社畜冒険者の異世界変態記

ぐうたら怪人Z

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第二十二話 嵐<ヤツ>が来た!

③ アーニー・キーン

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『おいっ!! イネスっ!!!』

 結界の中から、そんな声が聞こえる。
 今まで聞いたことも無い、黒田の怒号。

「あははは、完全に怒らせちゃいましたねー」

 イネスは空笑いを浮かべる。
 胸がチクリと痛んだ。
 だが、どうしようもないことなのだ。
 こうしなけれが、彼は死んでしまうのだから。

 黒田は結界から力づくで脱出しようと、内部で暴れ出した。
 四方八方を飛び回り、拳や蹴り、矢、果ては<爆縮雷光>まで繰り出す。

「……無理ですよ、誠ちゃん。
 アタシの結界は、その程度で破れはしません」

 内側からの力で壊れる程、イネスの結界は生易しいものではなかった。
 “封域”の二つ名は伊達ではない。

「まあ、元々は自分で付けた名前な辺りちょっと間抜けですが。
 それはそれとして――」

 イネスは視線を隣に向ける。
 そこには、彼女の協力者――リアが立っていた。

 いかにイネスであっても、黒田程の冒険者を完全に閉じ込める結界を、デュストに気付かれぬよう張るのは困難だったのだ。
 そこで、予め結界を作っておき、そこへ黒田を誘導する手段を取った。
 リアを使ったのは、その方が黒田が信用するだろうとの判断である。

「ねえ、イネス。
 本当にこれで良かったの?」

 リアが尋ねてくる。
 イネスは一つ頷くと、

「当然じゃないですかー。
 デュストと戦ったところで勝ち目なんてナッシング。
 こんなの、逃げるが勝ちですよー。
 幸いなことに、デュストはまだ『宣言』をしていませんしね」

「……宣言?」

「ええ、誠ちゃんと戦うという『宣言』です。
 数少ない、この『戦い』におけるルールの一つとでもいいますか。
 戦いの開始を『宣言』しない限り、殺し合いを始めてはいけない、という取り決めです。
 他にも、場所はウィンガストに限定するとか、一度戦いが始まったら、その決着から1週間以内に次の戦いを始めなければならないとか、色々あるわけですが。
 ちなみに、戦い開始の『宣言』はキョウヤの代理である誠ちゃんにはできません」

「何それ。
 クロダに不利なんじゃ」

「一応、戦いの場所は誠ちゃんのホームグラウンドですから、ある程度バランスは取れてるんじゃないかなー、と。
 でも公平じゃないってのは仕方ないですよ、ルールを作ったのはアタシ達なんですから。
 ……ルールを取り決める時には、まさか代理として誠ちゃんが選ばれるなんて露にも思ってなかったですし」

「……ふぅん」

 明らかに納得していない様子で、リアが頷いた。
 納得させてあげる義理も無いので、そのまま流す。

「それでですね、リア。
 アナタは、今すぐ室坂陽葵を連れて<次元迷宮>を攻略してきてください。
 ちゃちゃっと2、3日くらいでケセドのところに行っちゃう感じで」

「んなっ!?」

 リアが驚きの声を上げる。

「そんなの、無理でしょ!?」

「無理でも何でもやるしかないんですよー。
 迷宮にはガルムが居るはずですから、なんなら協力を仰いで下さい。
 あいつの性格からして、無碍に断るようなことはしないでしょう」

「た、確かに、協力してくれそうな雰囲気ではあったけど」

「で、ケセドのところへ行ったらすぐにキョウヤを呼び出す。
 後はあいつに任せれば、デュストはどうにかなるでしょう」

 おそらくはキョウヤの計画通りになってしまうのが非常に癪だが、背に腹は代えられない。
 デュストが欠けたところで、まだ“こちら”の勝利は揺るがない。
 それよりは、黒田の生存を優先すべきだ。

(――あのバカデュストが勝手に突っ走らなければ、もっときちんと段取りを踏めたのに)

 内心、臍を噛むイネス。
 とにかく、仕切り直しが必要だ。
 デュストと戦うのは無理でも、隠れる程度であればイネスの能力で十分可能。
 後はどれだけ早くキョウヤを呼び出せるか次第である。

