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第6話 賢者の孫娘
② 学長の頼み
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夕刻。
2人は学院の見学を終え、学長の待つ部屋でソファーに座っていた。
「…………」
「…………」
ヴィルもエルミアも、どこか微妙な顔。
そんな彼らに、学長――エゴールが話しかける。
「どうでしたかな、我が学院は?」
「あ、えーと、その――」
質問に、エルミアが答える。
「素晴らしい、授業だったと思います。
とても分かりやすく、魔法の理論を教えて下さいましたし、こちらの質問にも真摯に対応して下さいました。
本当に、素晴らしい――」
「素晴らしい、“古典”の授業だった」
彼女の言葉を、途中から引き継ぐ。
もっとも、それは少女の意図した台詞では無かったのだろう。
彼女は眉をしかめ、
「ヴぃ、ヴィル!
貴方、なんてことを――」
「お世辞を言っても仕方ないだろう。
……なぁ、エゴール。
これは、いったいどういうことだ?
“王国”最先端の教育機関である“賢者の学院”で、何故大昔の魔法理論を講義している?」
今日見て回った講義は、どれも“帝国”では過去の技術となった理論の授業ばかりだったのだ。
ヴィルの問いかけに、エゴールはしばし黙り込んでから、
「やはり、分かってしまうか」
「当たり前だ」
学長は幾度か頭を振ったのちに、語り出した。
「恥ずかしいことじゃが――我が学院では、『派閥対立』が激しいんじゃ。
学院に入学した者は、最初の1年間基礎の講義を受ける。
その後、各教官の受け持つ『教室』へ適性や希望に応じて進学するのじゃが――」
「その教室間が、対立していると」
「然り。
そして対立しているが故に、“教室”は自分達の成果を外に漏らさないようになった。
新たな魔法の技術や理論を発見しても、教室内だけでしか共有しないようになったわけでな。
実際、“帝国”の最先端魔法理論と比較しても勝るとも劣らん技術が開発されることもあるんじゃが――他と共有しないせいで、その後が続かん」
「……結果、最新理論は各教室でバラバラに持ち、生徒全員が受けられる授業はあんなお粗末な内容になった、と」
「返す言葉もない。
言い訳になってしまうが、儂が学長になった時にはもう対立は根深くなった後での」
「それにしたって、酷すぎる」
こんなことでは、優秀な魔法使いが育たないのではないだろうか。
他人事ながら、心配になってしまう。
「しかし――こんな時に、ヴィル殿が現れたのは天啓といえよう」
「――ん?」
キラーンとエゴールの目が光った。
……何か嫌な予感がする。
「再会できたのも何かの縁!
ヴィル殿、我が学院に燻る火種解決に、ご助力願えんだろうか!!」
「それは君の仕事だろう!?」
いきなり自分に縋ってくる学長を、青年は全力で拒絶した。
お門違いもいいところだ。
「そんなこと言わんと!!
ヴィル殿ならやれる!!
儂はそう信じておるんじゃ!!」
「今日来たばかりの外部の人間に、構造改革なんてできるわけあるか!!
だいたい、俺達は王都に向かわなくちゃならないわけで――」
「そう時間はとらせん!!
1週間! 1週間でええから!!
実は儂にも考えがあるんじゃ!!」
じたばたともみ合う青年と老人。
実に見苦しい光景だった。
「勿論、報酬は出す!!
