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第二十三話 決戦
③ 風迅 vs 光迅
しおりを挟む「……クロダ・セイイチ」
デュストは、現れた『敵』の名前を呟く。
まだ大分距離が離れているので、果たして向こうに聞こえたかどうかは定かでないが。
「……デュスト」
相手もまた自分の名を呟いたのが聞こえる。
もっとも、向こうはこちらと異なり、憤怒の形相であったが。
今日一日“やったこと”が相当堪えたようだ。
「大分、遅かったじゃないか。
どこで道草を食っていたんだい?
待ちくたびれてしまったよ」
軽口を叩く。
だが、黒田はそれに一切応じず。
「――デュストぉおおおっ!!!」
叫び、駆け出してきた。
(……迅い)
既に『風迅』を使用しているのだろう。
瞬く間にこちらとの距離を詰めてくる黒田。
「はははははっ!!
いいぞ、クロダ・セイイチ!
さっそく始めようじゃないか!
勇者同士の戦い、『開戦』だ!!!」
宣言し、剣を構える。
激突まであと数秒といったところか。
(だが、ちょっと動きが直線的すぎるな)
黒田は、感情に任せて全速で突貫してきている。
故に、動きが至極捉えやすい。
(そんなでは、始まって早々に“終わって”しまうぞ?)
“やり過ぎた”かもしれない。
面白くするために、黒田の感情を昂らせすぎたか。
怒りに囚われ、戦術はおろか駆け引きもできなくなるとは。
無論、だからといって加減などするつもりはなかったが。
「頼むから――これで終わらないでくれよ!!」
声を張り上げ、長剣を振るう。
同時に、黒田も右拳を突き出す。
剣と拳が超高速で交差し――
――次の瞬間。
黒田の拳が、デュストの顔面に“めり込んでいた”。
「ほへ?」
『それ』を離れた場所で見たイネスは、余りのことに口をあんぐりと開け。
「んなっ!?」
同場所のガルムも目を大きく見開き。
「う、そっ」
エゼルミアですら、信じられないといった顔となり。
「はは、はははは――!」
キョウヤだけは、愉快そうに笑っていた。
(……あ、れ――?)
黒田の攻撃により盛大に後方へ吹き飛ばされながら、デュストは混乱していた。
現状が把握できない。
確か自分は黒田を迎撃していたはず。
相手の突きは避け、こちらの一撃により切り伏せる。
そういう光景になっていたはずなのだ。
デュストは空中で体勢を立て直し、地面に着地する。
敵を見据えながら、さらに胸中で自問した。
(なんで、僕が攻撃を食らったんだ!?)
ありえない。
百歩譲って、デュストの攻撃が回避されることまでは許容しよう。
だが、五勇者の一人である自分が、一方的に攻撃を叩き込まれるなど、ありえない――あってはならないことだ。
(――まぐれだ!!)
そう結論づける。
先程の――セドリックとローラの一件で、認めたくはないが自分は動揺していた。
その動揺が、剣の動きを鈍らせたのだろう。
デュストはそう考えたのだ。
(今度は、万全の力で斬る!)
呼吸を整え、駆ける。
黒田の動きとは比べることすらおこがましい程の速さ。
今のデュストは、目で追うことすら困難極まる。
お返しと言わんばかりに、黒田まで一直線に疾走。
そのままの勢いで、敵の脇腹を目掛けて切り上げる。
「――え」
思わず声を漏らしてしまう。
そこに、黒田はいなかった。
避けたなどと生温いものではなく。
こちらが攻撃を繰り出した瞬間、標的が消えていたのだ。
「がぁっ!!?」
突如、脇腹に衝撃。
なんのことはない、“すぐ横”に居た黒田の蹴りが、デュストの脇腹に当たっただけ。
(――なんだ、これは?)