 そう考えているところへ、リアが話しかけてきた。

「あ、ちょっと待って!
 ケセドの力を使ってキョウヤを召喚するのはいいけど、それをやると陽葵が死んじゃうんじゃ――?」

「え? 今『そんなこと』を考慮する必要あるんですか?」

「はっ!?」

 リアが絶句する。
 いや、絶句したいのはこちらの方だ。
 この緊急事態に、あんな人形のことを考えてやる暇などない。

「あのですねー、リア。
 室坂陽葵と黒田誠一、どっちが大事なんですか?」

「へ? あ、そ、それは――」

「ついでに言っとくと、誠ちゃん側には世界の命運なんてものまで付いてるんですよ?
 悩むことなんて何もないじゃないですかー。
 室坂陽葵だって、自分が死んで世界が救われるなら、そっちを選ぶでしょう?」

「そ、そうとは限らないんじゃ?」

「じゃあ、室坂陽葵は世界の危機より自分一人の命の方が大事な人間だと?
 だとすれば、なおさら“そんな奴”のことを気遣うことは無いですよねー」

「そ、れは――」

「現実的に考えて下さいよー、リア。
 それにほら、1体の力だけなら、それなりに生存できる可能性はありますし」

「そうなの?」

「ええ」

 嘘である。
 1体だろうと何だろうと、龍の力を使えばあんな貧弱な精神は消し飛ぶ。
 とはいえ、こう言っておかないとリアは動く様子を見せないのだから、仕方ない。

「じゃ、分かりましたね。
 可及的速やかにケセドに会ってきて下さい。
 その間、誠ちゃんのことはアタシがなんとかしますから」

「……う、うん」

 ようやく首を縦に振るリア。
 イネスは心の中でため息を吐いた。
 ――彼女の立場も理解できるから、表立って文句は言わないが。

「それと、言うまでもないことですけれど、デュストには見つからないように動いて下さいよ?
 室坂陽葵に危害を加えるような真似はしないでしょうけど、アナタは別ですから」

「肝に命じとくわ。
 ……ちなみに、もし遭っちゃったら?」

「アタシは別の協力者を探します」

「助け船は期待するなってことね」

「こんな状況ですからねー。
 悪いですけど、アナタに回す余力は無いのです」

「大丈夫よ、それ位分かってる。
 最悪の場合でも、別に恨んだりしないから」

「それはどうもー」

 その言葉を最後に、リアは駆けて行った。
 陽葵と合流するために。

「……上手くいってくれるといいんですけどねー」

 イネスは結界へと注意を戻しながら、そう小さく呟いた。













 同時刻、別の路地裏。
 2人の女性が対峙していた。

「ふふ、ふふふふ。
 お久しぶりです、キョウヤさん。
 なかなか可愛らしいお姿になっておりますわね」

「……何の用だ、エゼルミア。
 あいにく、お前に構ってる暇は無いのだが」

 キョウヤ――正確にはエレナの体を借りたキョウヤだが――は目の前にいる女、“全能”のエゼルミアを睨み付ける。

「いえいえ、大したことではないのですけれど。
 今、街が面白いことになっているでしょう?
 是非、キョウヤさんと一緒に物見でもしようかと思いまして」

「お前と一緒に見物する趣味はないな」

 すげなく返す。
 が、それでエゼルミアが身を引くわけが無かった。

「そんなこと言わないで下さいまし。
 ……いえね、ワタクシ、ずっと不思議で仕方ありませんでしたの。
 クロダさんとデュストさんが戦えば、クロダさんが負けるのは必至。
 だというのに、キョウヤさんもクロダさんも、妙に落ち着いていらっしゃるというか。
『宣戦布告』を避けるために、もっと逃げ回るのかと思っていたのですけれど」

