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第二十五話 新たなる幕開け
④ 戦いの予兆
しおりを挟む「…………」
「…………」
今、私は自分の部屋へと向かっている最中だ。
最中なのだ、が。
「…………」
「…………」
一緒に歩く2人――リアさんとローラさんの間に、沈黙が降りていた。
何やら重い雰囲気なので、それを解すべく声をかけてみる。
「どうしました、お二人共。
お話ししづらそうに見えますが」
「そ、そんなこと言われましても」
「そりゃ、気まずくもなるでしょっ!?」
ローラさんとリアさんがそれぞれ言い返してくる。
はて、何かあっただろうか?
「――いきなり、下半身丸出しのローラさん連れてこられたら!」
「――その、目が覚めたら全裸のリアさんが」
リアさんは、私がローラさんを担いでいた時のことを、ローラさんは私がリアさんを着替えさせていた時のことを言っている。
……一応、ここは病院なので、リアさんは少し声のボリュームを落として頂きたい。
「まあまあ、過ぎたことは言いっこなしですよ」
「あんたがやったんでしょう!?」
食いかかってくるリアさん。
しかし、
「そうなんですけれども。
――リアさんに関しては私にも言い分が」
「あー……それは、ごめん」
私の言葉にトーンダウンする。
まあ、責任の大半は三下さんのように思えるが。
「……分かっちゃいたけど、やっぱりローラさんともヤってたのね」
ぽつりと、リアさんが零した。
それを受ける形でローラさんは、
「私は、リアさんとクロダさんがそういう関係だというのは分かってはいましたが」
「あれ、そうなの?」
「それはまあ――いきなり、肉便器とか紹介されたら」
「……それもそうね」
リアさんが肩を落とす。
初めての挨拶で、うかつなことを言ってしまったのを後悔してるのか。
私はリアさんの方を叩きながら、
「紹介には、もう少し言葉を選びましょうよ」
「し、仕方ないじゃない!
そんな急にいい言葉が出てこなかったのよ」
「まあ、リアさんが肉便器なのは本当のことではありますが」
私も咄嗟の行動に関しては自信が無いので、彼女を責められない。
そんな私達の会話を聞いて、ローラさんが深くため息を吐いた。
「――肉便器とか、普通そんな軽々しく言えない単語だと思うんですけどね」
「……うっ」
リアさんが言葉に詰まる。
ローラさんの方を向いて、
「まあまあ。
今度、一緒に3Pをしましょう。
裸の付き合いをして、親睦を深める方向で」
「――わかりました」
「え、そこ、分かっちゃうんだ!?」
驚きの声を出すリアさん。
一方でローラさんは、彼女を値踏みするような視線で見つめ、
「……しっかり、リアさんの脅威度を確認しなければ」
「うわ何だろ、急に背筋がぞわっとしたような」
リアさんが明後日の方を向いて首を傾げる。
まるで原因は分かっているけれどそれを直視したくないかのような振舞だ。
ともあれ、3Pの約束ができたのは嬉しい限り。
明日への活力に繋がってくれる。
さらに歩くことほんの数分。
私の病室が見えてきた。
「――おや?」
扉の前に人がいる。
……陽葵さんだ。
「どうしたんですか、陽葵さん。
そんな、ドアの前で?」
私は彼に話しかけた。
「あ、黒田!
リアや、ローラも一緒か。
いや、お前に会いに来たんだけどさ――」
「――何の用事でですか?」
「え?」
ローラさんが会話に割り込んできた。
彼女はどことなく無機質な声で続ける。
「ヒナタさんは、いったい何のお用事でクロダさんの部屋に来たのでしょう?」
「あ? え? いや? その?
――ええっと、そう!
これからのことを相談するためだよ!
