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第9話 彼が本気になったなら

② 大森林の中の小さな村

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 翌日。

「……こんなことってあるんだな」

「神のお導きです」

 呆然とするヴィルと、神へ祈りを捧げるエルミア。
 信じられない幸運が彼等に訪れていた。

「まさかこんなところに村があるとは」

 森を抜けた・・・彼らの目の前には、数は少ない者の家屋が建ち、畑が広がり、人々が働いている。
 紛れもなく、人里だ。
 大森林を切り開き、小さくあるものの確かに村が存在していた。
 その光景を見たイーファもまた、感動を堪えるように呟く。

「立派な村ですねー。
 ……ガイドブックには載ってなかったのに」

「その本はもう捨てろと言ったはずだ」

 まだ持っていたのか。
 “この件”が終わったら必ず捨てさせようと心に決める。
 とはいえ、今は恩人・・へ挨拶せねばなるまい。

「ありがとう、君のおかげで助かった」

「いえいえー。
 わたしも、こんなところで聖女様や魔女様に出会えるだなんて思いませんでしたー♪
 神様に感謝、です!」

 目の前の人物へ頭を下げると、実に軽い声色で返事をしてくれた。
 彼女・・は、まだ幼い少女であった。
 サーラと名乗った彼女は、セミショートのブロンズヘア―をなびかせる、笑顔の可愛らしい子供だ。

 食料を切り詰める覚悟で森を強行軍していたヴィル達の前に、偶然彼女が通りがかったのである。
 こちらの事情を説明すると、少女は快く彼女達の村へ案内してくれた。
 そして連れられてきたのが、ここだ。

「いえ、私達にとって貴女こそ神に遣わされた救いの手。
 感謝の意、存分に伝えさせて下さい」

「うわうわ、聖女様に祈られちゃった!?」

 手と手を組んで、今度はサーラに向けて祈りを送るエルミア。
 その所作に少女は仰天しだしたようだ。

「アタシからもお礼を言わせて下さい、サーラさん!
 え、えーとえーと、そうだ、コレ、お近づきの印にどうぞ」

「あ、え、はい、ありがとうございます……?」

 イーファは、『勇者大全』と書かれた分厚い本を少女に渡す。
 感謝の気持ちがそれでいいのか魔女。
 その行いに、流石のエルミアも顔を引きつらせ、

「……イーファ、いい加減怒りますよ?」

「あ、アタシが持っているもので一番価値がある物なんですよぅ」

 半泣きになっているところを見るに、本当に高かった本のようだ。
 だからなんだという話でもあるが。

「と、とにかく。
 こちらの窮乏は伝えた通りなんだ。
 早速で悪いんだが――」

「はい、父様のところへ案内、ですね」

「頼む」

 サーラの父親が、この村の村長らしい。
 なんたる都合の良い偶然。
 何者かの策謀すら感じかねない奇跡だ。
 しかし――

(集落の長……娘……くっ、頭が!)

 この組み合わせ、何か嫌な記憶を刺激させられる。
 いや、彼女は大丈夫のはずだ。
 見るからに可愛らしい女の子であり――まあ仮に違ったとしてもヴィルには何の関係も無い話、そのはずである。
 かつての悪夢と戦うヴィルをよそに、エルミアが思案気にサーラへと話しかける。

「少しでも食料を都合頂ければ助かるのですが……」

「大丈夫です!
 父様は優しいから!
 聖女様達になら、喜んで協力してくれますよー♪」

 胸を叩きながら、少女はそう太鼓判を押した。






「駄目です」

「え」

 約束は、呆気なく崩れ去った。
 今ヴィル達が居るのは村長の屋敷。
 その応接室へと彼らは通されていた。

「で、でもでも、困ってるんですよ、聖女様達は!」

「いけません」

 サーラが懇願するも、返事は同じ。
 帰ってくるのは拒絶の意思だ。
 と、そこへ、

「なぁ、婆や・・
 気持ちは分からんでもないが、相手は聖女様に魔女様だぞ?
 備蓄を少し分ける位――」

「なりません、旦那様・・・
 今年は収穫が落ち込み、節制するよう村人達へ通告を出したばかりです。
 だというのに見ず知らずに旅人へ貴重な食料を分けるなど、とても許容できることではありません」

 壮年の“男”が助け船を出すものの、それすら跳ね除ける“老女”。

 ――この“男”こそがこの村の村長でありサーラの父親。
 名前をダンマスと言うらしい。
 一方で“老女”は村長お付きの侍女メイヴィル。
 かなり老齢に見えるのだが、背筋はピンと伸び、佇まいにも隙が無い。
 なんでも数十年来この家に仕えてきたとのことだ。

(だからって家長より発言力の強い侍女とかありなのか?)

