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第13話 運営に物申す!

【1】

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 そこは、広い部屋だった。たった一人の少女の宛がわれた部屋としては破格の広さだ。少なくとも、この東京に住む他の人々に比べれば。そして、備えられた家具や装飾の格調高さ・・・・を一目見るだけで、この部屋の住人が相応の地位を持つ人間だと分かる。

(偉いのはお父様であって私ではないんですけどね)

 そんな自虐を心の中で零す。実際、少女自身に価値を見出す者など誰もいやしないだろう。この街の最高権力者の娘――司政官の付属品として持て囃されることなら嫌という程あるが。
 だが、今少女は己の置かれた立場に感謝していた。このおかげで、友達を助けることができるかもしれないからだ。

「……どうですか、アスヴェルさん。私の<マイルーム>の居心地は」

 携帯端末スマートフォンに向かって、稲垣いながきはるかはそう話しかける。画面の中には一人の青年――アスヴェルが映っていた。

『ああ、悪くない。このまま“会場”に向かう訳か』

「はい、そうです」

 画面の彼へ軽く頷く。
 ここは、悠――即ち、ハルの自室だ。そして彼女が持つスマホには、今“アスヴェル”のデータが入っている。<マイルーム>と呼ばれる、Divine Cradleの機能を利用したのだ。
 <マイルーム>とは、その名の通りゲーム内における自分だけの部屋だ。プレイヤーであれば誰でも<マイルーム>を1つ持っている。この部屋は自分の好きな様にデコレーションでき、また、PCやNPCを招待することも可能だ。今回はそれを、アスヴェルの“運搬方法”として利用している。

『例の“ゲーム”と私の居る“Divine Cradle”は地続きではない、ということだが』

「ええ。サーバーが違うんです」

 当然の話だが、“ゲーム”はそれ専用のサーバーで実施される。東京の全住人が遊んでいると言っても過言ではないDivine Cradleと共用のサーバーで開催する程、運営も間抜けではない。だからこそ、アスヴェルが“ゲーム”へ参加するには、彼のデータを専用サーバーへと移す必要があり、その手段として悠は<マイルーム>を使用した、という訳だ。

『しかし、改めて聞くと凄まじい規模の仮想空間だな。私が見た限り、東京は相当の人口を抱える街のようだったが――そこの住人全てを“Divine Cradle”は収容できるのか』

「元々、それを目的にこのゲームは作られたそうです。巨大な天井で閉ざされた閉塞感を解消するため、疑似的に広い世界を体験できるサービスを政府は提供しました」

 故に、Divine Cradleは限りなく現実に近い実感を味わえるように出来ている。さらに国の資本を使って開発されたため、最新鋭の技術が山のように組み込まれており、操作性や奥深さは既存のゲームと比較にならない。件の“ゲーム”はDivine Cradleのプログラムを流用して運行しているのだが、それもあれ以上のシステムを作れないからなのだ。

(それはそれとして、滅茶苦茶飲み込みが早いですね、アスヴェルさん)

 自分のことをゲームキャラだと認識した途端、物凄い勢いでこちらの事情を把握し出した。元より知能はかなり高く設定されているようだったので、その良い方向に影響したのだろうか。悠としては、話がスムーズに進んで大助かりだが。

「……会場までには時間がかかります。しばらくそこで休んでいて下さい」

『分かった』

 “ゲーム”の開催場所は、ここから車で2時間程かかる。周りにはほとんど人が住んでおらず――住むことが許されていないのだ――そこへ街の有力者達が集まり、参加者の命が懸かった“ゲーム”を愉しく・・・観覧するのだ。考えると気分が悪くなるが、その“有力者”には悠も含まれる。

「それと、その部屋には私が集めた装備やアイテムを保管しています。
 どれだけ役に立つか分かりませんが、持って行って下さい」

 これまでDivine Cradle内で収集した物品を、<マイルーム>に詰め込んでおいたのだ。

『至れり尽くせりだな。とはいえ、そう沢山は持って行けそうにないが」

「……そういえば、アスヴェルさんは<アイテムボックス>を使えませんでしたね」

 この辺りがNPCの弱点である。とはいえ、Divine Cradle内のアイテムが、“ゲーム”でどれだけ効果を持つのか――悠も把握できていない。

『選別して持って行くか』

「そうして頂ければ」

 アスヴェルが用意したアイテムを漁り始めた。同時に、悠は気合いを入れて外出の準備をする。司政官の娘・・・・・という彼女の立場を鑑みれば、下手な格好をして会場へ顔を出す訳にはいかないからだ。面倒臭いことこの上ないが、今回はその“立場”を利用してもいるため、文句は言えない。

(いつもなら、専門の方の指示通りに服を着るのですけれど)

 今日は私用外出だ。その人達の手は借りれない。
 クローゼットから服を取り出し、これでもないあれでもないと鏡の前で唸っていると、

『ハル、一つ質問いいだろうか?』

「はい、何でしょう?」

 スマホからアスヴェルの声が聞こえる。どうもアイテムについて質問があるようだ。悠がそちらを振り向くと、画面の中で彼は<マイルーム>の隅を指さし、

『この本の山はなんのアイテムだ?』


「――――っ!!?」


 そこにあったのは、漫画、アニメ雑誌、ラノベから始まり、資料集やイラスト本、果ては同人誌まで――つまり、悠の趣味の産物・・・・・であった。しかも割とエグイものまで混じっている。

(何故!? 何故そんなものがあそこに!?)

