社畜冒険者の異世界変態記

ぐうたら怪人Z

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第二十二話 嵐<ヤツ>が来た!

① アンナ・セレンソン

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「納得いきません!!」

 そう、“デュスト”は叫んだ。

「聞き分けなさい。
 それが最善手です」

 “隊長”が――この街の警備隊の隊長を務めるが“アレッシア”が、子供を窘めるように言葉を紡いだ。
 いや、2人の間柄を考えれば、“子供を窘める”というのは比喩でも何でもないのだが。

 アレッシアは続ける。

「今、この街は魔王の軍隊に包囲されています。
 相手の戦力はこちらのおよそ10倍。
 地の利がこちらにあると言っても、果たしてどの程度耐えきれるか分かりません」

「それは分かっています!
 この街のためなら、いつだってこの命投げ捨てる覚悟です!
 なのに、なのにどうして――」

 デュストが両手でテーブルを叩く。

「――どうして! 僕に、逃げろと!」

「誰も逃げろなどと言ってはいません。
 近隣の街に、この街と魔王軍の現況を伝える任を貴方に与えるだけです。
 魔王軍への警戒と、この街への救援を要請するために」

「そ、そんなの――!」

 間に合うわけが無い。
 思わず喉から出かかった台詞を、何とか飲み込む。
 たとえそれが、“この場に居る全員承知している事実”だとしても、言って良いことと悪いことがある。

 代わりに、デュストは別の提案をした。

「伝令であれば、アルビーさんに任せればいいではないですか。
 あの人の俊足に、僕は到底及びません。
 もしくは、ヴィ―トスさんです。
 生存サバイバル技能はこの隊で群を抜いている」

 言う言葉に嘘はない。
 2人共にデュストの尊敬する先輩であり、それぞれの分野で右に出る者のいない達人だ。

「この街からの脱出には秘密経路を使用してもらう予定ですが――そことて、魔王軍に見つかっていない保証はない。
 無事に脱出できても、一番近くの街までどう急いでも2日はかかり、その間に魔王軍の斥候と遭遇しないとも限らない。
 デュスト、君は警備隊われわれの中で最も戦闘技術に優れています。
 仮に魔王軍と交戦になった場合、生き残れる可能性が一番高い」

 だが、アレッシアは淡々とした口調でそれを却下した。

「僕の戦闘技術を買って頂けているのでしたら、それこそ僕を最前線に送って下さい!
 必ず、多くの魔族を切り捨てて見せます!」

 それでもなお、デュストは食い下がる。

「デュスト。
 ことは、この街一つで済む問題ではありません。
 今回の魔王軍の侵攻はかつてない規模。
 にもかかわらず、多くの人々は未だこの事実を知りません。
 それ程、奴らは緻密に計画を練ってきたのです。
 後手に回っては、下手すれば人類の勢力圏が無くなりかねない」

「そ、それは――」

 ぐうの音も出ない正論。
 なんとか反論できないか頭を捻っていたところへ、アレッシアがさらに畳みかけてきた。

「一つでも多くの街に、国に、魔王軍の脅威を知らせねばならない。
 事実を知った者の責任として、人類に籍を置く者の義務として。
 デュスト、貴方はまだ若く、才気がある。
 その力を、これからの戦いに活かしなさい」

 アレッシアがデュストの目を見た。
 真摯に、強い意志を持って訴えかける瞳。

「世界を救うのです、デュスト」

 そんな目に射貫かれ、デュストは――

(……勝てない)

 ――自身の敗北を悟った。
 彼は恭しく敬礼し、しっかりとした口調で告げる。

「分かりました、隊長。
 このデュスト、承った任務を必ずや遂行します」





 ――そんな会話をしたのが、今から2日前。

(……くそ。
 僕は早く行かなくちゃいけないっていうのに!)

