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第8話 青少年のお悩み相談
⑥ あやとり大会
しおりを挟む翌日。
とうとうあやとり大会が始まった。
アルムやセリーヌは勿論、ヴィルも結末を見届けるため大会が開催される町一番の大広場へと参集する。
広場は幾つかの会場に分けられており、各会場で参加者達は次々に技を繰り出していた。
「――くらぇえええええいっ!!!」
巨漢が、縄のように束ねた紐を鞭のようにしならせ“対戦相手”へと叩きつける。
紐で全身を強打された相手は、会場の端まで吹き飛んでいった。
「死ねやぁあああああああっ!!!!」
細身の男は紐でトラップを組み、かかった対戦相手へと襲いかかる。
紐によって体の自由を奪われた相手は、必死にもがくも為すがままだ。
「地獄に堕ちろぉおおおおおっ!!!!」
ピンと張った紐を踏み台に宙へ跳んだ黒服の男は、対戦相手へ上方から奇襲をかける。
中空への反撃技を持たない相手は、一方的な攻撃を受けた。
――ワァアアアアアアッ!!!
各会場で、技が決まる度に観客は歓声を上げ、勝者へと拍手を贈る。
それに呼応するように、参加者達はさらに派手で強烈な技を披露した。
敗北者が飛ばす血飛沫も、観客を盛り上げるカンフル剤にしかならない。
大会は序盤から白熱していた。
セリーヌもまた周りの人々同様手を叩きながら――しかし、真剣な表情で語る。
「今年の大会はレベルが高いですわね」
「うん……ジット、勝てるかな?」
心配そうなアルム。
自分達の未来がかかっているのだから、当然の反応だ。
セリーヌは励ますように、
「大丈夫ですわよ。
あんなに、頑張ったんですもの。
アルムさん、貴女がまず信じてあげませんと」
「……そう、だね。
わたし、精一杯応援するよ!」
「その意気ですわ」
気丈なアルムの言葉に、セリーヌがにっこりと微笑んだところで――
「ちょっと待て」
――ヴィルが限界を迎えた。
セリーヌは首を傾げて、
「? どうされました、ヴィルさん?」
「あれ? そこで怪訝な顔されるのか?
真剣な会話に水差すなよって顔されるのか?
そういう顔したいのはこっちの方なんだが?
なんかさっきから完璧に置いてかれてる感じなんだが?」
「はぁ……?」
「あー、さてはこっちの言ってること理解してないな?
何言ってんだこいつって顔だな、それは?
いちいちこんなことで会話を繰り返したくないからはっきりぶっちゃけるが――これ、あやとりじゃないだろ!?」
最後はつい声を荒げてしまう。
だがセリーヌはきょとんとした顔。
「ご存知――ありませんの?」
彼女は心底不思議そうな顔をして、
「互いの命を――殺を取り合うから、殺取りというのですわ」
「ご存知あるわけあるかっ!! そんな隠語!!!」
……この町の“あやとり”は、ヴィルの知る“あやとり”と違った。
「その癖いっちょ前にあやとり紐を使ってるのがむかつく!!
必要ないだろ!?
素手なり武器なりで戦えよ!!!」
「あら、この町は上質な糸が名産だという話、していませんでしたかしら?」
「名産だからって何にでも使えるってもんじゃないわぁっ!!!」
ヴィル、魂の叫びであった。
「あ、ジット君の出番ですわよ」
「ホントだ、頑張れー、ジット!」
「あれー? スルー?
俺の慟哭は聞くに値しない?」
セリーヌとアルムはジットの試合に集中しだしてしまった。
ヴィルが横で喚いても見て見ぬふりだ。
そうこうしている内にジットが会場に姿を現して――
「――あ、あら?」
不意にセリーヌが声を零した。
そこには焦りの色が見える。
「ジット君の対戦者――去年の優勝者では?」
「ほ、本当だ!?」
セリーヌの指摘にアルムも驚く。
どうやらジット、いきなり強敵に当たってしまったらしい。
確かに対戦相手は身体のあちこちに古傷がある筋骨隆々の大男であり、佇まいからしても只者で無さそうな空気を発していた。
……持っているのはあやとり紐だが。
大男が口を開く。
「まさか最初に俺と当たるとは……運が無かったな、ジット」
「――ヴィ―ガンさん」
ぽつりと、ジット。
どうやらこの2人、知り合いらしい。
まあ、同じ町出身なのだから不思議な話でもないか。
「アルムとのことは知っている。
お前達の仲を引き裂く気は無いが――手を抜くことはできんぞ」
「勿論です、僕だってそんなこと望んじゃいない。
正々堂々、この大会を勝ち抜いてみせます!」
「よく吠えた!