湧いた疑問を解決する時間など無く。
「がっ!? ぐはっ!? がふっ!?」
右腹、喉下、右頬に、黒田の連撃が決まる。
「き、貴様――!!」
反撃。
袈裟に切りつけるが――あっさりかわされた。
返す逆風斬り、間を置かず唐竹斬り。
――かすりもしない。
「ぐほっ!?」
そして敵のカウンター。
正拳突きで鳩尾を狙われた。
僅かな間、呼吸を止められる。
「う、ぐ――」
ちょうど攻撃のため息を吐いた瞬間にやられた。
視界が暗転しかけ、バランスが崩れる――
「……あ」
だが、デュストは倒れなかった。
自分が何かしたわけではない。
“黒田に頭を掴まれた”のだ。
「まさかもう終わりとは言わないだろう?」
敵の声。
明確に自分への殺気に満ちている。
それは本来喜ばしいことのはずなのに――デュストは、背筋が寒くなるのを感じた。
黒田の猛攻が始まる。
掴まれたまま、頭を殴打された。
さらに顔面を蹴られ、再び吹き飛ばされる。
空中で追いつかれ、今度は腹に数発。
地面に叩き落された後、追加で蹴りを3発。
無理やり立たされて、喉に手刀。
咳き込み、屈んだところで後頭部に肘打ち。
同時に、顎へ膝蹴りが飛んできた。
(そんな、馬鹿、な――)
成す術も無くやられている。
いや、デュストとて黙って殴られているわけではない。
合間合間に、間隙を縫って攻撃を仕掛けている。
手数だけなら、黒田よりも多いくらいだ。
しかし、それはまるで功を奏さない。
全て、かわされる。
どれだけ剣を振っても、突いても、結果は同じだった。
当たらない。
当たる気配もない。
(これ、なら――!)
相手の右肩へ袈裟斬りを放つ。
当たれば致命傷だが――これはフェイント。
本命は次の刺突。
「ごほっ…!?」
だが黒田は、フェイントに見向きもしなかった。
こちらに当てる気が無いことを確信したかのように、腹へ打撃を決める。
(こんな――!
こんな、ことが!!)
薄々、デュストも気付いてきた。
というより、認めざるを得なかった。
今の黒田は、決してデュストより強いわけではない。
証拠に、これだけ打撃を受けても、致命的な傷はまだ負っていなかった。
力も、速度も、防御も、耐久も、全てデュストが圧倒的に上なのだ。
前に戦った時と、それは変わっていない。
ただ一つ――
(こいつ、僕より“上手い”!)
――ただ一つ、変わったこと。
それは黒田の戦闘技術だった。
命中、回避――戦いに関する技量が、前回とは段違いに高かった。
こちらが攻撃をした瞬間――いや、その直前から、相手は避けている。
こちらが避けた先を狙って、相手は攻撃を仕掛けている。
完全に動きが読まれている、見切られている。
圧倒的な性能差が、絶対的な技量差によって覆されたのだ。
(手加減していたのは、あいつの方だったのか!!)
『本番』まで、徹底的にひた隠しにしてきた。
デュストを超える技量の持ち主であるということを。
それこそ、大事な人を殺されかけた時ですら、片鱗も見せず。
――『本番』での勝利を確実なモノとするために。
(僕はそれにあっさり乗せられた、と)
効果は絶大だった。
事実、デュストは成す術もなくやられている。
事前にこのことが分かっていれば、多少は策も練れただろうが――
(――だが!!)
後ろへと強引に跳び、無理やり距離を取る。
単純な速度ならば優位なのはデュストだ。
黒田は、すぐには追いつけない。
(これは、どうだ!?)
相手との間合いを広げたところで、デュストはスキルを行使した。
「<絶・滅界斬>!!」
辺り一帯に衝撃波を放ち、空間を壊滅させる最上位武技。
如何に回避が上手かろうが、物理的にこれを避けることは不可能。
なのだが。
「あづっ!!?」
右肩に灼熱感。
見れば、矢が刺さっていた。
考えるまでも無い、黒田の<射出>で飛ばされたのだろう。
スキル発動による僅かな隙を突いてきたのだ。
そして、その痛みによる“発動の遅れ”を、黒田が見逃すわけが無かった。
「――うぁっ!?」
呻く。
目と鼻の先に、黒田が居た。
矢を射るのと同時に突っ込んできたのか。
――デュストの顎に、黒田の上段突きが炸裂した。
所変わって。
「なんなんですかー!?