 胸中で愚痴を叩く。
 デュストは息を殺しながら周囲を見渡して、一言。

「魔物が、多い……!」

 通常であれば、もう隣街に着いていてもおかしくない。
 だというのに、彼はまだ中間地点にすら辿り着けていない。

 理由は単純、魔王軍の斥候が、街の周囲を哨戒しているからだ。
 ある時は隠れてやり過ごし、ある時は迂回して回避し、ある時は素早く打ち倒し――
 どうにかここまで来たものの、歩みは遅々として進まない。

 こうしている間に、デュストの街は――

(――焦るな。
 これだけ多くの魔物がここにいるということは、逆に考えれば魔王軍は他の街へまだ手を伸ばしてはいないということなんだ。
 多少速度が犠牲になっても、確実に進むことを優先しろ)

 はやる気持ちを無理やり押し潰す。
 ここでやけを起こそうものなら、魔物に取り囲まれ彼は命を落とすだろう。
 隊長からの使命を果たすまで、簡単に死ぬわけにはいかなかった。

 デュストは細心の注意を払って魔物達の目を巧みに掻い潜り、少しずつ隣街へと近づいていく。
 ――と。

(――あれは?)

 魔物が数匹群がっていた。
 何かを囲んでいるような……

(何をしているんだ?)

 どうしてもそれが気になったデュストは、魔物に気取られぬよう慎重に近づいていく。
 非常に軽率な行動なのだが、好奇心に制止が効かぬ程度には彼の精神はすり減っていたのだ。

(――ぬ、ぐっ!
 ひ、酷い……!!)

 そしてすぐに後悔した。
 何匹もの魔物達が、“人間の屍”で玩具のように遊んでいたのだ。
 人の“欠片パーツ”を放り投げ、蹴り飛ばし、バラバラにして、弄んでいた。

(――落ち着け。
 落ち着け、落ち着け!!
 ここで僕が出て行ったところでどうなる!?
 奴らに弄られる死体が一つ増えるだけだ!!)

 魔物を切り捨てたくなる気持ちを必死で抑える。
 人で相手するには余りに相手が多かった。
 デュストは遺体となった人々の冥福を心で祈り、その場を後に――

(――え)

 後に、できなかった。
 デュストは、見てしまったのだ。

「う、あ、あぁあああああっ!!!」

 自制など効かなかった。
 剣を片手に、一匹の魔物に向かって駆ける。

「“母さん”! “母さん”っ!!!」

 その魔物もまた、人の死体を辱めていた。
 それはデュストのよく知る人物。
 孤児の彼を引き取り、実の子同然に育て上げてくれた女性。

 ――警備隊の隊長である、アレッシアだった。

「殺してやる!! 殺してやる殺してやる!!!」

 デュストとて、母はもう死んでいるであろうと薄々感じてはいた。
 魔物に殺されていることを覚悟してはいたのだ。

 だが、『実物』を目の当たりにして、その覚悟は消し飛んだ。
 ――いや、ただ殺されただけなら、或いは抑えられたかもしれない。
 死んだ後も魔物によって尊厳が貶められてる姿を見て、“理性的な思考”ができる程デュストはできた人間ではなかった。

「だぁああああっ!!」

 掛け声と共に、デュストは魔物へと斬りかかる。



 ……戦いは、すぐに劣勢となった。
 当たり前だ。
 そもそも数が違う、違い過ぎる。

「ぜぇっ…ぜぇっ…ぜぇっ…ぜぇっ…」

 スタミナが尽き、肩で息をするデュスト。

(――ここで、終わりか)

 母の仇を討ったちっぽけな満足感と、母の願いを全うできない絶大な無力感がデュストを襲う。

 最初の数匹は斬り倒したものの、すぐに周りを囲まれた。
 どこから現れたのか、ぞろぞろと魔物は湧いてきて、今では見えるだけでも20は超えている。
 後はジワジワと嬲り殺しだ。
 なまじ強い分、なかなか楽になれない。

(せめて、一匹でも多く……!)