 沸き起こる疑問を、心の中で押し留める。
 そう、食料の件、村長の許しは得たものの、この侍女が待ったをかけてきたのである。

 まあ、言ってどうにかなる問題ではない。
 部外者である彼は、事の推移を黙って見守ることしかできなかった。
 それは、他の2人も同じだ。

「しかしな、婆や。
 ここで彼等を見捨てたとあっては、何かと面倒だぞ。
 何かあったら、王へどう申し開きするつもりだ?」

「この程度で朽ちるのであれば、聖女やら魔女やらを名乗る資格は無いでしょう」

 ぴしゃりと言い切った。

(おいおい、凄い事言うな)

 仮にも王国から任命された聖女達に向かってこの口振り。
 権力に対して全く意を介さない、しかし職務には忠実なその姿勢。
 かなりヴィル好みの・・・人材だった。

(だが、今そのスタンスは困るんだけども)

 逆に言えば、“困る”程度で済む話でもあった。
 余り波風が立つようなら、無理はしないで欲しいとこちらから援助の話を断った方が良いかもしれない。
 そう考えていたところへ、

「――と言いたいところですが」

 老いた侍女が言葉を続けた。

「聖女魔女云々関係なく、困窮した旅人を見過ごすのは人道にもとる行為。
 お嬢様の教育にもよろしくないでしょう」

「婆や!」

 その台詞に、サーラの顔が輝き出す。
 しかし老女はそんな彼女を窘める。

「お嬢様、勘違いなさらないように。
 無償の援助など言語道断です。
 しかし彼らが相応の対価を払う・・・・・・・・のであれば、それに報いることに吝かでない、というだけの話」

「え、えとつまり、お金を貰うってこと?」

「この村は外部との交流に乏しく、金銭を頂いても使える場が限られます。
 そうではなく、食料が欲しければその分働いて貰う、ということです。
 ……それでよいですね?」

 後半は、ヴィル達に向かって言い放たれる。

「ああ、何の問題も無い」

 寧ろ望むところだった。
 何の代償も無しに利益だけ受け取ろう等、はなから考えていない。
 それはエルミアやイーファも同じこと。

「異論などあろうはずがありません。
 助成に対して労働が要求されるなど、当たり前のことです」

「……勿論ですよ!」

(その“溜め”はなんだ、イーファ)

 少し気になるところが無いわけでも無かったが。
 こうしてヴィル達は、食糧確保のため、村の“お手伝い”をすることと相成った。






 ――のだが。

「あー、たりぃ」

 心底だるそうな声が、ヴィルの耳に届く。
 これで5度目――いや、6度目か。

「あー、たりぃっすわー」

 7度目。
 実害があるわけでもないが、こうもやる気のない姿を見せられるとこちらの気も滅入ってくる。

「はぁ~あ~」

「……なぁ、君」

 いい加減にして欲しかったのでヴィルはその声の主に話しかける。
 村の中の道を自分に先立って歩く、メイド姿の少女に。

「ため息つくなとは言わないが――ちゃんと案内はしてくれているんだろうな?」

「してない、って言ったらどうすんのさ?」

「……おい」

「冗談。
 してるって、ちゃあんと」

「…………」

 なんともやる気の無い様子。
 彼女、名はラティナというらしい。
 褐色の肌にショートカットの黒髪という容姿で、くっきりした眉に少し斜に構えるもののパッチリしたツリ目と容貌はかなり整っている。
 ぱっと見ただけならば活動的な印象を与える少女だ。
 今はその印象に反し、だらけているのだが。
 一応、あの老侍女の後輩にあたるそうで、今はヴィルへ与えられた仕事の案内を命じられている最中のはずなのに。

「つっても、いきなり雑用押し付けられたら、やる気もなくなるっての。
 あのババアもめんどくさい事してくれちゃってさ。
 食料あげる見返りに労働して貰う?
 それでボクの仕事増えてりゃ世話無いっつーか」

 次から次へと愚痴が零れる。
 おまけに口が悪い。

「こちらの事情で面倒かけさせたことはすまないが、仕事場まで案内するのがそこまでの重労働か?」

「うっさい! 本当ならボクはこれから優雅なティータイムを味わってる予定だったんだよ!」

「そいつは失礼」

「うわー、誠意がこもってねー」

「お互い様だ」

 自分達に付き合わせてしまっている関係上、少々の同情は抱くものの、だからといって愚痴に付き合ってやるつもりは毛頭ない。

(それにしても――)

 ヴィルはラティナを改めて見た。
 第一印象に違わず、その肢体には無駄肉が無くしなやかだ。
 ミニスカートから伸びた脚(この侍女、メイド服をミニスカートに改造している)を見れば、それがよく分かる。
 本来はもっとキビキビ動くタイプなのではなかろうか。
 それでいて服の上から見る胸やお尻の膨らみを見るに、女性としての肉付きもそう悪いものでは無さそうだ。
 流石にエルミアやイーファには劣りそうだが、一般的に見て十分なメリハリは持っている。
 ――と。