どうしちゃったんですかー、これ!?」
「う、うむぅ。
これは、拙者もセイイチ殿に謀られていたか」
ワーワーキャーキャー騒ぐイネスと、苦虫を噛み潰したようなガルム。
無論のこと、黒田がデュストを圧倒しているのが原因である。
「誠ちゃんってば強すぎ!?
どうなってんですか!?
キョウヤといい、地球人の戦闘力おかしくないです!!?
っていうか、こんだけ強いっていうならアタシの努力はいったい――!!?」
動揺し過ぎて、黒田の呼称を素に戻しているイネス。
それに気づいているのかいないのか、ガルムは頭をぽりぽりと掻いて、
「完璧にいらぬお世話であったなぁ」
「しみじみと言わないで下さいよぉ!!
アタシ、ちょー空気読めないヤツじゃないですか!!
誠ちゃんも誠ちゃんですよ!!
こんだけ強いならちょっと位教えてくれたって!!」
教えられたとしても容易には信じられなかっただろうし、仮に信じられたとしても、その場合は黒田に“今と同じ接し方”をできなかっただろうが。
しかしそういうことを些事として横に置き、イネスは憤った。
ガルムはそんな彼女を窘めるように、
「拙者達に対策を取らせぬためであろう」
「あんだけの戦闘技能に対して、対抗策もクソもないでしょー!?
そりゃ、デュストやアナタならどうにかできるのかもしれませんけど!!」
「……いや。
拙者が思うに、アレはイネス殿が考えているモノとは少々違うでござる」
「え?」
顎に手をやり、ガルムは目を瞑って何やら得意げにしている様相。
その顔に少しイラッときつつ、イネスは尋ねる。
「単純に、誠ちゃんの技量が凄いってわけじゃないんですか?
こう、相手の動きを先読みする、みたいな」
「デュスト殿相手にそんな真似ができるような領域には、如何にセイイチ殿とて到達しておらぬでござろう。
アレはおそらく、“社畜”による補正を受けているためでござる」
「社畜って、誠ちゃんの特性の?
でもあれは、“慣れた作業”の成功率が上昇するってだけの特性でしょう?」
「多少誤解があるようでござるな。
確かに言葉にすれば、イネス殿の言う通りなのでござるが……セイイチ殿の特性は、その成功率の上昇幅が尋常でないのでござる。
例えば、一度攻撃を当てることを作業として覚えた相手に対して、セイイチ殿は二度と攻撃を外さない。
一度かわすことを作業として覚えた攻撃を、セイイチ殿は二度と食らわない。
しかも――難易度にもよるでござるが――ものの数回の試行で、セイイチ殿は繰り返し作業の域に達することができるのでござる」
「なにそのチート」
そうとしか言いようがなかった。
要するに、勝ち方を覚えた敵に対して、黒田は決して負けないということなのだから。
「まあ、その代わりに初めて行う攻撃はまず失敗するでござるし、初見の技はまず無抵抗に食らうことになるでござるが」
「……そういえば、結構でっかいデメリットも抱えてましたね」
殺し合いにおいて、当然のことながら相手は殺す気で攻撃してくる。
黒田が『社畜』を発揮するためには、その攻撃を最低でも1,2回はそのまま受けなければならない。
必殺の意思を込めて繰り出された技をそのままくらえば、普通死ぬ。
数回で見切れるといっても、その数回が本来は致命的なのだ。
「故に、社畜の特性を十全に発揮できればセイイチ殿に勝機はあると睨んではいたが――そこまでの道筋を拙者は想像できなかった。
あのデュスト殿の攻撃を回避するなど、並大抵の難易度であるとも思えんでござるしな」
「でも、今の誠ちゃんは社畜によってデュストを完封している。
……まさか、数日前のあの邂逅で――?」
黒田とデュストは一度、手合わせしている。
デュストはまるで全力など見せていない、まさしく試し合いという体の戦いではあったが。
ただあれだけのことで、デュストの全てを見切ったとでも?