なんなら、儂が集めた希少な魔法書もお渡ししようっ!!」
「そんなもの要るか――!」
「協力いたしましょう」
男同士のやりとりを横で見ていてエルミアが、毅然とした声で割って入った。
「え、エルミア?」
「ヴィル、学長がこれ程困っているのです。
この方は、貴方の旧友なのでしょう。
見捨てるのは、如何なものかと思います」
「お、おお、聖女殿――!!」
思わぬ助け舟に、エゴールの顔が晴れ渡っていった。
ヴィルは半目でエルミアを見ると、
「……魔法書に釣られたな?」
「何を仰っているのか理解に苦しみます」
少女はプイッと顔を背けた。
(――まあ、いいか)
渋々とだが、ヴィルは協力することに決めた。
これは決してエルミアに絆されたからではない。
この学院の体勢を放っておけば、未来ある若者の才能を無為に潰し続けることになるのを懸念したからだ。
だから、エルミアに甘いとか、そういうことではないのである。
「で、エゴール。
君が考えている策とは何なんだ」
「うむ、実はじゃな――」
学長は語る。
――彼には、孫娘が居る。
しかし、賢者とまで称えられた彼の血を引くにも拘らず、その孫娘に魔法の才能は無かった。
学長のツテで学院に入り、本人も必死に勉学を励んだにも関わらず、一番簡単な魔法すら発動できない有様だ。
当然、学院では鼻つまみ者。
どの“教室”も彼女を受け取りたがらない。
その彼女を、ヴィルに鍛えて貰いたいらしい。
学院の誰もが見放した生徒が、外部の人間に才能を開花されれば。
対立構造を瓦解させる、切り口となりうる。
「――とまあ、そういうことなのじゃよ。
ちょうど、1週間後に“勇者の一団”の一人である“魔女”の選考会があっての。
そこでうちの孫が華々しくデビューすれば、上層の連中も慌てふためくじゃろ」
「……“魔女”?
今回の“魔女”はまだ選出されていなかったのですか?」
自分に関連するワードが出てきたからだろう。
それまで黙っていたエルミアが口を開く。
「うむ、選考が難航しておっての。
ああ、しかし安心なされよ、聖女殿。
何も孫を“魔女”にしよう、等とは考えておらん。
“勇者の一団”のメンバーを、そう軽々しく扱う気は毛頭無いのじゃ。
儂はただ、選考会の舞台を利用したいだけでの。
……まあ、孫が“魔女”になって欲しいと願ってはおるが」
「そして上層部の鼻を開かせた君の立場は、より強固なものになる、と」
「はっはっは、ダメじゃろう、ヴィル殿。
そういうことをいきなり言い当ててしまっては!」
「……せめて言い訳くらいして欲しい」
青年はふかーくため息を吐く。
まあ、この老人が少々腹黒くはあっても悪人ではないということは、承知済みではある。
「あと根本的な話をさせて貰うが、俺が指導したところでお孫さんに実力がつくかどうかは分からんぞ」
「ああ、そこは大丈夫じゃ。
何せ、儂の孫じゃからな!!」
「……凄い自信だな、おい。
そう思うなら、君が教えてやれよ」
「学長の儂が仕込んで優れた魔法を使えるようになっても、周囲からは“当たり前”だと見做されかねんからのぅ。
この体制を崩すカードとしては使えん。
学院外の人間がやるからこそ、危機感を煽れるのじゃ。
……それに依怙贔屓が過ぎると、孫がさらに周りから浮いてしまうかもしれん」
「――確かに」
学長の言い分に、同意する。
勢いで喋っているようにも見えるのだが、流石に思慮はしているようだ。
「では、儂に協力してくれると、そういうことでええかの!?」
「……まあ、いいだろう。
放っておいても、寝覚めが悪そうだ」
「流石はヴィル殿じゃ!」
拍手をして青年を称賛する学長。
その後、すっと席を立ち、
「善は急げ!
早速我が孫と対面と行こう!」
「え?」
「こんなこともあろうかと、別室で待機させておる!!
ささ、行きましょうぞ、ヴィル殿。
聖女殿もご一緒に」
「え、え?」
ヴィルの手を無理やり引き、エゴールは部屋から連れ出した。
(こいつ、さては最初から――!?)