黒田、今日は調子良さそうだったから、その辺も話しておこうってさ!」
「――なるほど、そうでしたか」
「うん、うん、そうなんだよ!」
ローラさんへ、こくこくと頷く陽葵さん。
どこか、焦りのようなものも見受けられるが――
「――それはそれとしまして。
何故、扉の前に立っていたのです?」
質問を繰り返す。
「それなんだけどさ。
ここ、お前の部屋、だったよな?」
「勿論、そうです」
「いや、入ってみたら中にどえらい美人が居て。
しかもなんか睨んできたんで、こりゃ部屋を間違えたかな、と」
「どえらい美人さんですか?」
「うん、すげぇ美人」
「陽葵さんよりも?」
「なんで女の人の比較にオレが出てくるんだよ」
この人はまだ自分の魅力を理解していないらしい。
まだ雌堕ちが完了していないということか。
しかし――美人?
まあ、綺麗な女性に知り合いは意外と多いのだが……誰か、見舞いに来てくれたのだろうか。
「――ふぅむ?」
考えても仕方ない。
私はドアを開け、部屋に入ってみることにした。
そこには――
「……うわ、本気で美人だ」
「……す、すごい、綺麗な女性」
リアさんとローラさんが背後で呟くのが聞こえる。
部屋に居たのは、掛け値なしの美女だった。
緑髪とすら例えることができる、最高級の黒髪をショートカットに整え。
顔は眉目秀麗――器量の良すぎる顔立ちとやや切れ長の瞳が、クールな印象を強める。
服装は、パンツルックのビジネススーツだ。
高い身長――おそらく165cm前後――も相まって、実に格好良い。
そして服の上からでも分かる程の、メリハリあるスタイル。
サイズだけで見ても、ローラさんと同じクラスだろう。
街中で出会えば、男は勿論、女ですら目で追ってしまうであろう美貌の持ち主。
しかし、この女性へ声をかけられる人はまずいないだろう。
究極の“芸術品”に対し、人は遠目で鑑賞するだけなのだ。
そんな女性が、私の病室で椅子に座り、静かに本を読んでいた。
「――――っ」
彼女を凝視しながら、私は声が出せないでいる。
そうしているうちに、女性はこちらを向き、綺麗な唇を開いた。
「遅かったじゃないか、誠一。
私を待たせるとは、いい身分になったものだな」
彼女の声。
外見だけでなく、声もまた美しく透き通っている。
「――え?」
「――今の」
「――まさか」
後ろに居る人達(順に、陽葵さん、リアさん、ローラさん)が、同時に声を出した。
女性は、構わず続きを紡ぐ。
「君達も一緒か。
……まあ、いい。
こうして顔を会わせるのは、初めてになるな」
立ち上がって、数歩、こちらへ近寄ってくる。
「初めまして。
私が、五勇者の一人――“殺戮”のキョウヤだ」
「…………」
「…………」
「…………」
3人が、黙り込んだ。
その数秒後、
「「えぇぇえええええええええっ!!!?」」
陽葵さんとリアさんが、同時に叫ぶ。
「――う、うそ」
ローラさんだけ、妙に反応が異なったが。
ただ茫然としている様子だ。
「い、いや、それはおかしい!」
そんな中、女性にくってかかる陽葵さん。
「ミサキ・キョウヤって、男の名前だろう!?
偽名を使ってたってのか!?」
「まさか。
それは私の本名だよ」
平然と美女は答えた。
「少し考えれば分かりそうなものだが。
ミサキ・キョウヤは“こっち”に合わせて順序を変えただけ。
日本名は――境谷美咲だ」
「――え、えー。
絶対男だと思ってたのに……」
「そちらが勝手に勘違いしていただけだろう?」
「ま、まあ、そうなんだけど、さぁ!」
まだ納得いかないようだが、陽葵さんは一先ず引き下がる。
……い、いや、今はそんなことよりも!
「ま、ま、待って下さい、美咲さん!」
彼に代わって、私が彼女へ詰め寄った。
美咲さんがこの場に現れたショックから、ようやく抜け出したのだ。
そのままの勢いで、私は質問する。
「どうやって、こちらへ!?
六龍の力で、この世界への干渉はできなかったはずでは!?」
「お前がゲブラーを倒したからだよ」
やはり、淡々と返す美咲さん。
「私の干渉を妨げている『呪縛』は、六龍全ての力に依るもの。
その一角が崩れた以上、『呪縛』もまた不完全なものになったわけだ」
……あの、六龍、他にも五匹いるんですけど。
六匹揃っていないと、美咲さんに対抗できないのですか、そうですか。
――――え、本当に?