 それでもデュストは、戦いこと自体は諦めていなかった。
 勝ち目などまるで見えないが、それでもまだ手足は動く。
 動く以上、徹底的に抗戦する。

「でりゃぁあああっ!!!」

 幸い周囲を魔物で覆われているため、狙いをつける必要はなかった。
 ただただ闇雲に剣を振り回し、魔物を切りつける。

(……手足の感覚が無くなってきたな)

 デュストの身体に無事な箇所などもう無いのだから、仕方ない。
 牙に斬られ、爪で裂かれ、角の刺され。
 大腕で叩かれ、重脚で踏まれ、巨体に吹き飛ばされ。
 満身創痍という言葉がこれほどしっくりくる状況とは珍しい。

「ぜぇっぜぇっ――がはっ! がっ、ぐふっ!?」

 口から血を吐く。
 喉が熱い。
 息ができない。
 頭が上手く回らない。
 右手は逆向きに曲がっている。
 左肩が外れている。
 右足は折れ、左足は千切れる寸前。
 目の前には、まだまだ多くの魔物達。
 援軍でも呼ばれたんか、最初よりも増えている。

「が、ふっ――だ、ダメ、か……」

 自分に終わりが来たのだと、悟る。
 諦める諦めない以前に、もう身体へ力が入らない。
 デュストはその場に倒れ、後はもう魔物に殺されるのを待つだけとなった。

(…………あ、れ?)

 その時だった。
 彼の周りに、『光』が降り注いだのは。

(な、なんだ……?)

『光』は魔物を次々と葬っていった。
 幾度剣を振るっても倒れなかった屈強な魔物達が、『光』によって次々と消し飛ばされていく。

(――六龍の奇跡、か?)

 デュストはその『光』に魅入っていた。
 彼は信心深い人間というわけでもなかったが、しかしそうとしか思えない所業である。
 まるで自分を助けるかのように、魔を切り裂く『光』が差し込むなど。



 その場にいる全ての魔物が消え去るまで、ものの数分もかからなかった。
 今、ここに生きているのはデュスト一人。

 ――いや。

(あ、あれは――?)

 少し離れた丘に、一人の人間が立っていた。
 それが本当に人間であるかどうかは、分からない。
 何しろ、全身を鮮やかな紅色の鎧で覆っているのだから。
 ただ一つ間違いないのは、あの『光』を放ったのがこの人物だということだ。

 “彼”はデュストに気付いたのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「大した頑丈さだな。
 まだ生きているのか」

 思いのほか、澄んだ声でそう告げてきた。
 もう耳はほとんど聞こえなくなっていたのに、“彼”の声は不思議とよく聞こえる。

「あ、貴方、は――?」

 力を振り絞って、デュストは尋ねる。
 “彼”はすぐに返答してくれた。

「私か?
 私はキョウヤ。
 ミサキ・キョウヤだ」

 ――デュストは誓う。
 自分はこの出会いを、この光景を生涯忘れない、と。
 彼は今、救世主と出会ったのだ。






 ―――――――――――――――――――――――――――――






 時と場所は変わり。
 ここはウィンガストの街。
 太陽が昇りかけている頃合い。
 とある路地にて、デュストは一人の男性と向かい合っていた。

「……今、なんと?」

 目の前の男が、信じられないといった顔でこちらを睨んでくる。

「聞こえなかったか、クロダ・セイイチ?
 戦う前に、まずは君の親しい人を全て壊しておくと言ったんだ」

 デュストは、理解できなかった相手――黒田誠一に対して、同じ言葉をもう一度言ってやる。
 まあ、まさか本当に聞こえていなかったということもないだろうが。

「何を考えている……?
 貴方は開戦を宣言しにきたのだろう!!
 後は、貴方と私が戦えばそれで済むはず!!」

「ただ戦うだけではつまらないじゃないか。
 僕としては、最高の君と戦いたいわけだ。
 同じ相手との殺し合いに“二度目”なんてものは無いからね。
 だから、お膳立てをしようと思う。
 君が、僕を憎くて憎くて仕方がないような状況を、仕立て上げようじゃないか」

「必要ない!!
 そんなことをしなくとも、私は逃げなどしない!!」

 叫ぶ黒田。
 どうも、相手は勘違いをしているようだ。
 訂正すべく、口を開く。

「君が逃げるだなんて僕は思っていないさ。
 何せ、キョウヤ様の代理なのだから。
 でもね、あの女性を斬った後の君は、それまでよりずっと魅力的だったんだよ。
 だったら、試したくもなろうというものじゃないか」