「なぁオマエ。
 今、ボクのことエッチな目で見なかった?」

「そんなまさか」

 睨まれるもさらっと流し、

(エルミアのせいで、変な視線を向ける癖がついてしまったな……)

 その責任を恋人へ擦り付けた。



 そんなこんなで。

「はい、じゃコレやっといて」

「薪割りか」

「そゆこと」

 連れてこられたのは、蒔割り場だった。
 森の中にあるちょっとした広場に、大量の丸太が積まれている。

「これをどれ位割っておけばいいんだ?」

「はぁ~?
 どれくらい~?」

 凄く馬鹿にしたようなため息を吐かれた。
 少しイラっとする。

「バカなこと言ってんじゃねーっつの。
 全部・・やんなさい」

「全部?」

 丸太の数は10や20ではきかない。
 下手すると3桁に達している。

「ま、本気で全部やれるとは思ってないけど。
 日が暮れるまで割れるだけ割んなさい。
 ああ、腰は痛めないようにね、どうせボクが世話するハメになんだから」

「全部やっていいのか?」

「くっどいなぁ。
 四の五の言わずにさっさと始めてよ。
 時間は待ってくれないよ」

 さっきまでダラダラと歩いていた者の言い分として不適切な気がするが。
 ともあれ、ヴィルは仕事に取り掛かることにした。

「――さて」

 腰に備えた剣を抜く。
 特に構えらしい構えもとらず、無造作に丸太を斬りつけていく。

「……え?」

 隣にいる少女の呆気にとられた声。
 数十秒後・・・・
 丸太は全て蒔へに変貌していた。

「これでいいのか?」

「……あ、はい、よろしゅうございます」

 余程驚いたのか、口調が変わっていた。
 目を丸くしている姿に、少々溜飲が下がる。

「じゃあ俺の仕事は終わりだな。
 せっかくだし、村を少し見て回ってもいいか?」

「ま、まままま、待って待って!!」

 ラティナが慌ててヴィルの前に立ちふさがった。
 手をバタバタと振りながら、

「こ、これで終わりなわけ無いでしょ!?
 次はあっち!!
 あっちの畑を耕すの!!」

「ほう」

 指で示された方向を見ると、森の中に畑らしきものが確認できる。
 ここで“らしきもの”と付けたのには理由があり、

「……まだ開墾が終わってないじゃないか」

 その“畑”には、多くの切り株が残されていた。
 草もたくさん生えていた。
 落ち葉も積もっており――ぶっちゃけた話、畑というより伐採が済んだだけの空き地と呼んだ方が正しい。

「なに!? 文句あんの!?
 さっさとやるったらやる!!」

 無茶苦茶な注文だ。
 どう好意的に解釈しても、この仕事を“耕す”とは形容できない。

(やれやれ)

 一先ずヴィルは周囲を見回す。
 周辺の森は、なかなかに面白い・・・状態だった。
 木は密集せず程よく離れて生えており、そのおかげで日の光が地面に届いている。
 それによって丈の小さい草木もしっかりと育ち、しかし鬱蒼とした雰囲気はない。
 まるで人の手が入っているかのようだが、そうでないことはこの村へ来るまで確認済みだ。
 何せ、村から離れた所も、同じような有様だったのだから。
 これも勇者の神託云々と関係あるのだろうか?

 ヴィルは誰にともなく一つ頷いてから、

「美しい森だ――この森を切り開いて城壁を作ろう」

「え? 今なんて?」

「ぬぉおおおおおっ!!!」

 近場に置いてあった鍬を手に取り、猛烈な勢いで地面を掘り返していく。

「ちょ――!!?」

 先程にもましてラティナが目を見開いていた。

「待って待って待って待って!!
 そこまでやんなくていいんだって!!
 ねぇ!! ちょっと!!
 やりすぎ!! やりすぎ!!!
 何でただの鍬で木を丸ごと引っこ抜けるの!?
 ああああああ!! そっちは畑にする予定ないのにー!!?」

「俺の!! 開拓者精神フロンティア・スピリッツに!! 火が付いた!!!」

「オマエどこの生まれよ!!?」


 ……しばし、時間が経過して。


「ふぅ、綺麗さっぱり片付いたな」

 ヴィルは額に浮いた汗をぬぐう。
 辺りの森は消え去り、立派な畑へと姿を変えていた。

「あ、ああ、ああああ――何故、何故ここまで――」

 どうしたわけかラティナは泣いていたが。
 まあしかし、これでヴィルの仕事は終わったとみて間違いないだろう。
 彼は意気揚々と、エルミア達の待つ村長の屋敷へと足を向けるのだった。


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