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第4話 黒幕現る 第一部 完
① グレッグ司教
しおりを挟む夫人の家を出立して数日。
ヴィルとエルミアは、街へと辿り着いた。
宿場町ではない、多くの人々が生活する、規模の大きい街。
ここで、2人は当面の旅に必要な食料等を買い付けるつもりだった。
少し位なら、休憩と称して遊んでもいいかと考えてもいた。
しかし、その予定は覆された。
何故ならば。
「いや、よくぞエルミアを送り届けて下さいました、旅の方!
このグレッグ、心よりお礼を申し上げます!」
にこやかな顔でヴィルへ話しかける壮年の男。
(まさか、こんな展開になるとは――)
胸中で呟く。
青年の目の前に居る人物は、教会の司教だそうだ。
2人が街に着いた途端、この男が数人の部下と共に出迎えてきたのである。
グレッグの方へと一歩進み、丁寧に頭を下げるエルミア。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、グレッグ司教座下。
まさかお迎え頂けるとは、恐縮です」
「うん、無事で何よりだ、エルミア。
慣れない旅で疲れただろう、教会に着いたらゆっくり休みなさい。
報告はその後で良い」
「ご配慮、痛み入ります」
性女ではなく、聖女モードである。
……司教相手に本性を出したら、流石にまずかろう。
司教はヴィルへと向き直った。
「旅の方、貴方もご一緒頂けますかな?」
「――はい、構いません」
頷く。
ここで別れさせられたらどうしようかと考えていたので、渡りに船だ。
「ああ、それは良かった。
是非、言葉だけでなくきちんとした謝礼を送りたかったのです。
――おお、忘れていた。
貴方のお名前を伺っても?」
「――ヴィル、と」
「…………なるほど。
ヴィル様、ですね」
「様付けは性に合わないのですが」
「はっはっは。
それは何卒ご勘弁を。
貴方は仮にも聖女を救ったのです。
そんな相手を呼びつけにしてしまっては、私の品性が疑われてしまう」
「……そうですか」
まあ、無理強いするようなことでも無い。
単にそちらの呼ばれ方が好きというだけの話だ。
「ささ、立ってお話するようなことでも無いでしょう。
早速、教会へご案内します」
グレッグは2人を先導し、道を歩き始めた。
前を行く司教を眺めながらヴィルは悩んでいた。
(――どうするかな、この状況)
彼が悩んでいるのは、グレッグという男についてだ。
(十中八九、こいつが“犯人”なんだよなぁ)
犯人。
つまりは、エルミアへ刺客を放った人物。
ヴィルがは、グレッグ司教がその黒幕だと考えていた。
それには、3つの理由がある。
一つ。
対応が早すぎる。
最初の街に着いた途端、出迎えがあった。
これはおかしい。
何故なら、自分達は聖女が襲われたことを喧伝していないからだ。
ヴィルの知らない第三者が伝えたにしても、伝達の速度が速すぎる。
――こんなに早く情報を手に入れられるのは、それこそ“襲撃を指示した人物”くらいだろう。
一つ。
対応が遅すぎる。
前述の理由を覆し、仮に情報が素早く伝わっていたとしよう。
すると今度は一転して、動きが鈍すぎるのだ。
何せ、司教まで出てくる案件である。
司教は複数の教会を束ねる高位の神官であり、はっきり言ってフットワークのいい立場ではない。
そんな司教の耳に情報が届き、司教自らが出向くに至るまで、他の神官達が何も動いていないというのは、かなり無理がある。
途中の宿場町で何らかのアプローチがあっていいはずだ。
――グレッグ司教以外には、情報が広がらないようにされていたのでなければ。
最後の一つ。
勘だ。
ヴィルの勘が、この男は信用ならないと訴えている。
今までの人生で、そうそう外れたことは無い。
(となると、こいつの意向が問題になるわけだが)
思いつくことと言えば、今度こそ確実にエルミアを殺そうとしているとか。
しかし、そうだとすれば本人が出てくる意味がない。
前回のように、配下へ命じれば済む話だ。
上から命令された?
グレッグもまた、駒の一つに過ぎない?