全て、企てられていたことなのだと。
青年がそう気づいたときには、もう手遅れだった。
という訳で、お孫さんのいる別室へ。
「お爺ちゃん、この人が新しい先生なんですかー?」
「これこれ、学院でお爺ちゃんは止めんか。
別にお爺ちゃんと呼ぶのを止めろといっているわけではないぞ?」
孫――と思われる赤毛の少女の前で、表情を崩しまくっている学長がそこにいた。
一目でわかる。
こいつは、孫バカだ。
「――あ、この人」
隣で、エルミアが小さく呟く。
ヴィルもまた気付いていた。
その少女は、昼間に学院内で見たスタイル抜群の女の子だったのだ。
「世間って狭いわぁ」
ちょっとだけ性女モードになった彼女が、ため息を吐いた。
気持ちは分かる。
そんな2人の様子に気付かぬまま、件の孫娘が自己紹介を始めた。
「えっと、アタシ、イーファ・カシジャスって言います。
あの、お爺ちゃ――学長のお知り合いだと聞いてたんですけど、こんな若い方だとは思いませんでした。
正直、魔法使えるようになるとか期待しても無駄だと思ってるんですが、よろしくお願いします」
言って、エルミアに向かいお辞儀する。
流石、“賢者の学院”学長の孫だけあって、綺麗な姿勢でのお辞儀だった。
「ご挨拶ありがとうございます。
しかし申し訳ありません。
貴女に魔法を教えるのは私ではなく、こちらの方なのです」
「――え」
エルミアからの訂正に、イーファは目を丸くした。
「あ、あれー?
でもこちらの人、どうみても戦士、ですよね?」
「……そう思われるのは仕方ないんだが。
俺が君の臨時講師になる、ヴィルなんだ」
「え、えー?」
驚きを隠せないイーファ。
「これこれ、“帝国”からはるばる来てくれたお客様に、そういう態度をとるもんじゃない。
こう見えてヴィル殿は、“帝国”における最先端の魔法理論を学んできたお方じゃ。
必ず、お前の力になってくれる」
「そ、そうだったのですかー。
人は見かけによらないんですね……」
若干一言多い。
「えと、ではその、ヴィル――先生?
これからよろしくお願いします。
……あの、学長の頼みだからって、無理はしないでいいですよ?
見込み無さそうなら、諦めてくれてけっこうですから」
そして、なんともネガティヴだ。
どことなく顔つきにも活気や覇気というものがない。
――魔法を使えない人間が魔法使い育成機関に入れられれば、歪みもしよう。
「こちらこそよろしく頼む。
ちょっとばかし厳しく訓練することになると思うが、頑張って耐えてくれ」
挨拶を交わした後は、もう日が暮れた時分だったためすぐ解散となった。
エゴールは誰もいない自室で一人ほくそ笑む。
「――く。
くっくっくっくっく」
まさかこれ程上手く事が進むとは。
学院の入り口でヴィルと会ってからすぐさま準備を整えたので、些か不安だったのだが。
「相変わらず人が良いのぅ、ヴィルバルト閣下。
おかげで楽ができたわい」
にんまりと嗤う。
「学院の悪しき構造を崩す、なんて言葉を真に受けるとはのう」
――そう。
老人の目的は、そこではなかった。
そんな“綺麗事”を履けば、あの男は必ず乗ってくる。
そう確信しての発言だった。
勿論、成し遂げられるというのであれば、それはそれで構わないのだが。
そして彼の本当の目的は――
「これで我が孫の将来も安泰じゃあっ!!」
高らかに叫んだ。
イーファはエゴールの一人孫であり、両親は既に他界している。
自分も高齢であるため、いつ何が起こるか分からない。
そうなったとき、独りになってしまった少女はどうなってしまうか。
学園では周囲から後ろ指を指され、彼女にはもう学長以外に頼れる人がいないのだ。
――不安で不安で、夜も眠れない日々だった。
「じゃがもうこれで一安心!」
あの青年は、人柄も、家柄も、能力も、全てがパーフェクツ。
孫の幸せに命かけてるエゴールの目から見ても、文句のつけようがない旦那候補だ。
もっとも、2人を引き合わせただけですぐ結婚という話になるとは限らないのだが――
「くくくくく!
