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第1話 勇者、旅立ちの日
【1】(挿絵有り)
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「ハァッ――ハァッ――ハァッ――ハァッ――」
息が苦しい。鼓動が早い。体を少し動かしただけで、あちこちが軋む。有体に言って、今“彼”は満身創痍だった。
(だ、が――)
“青年”は目線を上げる。見据えるは、己の敵対者――即ち、“魔王”。
「ゼハッ――カハッ――」
“魔王”が血を吐き出した。奴もまた、満身創痍。側頭部から生えた“角”は折れ、銀色の髪は血で染まり、身体はあちこちが焼け焦げ、切刻まれている。
――前言撤回。自分が満身創痍とするなら、相手は死ぬ一歩手前といったところか。
「……ゆ、勇者、アスヴェル」
魔王が語りかけてくる。
「お前は……な、何なんだ……? ただの人の身でありながら……何故、僕をここまで追い詰められる……?」
絶望すら籠ったその言葉に、“青年”は――否、“勇者アスヴェル”はニヤリと顔を歪ませながら答えた。
「“何”なのか、だと? はっ、今更何言ってるんだ、お前は。私は“勇者”だ――勇者が魔王を倒すなんて、当たり前の話だろうが」
激痛を堪え、アスヴェルは一歩、魔王に向かって踏み出す。
「まあ、お前もよくやったよ。たかが魔王の分際で、勇者にここまで肉薄するとはな。その健闘ぶり、褒めてやっても構わないぞ?」
「こ、この期に及んで、よくもまあそれだけの大言壮語を……」
魔王の声色に、呆れが加わった。
「……だが、言うだけある。この世に勇者は数あれど、仲間の力を借りずに魔王を倒した勇者なんて、お前位のものだろう。
その強さ、最早人知はおろか神知すら超えている」
「はっ、ようやく負けを認めたか。ならさっさと死ね。私にはやらねばならないことが山積みなんだ。これ以上、お前一人に構ってられん」
「…………」
魔王が押し黙った。
しばしの沈黙の後、奴は口を開く。
「……も、もう少し感傷とかないものか?」
「無い。“雑魚”が一匹この世からいなくなるだけだ」
「ざ、雑魚……? 魔王である僕が雑魚……?」
愕然とした表情となる魔王。それを鼻で嗤いながら、
「雑魚だろ。私一人に負ける程度の力しかない癖に」
「いや、それは単にお前が馬鹿みたいに強いからであって――」
「違うね、お前が弱いんだ」
一言で反論を封じる。
「いいか? この世で一番強いのは数の暴力だ。翻ってお前はどれだけの魔物をこの戦いに導入した? 大小合わせて万は下らんだろう。それだけの数を使ったにも関わらず、私一人にまるで手も足も出なかった。これを雑魚と呼ばないのであれば、いったい雑魚とはなんだ? お前に従った魔物達も草葉の陰で泣いていることだろう。“なんて無能な指揮官だったんだ、もっと自分達を有効に使え”と。もし機会があれば少年少女らに交じって教会の青空教室にでも通うといい。少しは他人との付き合い方を学ぶことができるだろう。まあそんな機会、お前には訪れんのだがね。ああ、それとも自分は雑魚にすら満たないカスゴミですという自己申告だったかな? それならすまない、勝手に過分な評価を下してしまったこと、深く詫びよう」
「何故こんな状況でそうスラスラと罵詈雑言を並べられるんだ……」
魔王が口をあんぐりと開けていた。どう足掻いても自分に勝つことはできないと理解したのだろう。
「だ、だがな、勇者よ。確かにお前は強い。お前と並び立てる者の存在すら、この世に居ないかもしれん。しかし僕とて魔王だ、このままでは終わらさんぞ!」
「ほう、今更何ができると――――む!?」
その時、床が揺れた。いや、床だけではなく、部屋の壁も、天井も、等しく揺さぶられている。或いは――いや間違いなく、この“城”そのものが振動しているのだ。
「こ、これは――!?」
「フハ、フハハハハ!! ぬかったな、アスヴェル!! もうじき、“魔王城”は爆発する!!」
「何ぃ!?」
驚いている間にも揺れは大きくなる。同時に、部屋のあちこちが崩れ出した。そして壁や床の“向こう”から、何やら“光”が漏れ出している。
「お前、まさか最初から――!!」
「そう、こうなることを見越して仕込んでおいたのさ! 勝負はお前の勝ちだ! だが、この戦いに生者は居ない!!
