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第3話 盗賊退治
後編
しおりを挟む「……盗賊ヴィネットの罪を軽くして欲しい、と!?」
「―――」
驚くオルグに、勇者はこくりと頷いた。
今、彼が居るのはオルグの――この街で最大の権力を持つ商人の執務室。
セリムは、ヴィネットを捕縛する道を選んだのだ。
但し、事情を鑑み、彼女の罪は最大限軽くすると住民達に約束して。
勿論、今まで盗んだ物は可能な限り返却し、もう二度と盗みはしないことも、ヴィネットと約束した。
そして今、勇者はオルグに対して罪の軽減を嘆願しに来たのだ。
――不器用な男よ。
『……彼の立場であれば、見逃すことも容易でしたでしょうに』
人の法にて裁きを受けることが、彼女の罪を償う第一歩になると考えたのだろう。
『――綺麗事ですね』
ああ、綺麗事だ。
だが、そんな綺麗事――吾輩は、嫌いじゃないぞ!
『格好つけてサムズアップとか決めないで下さい。
気持ち悪いですよ?』
こんな台詞吐くときくらい、格好つけて何がわるいんじゃあっ!!
『そもそも、そんなに上手くいきますか?』
それもそうなのだが――見ろ、オルグの顔を。
あの男、そうそう物わかりの悪い人間では無さそうだぞ?
「……そうですか、彼女にそんな事情が。
――分かりました。
外ならぬ勇者様の頼み、断るわけにもいきますまい」
「―――!!」
「私の一存で全てが決まるわけでもありませんが、盗賊ヴィネットが極刑ではなく、禁固刑で許されるよう、働きかけましょう」
禁固刑か。
まあ、妥当なところではある。
オルグがヴィネットの盗賊行為による被害者の一人であることも考えれば、大分温情を入れてくれたともいえる。
「――――?」
「禁固の期間ですか。
なんとも言えませんね、彼女が更生したと判断されるまで――最低でも、10年は下らないかと」
「――――」
「こればかりは、勇者様の御意向であってもそうそう変えられません。
街の法でそう定められているのです」
「――――」
俯く勇者。
しかし、彼もオルグが譲歩してくれていることは分かっているのだろう――何も言い返しはしなかった。
「……ただ、ですな。
一つ問題がありまして」
「―――?」
「この街の牢屋には今、ほとんど空きが無いのですよ。
ヴィネットを禁固刑に処そうとも、彼女を拘置しておく所が無いのです。
これは困りました――どこか、犯罪者をしっかりと監視しておける場所が無いものか。
例えば、そう、“誰もが信頼する人物”が、“四六時中監視してくれるような場所”が」
意味ありげに、勇者へと視線を送る。
こ、この男――!!
「―――!!」
「おお、まさか勇者様、彼女を監視する任を引き受けて下さるのですか!?
盗賊ヴィネットが更生するまで、勇者様の旅に同行させると!!
ありがとうございます、流石は勇者様です!」
この男――まさか本気でいい奴!?
なんでこんなに気配りできちゃうわけ!?
……街一番の商人ってのは伊達じゃないなっ!!
「――、――――!!」
「おやおや、何故私にお礼を言うのですかな?
私は厄介事を勇者様に押し付けただけですぞ?」
「――――」
がっしりと握手する2人。
……ふん、どうにも――
『魔王様?』
――茶番だ、見てられん。
『……そうですね。
ところで魔王様、ティッシュ入ります?』
う”ん、ぼじいっ!
もう、ざっぎがら涙ど鼻水がどまらなぐでぇっ!!
よがっだねぇ、ゆうじゃ、よがっだねぇっ!!
