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第十九話 ある社畜冒険者の転機
④! 勇者の爪痕、深く
しおりを挟むさて、後日談。
といっても、次の日の夜のお話。
語り手は再び私、黒田誠一がお送りします。
「……ふぅ」
らしくなく、ため息を吐く。
ここはまたしても黒の焔亭。
私は端の席に座り、額に手を当てて思い悩んでいた。
「……ふぅぅ」
また、ため息。
どうも、ダメだ。
イネスさん――葵さん?――のことは置いておくにしても、デュストの件が頭から離れない。
私には、覚悟が足りなかった。
無論、自分が殺される覚悟はしていた。
無残に死ぬ結末もあるだろうと、考えていた。
しかし――親しい人を殺される覚悟をしていなかった。
“そういうこと”もあるかもしれないと考えてはいたが、まるで実感できていなかった。
エレナさんが殺されそうになった時とは、また事情が異なる。
あれは、私の不注意が原因だ。
しっかり配慮していれば避けられた事故。
だが、今回は――勇者との戦いは、違う。
“彼ら”がもし私の知人を殺そうとすれば、私がどれだけ死力を尽くしても、それに抵抗することはほぼ不可能だろう。
こんなはずではなかった。
勇者達が私を殺そうとした場合、人質だのなんだのを使う必要などまずないのだ。
それ程、私と彼らの力はかけ離れている。
まさか――“私を怒らせるため”だけに人を殺そうとするとは。
「――う、ぐ」
胸が、心臓が締め付けられる。
このままでは殺されてしまう。
リアさんも、ローラさんも、エレナさんも、店長も、セドリックさんも、誰も彼も。
どうすればいい?
どうすれば、この事態を打開できる?
「それ、に」
心配事はそれだけでは無かった。
リアさん。
今回のことで改めて分かった。
“彼女は危うい”。
リアさんがデュストに斬られた時。
自分が死ぬと悟ったであろうあの瞬間。
彼女は、“笑った”。
喜悦の笑みを浮かべたのだ。
危険だ。
被虐趣味が行き過ぎている。
まだリアさん自身に自覚は無い様だが――このまま行けば、自ら敢えて死地に飛び込むような真似をやりかねない。
本人に伝えた方がいいのか。
いや、自覚することでさらに症状が、歪みが悪化するかもしれない。
「……どうすればいい」
様々な問題をひっくるめて、私は三度ため息を吐いた。
いかん、考え事があり過ぎて頭が上手く機能していない。
こういう時は――そうだ、リアさんを見よう。
彼女の痴態を見て、心を落ち着かせるのだ。
「善は急げ、ということで」
私はリアさんを、今夜もまた黒の焔亭でウェイトレスをしている彼女の姿を見た。
最近はだんだんと見慣れ始めている制服を着て、リアさんは給仕をしている。
程よく大きい、綺麗な艶のおっぱいが上半球ほとんど丸出しになっている胸元。
少し動けばショーツと一緒に丸々としたお尻までも見えてしまうミニスカート。
ストリップ劇場のダンサーもかくやという格好で、彼女は働いていた。
瑞々しい肢体を求めて、彼女の周りには男性客が群がっている。
ある客が注文を取るついでにリアさんの胸を触り、ある客はドリンクのお替りを頼みながらリアさんの股間に手を伸ばす。
そしてある客は――
「んぉおおっ!?」
リアさんの口から突然喘ぎ声が飛び出す。
見れば、ある男性が彼女の尻に手を伸ばし――
「ん、お、お、おぉお、おおおおっ!」
「ははは、すげぇや、リアちゃん。
一気に根元まで入っちゃったよ」
――ショーツの生地ごと、リアさんの尻穴に人差し指を捻じ込んでいた。
「んぉおっ!
おっおっおおっおっおおぉおっ!!」
「いいヨガりっぷりだなぁ。
けつ肉もいい感じに指に絡みついてくるし。
まるでまんこみたいだっ!」
「おいおい、調子にのって弄りすぎんなよ。
ここでうんこ漏らされちゃたまらないからなっ!」
リアさんの淫らな姿に、周囲からもヤジが飛ぶ。
後ろの穴に指を突っ込んでいる男は笑いながら指をぐりぐりを動かし、
「はは、心配は要らないみたいだぜ。
リアちゃんの中は綺麗なもんだ!
いつ挿れられてもいいように、ちゃんと掃除してるんだな!」
「お、おぉおお、あ、あああっ!
あぁぁあああっ!!」
男の手の動きに合わせ、身をくねらせるリアさん。
後ろから来る快感に、気持ち良さそうに顔を蕩けさせている。
「ん、お、おぉおおっ!