勝者も敗者も、等しく塵に還るのだ!!」
「ふ、ふざけるな!! 認められるか、そんな結末!!」
慌てて、踵を返す。残った力を総動員して、魔王城からの脱出を試みる――が。
「逃がさん!!」
「あっ、こら!! お前この――足にしがみ付くとか原始的な!!」
鋭いタックルで、魔王が足に抱き着いてくる。バランスこそ崩さなかったものの、これでは動けない!
「離せ!! 死ぬなら独りで死ね!! 私を巻き込むな!!!」
「離さない!! 絶対に離さないぞ!! 僕と共に、この世界から消え去れ、勇者!!」
必死の形相でこちらを縫い留める魔王。殴っても蹴っても魔法を撃っても、決して手を緩めようとしなかった。
そうこうしている内に、部屋にさす“光”がより強くなっていく。眩しさで、視界が閉ざされる程に。
「馬鹿な!! こんな、こんなことが――!!」
「ハハハハハ、共に旅立とうぞ、アスヴェル――!!」
そんな2人の叫びを残して。
“光の奔流”が、全てを飲み込んだ。
そして。
――なぁ、アンタ!
声が聞こえる。
――おい、大丈夫か!?
誰かが、自分を呼んでいるようだ。
(う、む?)
その声をきっかけに、“アスヴェル”の意識は覚醒する。
(なんだ? 身体を揺さぶられている?)
徐々に五感が戻ってきた。その感覚により、自分が誰かの手によって揺り動かされていることに気付く。
(というか、倒れているようだな、私は)
そんなことにすら今更気付く。どうにも身体は不調の様だ。
「う、ぐっ」
その上、酷くだるい。指先一つ動かすのも一苦労だ。しかし神経を総動員し、無理やりに上体を起こす。
「あ、起きた」
「ん?」
瞼を開ける。まず視界に入るのは、石造りの壁と床。どうやらアスヴェルは今、ちょっとした広さの部屋の中に居るらしい。
そしてもう一つ、目に留まるもの。
(少年――か?)
倒れた自分のすぐ傍らに立つ人物がいる。朧げな視界で、相手の容姿を上手く把握できない。口調と、その声の高さから少年のようには感じたのだが。
(う、む、む――)
何とか瞳を凝らし、相手の詳細を探る。とりあえず目についたのは、脚。スラリと長いソレを見るに、ひょっとしたら目の前の人物は少女なのかもしれない。
(うーむ?)
少しずつ視線を上げていく。腰、細し。
やはり女性なのか。
(というか露出多いな)
服装はショートパンツに薄手のアンダーとジャケット。軽装にも程がある。腹も丸出しで、へそまで出ている――というか、胸しか隠れていないではないか。まるで防御のことを考えていない装備だ。
(兵士や冒険者じゃないな、一般人か)
そう考えながらさらに視線を上へ。前に立つ人物の顔をようやく確認する――と。
「シャキーン!」
「うお!?」
突然立ち上がった自分に、相手が驚きの声を上げる。そんなことお構いなしに、アスヴェルは目の前の“少女”へと話しかけた。
「不格好な姿を見せてしまい、失礼。
私はアスヴェルという。
貴女のお名前を伺ってもよろしいかな――美しいお嬢さん?」
一礼と共に挨拶をする。貴族直伝の華麗な礼だ。相手の心証を少しでも良くしておこうという配慮である。
アスヴェルに話しかけてきた女の子は、控えめに言って絶世の美少女だったのだ。
年の頃は十代半ば程だろうか?