『本気で魔王の威厳とか木っ端微塵になってるんで、早く顔拭いて下さい』
さて、そういうわけで、早速勇者とオルグの2人はヴィネットがいる留置所へ来たわけだ。
彼らは今、牢屋のある地下へと向かう階段を下りておる。
『もう顔は大丈夫ですか、魔王様?』
うん、大丈夫。
――しかし考えてみれば、これであの盗賊が勇者の仲間になってしまうわけか。
厄介だなぁ、勇者も煙に巻きかけたあの俊敏性、どう対処したものか。
『まあ、おいおい考えていきましょう』
そうさなぁ、まあ、観察を続ければ弱点の一つや二つも――
「おおっおっおおおっ!
おうっ! お、おぉぉおおっ! おぉぉおおお―――!」
…………。
『…………』
側近、今、何か聞こえなかったか?
『何か、聞こえましたね。
ああ、いや、気のせいでしょう、まさか、まさか“そんな”わけ――』
「んぉおおっ! おっおっおおっおっおっ!
おお、おっおおっおっおっおっ! んぁああああっ!!」
やっぱり聞こえたぁ!!
何、なんなのこの苦し気な声!!
しかもなんだかすごく聞き覚えある声なんですけど!!!
『落ち着いて下さい魔王様!!
まだ、まだ“そう”と決まったわけでは――ああっ!?』
ど、どうした側近!!
『勇者が走り出しました!!』
んんっ!?
「――――!!」
「ゆ、勇者様、どうされました!?」
――吾輩達が聞いた“声”は、勇者の耳にも入ったのだろう。
セリムはオルグを置いて、一気に階段を駆け降りる。
「――!!
――――!!」
息を切らして――それこそ、ヴィネットとの追いかけっこでも見せなかった程の速度で、勇者は駆ける。
……階段を下り切った、その先に見たものは――
「おらおら! どうだ俺のちんこの味はっ!?」
「お前のせいで俺達は散々冷や飯を食わされたんだっ!!
そのお礼、存分にさせて貰うぜ!?」
見知った顔――オルグの部下である例の2人と。
「ん、おっおっおっおっおおっ!?
あうっあっあっああっあっあああっ!!」
縄で拘束されたまま彼らに抑え込まれ、前と後ろから男性器を挿入されている、ヴィネットの姿だった。
「はっ! 下賤な盗賊の癖に、まさか処女だったとはな!!
お前のまんこなんぞ、誰も貰い手がいなかったか!!」
「けつの方も初めてのようだぜ!?
ガッチガチに締まってやがる!!」
「おお、おぉおおおっ!!
おっおっおおっおおおっおっおおっ!! んぉおおおおおっ!!?」
前後から責められ、雄叫びのような声を漏らすヴィネット。
喘ぎ――というより、苦悶の叫びだ。
……よく見れば、彼女の膣口と肛門からは血が垂れ落ちている。
「だが、身体は悪くねぇ!!
この胸、この尻、いいでかさだっ!」
「商売女と違ってちと固いが――それもまたいいなっ!
このハリの良さは娼婦じゃ味わえねぇ!!」
「おごぉおおっ!?
んぅうっ! おぉっおっおおっおおおっ!!」
片方が彼女の褐色のおっぱいを揉み、もう片方がプルプルと震える尻をはたく。
ヴィネットが泣こうと叫ぼうとお構いなしに、男達は彼女を蹂躙した。
「ま、穴の具合はまだまだだがなっ!」
「そっちもこれから開発してやるさ!!
男を悦ばせる、立派な肉奴隷にしてやるっ!!」
「おおおっ!!? おぅっおっおおぅっうああああっ!
ああっあっあっあっあっあっあっ!! あぁぁあああああ―――!!」
ヴィネットはただ、男達の暴虐に耐えるのみであった。
――こ、こんなことが!
いくら恨みつらみがあるとはいえ、これが無抵抗な女に対してやる所業か!?
勇者よ、何をしている!
早くこの蛮行を止めるのだ!!
『……魔王様っ!?
勇者が! 勇者の様子がっ!!』
ど、どうしたと――セリムっ!?
「―――っ!? ――っ、――っ、――っ!!」
セリムが、急に胸を抑えて苦しみだした。
こ、これは過呼吸か――!?
