負けただけだ」
「つまり、敗北を前提として勝負に挑んだと?」
「そうさ。その証拠に、負けた後もアスヴェルはしっかりと生きている。ここで自分が殺されることは無いと見切っていたんだ」
「……理解しかねます。ただ短絡的に危険な橋を渡っただけようにも思えますよ。生きていたとはいえ、彼は大きな弱体化を課されました。いったい何のために彼は戦ったのです?」
「それは勿論――そうすることが必要だったからだろう」
「要領を得ない物言いですね」
「互いに示し合わせた訳でも無いのでね。ある程度推察はできるけれど――“オーバーロード”はその気になれば僕達の会話を傍聴することもできる」
「不便なものです」
「全くだよ。まあ、いちいち僕達の話を盗み聞く程、あちらは僕達に興味を持っていないだろうけど」
「そこに突破口がある、ということですか。分かりました。
元より貴方とは一蓮托生の身。貴方の信じる勇者を疑うような真似はよしましょう」
「ありがとう。では、陛下には引き続き蜂起のための根回しを続けて欲しい」
「承りました。そちらはどうなさいます?」
「当初の予定通り――と言いたいところだが、まずは勇者の“レベリング”を優先しないとだね」
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