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最終話 そして伝説へ?
前編
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「…………」
…………。
「…………」
……駄目、だったな。
「……駄目、でしたね」
我々が女(魔物含む)を宛がって勇者を慰労――もとい、誑かしてやろうと思ったのだが。
「悉く、寝取られていきましたねぇ」
本気で勇者を慕っていた娘も、吾輩直々に勇者に仕えるよう命じた娘も。
「金で雇った娘も、勇者への玉の輿を狙った娘も」
全員、寝取られたなぁ……
「寝取られましたねぇ」
最終的に雌ゴブリンまで寝取られた時はどうしようかと思ったよ。
「え? 一番男に狙われそうな美女でしょう?」
それはお前だけだ。
……とにもかくにも、吾輩達の策謀空しく勇者セリムは未だに一人旅をしているわけで。
「最近はもう、誰かと一緒に居るのを拒否してますよね。
なるべく人と関わらないようにしているというか」
うむ。
もう、親しい人を失う悲しみを味わいたくないのだろうなぁ。
「こうなれば、とるべき手段は最早一つしかありません」
ん、なんだ?
何かまだ手があったのか?
「はい。
……魔王様、これを」
なんだその飲み薬?
「――性転換薬です」
吾輩に女になれって言うの!?
「仕方ないんです!!」
仕方ないのかよぉ!?
いやよっ!!
吾輩、男のちんぽを受け入れるなんてできないわ!!
「既に女言葉になってますが。
しかし魔王様、考えてみて下さい。
数々の厳しい試練を超え、親しくなった女は皆寝取られ。
身も心も文字通りボロボロになった勇者が、やっとの思いでここに辿り着いたとき――
今まで目標にしてきた魔王が、こんなぶよぶよビール腹をした豚みたいな醜悪顔なおっさんだと知れば!
いったいどれ程の絶望が彼を襲うか!!」
吾輩をこき下ろしすぎだろう!?
っていうかな、言いたかないが吾輩がその性転換薬を飲んだとして、出来上がるのは豚の顔した女だぞ!?
「そこはほら、こういうののお約束として美女に変身できるんじゃないですかね?
まあ、もし順当に不細工な女になったとしたら――」
なったとしたら?
「――スパっと自害されては?
これ以上勇者を苦しめてはいけませんよ」
自殺してたまるか!?
そこまで言うなら側近!
お前が女になればいいだろう!!
「いや、私には愛する20人の妻と100人を越える子供達がいるのでそれはできません」
多っ!!?
何その数!!
吾輩には伴侶なんて一人もいないのに!?
「魔王様は子供を作る必要が無いですからねぇ」
必要性の問題じゃないんだよ!!
心の問題なんだよ!!
安らぎとか、幸福感とか、そういうのの問題なんだ!!
「――魔王様」
な、なんだ側近。
急に真面目な顔をして。
「結婚しても――幸せになれるとは、限らないんですよ?」
どうしたその全てを諦めきった顔!!?
お前の私生活いったいどうなってんの!!?
――――――――
というわけで勇者の観察だ。
『もうその必要もないのですけれどね。
セリムは既にいつ魔王城へ攻め入っても問題ない程の実力をつけていますし』
ここまで長かったような短かったような。
思い返してみるとセリム、女をことごとく奪われる以外に大して失敗とか挫折とかしてないよな。
『頭も良いし、力も強い。
かなりパーフェクトな実力の持ち主ですよね。
――女性を必ず寝取られてしまうことを除けば』
……そこがでかすぎるんだよなぁ。
『……そうですねぇ。
ああっと、勇者は自分の故郷に帰っているようですね』
吾輩との最終決戦を前にして、自分の生まれ育って村で英気を養おうとしているわけだな。
『……ほとんどの街で親しい女性を盗られてますからね。
ろくな思い出のある村や町なんて彼には無いでしょうし――
まだ子供の頃の楽しい記憶がある故郷が、一番マシな場所なんでしょう』
言ってやるな!
言ってやるなよ、そんな残酷なこと!!