ダイナマイツボデーなイーファと1週間もマンツーマン授業をして、間違いを犯さないはずがないわい!!
あのスタイルに見惚れない男なぞ存在しようか!?
いや、いない!!(反語表現)
孫じゃなけりゃ、儂が手ぇ出しとるわい!!」
問題発言である。
幸い、それを非難する人物はここに居なかったが。
「1週間、手取り足取り腰取り教育するが良いぞ、閣下!!
2人きりになれるシチュエーションは、儂が幾らでも仕立て上げたる!!
ひょっとして、ひ孫とかできちゃうかのぅ!?」
勝手に妄想を膨らませていくエゴールだ。
1週間後、孫が幸せを掴み取っていることを夢見て――己の身を奮い立たせるのであった。
……そんな様子を、部屋の外から盗み聞きしている人間がいるとは露も知らずに。
「ふーん。
話がトントン拍子で進むとは思ってたけど、そういうことだったわけね」
学長室の外。
そこには、エゴールがまるで気に留めていなかった人物――エルミアが居た。
「――いいんじゃない?
私も、あの子の身体はずっと気になってたし」
舌なめずりするエルミア。
背丈は自分と同じかちょっと大きい位だというのにあのスタイル――嫉妬の感情があることを否定できないが、性的欲望がそれを上回った。
自ら弄ってみたいという欲求は勿論、ヴィルに抱かせてみたいという願望も強い。
「学長がそういう考えなら、渡りに船ね。
うふふふふ、1週間で、ヴィルのちんぽ抜きには生きていけない身体にしてあげる♪」
恐ろしいことを口にする聖女。
他人が聞けば頭おかしいと言われること必至だが、彼女は割と本気である。
「あの身体と3Pやれちゃうとか、夢が広がるわー。
明日から頑張らないとね!」
これから始まるであろう、夢のようなひと時を期待して。
彼女もまた、気合いを入れるのだった。
2人は学院の見学を終え、学長の待つ部屋でソファーに座っていた。
「…………」
「…………」
ヴィルもエルミアも、どこか微妙な顔。
そんな彼らに、学長――エゴールが話しかける。
「どうでしたかな、我が学院は?」
「あ、えーと、その――」
質問に、エルミアが答える。
「素晴らしい、授業だったと思います。
とても分かりやすく、魔法の理論を教えて下さいましたし、こちらの質問にも真摯に対応して下さいました。
本当に、素晴らしい――」
「素晴らしい、“古典”の授業だった」
彼女の言葉を、途中から引き継ぐ。
もっとも、それは少女の意図した台詞では無かったのだろう。
彼女は眉をしかめ、
「ヴぃ、ヴィル!
貴方、なんてことを――」
「お世辞を言っても仕方ないだろう。
……なぁ、エゴール。
これは、いったいどういうことだ?
“王国”最先端の教育機関である“賢者の学院”で、何故大昔の魔法理論を講義している?」
今日見て回った講義は、どれも“帝国”では過去の技術となった理論の授業ばかりだったのだ。
ヴィルの問いかけに、エゴールはしばし黙り込んでから、
「やはり、分かってしまうか」
「当たり前だ」
学長は幾度か頭を振ったのちに、語り出した。
「恥ずかしいことじゃが――我が学院では、『派閥対立』が激しいんじゃ。
学院に入学した者は、最初の1年間基礎の講義を受ける。
その後、各教官の受け持つ『教室』へ適性や希望に応じて進学するのじゃが――」
「その教室間が、対立していると」
「然り。
そして対立しているが故に、“教室”は自分達の成果を外に漏らさないようになった。
新たな魔法の技術や理論を発見しても、教室内だけでしか共有しないようになったわけでな。
実際、“帝国”の最先端魔法理論と比較しても勝るとも劣らん技術が開発されることもあるんじゃが――他と共有しないせいで、その後が続かん」
「……結果、最新理論は各教室でバラバラに持ち、生徒全員が受けられる授業はあんなお粗末な内容になった、と」
「返す言葉もない。
言い訳になってしまうが、儂が学長になった時にはもう対立は根深くなった後での」
「それにしたって、酷すぎる」
こんなことでは、優秀な魔法使いが育たないのではないだろうか。
他人事ながら、心配になってしまう。
「しかし――こんな時に、ヴィル殿が現れたのは天啓といえよう」
「――ん?」
キラーンとエゴールの目が光った。
……何か嫌な予感がする。
「再会できたのも何かの縁!