「――あれ、前に『呪縛』は勇者達がかけたって」
「そんなの嘘に決まってるだろう。
状況をよく理解しろ、室坂陽葵」
陽葵さんが零した疑問に、ぴしゃりと断言。
嘘をついていたというのにまるで悪びれもしない辺り、流石である。
「まあ実のところ、『呪縛』が無くなったわけではない。
この世界での私の行動にはまだ制限がかかっている。
今は、“顔出し”ができるようになっただけだ。
勇者への戦力としては考えるなよ」
「そ、そうですか」
そうなのか。
うん、美咲さんが言うからにはそうなのだろう。
滅茶苦茶過ぎて私にはよく分からない。
「それで、本日は何用で来られたのでしょうか?」
「大したことでもない、ただ、誠一に会いに来ただけだ。
今回は、お前にしては大分頑張ったからな、少しは労ってやろうと思った」
私に対し、すっと微笑みを浮かべてくれる彼女。
「え、そうだったんですか?」
何だ、そうならそうと早く言ってくれれば。
無駄に緊張することもなかったのに。
――美咲さんの表情と褒めの言葉に、自然と口元が緩んでしまう。
だが彼女は、その微笑を一瞬で消し、
「――それと。
君達へ言いたいことがあったというのも理由の一つだ」
私以外の3人へ、そんな台詞を投げかけた。
「オレ達に?」
「何? これからのことの指示とか?」
陽葵さんとリアさんの問いに、美咲さんは頭を振る。
「それはまた後でやる。
関係者全員を集めてからの方が、手間が少ないからな。
私が言いたいのは、そういうことではない」
彼女が一歩前へ出る。
私と、3人との間に割って入る形で。
「いいか、よく聞け。
こいつの――黒田誠一の恋人は、この私だ。
勝手に手を出すんじゃない」
強い口調で、そう宣言した。
ああ――それを言ってしまわれるのですか。
「「――え?」」
呆けたように声を出す陽葵さんとリアさん。
片割れのリアさんが、私の方へと質問してくる。
「――ほ、本当に?」
「ええ、そうです。
一応、その、付き合っているわけでして」
「――へ」
よろよろと後ろに下がると、尻もちをつくリアさん。
まあ、この世界では伝説的英雄である美咲さんが私の恋人というのは、確かにショッキングな出来事かもしれない。
美咲さんは何故か不敵な笑みを浮かべ、さらに言葉を紡いだ。
「今までは、私がこの世界へ来れない以上――誠一に付き添えない以上、ある程度は黙認してきてやった。
しかし、これからは違う。
誠一は、いつでも私に会えるのだから。
――こいつの隣に立つのは、私一人だけだ」
そ、そんなに堂々とカップルであることを主張されると、恥ずかしい気持ちもあるのですが。
しかしふと周りを見ると、リアさんも陽葵さんも、深刻そうな顔をしていた。
何かあったのだろうか。
私が疑問を口にする前に、病室に声が響く。
「――待って下さい」
ローラさんだった。
「確かに、キョウヤ様とクロダさんは、一年前までは恋人同士だったのでしょう。
でも、“今”はどうなのですかね?」
「……何が言いたい、ローラ?」
「いつまでも想い続けられるとは限らないということです。
1年も放っておけば、愛情が冷めることもあるのでは?」
「――ほほぅ」
美咲さんが目を細くする。
ローラさんも、負けずに見返していた。
何やら剣呑な空気なので、私は仲介を試みる。
「――あの、お二人共?」
「クロダさんは黙っていて下さい!」
「私は、今ローラと話している!」
「――はい」
あっさりシャットアウトされる。
流れ的に、私について話題にしているのかと思ったのだが、どうも違うようだ。
彼女達の会話は続く。
「つまり、お前は疑っているわけか。
私と、誠一の絆を」
「――そこまではっきりとは言いませんが。
でも、キョウヤ様だって“不安”ではないのですか?」
「……いいだろう。
そこまで言うのなら、見せてやる。
お前と私の、決定的な違いというヤツをな」
美咲さんは、急に視線を病室の外、廊下の方へ送る。
「おい、そこのお前」
「――へ、あっしですかい?