『すみません、魔王様。
私も自分で言ってて涙が止まりません……』
勇者は何も悪いことやってないのがなんともなぁ。
まあ、不埒な輩は皆抹殺してきたけど。
『間男共はこの世に産まれてきたことを後悔しているでしょう、あの世で。
ま、幾人かは生きたまま地獄に叩き落してやりましたがね』
奴らの情けない面をいつか勇者にも見せてやりたいものだ。
――まあ、奴はこの仕打ちに対して怒り狂うだろうが。
『怒りますかね?』
怒るだろうよ、だって奴は勇者だもん。
『……そう、ですね』
ま、所詮吾輩達とは相容れぬということよ。
……さて、セリムは今、村長の家か。
『村人達から歓待を受けているようですね』
うむ、旅立ちの日を思い出すのぅ。
「おお、セリム、飲め飲め!」
「お前がここを出てからもう1年近く経つが――こんな立派になるとはなぁ」
「魔王討伐より、セリムが無事でいてくれることが嬉しいよ」
村の住人達は、勇者を囲んで笑いかける……が。
「――――」
セリムには愛想が無かった。
一応、それぞれに対応しているし、笑みも浮かべてはいるものの、どうも無機質だ。
村に住んでいた頃の純朴な青年の姿はそこになかった。
「……セリムはどうしたんだろう、疲れているのか?」
「……無理もなかろう、長い旅じゃからのぅ」
セリムから少し離れたところで、中年の男と老人が話をしている。
老人の方は、確かこの村の村長だ。
「……魔王との決戦を前にして、心労が溜まっているのやもしれん」
「……なるほど」
「……この村での滞在が少しでも休養になってくれればいいのじゃが」
「……そうですね」
村長はそんな勇者の気配を敏感に感じ取っていたようだ。
セリムには聞こえないように小声で、彼の身を案じている。
『確かに勇者の心は今までの旅で摩耗しきっていますからね。
村人が考えているような理由ではないのですが』
そうさなぁ。
「――――」
周囲へ失礼にならない程度には相手しているが……
事情を知っている吾輩達からしてみれば大分無理をしていることも分かる。
決して、この催しをセリムが嫌がっているわけでもないのだけれども。
と、そこへ。
「セリム、来てるんだって!?」
家の扉が開き、一人の少女が入ってきた。
「――――」
勇者がそちらを見て、目を見開く。
そこに立っていたのは――
「……なんだ、アリアか」
村人の一人が呟いた。
そう、そこに居たのはセリムが旅立つ日の前日、色々とアレなことをやったアリアである。
「えへへへ、セリム、久しぶりね。
どうだったの、旅の方は?
あたし、ずっと心配してたんだからね」
言いながら、勇者へと近づいていくアリア。
……しかし、なんだな。
『凄い格好ですね、彼女』
純朴で可愛らしかった顔はケバケバしい化粧で無茶苦茶になっている。
着ている物も、似合っていた地味なスカート姿ではなく、ドギツイレベルで派手な衣装に変わっていた。
『一応、化粧品も衣類も大きな街で売っている高価な代物ではあるようですけど。
メイクのセンスも着こなしのセンスも絶望的に皆無です』
田舎者が思いっきり誤解して無理やり着飾っている――という感じだな。
前に見たときは、内面はともかく外面はそれなりだったのに。
『村人もそう思ってるみたいですね。
見て下さいよ、部屋の片隅で彼女を指さして笑ってる奴らもいますよ?
他の連中も、なんだか冷めた目で見ているようですし』
面と向かって指摘してやらないのは、優しさなのか薄情なのか。
いや、吾輩もこんな格好の女がいきなり現れたら、正直あんまし関わりたくないが。
――む、あの女、村人を押しのけて無理やりセリムの隣に座ったぞ。
「こっちの生活はもう退屈で退屈でさ。
毎日毎日同じことの繰り返し。
あんたについて行っちゃえば良かったかも――なんてね♪」
意味も無く――いや、彼女的にはあるのかもしれないが――勇者にボディタッチをしながら、アリアは続ける。
セリムは露骨に嫌な顔をするが、それにはお構いなしだ。
「ねぇねぇ、村にはどれくらいいるの?
なんならあたしがここを案内してあげよっか?」
「――――」
勇者は実に適当な相槌をうつ。
「一年じゃなんも変わってないって?
そりゃそうなんだけどさ、セリムだって久々の故郷を堪能したいでしょ?
一緒に見て回って、前みたいにまた――」
「――――」
「え、ちょ、ちょっと、セリム!?」
そこで勇者は席を立った。
何も言わず、ドアへ向かって歩いていく。
「きゅ、急にどうしちゃったの!?
ねぇっ! もっとお話しましょうよ!!」
追おうとするアリアだが。
「よさんかアリア!
セリムは長旅で疲れておるんじゃぞ!
無理強いをさせてはならん!」
何時の間にやら横に居た村長に引き留められた。
「――――」
そうこうしているうちに、セリムは玄関をくぐり、外へ出る。
「待って!
待ってよセリム!!
お願いだからっ!!