「逃げれば他の人間に被害が出ると分かっている状況で逃げるような人間ではない、ということだろう」

「そうかもしれませんわね。
 あのお方、性的な趣向を横に置けば極めて善人よりの人格をしているようですし。
 ふふふ、でも――」

 エゼルミアはそこで一旦言葉を切った。
 こちらの目を覗き込むようにしながら、続ける。

「ひょっとして――ひょっとしたら。
 キョウヤさんなら、一度くらいは『ルール破り』ができるのではないか、と。
 ワタクシ、そう思っているのですよ」

 あの余裕も、いざとなればキョウヤが手助けできるからのものではないか。
 そう、エゼルミアは付け加えた。

「……だとして。
 お前は、どうするつもりだ」

「どうするも何も、ワタクシはただキョウヤさんと共に見物をしたいだけですわ。
 ねえ、ルール通りに戦いが行われるのであれば、キョウヤさんは何の手出しもしないはずでございましょう?
 勇者との戦いは代理に全て任せるという取り決めでしたもの。
 であれば、ワタクシと一緒に居ても、なんら問題はありませんわね?」

「私がルールを破るとしたら?」

「それを見過ごすわけにはいきませんわ。
 そうでしょう?
 人との約束は守りませんと」

「……ふんっ」

 不機嫌そうに鼻をならしてやる。
 それを見て、エゼルミアは笑みを深くした。

「いいだろう。
 お前の誘いに乗ってやる」

「それでこそキョウヤさん、ですわ。
 さ、クロダさんとデュストさんの戦いを特等席で御覧に入れましょう。
 もっとも――イネスさんが色々と企んでいるみたいですわね?
 これもキョウヤさんの思惑の内なのかしら?」

「ノーコメントだ」

 なるべく感情を込めずに、キョウヤは返答した。

「あらあら、つれませんこと。
 まあいいですわ。
 クロダさんが生き残るのであれば、それはそれで楽しいですからね。
 ふふ、ふふふふ、直接戦闘ならともかく、かくれんぼであればイネスさんに分がありますかしら」

「知らんな。
 そんなことに興味は無い」

「ふふふ、ふふふふ、大事な大事な“勇者代理”を匿ってくれているのですから、感謝の一つくらいしてあげてもよろしいのでは?」

「私が? あいつに?
 文句なら山ほど言いたいが、感謝する謂れは無い」

「ふふ、ふふふ。
 可哀そうなイネスさん」

 会話の後、キョウヤの視界が暗転した。
 気付けば、街の小高い建物の上。
 エゼルミアのスキルによるものだろう。
 なるほど、見物するにはもってこいの場所だった。

「さささ。
 ゆっくりと楽しもうじゃありませんか。
 ふふふふ、なんでしたら、お酒や食べ物も用意しますわよ?」

 眼下に広がる景色を眺めて、エゼルミアはそんな言葉を紡いだ。












「――あれ?」

 その日。
 初めて、デュストが戸惑いの声を出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。
 まさか、まさか君達――」

 おろおろと周囲を見渡すデュスト。
 そこには、彼の想像を超えた光景が広がっていた。


「――君達、こんなに弱いのか?」


 ……そう。
 今、デュストの周りは瓦礫で埋もれている。
 全て、“冒険者ギルドの建物”の残骸だ。

「参ったな。
 仮にも冒険者なのだから、この程度で終わるわけがないと思ったのだが。
 僕の考えが甘かったようだ」

 動く者のいないギルド跡地を見渡して、デュストは頭を振る。

 たった一度だ。
 たった一度、スキルを使っただけで“こう”なってしまったのだ。
 黒田の知人である冒険者を探そうとしてギルドを訪れ、一人一人確認するのも面倒だからと広範囲攻撃スキルを使用したわけだが。

「脆すぎるなぁ。
 人も、建物も」

 冒険者はもっと、頑強な人材が揃っていると思っていた。
 ギルドはもっと、堅牢であると思っていた。
 当初の見込みでは、数十人の冒険者との戦闘を“期待”していたのに。