流れるような亜麻色の髪は短く整えられており。
まつ毛は長く、やや釣り気味の目はぱっちりとしている。
スッと通った鼻立ちで、潤った唇は小さく、可愛らしい。
手足はスラリと伸び、無駄無く程良い形に締まっていた。
胸は美しい曲線を描き、蠱惑的な膨らみを為している。
腰のくびれも芸術的、お尻もまるで桃のようだ。
――有体に言って、どストライクな容貌であった。
「え? あ? お、おう、ミナトっていうんだけど」
「ミナトか――いい名前だ。君にぴったりの可憐な響きだな」
「え、えと、ありがとう?」
かなりドギマギとつつ、少女――ミナトは答えてくれた。仕方ない。急に自分のような美男子(本人主観)から声をかけられては、戸惑いもしよう。
「ところでミナトさん――いや、ミナト」
「何故呼び捨てに言い直した?」
「私達の間に敬称なんて必要ないと気づいてね」
「いや、今さっき会ったばっかだけども。オレはアンタの名前以外何も知らないけれども」
「これから知っていけばいい。些細なことだ」
しかし重要な情報もあった。ミナトはオレっ子らしい。女性らしくないと毛嫌いする男もいあるかもしれないが、アスヴェル的にはOKである。
「そういう訳でミナト、少し質問をさせて欲しい。今、付き合っている、もしくは気になっている男がいたりするだろうか? もしいるなら、その男の居場所を教えて欲しい」
さりげなく――何気ない自然体で、現在非常に気にかかっている事項を尋ねてみた。
「そ、それを聞いてどうするつもりだ?」
「いや、単なる知的好奇心に端を発した質問なので、何も考えず正直に回答して欲しい。ただ――できることなら、最初の質問の答えがNoであることを祈る。
……まだ会ってもいない人を、徒に不幸にしたくはない」
「んなこと真顔で言われて、答えると思うか!?」
「それは残念」
軽く肩を竦める。だが、アスヴェルは見逃さなかった。質問の直後、ミナトが一瞬だけ恥じらいの表情を浮かべたことを。
この手の質問を気恥ずかしがるならば、彼女は男性と付き合った経験ほぼ皆無と見て間違いないだろう。たぶん。
「ああ、ついでと言っては何だが、もう一つ聞きたいことがあるんだが」
「……なんだよ。なんかオレ、疲れてきたんだけど」
「それは大変だ、すぐに休憩をとらなければ。なに、質問自体は単純なものだから、すぐ終わる」
一拍溜めてから。
「――――ここ、どこ?」
「それは一番最初にする質問だろうがぁっ!!!!」
息が苦しい。鼓動が早い。体を少し動かしただけで、あちこちが軋む。有体に言って、今“彼”は満身創痍だった。
(だ、が――)
“青年”は目線を上げる。見据えるは、己の敵対者――即ち、“魔王”。
「ゼハッ――カハッ――」
“魔王”が血を吐き出した。奴もまた、満身創痍。側頭部から生えた“角”は折れ、銀色の髪は血で染まり、身体はあちこちが焼け焦げ、切刻まれている。
――前言撤回。自分が満身創痍とするなら、相手は死ぬ一歩手前といったところか。
「……ゆ、勇者、アスヴェル」
魔王が語りかけてくる。
「お前は……な、何なんだ……? ただの人の身でありながら……何故、僕をここまで追い詰められる……?」
絶望すら籠ったその言葉に、“青年”は――否、“勇者アスヴェル”はニヤリと顔を歪ませながら答えた。
「“何”なのか、だと? はっ、今更何言ってるんだ、お前は。私は“勇者”だ――勇者が魔王を倒すなんて、当たり前の話だろうが」
激痛を堪え、アスヴェルは一歩、魔王に向かって踏み出す。
「まあ、お前もよくやったよ。たかが魔王の分際で、勇者にここまで肉薄するとはな。その健闘ぶり、褒めてやっても構わないぞ?」
「こ、この期に及んで、よくもまあそれだけの大言壮語を……」
魔王の声色に、呆れが加わった。
「……だが、言うだけある。この世に勇者は数あれど、仲間の力を借りずに魔王を倒した勇者なんて、お前位のものだろう。
その強さ、最早人知はおろか神知すら超えている」
「はっ、ようやく負けを認めたか。ならさっさと死ね。私にはやらねばならないことが山積みなんだ。これ以上、お前一人に構ってられん」
「…………」
魔王が押し黙った。