「いや、いくら何でもそれは無理でござろう。
そこまで滅茶苦茶な特性であったら、それこそ隠す必要などない。
おそらく、セイイチ殿は――」
「――キョウヤさん、貴方の仕込みですわね?」
「そうだよ」
エゼルミアの問いに、キョウヤはあっさりと頷いた。
流れる汗を拭いながら、エゼルミアは続ける。
「デュストさんの全攻撃パターン・防御パターンに対して、その対処法をクロダさんに教え込んだ。
……おそらく、他の勇者に関しても同様のことをしているのでしょう?」
「ああ、その通りだ」
ニヤリと、キョウヤが笑う。
背筋が凍る。
冷や汗が止まらない。
「そんなこと――不可能ですわ!!」
自分で言っておきながら、エゼルミアはその結論を到底信じられなかった。
信じられるわけが無い。
一言で攻撃・防御パターンなどと言っても、一人の人間が行える行動は細かく細分化すれば数え切れない程にある。
その全てを網羅するなど、並大抵のことではない。
さらに逐一それらへの対処手段を講じ、全てを教え込む、など。
ましてや、相手は戦闘の卓越者たる、勇者なのだ。
「そもそも、貴方はこの7年間、ワタクシ達と会ってすらいないではないですか!」
「ん、そんなことか?
大分長く一緒に旅をしていたし、時折アンナからの報告もあったからな。
まあ7年あれば大体この程度には成長しているだろうと辺りを付けたわけだが」
「……化け物」
余人から見ればエゼルミアは超人であるが、その彼女から見てもなおキョウヤは計り知れない怪物であった。
今語られたことが如何に不可能であるか、その理由を幾らでも挙げることができる――しかし、現実に黒田はそれを行っている。
結果論程有力な証拠はない。
(人間じゃありませんわ。
キョウヤさんも――それを身に着けて実行できるクロダさんも)
戦慄する他なかった。
“ただの人の身”で、“今の勇者達”と戦うには、それ位やらねばならないのだとしても。
そんな彼女をよそに、キョウヤが語り出す。
「そうだな――『勇者殺し』とでも名付けてやろうか?
はは、アレに比べれば、『爆縮雷光』も『風迅』も玩具みたいなものだ」
実に上機嫌だ。
全てキョウヤの思い通りに駒が動いたのだから、それは愉快であろう。
「大体からして、だな。
勇者の代理を送り込み、魔王の息子に協力を取り付けて、ケセドの力で私を再召喚する?
私がそんな中途半端な真似すると思ったのか?