「拍子抜けしてしまったけれど、目的は達したか。
 さて次は――」

 落胆する気分をどうにか立て直し、デュストはその場を去ろうとした。
 2歩、3歩と進んだところで、止まる。

「……ところで。
 そこにいる人達はずっとそうしてるつもりなのかな?」

 瓦礫の山の一つを見つめながら、そう言い放つ。
 しばしして、ガラガラと音を立てて山が崩れた。

「なんの了見だ、貴様」

 その中から、一人の男が立ち上がった。
 ぼさぼさの髪に険しい顔。
 殺気を漲らせた鋭い瞳で、デュストを睨んでくる。

「ちょーっ! ちょっと、やばいっすよ兄貴!!
 アレ、絶対手ぇだしちゃいけない類の相手ですってば!!」

「無駄だよ、サン。
 もうバレてるんだから」

 その男の足元には、さらに2人の人物が座り込んでいる。
 一人はどことなく間の抜けた風貌の男で、もう一人は短い銀髪の少女だった。
 おそらく彼の仲間なのだろう。

「良かった良かった。
 まだ無事な冒険者が居てくれて」

 心底安心した面持ちで語り掛けるデュスト。
 その態度に腹を立てたのだろう。
 男は怒りを込めた口調で言葉を吐き捨ててきた。

「あんな雑な技で殺されてたまるか!」

「僕が<聖壁セイント・ウォール>使わなかったら危なかったけどね」

「その後あっしが<影隠れハイドインシャドウ>使ったのは無駄になっちまいやしたけどね」

 男の台詞に、他の2人が被せてくる。

(なるほど、アレに反応できたのか)

 銀色の髪の少女が防御スキルで防ぎ、盗賊風の男――あの装備は<暗殺士>か?――が気配遮断スキルで隠れた。
 もう少しで、彼らに気付かず帰ってしまったかもしれない。
 少々気の抜けるやり取りをしている連中だが、相応の腕は持っているようだ。

(……んん?
 いや、待てよ)

 そこで、ようやくデュストは気付いた。

「ああ、君達、アーニー・キーンとサン・シータ、それにミーシャ・メイヤーか」

「あ、あっるぇ?
 あっしら、知られてますよ?
 ひょっとしていつの間にか有名人になっちゃってたり!?」

「うん、ちょうど君達を殺しに来たところなんだ。
 いや、会えてよかったよ」

「あひぃいいいいいっ!!?
 藪蛇ぃいいいいっ!!!?」

「もう気付かれてたんだから藪蛇ってことはないでしょ」

 取り乱すサンを、ミーシャが宥める。
 2人を無視して、最初の男――アーニーが口を開いた。

「俺達を殺すためにこんなことをした、と?」

「君達だけじゃないけどね。
 まあ、メインターゲットの一つであることは確かだ」

「ふざけた奴だ。
 態々それを言う辺り、見逃す気は無いんだな?」

「当たり前だろう」

「そうか」

 アーニーが刀を抜く。
 なるほど、そういえば彼は<侍>だったか。

り合う前に、名くらい名乗ったらどうだ」

「ああ、これは失礼。
 僕はデュスト。
 名前くらい、聞いたことはないかな?」

「――“光迅”のデュストか。
 なるほどな」

 一つ頷いてから、アーニーは構えた。

「ちょい待ち!! ちょい待って下さいよ、兄貴!!
 何納得してるんすか!!
 デュストっつったら五勇者の一人っしょ!!
 そんな御大層な奴がこんなとこにいるはずが――」

「奴がこのギルドを潰したスキルが何かわかるか?」

 喚くサンに対し、アーニーは静かに問う。

「へ? いや、分からんすねー。
 なんかすげぇ上級スキルじゃないんですか?」

「違う。
 あれは、<旋風斬りトルネードバッシュ>だ」

「へ?」

 サンがきょとんとした顔になった。
 実に間抜けな顔だ。

「う、うっそだろ兄貴、それ、中級スキルじゃないっすか!?」

「ああ、ただの中級スキルだ。
 その中級スキルで、これだけの破壊を生みだしたんだよ、あいつは!
 そんな芸当ができる奴、この大陸にそう何人もいてたまるか!
 あいつは、正真正銘五勇者なんだろうよ!!」

 吐き捨てるようにアーニー。
 サンはしばらく沈黙してから、

「ひゅ、ひゅーぽっぴー?」

「なんて声出してるの、サン」

 サンの意味不明な鳴き声に、ミーシャがつっこみを入れた。
 一方でアーニーは一歩踏み出し、叫ぶ。

「で、その五勇者の一人が俺達を殺そうとする理由は!?」

「説明してあげてもいいんだけど――止めた。
 あんまりたらたら無為な時間を過ごしても仕方がないし。
 それに、知っても知らなくても君が辿る末路はそう変わる物でも無いよ」