しばしの沈黙の後、奴は口を開く。
「……も、もう少し感傷とかないものか?」
「無い。“雑魚”が一匹この世からいなくなるだけだ」
「ざ、雑魚……? 魔王である僕が雑魚……?」
愕然とした表情となる魔王。それを鼻で嗤いながら、
「雑魚だろ。私一人に負ける程度の力しかない癖に」
「いや、それは単にお前が馬鹿みたいに強いからであって――」
「違うね、お前が弱いんだ」
一言で反論を封じる。
「いいか? この世で一番強いのは数の暴力だ。翻ってお前はどれだけの魔物をこの戦いに導入した? 大小合わせて万は下らんだろう。それだけの数を使ったにも関わらず、私一人にまるで手も足も出なかった。これを雑魚と呼ばないのであれば、いったい雑魚とはなんだ? お前に従った魔物達も草葉の陰で泣いていることだろう。“なんて無能な指揮官だったんだ、もっと自分達を有効に使え”と。もし機会があれば少年少女らに交じって教会の青空教室にでも通うといい。少しは他人との付き合い方を学ぶことができるだろう。まあそんな機会、お前には訪れんのだがね。ああ、それとも自分は雑魚にすら満たないカスゴミですという自己申告だったかな? それならすまない、勝手に過分な評価を下してしまったこと、深く詫びよう」
「何故こんな状況でそうスラスラと罵詈雑言を並べられるんだ……」
魔王が口をあんぐりと開けていた。どう足掻いても自分に勝つことはできないと理解したのだろう。
「だ、だがな、勇者よ。確かにお前は強い。お前と並び立てる者の存在すら、この世に居ないかもしれん。しかし僕とて魔王だ、このままでは終わらさんぞ!」
「ほう、今更何ができると――――む!?」
その時、床が揺れた。いや、床だけではなく、部屋の壁も、天井も、等しく揺さぶられている。或いは――いや間違いなく、この“城”そのものが振動しているのだ。
「こ、これは――!?」
「フハ、フハハハハ!! ぬかったな、アスヴェル!! もうじき、“魔王城”は爆発する!!」
「何ぃ!?」
驚いている間にも揺れは大きくなる。同時に、部屋のあちこちが崩れ出した。そして壁や床の“向こう”から、何やら“光”が漏れ出している。
「お前、まさか最初から――!!」
「そう、こうなることを見越して仕込んでおいたのさ! 勝負はお前の勝ちだ! だが、この戦いに生者は居ない!!
勝者も敗者も、等しく塵に還るのだ!!」
「ふ、ふざけるな!! 認められるか、そんな結末!!」
慌てて、踵を返す。残った力を総動員して、魔王城からの脱出を試みる――が。
「逃がさん!!」
「あっ、こら!! お前この――足にしがみ付くとか原始的な!!」
鋭いタックルで、魔王が足に抱き着いてくる。バランスこそ崩さなかったものの、これでは動けない!
「離せ!! 死ぬなら独りで死ね!! 私を巻き込むな!!!」
「離さない!! 絶対に離さないぞ!! 僕と共に、この世界から消え去れ、勇者!!」
必死の形相でこちらを縫い留める魔王。殴っても蹴っても魔法を撃っても、決して手を緩めようとしなかった。
そうこうしている内に、部屋にさす“光”がより強くなっていく。眩しさで、視界が閉ざされる程に。
「馬鹿な!! こんな、こんなことが――!!」
「ハハハハハ、共に旅立とうぞ、アスヴェル――!!」
そんな2人の叫びを残して。
“光の奔流”が、全てを飲み込んだ。
そして。
――なぁ、アンタ!
声が聞こえる。
――おい、大丈夫か!?
誰かが、自分を呼んでいるようだ。
(う、む?)
その声をきっかけに、“アスヴェル”の意識は覚醒する。
(なんだ? 身体を揺さぶられている?)
徐々に五感が戻ってきた。その感覚により、自分が誰かの手によって揺り動かされていることに気付く。
(というか、倒れているようだな、私は)
そんなことにすら今更気付く。どうにも身体は不調の様だ。
「う、ぐっ」
その上、酷くだるい。指先一つ動かすのも一苦労だ。しかし神経を総動員し、無理やりに上体を起こす。
「あ、起きた」
「ん?」
瞼を開ける。まず視界に入るのは、石造りの壁と床。どうやらアスヴェルは今、ちょっとした広さの部屋の中に居るらしい。
そしてもう一つ、目に留まるもの。
(少年――か?)