 女――確か、リアという名前だったか――を切り伏せた時の黒田は、あのミサキ・キョウヤを彷彿とさせるような殺気を放っていた。
 実に、自分好みの『感情』。

 故に、デュストは考えた。
 ただ勝つだけ、ただ殺すだけでは、“勿体ない”と。

「クロダ・セイイチ。
 君にはね、キョウヤ様の代理として戦う以上、義務があるのさ。
 全身全霊を持って僕を愉しませるという、義務が」

「ふ、ふざけるな――!!」

 激昂した黒田がこちらへ突進してくる。
 一般的な冒険者・兵士であれば、まず避けられない速度。
 だがそれをデュストは軽いバックステップでいなした。
 さらに2、3度跳び、相手と距離を開ける。

「ハハハ、僕はまだ開戦を宣言していないぞ?
 殺し合うのは少し早いだろう。
 クロダ・セイイチ、つまるところこれは鬼ごっこのようなものと思えばいい。
 君が鬼で、僕を捕まえられたならそこで開戦としようじゃないか。
 犠牲者を出したくなければ、早く僕に追いつくことだ。
 追いつけるものならね」

「き、貴様!!」

 言うべきことは言った。
 デュストは身を翻すと、その場を後にする。
 後ろから黒田が追いかけてくる気配があるが――遅い、遅すぎる。

「この分だと、彼と戦うのは“全部回った後”になりそうだな」

 高速で移動しながら、彼我の速度差から大雑把に目算を立てた。

「……まずは、アンナからにしようか」

 呟くと、目的の方向へ足を向ける。
 つまり、この街において黒田の唯一の、真の協力者である、アンナ・セレンソンがいる場所へと。






 ―――――――――――――――――――――――――――――






 ミサキ・キョウヤと出会った後。
 デュストは必死で頼み込み、“彼”の旅路に同行させて貰った。
 彼もまた、魔王軍との戦いを目的としていたからだ。

 キョウヤとの旅は、概ね順調であったといえる。
 何せ、キョウヤはこと個人での戦闘に関して負け無しだった。
 上位の魔族相手すら、余裕を持って勝利してしまう程だ。

 さらには、旅を続けるうちに心強い同行者も現れた。

 誇り高きエルフ、“森の賢者”エゼルミア。
 頑強なる人狼、“白き狼”ガルム。
 そして当代の『勇者』である、“癒しの勇者”イネス・シピトリア。

 果たしてこんなメンバーの中に自分が居ていいのか?
 自分がとんでもない場違いをしているのではないかという不安を抱きつつも、魔族との戦いは連勝に連勝を重ねていく。

 ――但し。
 それは、あくまで彼ら“個人”の戦いに限るものだ。
 現在このグラドオクス大陸で起きているのは、魔族とそれ以外の種族間での大規模戦争である。
 たった5人の『部隊』が勝ち続けても、それだけで大勢が有利になるほどの影響は無かった。
 根本的な戦力は魔族側が優勢であり、キョウヤ達が勝っても、それ以外の場所で人類は負け続けた。

 自分達がどれだけ勝利を収めても、戦線は膠着――いや、やや押されてすらいる。
 そのことにもどかしさを感じていた、そんなある日。

「五勇者、ですか?」

「そうだ」

 デュストの返した言葉に、キョウヤは軽く頷いた。
 いつもの5人で今後の打ち合わせをしていた際、彼から出てきたのはそんな台詞だった。

「お言葉ですが、キョウヤ様。
 僕達の中で『勇者』なのはイネスだけですよ?
 いや、歴史上『勇者』が2人以上同時期に現れたこと自体、例がありませんけれど」

『勇者』とは、数十年に一度、魔王を倒すために生まれる人間だ。
 過去に何人もの『勇者』が現れ、魔王の侵攻を阻止してきた。
 今でいえば、イネス・シピトリアがそれに当たる。

「その定義は今問題ではない。
 大体、民衆の多くは『勇者』がどういう存在モノなのか知りもしないからな。
 彼らが知っているのは、勇者が現れれば魔王を何とかしてくれるという事実だけだろう」