ヴィル殿、我が学院に燻る火種解決に、ご助力願えんだろうか!!」
「それは君の仕事だろう!?」
いきなり自分に縋ってくる学長を、青年は全力で拒絶した。
お門違いもいいところだ。
「そんなこと言わんと!!
ヴィル殿ならやれる!!
儂はそう信じておるんじゃ!!」
「今日来たばかりの外部の人間に、構造改革なんてできるわけあるか!!
だいたい、俺達は王都に向かわなくちゃならないわけで――」
「そう時間はとらせん!!
1週間! 1週間でええから!!
実は儂にも考えがあるんじゃ!!」
じたばたともみ合う青年と老人。
実に見苦しい光景だった。
「勿論、報酬は出す!!
なんなら、儂が集めた希少な魔法書もお渡ししようっ!!」
「そんなもの要るか――!」
「協力いたしましょう」
男同士のやりとりを横で見ていてエルミアが、毅然とした声で割って入った。
「え、エルミア?」
「ヴィル、学長がこれ程困っているのです。
この方は、貴方の旧友なのでしょう。
見捨てるのは、如何なものかと思います」
「お、おお、聖女殿――!!」
思わぬ助け舟に、エゴールの顔が晴れ渡っていった。
ヴィルは半目でエルミアを見ると、
「……魔法書に釣られたな?」
「何を仰っているのか理解に苦しみます」
少女はプイッと顔を背けた。
(――まあ、いいか)
渋々とだが、ヴィルは協力することに決めた。
これは決してエルミアに絆されたからではない。
この学院の体勢を放っておけば、未来ある若者の才能を無為に潰し続けることになるのを懸念したからだ。
だから、エルミアに甘いとか、そういうことではないのである。
「で、エゴール。
君が考えている策とは何なんだ」
「うむ、実はじゃな――」
学長は語る。
――彼には、孫娘が居る。
しかし、賢者とまで称えられた彼の血を引くにも拘らず、その孫娘に魔法の才能は無かった。
学長のツテで学院に入り、本人も必死に勉学を励んだにも関わらず、一番簡単な魔法すら発動できない有様だ。
当然、学院では鼻つまみ者。
どの“教室”も彼女を受け取りたがらない。
その彼女を、ヴィルに鍛えて貰いたいらしい。
学院の誰もが見放した生徒が、外部の人間に才能を開花されれば。
対立構造を瓦解させる、切り口となりうる。
「――とまあ、そういうことなのじゃよ。
ちょうど、1週間後に“勇者の一団”の一人である“魔女”の選考会があっての。
そこでうちの孫が華々しくデビューすれば、上層の連中も慌てふためくじゃろ」
「……“魔女”?