って、うおわっ!?
美人が!?
とんでもねぇ綺麗どころがあっしの目の前に!!?」
ちょうど廊下を歩いていた男へ、彼女は話しかけた。
――って、なんでお前がそこにいる、三下!?
「ちょっと用がある。
こっちに来い」
「はいはい! なんでげしょ!!
美人の頼みとあればこのあっし、なんでも聞いちゃいますぜぃ!」
三下さんは、ほいほいと病室へ入ってくる。
気のせいか、目がハートマークになっているような?
とりあえず、部屋にいる他の面子は完全に視界へ入っていないようだ。
「ああ。
君、今から私の胸を揉め」
「ほえっ!?」
――――っっっっ!!?!!!!?
「い、いいんですかいっ!?
え、マジでいいの!?
揉んでいいのですか揉んで!?」
「ああ、いいとも。
別に変な裏はないから安心して揉め」
「うっひょぉおおおおおおおおっ!!!
人生の春が来たぜっ!!!?
え、どういうことですか、ひょっとしたあっしに一目惚れですか!!?
んもう、言ってくれれば幾らでも夜の相手を――」
「いいから揉め」
「あ、はい。
んじゃあ、遠慮なく――」
――射式格闘術、開始。
「――ぺさぁあああああああああああああっ!!!!!!!?」
哀れ。
三下は錐揉み回転しながら、謎の悲鳴と共に病院の外へと吹っ飛んでいった。
何やら私の手には、骨を砕いたような感触もあったが、些細なことである。
そんなことよりも何よりも――
「何を考えているんですか、美咲さん!!
あんなこと言って、誤解されたらどうするんです!!」
問い質そうとする、が。
美咲さんは、満足げに笑顔を浮かべるだけ。
……あの、そういう顔をされるとその、照れてしまうのですが。
「――ふ。
分かったか、ローラ。
これが、お前と私の“差”だ。
お前は私と、同じ舞台にすら立てていない」
「いや、何のことやらさっぱりなのですが」
美咲さんの意味不明な勝利宣言に、つっこみを入れる私。
こんなことをして、いったい何になったというのか――――あれ?
「……あ、あ、あ」
気付けばローラさんが、絶望的な顔をしていた。
「……うそ。うそですよね。
クロダさんが、女の人へのセクハラを止めるとか――」
なんだか、凄く失礼なことを言われている気もする。
でも何となくだが事実のようにも思えるので、私は黙っていた。
美咲さんはローラさんを見下し、
「理解したようだな。
決して越えられない壁の存在を」
「――うぅ」
そんな彼女へ、何も言い返せないローラさん。
と、そこへリアさんが――
「諦めちゃだめよ、ローラさん!
あたしだって、この前似たようなこと、クロダにして貰ったんだから!!」
「――っ!?」
「――っ!?」
デュストと遭遇した次の日のことを言っているのだろう。
突然の発言に、
「――そうか。
死にたいか、リア・ヴィーナ」
「――お友達になれると思ったのに」
美咲さんとローラさんの、冷たい目がリアさんを見据えた。
慌ててリアさんは、
「あ、あれ!?
ちょっと待って!
キョウヤは分かるけどローラさんはちょっと待って!!
あたし、フォローしたつもりなんだけど!?」
「フォロー?
告解の間違いでしょう?」
「君は対抗馬にすらならんと思っていたのだがな。
私の予想を覆すとは――大したものだ」
じわりじわりとリアさんへ迫るローラさんと美咲さん。
目が完璧に笑っていなかった。
なまじ、二人共美人なので、迫力が半端ない。
「――お、おーい」
そんなリアさんへ助け船――になるかどうか分からないが、陽葵さんが口を開く。
「どうした、室坂陽葵。
君も何かあるのか?」
「い、いや、そうじゃなくて!