『い、今まであった記憶が一気に蘇って――』
勇者を襲ったというのか!?
馬鹿な!!
立て!
立つんだ、勇者よ!!
目の前に、苦しんでいる女がいるんだぞ!?
お前が助けずして、誰が彼女を助けるのだ!!
「――っ、――っ、――っ、―――
――――――――!!!!!!」
果たして。
吾輩達の想いが通じたわけではあるまいが、勇者は拳を握りしめて立ち上がった。
ヴィネットが閉じ込められた牢屋のもとへ走ると、渾身の力で鉄格子へと拳を振るい――それを吹き飛ばした。
「――な、なんだっ!?」
「――ゆ、勇者様!?」
ヴィネットとまぐわっていた男達の動きが止まる。
そこへ――
「何をしているか、お前達ーー!!!?」
オルグの怒号が響く。
勇者から遅れ、彼もまたここへ到着した。
この状況を見てすぐ、何が起きていたのか理解したようだ。
「お前達!
これはいったいどういう了見か!?」
「お、オルグ様!?
こ、これはその――」
「わ、我々はこいつに散々苦しめられてきたわけでして――」
「そのような言い訳聞きたくないわ!!
いいかっ! この娘の身柄は勇者様預かりとなった!!
お前達が手を出していい相手ではないのだっ!!」
「そ、そんな――」
「お、俺達は何も知らず――」
「言い訳をするなと言ったばかりであろう!!
立ち去れ!! 即刻に立ち去れ!!
お前達への罪状は後で言い渡すっ!!」
「「ひ、ひぃいいい―――」」
雇い主の逆鱗に触れ、2人の部下達はズボンも履かぬまま牢屋から逃げ出していった。
だが勇者はそちらを一顧だにせず、ヴィネットへ駆け寄る。
そのまま両穴を犯され消耗し、激しく息をつく彼女を抱きしめた。
「――――!!」
「……な、なんだ、坊やか。
ハハ……アタシのことなんか放って、旅に出ちゃったとばかり思ってたよ……」
「―――!!
――――!!」
「……フフ、嘘、だよ。
……本当は、結構本気でキミが来てくれるって信じてた。
――ありがとう、助けてくれて」
「――――!」
「……何、泣いているのさ?
……大丈夫、アタシは、これ位へっちゃらだから」
お互いに抱きしめ合いながら、涙を流す2人。
それを横で見ていたオルグは、ふっと笑みを零してから、その場を立ち去るのだった。
それから数日後。
勇者セリムが街を出立する時が来た。
あの後、法的処理をあれこれするとかで、ヴィネットは引き続き拘置所に置かれた。
もっとも、もう二度と不埒な真似をされぬよう、厳重な警備が敷かれたが。
現在、セリムはオルグの執務室に来ている。
彼へ挨拶するため、そしてヴィネットと合流するためだ。
「お待ちしておりました、勇者様」
会うなり、深々とお辞儀をするオルグ。
この男、本当に首尾一貫して勇者への敬意がぶれないな。
「―――――」
「ははは、私にお礼など結構です。
お礼を言うのはこちらの方なのですよ?
勇者様はこの街で悪事を働いていた大盗賊を退治して下さったのですから」
「―――――」
「はて、何のことやら?
私はかの盗賊が正しい裁きを受けるよう、周囲へお願いしただけですからね。
……ささ、私との話はもういいでしょう。
早速、彼女をお呼びしましょう」
オルグが一声かけると、勇者が入ってきたのとは別の扉が開く。
そこから、ヴィネットが姿を現した。
「――――!?」
ヴィネットが、姿、を――?
……え?
ちょっと、ちょっと待って。
何、これ――?
『魔王様、これは、これは――』
なんなんだ、どうなったんだ!?
彼女は、どうして“こんな格好”をしているんだ!?