お前達を殺すなど、誠一だけで十分だ。
“逃げ回られる”のが心配だったので、一芝居打ったがね。
何せ、戦いを始める権利はそっちにしか無かったのだから。
もう、その心配もなくなったが」
「勇者の戦いは、一度始まれば1週間以内に次の戦いを始める必要がある――でしたわね」
「そういうルールだ。
もう、お前達は逃げられない」
「――っ」
キョウヤが鋭利な視線でエゼルミアを貫く。
その身体は本来のモノで無いというのに、放つプレッシャーはかつてのキョウヤと同じものだ。
それに懐かしさすら感じるエゼルミアではあったが。
「……まあ、いいですわ。
クロダさんにワタクシ達の戦い方は通じない。
恐ろしい話ではありますが、そういうものとして対処することにいたします」
一つ息を吐いてから、そう宣言する。
「――なんだ、つまらんな。
驚くのはもう終わりか」
「いつまでも驚き続けては、疲れてしまいますので。
貴方をこれ以上喜ばせるのも癪ですし、前向きに考えますわ」
「相変わらず切り替えが早い女だ」
キョウヤがわざとらしく肩を竦めた。
いや、竦めたいのはこちらの方ではある。
しかし言ったように、落胆している暇はもう無い。
時間は限られている。
早急に、黒田への“出方”を決めねばなるまい。
(……それに。
つけ入る隙が、無いわけでも無さそうですし、ね)
エゼルミアはその双眸で、デュストと戦う黒田の姿をじっと見つめた。
この展開に驚愕しているのは、勇者達だけではなかった。
「ど、どうなってんだ、コレ!?」
戦いの場にかけつけた陽葵もまた、驚きの声をあげていた。
「…………な、何が起きてんのかぜんぜんわかんねぇ」
その理由は、少々情けないものではあったが。
陽葵には、2人の戦いをまるで視認できなかった。
速い。
とにかく速い。
黒田は、比喩でなく風を引き裂きながら戦っている。
遠目で見ている陽葵が、気を抜けば姿を見失いかねない程。
繰り出す拳や蹴りは、ほぼ見えない。
これでも連日の<次元迷宮>探索で、陽葵のレベルもかなり上がっているにも関わらず、である。
デュストの方はもっと酷かった。
正真正銘、姿を捉えられない。
残像による分身を発生させながら、超高速で機動している――のだと思う。
何人ものデュストが同時に戦っているようにすら錯覚してしまう。
確実に分かるのは、自分はこの戦いに介入することなど絶対にできない、ということだ。
「く、黒田が勝ってる――んだよな?」
戦況を正確に把握できてはいないが、そういう雰囲気は掴める。
時折、くぐもった呻きと共に、デュストが足を止めるからだ。
おそらく、黒田の攻撃によってダメージを受けたのだろう。
一方で黒田の苦悶の声は聞こえてこない。
ということは、黒田が優位に立っていると考えて間違いはないはず。
「……やっぱ勇者より強いんじゃないか、あいつ。
散々人を不安にさせるようなこと言っておいてさ」
軽く愚痴る。
陽葵は“黒田では勇者に勝てない”ことを前提として、今日まで頑張ってきたのだ。
その根本を崩されたのでは、文句の一つも言いたくなる。
……目の前で起きているのが、この世界においてどれ程“ありえないこと”なのか。
残念ながら、陽葵には理解できていなかった。
ただ茫然と、2人の戦いを眺めていたその時。
「ヒナタさん!」
声がかけられる。
慌ててそちらを向けば、そこにはローラの姿があった。
「あ! ローラさん、無事だったのか!!
……って、その人は!!?」
彼女の傍らには、一人の男性が倒れていた。
全身血だらけになっており、あちこちに裂傷が見える。
ローラのその倒れた人に薬と包帯で治療を施しながら、陽葵に叫んでくる。
「セドリックさんです!
デュストにやられたんです!!
ヒナタさん、お店から、ポーションを持ってきてください!
まだ――まだ、息があります!!
間に合うかもしれません!」
「わ、分かった!!」
リアから聞いた通り、デュストは自分達以外にも、黒田と近しい人達を斬ってまわっていたようだ。
セドリック以外にも被害にあった人もいるのだろうか?
知人達の安否が頭をよぎるが、心配してどうなるものでもない。
陽葵はローラの指示に従い、急いで彼女のお店へと駆けた。
店へはいる時、一度だけ振り返って黒田とデュストの様子を見た。
「―――あ!」
2人の距離が離れていた。
黒田の立っている場所は大きく変わっていないので、デュストが離れたのか。
互いに動かず、様子を伺っているようだが――
「……え?