「ほざけっ!!」

 アーニーが怒号を飛ばす。
 そのまま振り返らずに後ろの2人へと声をかける。

「俺が奴と斬り合う!
 援護しろ!!」

「あ、あいあいさー!!」

「了解!!」

 返事を聞くよりも早く、アーニーはこちらへ向けて突っ込んできた。
 デュストもまた剣を抜き、迎撃する。

「ほほう、なかなか速いじゃないか。
神速オーバークロック>でも使っているのかな?」

「答える義理はない!!」

 高速の斬撃を次々と繰り出すアーニー。
 それをひょいひょいとかわしてから、返す刃で斬りつける。
 ――が、デュストの剣はアーニーの身体にあたる直前で止まってしまった。

「<防護プロテクション>か。
 いいタイミングだね」

 離れたところで杖を構えるミーシャへ告げる。
 彼女がアーニーに対して防御スキルを発動したのだ。

「僕の攻撃を止める辺り、効果も高いね。
 ……よいしょっと」

 デュストは軽い掛け声を共に剣へ力を込め、“スキルで張られた防壁ごと”アーニーを吹き飛ばした。

「う、おぉおおおおおっ!!?」

 後方へ投げ出されつつも、アーニーは刀を地面に突き刺し体勢を立て直す。

「なんだその攻撃力!!?
 頭おかしいんじゃねぇか、あいつ!!」

「文句言わずに!
 サンも援護してよ!」

「わ、わーってるってばよ!!」

 追撃をかけようとしたデュストへ、サンが投げナイフを飛ばす。
 <武器投げウェポンスロー>だ。
 熟練度はそれなり高いようで、一度に10を超えるナイフがデュストを襲う。

 それを軽いステップで全てかわすと、アーニーへと斬りつけた。
 間一髪、アーニーは刀でそれを受ける。

「あ、足止めにもなんにゃーい!?
 移動が速すぎて<影縫いシャドウスナッチ>も狙えないとかウケるんですけどーー!!!?」

 向こうではサンが頭を抱えていた。
 あっさり無視し、アーニーへの攻撃を続けるデュスト。

「がっ!! ぬっ!! ぐぅうっ!!」

 決死の形相で捌くアーニー。
 彼の身体を薄い光の膜が覆っていた。
 おそらく、ミーシャが<聖盾セイント・シールド>をかけたのだろう。
 対象の防御行動・防御能力に補正をかけるスキルだ。
 それの効果で、どうにかアーニーはデュストの攻撃を耐え凌いだ。

「うっ!! ぐぬっ!! だぁあっ!!」

 だが、圧される。
 どんどん圧し込まれていく。
 スキルの援助を受けてなお、デュストの攻勢は圧倒的だった。

 ――とはいえ。

(意外と粘るな)

 思いのほか抵抗するアーニーに、デュストの心境に変化が現れた。
 はっきり言えば、“面倒臭い”という思いがよぎったのだ。

(もう、さくっと終わらせるか)

 デュストは連撃を“維持したまま”、スキルを発動させる。

「<強撃バッシュ>」

 <戦士>が持つスキル――武技バトルアーツの基礎中の基礎。
 強力な一撃を放つという、単純明快なスキルだ。
 使い手がデュストともなれば、発動に予備動作など一切不要。
 だが、ただでさえ強力なデュストの斬撃が、<強撃>による補強でさらに勢いが増し。
 それは最早、今のアーニーに防げるようなものではなく――

「おや?」

 デュストが首を傾げた。

 <強撃>はアーニーを捉えていない。
 いや、そもそも“発動すらしていなかった”。
 代わりといっては何だが、デュストの体を青白い光が包んでいる。

「<術理妨害スキル・インタラプション>!!
 うおっしゃあ、決まったぁっ!!!
 こんなこともあろうかと覚えておいたのさぁっ!!」

 大声出してドヤ顔しているサンが目に入る。
 どうやら、彼のスキルによってこちらのスキル発動が妨げられたらしい。

(これは――彼を甘くみていたな)