「――――!?」
セリムもまた、先程から驚きで動けないでいる。
……ヴィネットは、盗みを働いていた時と同様のボディスーツを着ていた。
但し。
スーツの胸部分は大きく切り取られ、おっぱいが丸出しになっていた。
股間の部分もまたぱっくりと割れ、局部と尻が露出している。
誰がどう見ても異常な――淫猥な装いを、彼女はしていた。
「――勇者様~♪」
セリムへと近づきながら、“猫撫で声”でヴィネットは話しかける。
「ヴィネットはぁ、勇者様の旅に同行できる日をずっとお待ちしてました~ん♪
これからは勇者様のお好きな時に、ヴィネットのおっぱいとまんこ、お使い下さいねぇ~♪」
言いながら、自ら胸を揉み、女性器をセリムに向けてパクゥっと開いて見せる彼女。
「―――!!?」
これまでの彼女とはあまりに異なる姿に、勇者は混乱する。
というか、吾輩達も混乱している。
側近などさっきから目の焦点が定まっておらぬ。
そんな最中、オルグが口を開いた。
「いやぁ、勇者様もお目が高い。
この女の身体は前々から私も目をつけていたのですよ。
捉えた暁には、新しい性奴隷にでもしてやろうかと考えていたのですが――勇者様がお気に召されたというのであれば是非もありません。
“コレ”は、勇者様にお譲りしましょう」
オルグはにこやかな口調で、“訳の分からないこと”を言い出す。
「勇者様の出発日に合わせて突貫工事で調教したので少々不備もあるかもしれませんが――なかなかの一品に仕上がっていると思いますよ?
勿論盗賊のスキルも無くしてはいません、それが無ければ“コレ”はただの足手まといですからな。
盗賊として危険な場所を探索させることもできますし、勇者様の性欲発散にも使えます。
どうです、いい“アイテム”でしょう?」
「――っ、――?」
「……この娘の人格、ですか?
ああ、それはもう“壊しました”のでご安心を。
あんな粗野で粗雑な人格、邪魔以外の何物でもないですからな。
今の彼女は勇者様の命令に忠実な肉人形ですので、存分にお使い潰し下さい」
……何だろう。
オルグの声は確かに聞こえてくるのだが、吾輩の脳がそれの理解を拒んでいる。
「おお、そうだ。
何でしたらここで具合を見ていきますか?
おい、ヴィネット!」
「はぁ~い♪
さぁ、勇者様ぁ~♪
ヴィネットのまんこに、勇者様のたくましいおちんぽ、挿入して下さいましぃ~♪」
セリムへとしなだれかかり、彼の股間に自らの女性器をすりすりと擦りつけるヴィネット。
そこには、かつてセリムをからかっていたような表情は無く。
貧民街の住人を守ろうとしていた気概も無く。
牢屋で勇者と再会した際の、嬉し涙を流した微笑みも無く。
……ただ、淫乱な雌の顔だけがあった。
そんな、変わり果てたヴィネットの姿を目の当たりにして。
「――――」
勇者は、卒倒した。
――――――――
…………。
「…………」
…………。
「…………」
……行ってくる。
「……お待ち下さい」
……なんだ?
「……此度は、私の同行もお許し頂ければ」
……好きにしろ。
「……はっ」
――――――――
場所は変わらず、オルグの執務室。
突然倒れたセリムを病院へと搬送し、ヴィネットを別室に移すと、オルグは何事も無かったかのようにその日の仕事を進めていた。
今は一人の部下と話している。
「――例の2人の処分、如何いたしましょう?」
「……ああ、ヴィネットに手を出した馬鹿共か。
勇者様の“所有物”に手を出した重罪人だぞ?