黒田が、さっきからぶっ倒れてるんだけど――大丈夫か?」
「――ん?」
……ようやく気付いて貰えたか。
実は、射式格闘術は相当に負担がかかる。
手足を<射出>するのだから、当たり前だ。
下手すれば四肢が引きちぎれる。
そんな技を入院で弱った時に使ったものだから、私の身体はあちこちが悲鳴を上げていた。
「――何をやってるんだお前は!!」
美咲さんの悲鳴だか怒号だか、どちらか分からない声が炸裂する。
――とりあえず、その日はもう解散となった。
決着は後日つけるそうだ
いったい、何の決着だろうか。
夜。
なんやかんやで、今日は一日忙しかった。
あの後、医者に診てもらったのだが、身体に異常は無かったようだ。
明後日にでも退院できるとのこと。
これには私もほっとした。
現在、私は目をつむり、ベッドで静かに身体を休めている。
すぐには眠れそうにないが、倒れた直後なので無理はしない。
寝転がって、体力の回復に努める。
そうしていると少しずつ、意識が眠りへと誘われていった。
そんな時。
――唇に、柔らかくて暖かい感触があった。
「――?」
目を開く。
眠気が一気に覚めた。
私のすぐ目の前に、美咲さんの顔があったのだ。
息が止まる程に美しい、彼女の顔が。
「――東京へ戻られたのではなかったのですか?」
今日はまだ仕事が残っている言って、ローラさんが部屋を出るタイミングで美咲さんは地球へ向かったのである。
そんな気軽に異世界へ行けてしまうのかとか色々疑問に思うところはあったが、何せ美咲さんのすることなのでぐっと飲み込んだ。
美咲さんは視線を彷徨わせながら、
「まあ、その、なんだ。
褒美を、くれてやってなかったからな」
「褒美というのであれば、この先もしたいのですが」
「阿呆。
病人が何を言ってる」
私の頭をこつんと軽くたたく美咲さん。
――むう。
駄目か。
駄目なのか。
私としては、かなり切実な願いだったのだが。
しかしその後、彼女は顔を赤く染めて、
「――その。
“相手”なら、お前が元気になったら、してやる。
だから、今はしっかり休め」
「おおっ! 分かりました!!」
「分かりやすく笑顔になるな――バカ」
最後は照れたようにぽつっと呟く。
その仕草が、とても可愛らしかった。
いつもの彼女を知る誰もが、想像できないであろう愛らしさ。
これを知っているのが世界に私だけだと思うと、なんというか、優越感のようなものが漲ってくる。
「……それと」
「何でしょう?」
「聞き流してくれて構わないんだが。
今日、私にしたこと――もし同じような状況になったら、ローラにもしてやれ」
「はい?
それは、どういう?」
「――二度は言ってやらない。
本当は、敵に塩なんて送りたくないんだ。
今の言葉の意味は、自分で考えろ」
「――は、はぁ」
そっぽを向く美咲さん。
なんだかいじけている様にも見えるが――?
まあ、美咲さんの言うことだ。
深い意味があるのだろう。
私は彼女の言葉を胸に刻み込む。
少し間をおいてから、美咲さんが告げてきた。
「さて、私はもう帰るからな。
次は、お前が退院する日に顔を出す」
「分かりました。
また会えるのを心待ちにしています」
「――ああ。
私も、だ」
最後に。
美咲さんは、もう一度、私に口づけをしてきた。
彼女の温もりが、唇を通じて伝わってくる。
そのまま数十秒、下手したら数分、ずっと私達は重なっていた。
「――んっ」
名残惜しそうな表情で顔を離す美咲さん。
……私も、寂しい。
「――それじゃ」
「ええ」
短く挨拶すると、美咲さんの姿が光になって消えた。
「――――」
その後を、ずっと見続ける。
口には、まだ彼女の感触が残っていた。
体の奥底から、活力が湧いてくる。
明後日と言わず、今すぐにでも退院できそうな程。
「――よしっ」
思わず気合いが入る。
自分でも理由は分からないが、心はやる気に満ち満ちていた。
再び始まる勇者達との戦い――六龍との戦いに備え。
私は改めて、床に就くのだった。
第二十五話 完
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