セリムぅううっ!!!」
村長の家の中からは、そんな叫び声が聞こえてきた。
『……少々哀れな気もしますが』
どうだかな。
セリムに振り向いて貰えないと自分が死ぬんで、必死こいて取り繕っているだけにしか見えん。
『手厳しいですね』
本当に改心し、勇者のことを考えているのであれば、あんな無理やりセリムに迫るような真似はせん。
『――確かに』
まあ、あの女が死ぬまでに後数週間――せいぜい足掻くがいいさ。
『ちなみに、魔王様が勇者に倒されたらあの呪いはどうなるので?』
ん?
吾輩が死んじゃったら、当然かけてた呪いは無くなるよ?
『ああ、じゃあ順当にいけば彼女は助かるわけですか。
もっとも、あんな奇行をしているようでは他の村人からの風当りは大分強くなりそうですがね。
実際、彼女が蹲って泣いているというのに誰も慰めようとはしていませんし』
うむうむ――って吾輩が勇者に負けるの前提で話を進めないでくれない!?
……さて、場面は変わって。
「あら、どうしたの?
もうパーティーは終わり?」
「――――」
勇者が向かったのは、彼の実家である。
そこではセリムの姉セリナが夕飯の用意をしていた。
出発の日と変わらず、綺麗な黒髪を長く伸ばした長身の美人は、セリムを優しく迎えてくれた。
……相変わらず、そそるプロポーションをした女である。
「――――」
「……そう、疲れたから帰ってきたの。
仕方ないか、ずっと魔王との戦いをしてきたんだものね」
彼女はふっと笑って、心配そうにセリムを見つめる。
「ごめんなさいね、セリムが疲れ切ってるだなんて分かりそうなものなのに。
村長がぜひとも歓迎パーティーを開きたいって言ってきかないものだから」
「――――」
「十分楽しめたって?
それは良かったわ。
――ところで夕飯はどうする?
食べた後だからそんなにお腹へってないかしら?」
「――――」
「……きゃっ!?
ど、どうしたのセリム!」
急にセリナへと抱き着くセリム。
そのまま彼女の胸に頭を埋め――勇者は泣き出した。
「……セリム?」
「――――」
沈黙したまま語らぬ勇者。
「……辛いことがあったのね?」
「――――」
勇者は小さく頷く。
「……私に話せる?」
「――――」
勇者は首を横に振った。
「――そっか。
うん、いいよ。
言えないことだって、あるものね」
「――――」
「お姉ちゃんは気にしてないから大丈夫。
……ずっと、一人で旅してきたんでしょう?
家族にも隠したいことの一つや二つ、できちゃうよね」
優しく微笑んでから、セリナは勇者の頭をそっと撫でた。
「……こんなこと言ったら悪いかもしれないけど。
私、少しほっとした。
セリムは、やっぱりセリムなんだよね」
「―――?」
「……村に帰って来てからの貴方、ずっと別人みたいな顔してたから。
もう、私が知ってるセリムじゃなくなったんじゃないかって不安だったの」
「―――!」
はっとした顔で、勇者は顔をあげた。
「本当よ。
ずっと仏頂面で、話しかけても全然返事してくれないし」
「――――」
セリナは勇者の瞳をじっと覗き込みながら、話しかける。
「――セリム。
もし、本当に辛いなら、逃げてもいいんだよ?」
「―――?」
「魔王を倒せなくなっちゃうけど……
私は、それよりもセリムが大事だよ」
「――――」
勇者の身体を、セリナが抱き返した。
「……大丈夫。
皆がどう言っても、お姉ちゃんはセリムの味方だから、ね?」
「――――」
……そのまま、セリナの胸の中で涙を流し続ける勇者。
しばししてから、彼女がふと口を開いた。
「……そうだ。
セリム、明日は一緒に村を見て回らない?」
「―――?」
つい先ほど、アリアが言ったのと同様の台詞を語り掛けるセリナ。
「懐かしの風景を見れば、セリムも少しは元気になるかな――てね?」
「――――」
からかうような笑みを浮かべる彼女に、セリムは軽く頷き返すのだった。
『――色々溜まっていたものがあったんですねぇ。
まあ、当然ですか』
冒険自体は順調だったとはいえ、人間関係が最悪に近かったからなぁ。
そりゃ泣きもするだろう。
『我々が少しでも彼の心の傷を癒せれば良かったのですが』
それは叶わなかったなぁ。
まあ、血の絆は強しというところか。
積もり積もった感情を吐き出せて、勇者も精神的に大分楽になったことだろう。
『これで魔王様との戦いもばっちりですね』
うむうむ――ん?
それまずくない?
『何を今更』
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