デュストの身体が光って――」
陽葵が見る前で、デュストの身体が光に包まれていった。
「な、なんか、やばそうだぞ…?」
デュストが何をするつもりなのか、陽葵は分からない。
分からないが、“不吉な予感”が彼の身体を震わせた。
「はぁーっ…はぁーっ…はぁーっ…」
肩で息をするデュスト。
どうしても呼吸が荒くなる。
一発一発はそう大したことのない打撃でも、これだけ蓄積すれば深刻なダメージとなっていた。
(このまま行けば、僕はそう遠くないうちに倒れる)
そうなることは、誰が見ても明白だっただろう。
それ程一方的に、デュストは叩きのめされていたのだ。
この状況を打開するためには――
(――『光迅』だ)
切り札の使用を決意する。
(いくら先を読まれようと、回避不能の一撃を叩き込む。
クロダ・セイイチがいかに技量が高かろうと、光は捉えられないだろう――!)
スキル<加速>を使用する。
身体の速度が上がるのを感じるが、まだまだ足りない。
さらに<加速>を、加えて<加速>を、乗じて<加速>を。
<加速>の上に<加速>を重ね、自分の身体へ<加速>の効果を積み上げていく。
<加速>
<加速><加速>
<加速><加速><加速>
<加速><加速><加速><加速><加速><加速><加速><加速><加速><加速>――!
極限まで速度を高めれたデュストの身体が、光を帯びる。
これこそが五勇者デュストの奥義。
彼だけが行使できる、光速戦闘技法。
「――『光迅』!」
叫ぶと同時に、デュストは光となる。
比喩でなく光の速度で黒田に肉薄し――
「愚かな」
――聞こえるはずのない、誰かの声が頭に響いた。
そしてデュストは。
何故ここまで、自分が『光迅』を使わなかったのか。
その理由を“思い出した”。
「がぁあああああああっ!!!!
がふぁっ!!? あぁああああああああっ!!!」
辺りに、“デュスト”の悲鳴が木霊する。
目からは血涙が、鼻から鼻血が、口から吐血が。
穴という穴から血が流れ出る。
全身には激痛。
痛みで身を捩れば、その動きがさらなる痛みを呼び寄せた。
「あぁああああああっ!!!
ぐぁああああああっ!!!!」
のたうち回るデュスト。
そんな彼を、黒田は静かに見下ろしていた。
「分かっていたはずだろう。
私を相手に『光迅』を使えば、こうなると」
ご丁寧に解説をしてくる。
「私が装備している籠手と脚鎧。
貴方も良く知る、ミサキさんの甲冑――“戦神の鎧”の一部。
これは、ヒヒイロカネという素材でできている」
悶えるデュストを見ながら、黒田はなおも続ける。
「ヒヒイロカネはオリハルコンにも並ぶ伝説の素材。
その強度もまたオリハルコンのそれに迫る。
ただ、一番の特性は――エネルギーの吸収にある」
……その通りだった。
戦神の鎧を形成するヒヒイロカネは、周囲のエネルギーを吸収する特性がある。
そんな代物に、光となった――エネルギーの一種となった状態で突っ込めば。
「当然、貴方の身体はエネルギーとして戦神の鎧に“吸収される”。
それは、身体が欠けるに等しい」
デュストの一部を吸収した証拠に、黒田が装着する籠手は赤く光り輝いていた。
「私がこれを身に着けている限り、『光迅』は通用しない。
そんなこと、貴方が一番よく知っているはずなのに」
そう、知っていた。
敬愛するキョウヤが愛用していた鎧だ、その特性も、黒田が現在それを身に着けていることも、全て承知していた。
(……なんで、忘れていたのだろう)
致命的な失態だった。
“外側”に大きな損傷はないが、“内部”があちこちやられている。
骨が数本、内臓が数か所、“消え去って”いた。
「がはっ!」
一際大きく血を吐くデュスト。
そんな彼に、黒田は冷たく宣告してくる。
「ところで。
今、私の籠手には貴方の一部が充填されている。
――お返ししよう」
『光迅』の力を帯び輝く拳が、デュストに向かって撃ち放たれた。
第二十三話④へ続く
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