 <術理妨害>は<盗賊>の最上級スキルのはずだ。
 まさかあんな間の抜けた雰囲気の男が習得に至っていたとは。

「もらったぁっ!!」

 この機を逃さず、アーニーが攻撃に転ずる。

「くらえっ!!
 <金剛刃ダイヤモンド・エッジ>!!」

「なっ!?」

 初めて。
 デュストの顔が強張った。
 <金剛刃>もまた、最上級スキルの一つ。

 文字通り、金剛石ダイヤモンドすら容易く切り裂く一撃を放つスキル。
 特徴的なのは、この攻撃は“あらゆるスキルによる防御”を一切合切全て無視する、超高速の斬撃だということ。
 防御は不可能、回避も至極困難。
 しかもアーニーはこれを<神速>高速起動の最中に使っている。
 デュストとて、これをモロに食らえばただでは済まない。


 ……だから。


 不意をつかれたので、思わず。
 ついつい、反射的に。
 デュストは、“思い切り斬ってしまった”。

「――――がっ!?」

 アーニーの苦悶の声。
 その身体には縦一文字に深い斬り傷が刻まれている。

 一瞬遅れて、その傷から大量の血が噴き出る。

「――――っ」

 声も無くその場に崩れ落ちるアーニー。
 デュストは、<金剛刃>が発動するよりも遥かに速く、彼を斬ったのだ。

「あー、やっちゃったなぁ」

 頬をぽりぽりと掻く。
 本気を出すつもりなど無かった。
 適当に楽しめるよう、“加減して”戦おうと思っていたのに。

「まあ、やってしまったものは仕方ない。
 いやはや、大したものだよ君達のコンビネーションは。
 一瞬とはいえ僕に本気を出させたのだからね」

 健闘をたたえて、パチパチと拍手を送る。
 皮肉ではなく、デュストは心から彼らを褒め称えていた。

「そ、そんな……兄貴が、一撃で……?」

「次元が、違い過ぎる――」

 もっとも、サンとミーシャにそれを素直に受け取る余裕はないようだったが。
 2人とも顔を青ざめ、デュストと倒れたアーニーを交互に見ていた。

 そんな彼らへ、デュストは一歩一歩近づいていく。

「さてと。
 実に陳腐な台詞を吐かせてもらおう。
 ”次は、君達の番だ”」

「ひ、ひぃいいいいっ!?」

「くっ!!」

 悲鳴を上げるサン、後退りするミーシャ。
 もう、2人には抵抗する術はなく――


「待で」


 ――後ろから、声がかけられた。
 はっとして、振り向く。

「お前の、相手あいでば、俺、だ――」

 立ち上がっていた。
 確実に仕留めたはずの、デュストによる全力の斬撃を食らったアーニーが、立ち上がっていた。

い。
 まだ、終わっでないぞ」

 脚をふらつかせ、体勢もろくに定められない。
 それでもアーニーは、刀を構える。

「……あ、兄貴ぃ」

「……アーニー」

 2人が呆然と呟くのが聞こえる。
 デュストもまた、信じられない面持ちで彼を見つめる。
 そして、

「は。
 はっはっはっはっはっは!!」

 笑った。
 腹の底から笑った。

 相手を蔑む嗤いではない。
 本気で面白い相手だと思ったから、笑ったのだ。

「素晴らしいぞ、アーニー・キーン!
 まだ戦うやるのか!
 まだ戦えるやれるのか!
 ああ、素晴らしい!! 素晴らしい!!!」

 笑みを消して、剣を構える。

「褒美をやろう。
 僕の奥義を見せてやる。
 本来、君程度の力量レベルの相手に晒していい代物では無いんだ。
 喜んで受け取り給え」

 デュストの身体が、光を放っていく。
 スキル発動による光彩エフェクトとは異なる、黄金色に輝く眩い光。
 それが全身を覆った直後――



 ――奥義・光迅ライトニング・オーバー



「え? へ? え? え?」

「な、何が――?」

 サンとミーシャはただ戸惑う。
 現状を理解できていないようだ。

 ……デュストの前には、ボロ雑巾のようにズタズタに切り裂かれた、アーニーが転がっていた。

光迅ライトニング・オーバー
 自身の体を“光粒子化して”文字通り光速で戦闘を行う技法さ。
 といっても、君達には理解できないかもしれないが」

 改めて、デュストは2人へと向き直る。

「……そうだな。
 君達にも、なにかご褒美をあげようか。
 おい、君」

「あ、あっしに、何か、御用で?」

 震える声で、サンが答える。

「うん、もしこれから僕に一太刀でも浴びせられたら。