今回の“魔女”はまだ選出されていなかったのですか?」
自分に関連するワードが出てきたからだろう。
それまで黙っていたエルミアが口を開く。
「うむ、選考が難航しておっての。
ああ、しかし安心なされよ、聖女殿。
何も孫を“魔女”にしよう、等とは考えておらん。
“勇者の一団”のメンバーを、そう軽々しく扱う気は毛頭無いのじゃ。
儂はただ、選考会の舞台を利用したいだけでの。
……まあ、孫が“魔女”になって欲しいと願ってはおるが」
「そして上層部の鼻を開かせた君の立場は、より強固なものになる、と」
「はっはっは、ダメじゃろう、ヴィル殿。
そういうことをいきなり言い当ててしまっては!」
「……せめて言い訳くらいして欲しい」
青年はふかーくため息を吐く。
まあ、この老人が少々腹黒くはあっても悪人ではないということは、承知済みではある。
「あと根本的な話をさせて貰うが、俺が指導したところでお孫さんに実力がつくかどうかは分からんぞ」
「ああ、そこは大丈夫じゃ。
何せ、儂の孫じゃからな!!」
「……凄い自信だな、おい。
そう思うなら、君が教えてやれよ」
「学長の儂が仕込んで優れた魔法を使えるようになっても、周囲からは“当たり前”だと見做されかねんからのぅ。
この体制を崩すカードとしては使えん。
学院外の人間がやるからこそ、危機感を煽れるのじゃ。
……それに依怙贔屓が過ぎると、孫がさらに周りから浮いてしまうかもしれん」
「――確かに」
学長の言い分に、同意する。
勢いで喋っているようにも見えるのだが、流石に思慮はしているようだ。
「では、儂に協力してくれると、そういうことでええかの!?」
「……まあ、いいだろう。
放っておいても、寝覚めが悪そうだ」
「流石はヴィル殿じゃ!」
拍手をして青年を称賛する学長。
その後、すっと席を立ち、
「善は急げ!
早速我が孫と対面と行こう!」
「え?」
「こんなこともあろうかと、別室で待機させておる!!
ささ、行きましょうぞ、ヴィル殿。
聖女殿もご一緒に」
「え、え?」
ヴィルの手を無理やり引き、エゴールは部屋から連れ出した。
(こいつ、さては最初から――!?)
全て、企てられていたことなのだと。
青年がそう気づいたときには、もう手遅れだった。
という訳で、お孫さんのいる別室へ。
「お爺ちゃん、この人が新しい先生なんですかー?」
「これこれ、学院でお爺ちゃんは止めんか。
別にお爺ちゃんと呼ぶのを止めろといっているわけではないぞ?」
孫――と思われる赤毛の少女の前で、表情を崩しまくっている学長がそこにいた。
一目でわかる。
こいつは、孫バカだ。
「――あ、この人」
隣で、エルミアが小さく呟く。
ヴィルもまた気付いていた。
その少女は、昼間に学院内で見たスタイル抜群の女の子だったのだ。
「世間って狭いわぁ」
ちょっとだけ性女モードになった彼女が、ため息を吐いた。
気持ちは分かる。
そんな2人の様子に気付かぬまま、件の孫娘が自己紹介を始めた。
「えっと、アタシ、イーファ・カシジャスって言います。
あの、お爺ちゃ――学長のお知り合いだと聞いてたんですけど、こんな若い方だとは思いませんでした。
正直、魔法使えるようになるとか期待しても無駄だと思ってるんですが、よろしくお願いします」
言って、エルミアに向かいお辞儀する。
流石、“賢者の学院”学長の孫だけあって、綺麗な姿勢でのお辞儀だった。
「ご挨拶ありがとうございます。
しかし申し訳ありません。
貴女に魔法を教えるのは私ではなく、こちらの方なのです」
「――え」
エルミアからの訂正に、イーファは目を丸くした。
「あ、あれー?
でもこちらの人、どうみても戦士、ですよね?」
「……そう思われるのは仕方ないんだが。
俺が君の臨時講師になる、ヴィルなんだ」
「え、えー?」
驚きを隠せないイーファ。
「これこれ、“帝国”からはるばる来てくれたお客様に、そういう態度をとるもんじゃない。
こう見えてヴィル殿は、“帝国”における最先端の魔法理論を学んできたお方じゃ。
必ず、お前の力になってくれる」
「そ、そうだったのですかー。
人は見かけによらないんですね……」
若干一言多い。
「えと、ではその、ヴィル――先生?