――ありえない。
司教の上の立場となれば、大司教や教皇となる。
聖女の認定を行う人間だ。
エルミアを聖女にしたくないのであれば、最初から選ばなければいい。
(どちらにせよ、油断はできないということだ)
そもそも、エルミアが狙われた原因が聖女関連でない可能性だってある。
(例えば、彼女の身体が目当てだとか)
少なくとも外面は比類なき美少女なのだ、そういうことも十分あり得るだろう。
ヴィル自身、彼女の美貌に一瞬でほれ込んでしまったのだ。
他にもそういう連中がいて、少女を無理やり自分の物にしようと考えたとしても、納得はできる。
もっとも、その場合は――
(――八つ裂きにしてやる)
犯人は、この世の地獄を見ることになるわけだが。
ヴィルは、“死んだ方がまし”と言われる拷問の手法を幾つか知っている。
そして、不埒な輩にそれを振るうことに、何の躊躇いも無い。
(……とにかく。
可能性を絞り過ぎず、柔軟に対処していかなければ)
注意が緩まぬよう、心に喝を入れる。
できればエルミアともこの辺りの情報を共有しておきたいところだ。
上手く2人きりの時間を取れればいいのだが。
そんな心配をよそに、2人は教会へ到着した。
(……さすがは聖女様。
待遇が普通じゃないな)
ヴィルは、部屋を見渡してそんな感想を頂いた。
2人が通されたのは、やたらと豪奢な応接室だった。
部屋は広く、調度品は一級物が揃えらており、テーブルやシャンデリアも美しく飾り立てられている。
国の重鎮、下手をすれば国王や教皇クラスの人を持て成すのに使われかねない。
そんな場所に、今は青年と少女、そしてグレッグ司教の3人だけ。
テーブルの片側にヴィルとエルミア、反対側にグレッグが座っている。
それぞれの前には、最高級の茶葉を使ったと思われる、良い香りのお茶が出されていた。
他に、人はいない。
お付きの者さえも。
お茶を運んできた使用人も、すぐに退室した。
(さて、どう出てくるか)
司教の動向を注意深く観察する。
すると、司教は青年に対し、深々と敬礼してきた。
「お初にお目にかかります、閣下。
このような場で御尊顔を拝謁できるとは、光栄の至りで御座います」
「―――えっ」
隣から、エルミアが息を飲む気配を感じる。
ヴィルは、グレッグが続きを言う前に、口を開いた。
「何のことだろうか。
俺は、“ただの”ヴィルだと言ったはずですが。
そんな敬称を付けて呼ばれることに、覚えはありませんね」
「…………なるほど。
そのようなお考えですか」
青年の言葉を聞き、司教は得心がいったように頷いた。
「承知いたしました。
では、そのようにご対応させて頂きます」
そう告げてから、グレッグは視線をエルミアへ送る。
「さてエルミア、待たせてしまったね。
君に何があったのか、話を聞かせてほしい。
ああ、簡単で構わないよ」
「は、はい」
少し緊張した面持ちで、少女が語り出す。
「本日より10日前、私は聖女としての務めを遂行すべく、ギリー司祭と共に王都へと出立しました。
旅は出だし順調であったのですが、出発より3日後、何者かの襲撃を受けました。
その際、ギリー司祭は死亡、私も危うく命を落とすところでした」
すらすらと、当時に様子を説明するエルミア。
「そこを、通りすがったこちらの青年ヴィルに助けて頂きました。
その後、彼に助力を願い、ここまで同行頂いた次第です」
言われた通り、簡潔に話を終える。
司教は少し眉をしかめ、
「――エルミア。
自分の恩人に対し、呼びつけをするのは失礼が過ぎるのではないかな?」
「あっ! い、いえ、そんなつもりでは――」
珍しく取り乱す聖女だが、ヴィルが助け船を出す。
「俺が、彼女に頼んだのです。
貴方が俺に敬称を付けるのは勝手だが、それを彼女にまで押し付けないで頂きたい」
「おお、そうでしたか。
これは失礼いたしました」
あっさり、前言を取り消すグレッグ。
彼は青年へ謝罪してから、少女へ話しかけた。
「報告をさせてしまってからで悪いのだが、実のところ、私もその事情は把握している。
まあ、把握しているからこそ、こうして君を迎えにきたわけなのだがね。
加えて言えば、既に下手人も捕らえてある」
「――ええっ!?」
エルミアが驚く。
ヴィルも声が出そうになったが、どうにか抑えた。
司教の語りが続く。
「詳しくは省くが、君が襲われたと聞いてから、私はすぐに調査を始めたんだ。
いったい何者が、聖女殺害などという不敬な行為を企てたのかをね。
そして、程なく犯人は見つかった」
「……ど、どなたなのですか?
その、私を殺そうと考えた方は?」
「それは――ああ、少し待ってくれないか?
君の疲れを労い、ヴィル様へ謝礼をすると言っていたのに、ただ話をするだけで私はまだ何もしてやれていない。
今日は、君達のために美味しい食事を用意していてね。
続きは、それを食べ終えてからにしないか?」
「し、しかし、司教座下――」
「不安なのかな、エルミア?
だが安心して欲しい。
既に、咎人の身柄は抑えてある。
つまり、もう君の身に危険は無いということだよ」
「――え、え?」
畳み込むような流れに、少女は戸惑うばかり。
(……段取りがいいな、おい)
その手際に、ヴィルも感心してしまった。
しかし感心してばかりもいられない。
青年は、司教へと問いかける。
「グレッグ司教。
その犯人とやらは、どちらにいますか?
できれば、この目で確認したい」
「ご自分で確かめねば、安心できませんかな?
いえ、お気持ちはご理解できます。
実は――エルミアを怯えさせてはまずいと控えておりましたが――犯人はこの教会にて捕らえたのです。
今は厳重に警備された一室に拘束しております。
ご要望とあれば、この後に面会を手配しておきましょう」
「……よろしくお願いします」
ぐうの音もでなかった。
(これは――尻尾を掴むのは無理か?)
ここまでされてなお、この司教が黒幕であるという考えは変わっていない。
寧ろ、ここまでされたからこそ、より疑惑は深まった。
ただこの男、善人か悪人かは別にして、大した手腕の持ち主なのは間違いない。
自分が企てたという物証はおろか、疑惑すら排除しているのでなかろうか。
だが、見る限りにおいてグレッグにエルミアへの敵意は無い。
彼女を殺害しようと考える人間には思えない程。
心変わりしたのか?
ならば、その理由は?
(……俺、だろうなぁ)
奴は、ヴィルの正体に気付いている。
その上で、露骨すぎない程度に青年へ媚びを売っていた。
……エルミアを排除するより、彼女に取り入った方が利があると判断したのだろう。
(しかし、グレッグ司教はエルミアの味方になったとも考えられる)
過去はどうあれ。
現在においてエルミアへ害を及ぼす気がないのなら、放置しても問題ない――かもしれない。
(――判断を下すのは性急だな)
そう思わせておいて、ということだってある。
ヴィルは考えを保留し、グレッグの合図で部屋に運ばれてきた料理に手を付け出す。
……無論、しっかりと“毒見”は行って。
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