すぐさま縛り首にしろ。
ああ、その家族もついでにな。
見せしめだ」
「承知しました。
では、そのように」
部下が一礼すると、部屋を出る。
それを確認したオルグは視線を机の上に戻し、書類仕事へと取り掛かった。
「……むっ?」
そこでようやく、部屋の異変に気付いたようだ。
執務室のあちこちで、影が蠢動を始める。
まるで生き物であるかのように。
その影達は次第に一つの場所へ集まり、巨大な球を形作った。
「……こ、これは――」
影の球はさらに形を変えて――“吾輩”を産み出す。
「魔物――か!」
『その通りだ』
オルグは私をにらみつけてくる。
ふむ、大成した商人だけあって、そこそこ胆力はあるようだ。
「……こんな場所に侵入してくるとはな。
何用だ!?」
『何用だ、だと?』
「!? ぐぁああああっ!!」
吾輩が手を掲げると部屋内に突風が吹き、オルグを壁に叩きつける。
『……質問に答えろ、人間。
お前は――あの盗賊の女に、何故かような真似をした?』
「ぬ、ぐ……と、盗賊――?
ああ、あの“失敗作”のことか」
『失敗、だと』
「ああ、失敗作だとも。
せっかく勇者様へと献上してやったのに、拒まれおって……
今後のため、勇者様からの心象を良くしておきたかったのだがな」
『――勇者に媚びを売るために、やったのか』
「その通りだ。
勇者様の人気は今、民衆の間で高まり続けている。
いずれその知名度は国王や教皇すら超えるだろう。
そんな彼へ恩を売っておけば、かけた金の数倍の利益が私に齎される。
勇者へと最も貢献した大商人オルグ――くく、いい肩書ではないか」
商人の世界では金以上に信用がものをいう。
勇者セリムを助けたという経歴は、他の何にも勝る最高の“信用”になりうると見越したわけか。
……この男、あまり頭は悪くないようだ。
『それで、あの女の人格を壊したのか』
「そうだ、あんなガサツな性格では勇者様も扱いに困ろう。
盗賊としても、肉便器としてもな。
なんと言っても、道具は従順に限る。
かなり金をかけて“調整してやった”というのに……
やはり設定した人格が悪かったか。
勇者様はもっと清純な性格がお気に召したのかな……?」
吾輩を無視し、ぶつぶつと呟くオルグ。
こいつ、頭は悪くは無いが――決して良くもない。
愚か者め、あのままお前が何もせずヴィネットを勇者に引き渡していれば、勇者へ大きな貸しを作れたというのに。
『……そうか。
もういい』
「そいつは結構。
……ふん、察するに、あの女と何か契約でもしていたか?
低俗な連中の考えそうなことだ、魔物との契約など。
――で、用が済んだならもう帰ってくれないか。
私は忙しい」
『……ああ、帰るとも。
お前に相応の処理を下したらな』
吾輩はニヤリと笑ってオルグへと手をかざす。
しかし奴は態度を崩さず。
「……馬鹿が。
おとなしく帰っておれば見逃してやったというのに」
オルグは懐から札を取り出すと、それを吾輩に向けて放つ。
札はそのまま吾輩の身体に張り付くと、光を放ち始めた。
札は輝きを増し続け、吾輩の身体を包み込む。
「……高位の僧侶が聖別した護符だ。
並みの魔物では一たまりもあるまい」
『吾輩が並みの魔物ならな』
得意げに語るオルグに対し、吾輩は手で札を握りつぶしながら声をかける。
――初めて、奴は動揺した。
「ば、バカな!?
あの護符が通用しないなど!?」
『愚か者め。
魔王である吾輩に、あのような玩具が通用すると思ってか』
「ま、魔王だと!!?」
オルグが絶叫する。
「あの女、魔王などと契約していたというのか!?
ふざけるな! そんなことできるわけ――」
『そのようなことはどうでもよい』
吾輩は奴にある“物体”を投げつけた。
オルグはまだ誤解しているようだがいちいちそれを解いてやる必要もあるまい。
「ぐ、あ――な、なんだ、これ、は――?」
生々しく蠢く、グロテスクな“それ”を見て、オルグは絶句する。
『それはな、地獄に生息する寄生虫よ。
宿主の脳を食らい、その者を意のままに操る――そういう蟲だ』
「なっ――そ、それは――ぐぁあああああああっ!?」
驚く間もなく、オルグがその身に走った激痛に叫び声をあげた。
蟲が奴の身体に入り始めたのだ。
『お前はこれから、吾輩の駒となるのだ。
……くくく、“道具に従順に限る”からなぁ」
「あ、あがっ!?