倒れた自分のすぐ傍らに立つ人物がいる。朧げな視界で、相手の容姿を上手く把握できない。口調と、その声の高さから少年のようには感じたのだが。
(う、む、む――)
何とか瞳を凝らし、相手の詳細を探る。とりあえず目についたのは、脚。スラリと長いソレを見るに、ひょっとしたら目の前の人物は少女なのかもしれない。
(うーむ?)
少しずつ視線を上げていく。腰、細し。
やはり女性なのか。
(というか露出多いな)
服装はショートパンツに薄手のアンダーとジャケット。軽装にも程がある。腹も丸出しで、へそまで出ている――というか、胸しか隠れていないではないか。まるで防御のことを考えていない装備だ。
(兵士や冒険者じゃないな、一般人か)
そう考えながらさらに視線を上へ。前に立つ人物の顔をようやく確認する――と。
「シャキーン!」
「うお!?」
突然立ち上がった自分に、相手が驚きの声を上げる。そんなことお構いなしに、アスヴェルは目の前の“少女”へと話しかけた。
「不格好な姿を見せてしまい、失礼。
私はアスヴェルという。
貴女のお名前を伺ってもよろしいかな――美しいお嬢さん?」
一礼と共に挨拶をする。貴族直伝の華麗な礼だ。相手の心証を少しでも良くしておこうという配慮である。
アスヴェルに話しかけてきた女の子は、控えめに言って絶世の美少女だったのだ。
年の頃は十代半ば程だろうか?
流れるような亜麻色の髪は短く整えられており。
まつ毛は長く、やや釣り気味の目はぱっちりとしている。
スッと通った鼻立ちで、潤った唇は小さく、可愛らしい。
手足はスラリと伸び、無駄無く程良い形に締まっていた。
胸は美しい曲線を描き、蠱惑的な膨らみを為している。
腰のくびれも芸術的、お尻もまるで桃のようだ。
――有体に言って、どストライクな容貌であった。
「え? あ? お、おう、ミナトっていうんだけど」
「ミナトか――いい名前だ。君にぴったりの可憐な響きだな」
「え、えと、ありがとう?」
かなりドギマギとつつ、少女――ミナトは答えてくれた。仕方ない。急に自分のような美男子(本人主観)から声をかけられては、戸惑いもしよう。
「ところでミナトさん――いや、ミナト」
「何故呼び捨てに言い直した?」
「私達の間に敬称なんて必要ないと気づいてね」
「いや、今さっき会ったばっかだけども。オレはアンタの名前以外何も知らないけれども」
「これから知っていけばいい。些細なことだ」
しかし重要な情報もあった。ミナトはオレっ子らしい。女性らしくないと毛嫌いする男もいあるかもしれないが、アスヴェル的にはOKである。
「そういう訳でミナト、少し質問をさせて欲しい。今、付き合っている、もしくは気になっている男がいたりするだろうか? もしいるなら、その男の居場所を教えて欲しい」
さりげなく――何気ない自然体で、現在非常に気にかかっている事項を尋ねてみた。
「そ、それを聞いてどうするつもりだ?」
「いや、単なる知的好奇心に端を発した質問なので、何も考えず正直に回答して欲しい。ただ――できることなら、最初の質問の答えがNoであることを祈る。
……まだ会ってもいない人を、徒に不幸にしたくはない」
「んなこと真顔で言われて、答えると思うか!?」
「それは残念」
軽く肩を竦める。だが、アスヴェルは見逃さなかった。質問の直後、ミナトが一瞬だけ恥じらいの表情を浮かべたことを。
この手の質問を気恥ずかしがるならば、彼女は男性と付き合った経験ほぼ皆無と見て間違いないだろう。たぶん。
「ああ、ついでと言っては何だが、もう一つ聞きたいことがあるんだが」
「……なんだよ。なんかオレ、疲れてきたんだけど」
「それは大変だ、すぐに休憩をとらなければ。なに、質問自体は単純なものだから、すぐ終わる」
一拍溜めてから。
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