これからよろしくお願いします。
……あの、学長の頼みだからって、無理はしないでいいですよ?
見込み無さそうなら、諦めてくれてけっこうですから」
そして、なんともネガティヴだ。
どことなく顔つきにも活気や覇気というものがない。
――魔法を使えない人間が魔法使い育成機関に入れられれば、歪みもしよう。
「こちらこそよろしく頼む。
ちょっとばかし厳しく訓練することになると思うが、頑張って耐えてくれ」
挨拶を交わした後は、もう日が暮れた時分だったためすぐ解散となった。
エゴールは誰もいない自室で一人ほくそ笑む。
「――く。
くっくっくっくっく」
まさかこれ程上手く事が進むとは。
学院の入り口でヴィルと会ってからすぐさま準備を整えたので、些か不安だったのだが。
「相変わらず人が良いのぅ、ヴィルバルト閣下。
おかげで楽ができたわい」
にんまりと嗤う。
「学院の悪しき構造を崩す、なんて言葉を真に受けるとはのう」
――そう。
老人の目的は、そこではなかった。
そんな“綺麗事”を履けば、あの男は必ず乗ってくる。
そう確信しての発言だった。
勿論、成し遂げられるというのであれば、それはそれで構わないのだが。
そして彼の本当の目的は――
「これで我が孫の将来も安泰じゃあっ!!」
高らかに叫んだ。
イーファはエゴールの一人孫であり、両親は既に他界している。
自分も高齢であるため、いつ何が起こるか分からない。
そうなったとき、独りになってしまった少女はどうなってしまうか。
学園では周囲から後ろ指を指され、彼女にはもう学長以外に頼れる人がいないのだ。
――不安で不安で、夜も眠れない日々だった。
「じゃがもうこれで一安心!」
あの青年は、人柄も、家柄も、能力も、全てがパーフェクツ。
孫の幸せに命かけてるエゴールの目から見ても、文句のつけようがない旦那候補だ。
もっとも、2人を引き合わせただけですぐ結婚という話になるとは限らないのだが――
「くくくくく!
ダイナマイツボデーなイーファと1週間もマンツーマン授業をして、間違いを犯さないはずがないわい!!
あのスタイルに見惚れない男なぞ存在しようか!?
いや、いない!!(反語表現)
孫じゃなけりゃ、儂が手ぇ出しとるわい!!」
問題発言である。
幸い、それを非難する人物はここに居なかったが。
「1週間、手取り足取り腰取り教育するが良いぞ、閣下!!
2人きりになれるシチュエーションは、儂が幾らでも仕立て上げたる!!
ひょっとして、ひ孫とかできちゃうかのぅ!?」
勝手に妄想を膨らませていくエゴールだ。
1週間後、孫が幸せを掴み取っていることを夢見て――己の身を奮い立たせるのであった。
……そんな様子を、部屋の外から盗み聞きしている人間がいるとは露も知らずに。
「ふーん。
話がトントン拍子で進むとは思ってたけど、そういうことだったわけね」
学長室の外。
そこには、エゴールがまるで気に留めていなかった人物――エルミアが居た。
「――いいんじゃない?
私も、あの子の身体はずっと気になってたし」
舌なめずりするエルミア。
背丈は自分と同じかちょっと大きい位だというのにあのスタイル――嫉妬の感情があることを否定できないが、性的欲望がそれを上回った。
自ら弄ってみたいという欲求は勿論、ヴィルに抱かせてみたいという願望も強い。
「学長がそういう考えなら、渡りに船ね。
うふふふふ、1週間で、ヴィルのちんぽ抜きには生きていけない身体にしてあげる♪」
恐ろしいことを口にする聖女。
他人が聞けば頭おかしいと言われること必至だが、彼女は割と本気である。
「あの身体と3Pやれちゃうとか、夢が広がるわー。
明日から頑張らないとね!」
これから始まるであろう、夢のようなひと時を期待して。
彼女もまた、気合いを入れるのだった。
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※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
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