ぐあああっ!! がぁあああああああっ!!」
吾輩の皮肉を聞く暇は、今のオルグに無い様だ。
蟲が身体を這いまわる痛みに、のたうち回る。
「がっ! あっ! あっ! ああっ! あ―――」
待つことしばし。
オルグは静かになった。
奴はすくっと立ち上がると、吾輩に一礼する。
「……魔王様、この身体の乗っ取り、完了しまシタ」
『うむ、ご苦労』
喋ったのは、脳に取って代わった蟲だ。
「……それで、私はこの後、どうすれバ?」
『しばらくはオルグとして生きよ。
奴の行動パターンは分かるな』
「はい、脳を食う際、しっかりと吸収しまシタ」
『ならばよい。
よいか、奴は大分“外面の良い”人間だ。
決してボロを出さぬよう、細心の注意を払え。
……そうだな、資産の一部を貧民街の住人へ寄付でもしてやればどうだ。
そんな人間が、まさか魔物に取って代わられたなど思うまい』
「流石は魔王様、実に懸命なご判断デス。
しかし、ただ金を渡すだけでは貧民は救われまセン。
教育機関を設立ししかるべき教育が受けられるよう図り、十分な仕事が行き渡るよう仕向けまショウ」
『……う、うむ。
そうだな』
おいおい、蟲の分際でそんなお利口なフォローするなよ。
なんだか吾輩がおバカみたいじゃないか。
――いや、考えていた!
それ位のこと、考えていたからね!!
と、そこへ別の声が響く。
『――魔王様』
側近の声だ。
『……ヴィネットは確保できたか?』
『はい、問題なく。
幾人か護衛がおりましたが、無力化しました。
……彼らは、事情を知らないようでしたので』
『そうか。
――それで、彼女の様子は?』
『……よく無いですね。
魔薬によって、魂にまで手を加えられています。
治療には長い期間が必要でしょう。
その上で、治るかどうかは――五分五分に届かないかと』
『それで構わん。
手厚く看護してやれ』
『承知しました。
では、私は先に戻っております。
少しでも早く治療を施したいので』
『うむ、任せた』
そこで側近の気配が消えた。
吾輩は“オルグ”へと向き直る。
『先程の命令に、一つ付け加える』
「はい」
『ヴィネットは、“勇者に会わせる前に”魔王の手で連れ去られたと勇者に告げよ。
突如魔王が現れ、“勇者を昏倒させて”から彼女をかどわかしたとな』
「……よろしいのですか?
それでは、魔王様のみが勇者から恨まれることに」
『構わぬ。
その方が奴の心も救われよう。
それに、事実は大して変わらぬし――そもそも、勇者は敵なのだ、恨まれるなど当然のこと』
「……重ねて承知しました」
深々と“オルグ”はお辞儀した。
それを見届けてから、吾輩をその場から消え去った。
――――――――
“卑劣なり!
余りにも卑劣なり、魔王!
幾度にも及ぶ戦いの末、セリムと心を通い合わせた女盗賊ヴィネット。
そんな彼女を、魔王は奪い去ったのだ!
魔王がこのような行動を起こした理由は、勇者とも互角に渡り合ったというヴィネットの力を欲したためとも、勇者に絶望を味わせるためとも言われている。
どちらにせよ、勇者は有能な仲間を――いや、仲間になるはずだった人物を、失うこととなった。
勇者セリムと女盗賊ヴィネットとの再会は、実に勇者が魔王城へ乗り込んだ時となる――が。
その詳細は、後の章にて語ることとしよう”
後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著
「勇者セリムの冒険」より
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