 <マイルーム>内でも、奥底に隠してあった筈なのだ――それがどうして、あんな目に突きやすい場所に!?

(……そういえば、アスベルさん用のアイテムを整理している最中に一旦外に出しておいたんでしたぁあああああっ!!!?)

 頭を掻きむしりそうになるのを、必死で抑えた。可能な限り冷静に努めながら、アスヴェルに返事をする。

「……現実世界の資料ですよ」

「そうなの?」

「はい」

 嘘ではない。

「なら、これを読めばそちらの事情も把握できるのか」

「……そうですね」

 事情の把握はできる。恐ろしく尖った・・・分野の事情を。

『では行くまでの間に目を通しておくか』

「…………あの。作戦とか、そういうのを考えた方がいいと思うんです」

『それもそうだな。まあ、空いた時間に読んでおくよ』

「………………はい」

 きっと今自分は、死んだ魚のような目をしている。鏡を見たわけではないが、悠は確信できた。
 だからといって、青年にその“資料”の内容を事細かに説明するなんて真似、彼女にはできない。

(幸いなことに、アスヴェルさんは彼は日本語が読めませんから。クリティカルな絵や写真を見られない限り、大丈夫の筈……)

 悶々としながら服選びに戻る。が、そんな彼女の期待は――

『なあ、ハル』

「……どうされましたでしょうか?」

『この世界では、同性同士の恋愛が主流なのか?』

 “本”を片手に、そんなことを宣う青年。

「………………」

 ――彼女の期待は、あっさりと裏切られたのであった。

(ごめんなさい、ミナトさん――私、貴女を助けられない)

 友人を助けるとかそれ以前の問題として、悠は今ここで死ぬ。






 まあ、人間そう容易くは死ねないもので。

「準備、完了ですっ!」

 やけっぱち気味にそう叫ぶ悠。アスヴェル入りのスマホはポーチにしまっている。念のため、電源もオフだ(アスヴェル曰く、それでも<マイルーム>内に支障はないとのこと)。
 彼女は勢いよくドアを開け――ようとしたところで思い直し、静かに扉を開く。すると――

「もう出かけますか、お嬢様?」

 ――すぐに横から声をかけられた。少女専属・・・・の侍女が、ドアの傍で待機していたのだ。



「はい。お手数ですが、車を出して下さい」

「……もう一度確認しますが、よろしいのですね? お嬢様のような方が行って面白い場所ではございませんよ」

「承知しています」

 この女性とは子供の頃からの付き合いであり、悠が現実の世界で最も信頼している人物でもある。だから、ミナトの救出についても彼女にだけは事情を説明していた。

「私からも確認していいですか? “ゲーム”のサーバー内にあるデータ・・・・・を移行する件なんですが……」

「全て、抜かりなく。知人に詳しい者がおります。わたくしめにお任せ下さい」

「あ、ありがとうございます!」

 実は今回の件、この侍女の協力無くしては成し得ないことであった。悠もコンピュータ技術をそれなりには習得している自負がある。しかし、専用サーバーへのハッキングは流石に無理だ。技術的な問題でなく、物理的な問題である。独立したサーバーであるため、そこへデータを移すには回線を直接つながなければならないからだ。
 通常であれば到底不可能な話なのだが、この侍女は自分のツテ・・を使えば可能だと言ってくれた。

(どんなツテかは教えてくれませんでしたけど)

 仮にも、長年司政官と付き合いのある女性だ。色々と“人には言えない人脈”もあるのだろう。とやかく詮索しても仕方ない。というか、詮索したら色々と危ない気すらする。
 何にせよ、彼女が信頼に足る人物であることだけは、確信している。太鼓判を押してもいい。ならば――アスヴェルも言っていたが――緊急時に細かいことを気にしている場合では無い。

(結局私は、誰かを信じる事しかできません……)

 侍女が無事にデータを移行してくれることを信じ、それまでミナトが生きていることを信じ、そしてアスヴェルが救ってくれることを信じる。悠自身が為すことなど――為せることなど、一つも無いのだ。

(それなら、とことん信じ抜くしか!)

 覚悟を決め、少女は“ゲーム”の舞台へと向かっていった。
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