 後ろにいる“彼女に手を出す”ことは止めてあげよう」

「――う、あ」

 デュストが放つ圧迫感に気圧されたのか、後ろへ下がっていくサン。
 だが、その身体がミーシャに当たったところで、彼の後退は止まる。

「…………」

 サンはじっとミーシャを見る。
 一つ、二つ、首を振ってから、

「……く、そ。
 ちくしょう――ちくしょぉおおおおおおおおおっ!!!!」

 猛然と、デュストへ飛びかかってきた。



 その後。
 ギルド跡地では、断末魔が“2つ”響く。






 ―――――――――――――――――――――――――――――






「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ」

 片膝をつき、肩で息をするデュスト。
 心臓が破裂しそうな程にバクバクと音を立てている。
 体中が軋み、激痛が隅々にまで行き渡っている。

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ――や、やった!」

 だが、彼が発したのは歓喜の声。
 ――今、デュストの目の前には、“数十匹”の魔物が斃れていた。

「な、ななななな、なな、なななななな――!?」

 遠くで、イネスが理解不能な単語? 叫び? 鳴き声? まあ、そんなものを上げていた。



「なんなんですかー!?
 なんなんですかー、今のー!?」

「五月蠅いぞ、イネス」

 キョウヤがそんな彼女を一喝する。

「いや、イネス殿の驚きも尤もでござる!
 あれは、いかなる業なのか!?
 一瞬で魔物の大群を葬るとは――!?
 いったい、いかようなスキルをデュスト殿は使ったでござる!?」

 興奮を隠そうともせずに、ガルム。
 そんな彼へ、エゼルミアが『答え』を教える。

「――ふふ、ふふふふ。
 使ったのは、<加速ヘイスト>ですわね」

「なんと!?
 いや、しかし<加速>は下級スキル――少々体の動きが早くなるだけのものではござらぬか!?」

「それは“一般的な”<加速>でございましょう?
 デュストさんは熟練度を徹底的に高め、それを多重に行使――効果を極大化したのですわ」

 エゼルミアの後を、キョウヤが継ぐ。

「極限まで超高速化された身体は物質の枠を外れ、光へと昇華された。
 比喩でなく、光の速さで動けるわけだ。
 もっとも、動作は光速でも知覚や思考は人間のままだからな、制限は自ずとかかる。
 負担も通常のスキルに比べ桁違いにでかいから効果時間は数瞬、連続での使用もできまい。
 それに、身体を光粒子化することによる不具合も生じる。
 私の傍では決して使わないよう厳命しなければ」

「素直に祝福できないんですかね、このへそ曲がり」

 解説するキョウヤに、イネスが冷たい視線を送る。

「うん、よくやったと思っているぞ。
 デュストは、スキルの新たなステージに到達した。
 ――私に、一歩近づいたわけなのだから」

「いや、どんだけ上から目線なんですか、アナタ!?」



 騒々しく騒ぐ仲間を後目に、デュストは喜びに打ち震えていた。

(やった! やった! やった! やった――!)

 痛みで身体が動けないのでなければ、盛大にガッツポーズを決めていたことだろう。

(これで! これで――あの人の、キョウヤ様のお役に立てる!!)

 デュストは、ずっと不安だった。
 自分は、キョウヤの足手まといなのではないか。
 自分などいなくとも、キョウヤにとって何の不都合もないのではないか。

(キョウヤ様に並べたとは、思えないけれど――)

 この奥義――自分の二つ名から取って“光迅ライトニング・オーバー”と名付けた――の習得によって、その不安は幾分拭い取られた。
 名乗った時は、相当御大層な二つ名を付けてしまったと後悔したが、今、彼は名実ともに『光』となったのだ。

(この力で、キョウヤ様を手助けする!
 そして、平和を――皆が平穏に暮らせる世界を手に入れるんだ!!)

 決意を新たにしたところで。
 疲労と激痛によって、デュストの意識は落ちるのだった。

 なお、その後1週間ほど痛みは引かず、デュストはベッド暮らしを余儀なくされた。



 第二十三話へ続く
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