だがお前にできるかな!?
まともに糸も操れないお前に!!」
「できるとも!!」
力強い宣言と共に、ジットは腕を勢いよく広げた。
その手から放たれるは、幾条もの紐。
「こ、これは――!?」
大男ヴィーガンが狼狽しだす。
その攻撃に対して、ではない。
紐が、彼を狙っていなかったことに、だ。
四方八方へと跳ぶ紐は、会場の柱に、近くの木に、向かいの家に、次々と巻き付き――そしてまた別の方向へと飛んでいく。
ジットは紐を巧みに操り、あらゆる場所へそのネットワークを張り巡らせていく。
「な、なんと――!!」
対戦相手の男は息を飲んだ。
いや、彼だけではない。
会場にいる誰もが、ジットの絶技に言葉を失くしていた。
――出来上がったのは、紐で巨大な“蜘蛛の巣”。
ジットを中心に形成された、“敵”を捉える凶悪な『網』だ。
その絶技は大会の有力者と比べてさえ、群を抜いたものであり――
「――なんと繊細で、美しい」
ヴィーガンの呟きの通り、芸術的とすらいえる程、緻密な形状を誇示していた。
そこでセリーヌがはっと気づく。
「そ、そうでしたのね!
ヴィルさんは、コレを目的にジット君へあんな特訓を――!!」
その台詞に、隣のアルムも何かを悟る。
「そうだったんだ!
いきなり宴会芸っぽいことやりだして、いったい何考えてんだろこの人って思ってたけど、全てはこのために!?」
「ええ、そうに違いありませんわ。
私も正直、『あれ、ひょっとしてヴィルさんなにか勘違いしてらっしゃるのかしら』と思っていましたけれど。
この技の習得を見越して、あんな子供じみた特訓をさせていたのです!」
観客席に居るアルムとセリーヌの声が聞こえたのか、ジットもそこへ乗っかって来て。
「そうさ!
実のところ僕だって、『セリ姉の紹介だけど、このヴィルって人、頭大丈夫なのかな?』って最初は思ってた!
でも違ったんだ!!
あの人は、僕にこの技を身に着けさせるため、敢えて幼稚にすら見える一発芸を教え込んでくれたんだ!!」
――オォオオオオオッ!!!?
熱い台詞に、事情をよく分かっていない群衆達も騒めいた。
「ははっ――殺せよ。
誰か俺を殺せよ――!」
当のヴィルは涙目になっていたが。
それはさておき。
「さあ、行くぞ、ヴィーガンさん!!」
「ぬぅっ!!?」
ジットが広げた腕を閉じた。
同時に“紐”が一斉にヴィーガン目掛けて殺到する!