「それは、まあ……」

 デュストからして、『勇者』について知ったのはつい最近のことだ。
 それまでは、ただ何となく“凄い英雄”としか認識していなかった。

「注目すべきは、勇者が来たと知るだけで民衆は湧き上がるということだ。
 イネスを見ればよく分かるだろう。
 毎回特に何をするでもないのに、顔を見せただけでやたらとアレコレ厚遇されてる」

「な、なんですかその言いぐさ!?」

 同じく横で話を聞いていたイネスが、キョウヤに食ってかかった。
 いきなり自分が何もしていない扱いされたら、それは怒るだろう。
 確かにキョウヤの戦果に比べれば彼女は何もしていないに等しかったが。

「あっ!?
 今、デュストも私のことを大して戦績もあげていないごく潰しみたいな目で見ましたね!?
 見ましたよねっ!?」

「ま、まあまあ、イネス殿。
 どうか落ち着いて欲しいでござる」

 彼女の隣に居たガルムがどうどうと鎮めていた。
 ここ最近よく見る光景だ。

「ふふ、ふふふふふ、つまり、キョウヤさんはこう言いたいのでしょう?
 事実は横に置いて、ワタクシ達全員が『勇者』であるということにする。
 一人でも優秀な扇動役となれる勇者が、五人もいるとなれば民も大いに盛り上がると」

「その通りだ。
 基本的に魔王軍の方が総合的戦力は上だからな。
 せめて威勢位はこちらが勝っておきたい」

「な、なるほど」

 エゼルミアとキョウヤの言葉に、納得する。
 確かに、イネスと共に戦えると知った兵士は、軒並み士気が上がっていた。
 それを我々全員で行えるようにしよう、ということなのだろう。

「アタシは気乗りしませんねー。
 だって、勇者ってアタシですし?
 アタシこそが勇者なんですし?」

「まあ、お前から勇者という単語を取ったら何も残らないからな。
 アイデンティティーの危機だというのは分かる」

「言うに事欠いて何ほざいてくれやがりますか!?
 アタシがこのパーティーにどれだけ貢献していると――!!」

「だって、お前ができることは大体エゼルミアが代わりにやれる――」

「あー! あー!! 聞ーこーえーまーせーんー!!
 アタシがいないと、王様にだって簡単に面会できないんですからね!!
 民衆の協力だってそうそう仰げないんですからね!?」

「要するにコネ担当ですわね」

「はうっ!?」

 キョウヤに突っ込まれ、エゼルミアに止めを刺されるイネス。
 哀れである。
 と思っていると、今度は矛先をデュストの変えてきた。

「デュスト!!
 アナタは違いますよね!?
 こんな奴の甘言には乗りませんよね!?」

「いやだなぁ、イネス。
 キョウヤ様のやることに、間違いなんてあるわけないじゃないか」

 朗らかに笑って答えると、

「この狂信者がぁっ!!」

 イネスは地団駄を踏みだした。
 実際問題、キョウヤのやってきたことが一度として誤ったことは無いのだから、どうしようもない。

(基本、この人を信じていれば大抵上手くいくというのに、なんで突っかかるのやら)

 そんな疑問すら湧いてくるが――個人差というのもあるのだろう。

「しかしでござるな、ミサキ殿。
 そうは言っても、どうやるでござるか?
 行く先々で、我々が勇者であると言って回ると?」

「自分達で主張したところで、怪しまれるだけだろう。
 ……こいつを使う」

 ガルムが疑問を呈すると、キョウヤは一人の女性――女の子と形容した方が相応しいかもしれない――を部屋に招いた。

「紹介しよう、こいつは――」

「いやー、今をトキメク英雄さん達にお会いできて光栄だにゃー。
 あ、アチシ、アンナ・セレンソンっていうんだにゃ。
 ふへへへへ、こんな美少女だからって、手を出したりしちゃダ・メ・だ・ぜ・☆
 でもでも、きっちり面倒見てくれるってーなら考えてやらなくもないにゃ♪
 具体的には―、三食昼寝付きで月の小遣いが金貨――あいたっ!?」

「五月蠅い」

 入ってきた獣人(猫耳なので獣人だろう)の少女は、キョウヤの言葉を待たずに喋り出し、そのすぐ後にキョウヤに殴られ口を止めた。

「えー……キョウヤ様、彼女はいったい?」

「ああ、こいつは都のとある商会で仕事をしているわけなんだが。
 彼女の商人としてのネットワークを活用させてもらう」

「ああ」

 合点がいった。
 この大陸で、商人達の繋がりは広く、かつ情報伝達も正確だと聞く。

「彼女に、我々のことを喧伝してもらう、と?」

「そういうことだ。
 やれるな、アンナ・セレンソン?」

「あいあいさー!
 ばっちし皆さんのことを宣伝させて貰うにゃん!
 その代わり――」

 アンナはキョウヤを下心が満載された目で見る。
 彼女が何を言わんとしているのか、デュストでも分かった。
 当然、キョウヤも理解しているのだろう、鷹揚に頷くと、

「ああ、上手くいった暁にはお前の独立を援助してやる。
 金に糸目はつけん、大々的に私達のことを民衆に知らしめるんだ」

「うわっほーい! キョウヤちゃんってば太っ腹ー♪
 もう、アチシが築き上げてきた情報網をフル活用しちゃうにゃっ!!
 大船に乗ったつもりでいて欲しいにゃー!!」

 大はしゃぎするアンナ。
 非常に短いやり取りだが、彼女の人間性は何とはなしに分かった気がする。
 キョウヤはそんな彼女から視線を自分達へ移すと、こちらへと話しかけてきた。

「さて、そういうわけなので、お前達には早急にやって欲しいことがある」

「と、言いますと?」

 デュストが問いかけると、キョウヤは各自に紙を配りながら、

「決まっているだろう。
 自分達をPRする上でに、格好良い紹介文を考えるんだよ。
 ついでに二つ名もな。
 ビシっと決まったヤツをつけろよ」

「「「「――――はい?」」」」

 キョウヤ以外のメンバーの動きが固まった。






 ―――――――――――――――――――――――――――――






「……でゅ、デュスト、ちゃん」

 部屋に入ったデュストを出迎えたのは、そんな震える声だった。

「やあ、久しぶりだね、アンナ」

「……う、あ」

 挨拶をするも、向こうは呻くのみ。
 まあ、これから自分がどうなるのか理解していれば、怯えもするというものだ。
 だが――

(覚悟が足りないな)

 胸中で少々落胆する。
 自分と敵対すれば、こうなることは分かりきっていただろうに。

「さて、僕がどうして来たのか、もう勘付いているとは思うけれど――」

「――そ、その前に、一ついいかにゃ?」

「うん?」

 さっさと“用事”を終わらせようとするも、そこにアンナが待ったをかけた。
 取り合う必要も無い――のだが、一応はかつて共に戦った仲。
 デュストは彼女の言葉を促した。

「やけに周りが静かにゃんだけど、他の店員はどうしちゃったのかにゃ?」

「ああ、目につく連中は全部斬り捨てておいたよ。
 素直に君のところへ案内してくれるとは思えなかったし、騒ぎを起こされても嫌なんでね」

 思いのほか、つまらない質問だった。
 そんな、少し考えれば想像のつくようなことを一々尋ねてくるとは。
 アンナはその答えに嘆息すると、

「そっかー。
 ……本当に変わっちゃったんだにゃあ、デュストちゃん」

「そうかな?
 まあ別にいいさ、そんなこと。
 で、そろそろ“用事”を片付けたいんだけど、いいかい?」

「……分かったにゃ」

 殊勝に頷くアンナ。
 静かに席を立ち、デュストに近寄――

「うがぁああああっ!!?」

 ――彼女の手に『光る物』が見えたため、デュストは“とりあえず”その腕を斬り落とした。
 “別れた腕”からは、水晶のようなものが転げ落ちる。

「『転移の水晶』、かな?
 今更逃げようとしてもダメだよ」

「あ、あぁぁ……デュスト、ちゃん――」

「命乞いは聞かない。
 だから、無様を晒すのは止めた方がいい」

「う、く」

 先を制され、アンナは口をつぐんだ。
 これ以上手間をかけても意味がない。
 デュストは手にした剣を、彼女に向けて振り下ろす。

 ――この店に転がる『モノ』の数が、一つ増えた。



 第二十二話②へ続く
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