「お、おぉおおっ――!!?」
咄嗟に避けようとするも、大男に逃げ場はなかった。
手に、脚に、胴に、首に、紐が巻き付いていく。
がんじがらめにされたヴィーガンは、もはや動くことすらままならない。
そしてジットは目を閉じる。
「これが――」
静かなる宣言。
次の一手で、“終わり”だ。
「これが――――“あやとり”だぁああっ!!!!!」
「ぎゃぁあああああああああああああっ!!!?」
紐がヴィーガンを締め上げる。
断末魔の叫びと共に、彼の敗退はここに決まった。
番狂わせの戦いに、観客は誰もが拍手喝采を勝者へ送る。
その一方、
「……タワー」
会場の隅で、ヴィルは一人あやとりを勤しみ始めた。
結局、ジットは優勝した。
今年の大会はほぼ彼の独壇場だったらしい。
「よくぞ、儂の出した条件を成し遂げた。
こうなった以上、お前達の仲を認めない訳にはいかんな」
そんなわけで、ジットとアルムは正式にお付き合いできることとなった。
朗らかな町長の表情から察するに、彼も別にジットを嫌っていたということでも無いようだ。
ちなみに、今居るのは町長の家。
大会が終わってすぐ、報告に訪れたのである。
本来であればジットとアルムだけで行くべきようにも思ったのだが、一応関係者ということでヴィルとセリーヌも一緒だ。
「数日前まで、まともに紐も扱えなかったお前が優勝できるとは――これも愛の成せる業か」
腕を組んで感慨深く頷く町長。
ジットは軽く頭を振って、
「いいえ、僕だけではとても優勝なんてできませんでした。
全て、こちらのヴィルさんのおかげです」
「……うん、そだね」
話を振られたヴィルは、遠い目をして返す。
この件には、余り触れられたくない。
「……これで、晴れてわたし達は婚約できたわけだね」
「うん、アルム。
待たせてしまって、ごめん」
「気にしないで、ジット」
そして唐突に始まる甘い空間。
しかし水を差すのも野暮というものだろう。
彼らは今日という日をずっと心待ちにしていたのだから。
(そろそろお暇するか)
自分はもう用済み。
そう考えて、ヴィルはその場を立ち去ろうと――
「……でも、本当にいいの?
わたし、男の子なんだよ?」
「え?」
――したところで、何やら衝撃発言が来た。
「何を今更。
僕は、アルムが好きなんだ!」
「――ジット!」
「ちょっと待って。
ねえ、ちょっと待ってって」
ひっしと抱き合う2人へ、待ったをかけるヴィル。
そんな彼へやや非難めいた視線が集まるものの、それに負けじと発言する。
「あの――男?
アルムは、男なのか?」
「そうですわよ?
あら、私言ってませんでしたかしら?」
何を今更、という口調でセリーヌ。
言われてよくよく観察してみれば、確かにアルム、女性にしてはやや肩幅が広い。
サイズが大きめの服を着ていたため目立たないが、胸も無かった。
筋肉も普通の女の子に比べて少しがっしりしているようにも見える。
そういえば服装も、ギリギリ男性が着ても違和感が無い代物だ。
「い、いやいやいや! それにしたって女らしすぎるだろう!?」
だがこれでヴィルを責めるのも酷というもの。
逆に言うならば、アルムは注意深く観察しないと男らしさを見いだせないというわけなのだから。
驚愕の事実に目を白黒させるヴィルだが、ジットは彼をジロっと睨み、
「……ヴィルさん。
“そういう目”でアルムのこと見てたんですか?」
「その台詞を君が言うのか!?」
“そういう目”でしかアルムを見ていないであろうジットには言われたくない言葉だった。
「そもそもダメだろう、男同士とか!
そんな非生産的な!?」
「何を言います、旅の方」
今度は町長が口を挟んでくる。
「好き合う者同士が一緒になるべきと、そう言ったのは貴方ではないですか」
「ケースバイケースってもんがあるだろ!?
だいたい、あんただって最初は反対してたじゃないか!!」
「二人の熱意に絆されました」
「絆されるなよ!!
そこはもっと強固に抗えよ!!」
喚くヴィルをよそに。
「――ジット、わたし達、ようやく一緒になれるんだね」
「――うん、今日は寝かさないよ、アルム」
当の2人は互いを見つめ合い、熱い抱擁を交わしていた。
女性陣達はそれを見て顔を赤くする。
「素敵ですわ……♪」
「ええ、これが真の愛なのですね」
「アタシ、憧れちゃいますっ」
「何うっとりした口調で語ってんだ!?
あとエルミアとイーファ!
お前等どっから湧いてきた!?」
いつの間にかその場へ現れたエルミアとイーファにもツッコミを入れつつ。
「あーもうっ!! あーー、もうっっ!!!!」
やり場のないモヤモヤを抱えつつ。
ヴィルはこのことを――忘れることにした。
大会のこととか色々含めて、様々なアレコレを忘却の彼方へ放り投げたのだった。
第8話 完
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