おぉおおお――――あ」
一瞬、私とリアさんの目があった。
その時。
「え?」
思わず声を出してしまう。
彼女は、笑った。
あの時と同じように、笑った。
『な、なに、これ――クロダ、あたし――』
昨夜の光景が頭の中にフラッシュバックする。
そんなわけが無いのに、リアさんの身体から血が噴き出る姿を幻視した。
「――あの、すいません」
私は。
気付いた時には、私はリアさんを弄る男達に声をかけていた。
「もう、それ位にして頂けませんか?」
自分でも何故こんなことを口にしているのか分からない。
分からないが、私はプレイの中止を要請していた。
「おいおい、そりゃねぇぜ。
確かにあんたはこの子の所有者らしいけどよ、俺達は決められた“ルール”の範囲内で楽しんでるんだ。
とやかく言われる筋合いはないね!」
男の一人からそんな指摘を受ける。
確かに全く持って御尤も。
彼らが正しく、私が間違っている。
だが、今日の私は本気でおかしいようだ。
なおも彼らに嘆願しようとし――
「申し訳ありませんが、そこをなんとか――」
「ぎゃぁああああああああああっ!!!!!!?」
――しかし私が言葉を終える前。
私の前に居た、私に反論してきた男が、急に叫び出した。
「ち、違っ、違うっ!!
俺は、何もそんなつもりで言ったんじゃねぇ! いや、言ったんじゃないんですっ!
止めますっ!!
彼女に手を出すのはすぐ止めますからっ!!」
男が、涙を流しながら私に許しを請うてきた。
いったいどうしたと言うのだろう。
「おいおい、自分が気に食わないからって力づくはないだろう、クロダさんよ。
ここで暴力沙汰はご法度だぜ」
見かねたのか、別の客が私の背中を叩いてきた。
いや、私もどうしてこうなったのか分からないのだ。
「いえ、私は何も――」
「ひぃいいいいいいいいいっ!!?」
弁解のために振り返ると、そちらの男性客も悲鳴をあげた。
彼はその場で尻もちをつくと、必死の形相で私に頭を下げてくる。
「すみませんっ! すみませんっ!
生意気言いましたっ!!
殺さないでっ!! 殺さないでっ!!!」
まるで、今にも“私に殺される”と言わんばかりである。
状況がまるで飲めない。
何が起きているんだ?
「クロダぁっ!!」
突如、後ろからがしっと肩を掴まれる。
店長だ。
彼もまた、懸命な表情で私を見つめ、
「来いっ!
ちょっとこっちに来いっ!」
私に店の裏手へ来るように促してきた。
「いえ、私には何がなんだか――」
「いいからっ!!
何も言わずにこっちに来るんだっ!!」
あらん限りに声を張り上げて――そうでもしなければ恐怖に打ち負けそう、という風にも見える仕草で――私を店の奥に引っ張っていく。
「おい、リアっ!!」
「え?
な、何?」
「お前も、今日はもう上がりだ!!
早く着替えてこい!!」
「あ、あ、うん」
途中、リアさんにも声をかけてから。
店長は私を連行していった。
「……落ち着いたか」
「……えーと、はい。
おそらくは」
店長に連れてこられたのは、店員用の小部屋だった。
そこで温かいお茶を勧められ、私はそれをゆっくりと飲み干した。
店長に尋ねてみる。
「私、どうなってました?」
「やべぇ面してたぜ。
あの客共を皆殺しにしかねねぇほど、とんでもねぇ殺気放ってやがった。
……あいつら、もううちには来ねぇだろうなぁ」
店長が遠い目をしている。
それ程、酷い表情をしていたのか。
「……申し訳ありませんでした」
「謝るのはこっちの方だ。
すまねぇ、クロダ。
お前は、こういうプレイが好きだと思ってあんな提案したんだが……
はは、セドリックを笑えねぇな。
今度は俺が馬鹿やっちまったか」
「いえ、そんなことは」
女性の痴態を見るのが好きだし、リアさんが色んな男に弄られるのも楽しく見てきた。
自分が手を出すのも、誰かが手を出しているのを鑑賞するのも大好きな、変態なのだ、私は。
その、はずだったのに。
「とにかく、だ。
もう、リアには金輪際手を出さねぇし、手を出させねぇ。
少なくとも、この店に居る間はな。
なんなら、もうここを辞めさせたって構わねぇ」
「そこまでして頂かなくとも」
「……別に今全部決める必要はねぇさ。
きっちり休んで、落ち着いてから考えりゃいい。
今日はもう帰んな。
リアにも帰り支度をさせてあるからよ」
一方的にそう言い切ると、店長は私に帰宅を促すのだった。
そして、そのまま帰路についたわけであるが。
「……どうしちゃったの、今日のあんた?」
隣で、不思議そうに私を見つめるリアさん。
店長の計らいで、私と一緒に店を出たのだ。
「……自分でも分かりません」
私はそう返すしかなかった。
先程、どうしてあんな行動をとったのか。
自分で自分の行動理由が把握できない。
――或いは、デュストとの邂逅で、何かの“タガ”が外れてしまったのかもしれない。
「……あの、リアさん。
ちょっと良いですか?」
言いながら、私は彼女の身体を引き寄せる。
「うぇっ!?
ちょ、ちょっと、クロダ、こんなとこでするの!?
周り、結構人がいるんだけど!」
「いえ、そうではなく」
引き寄せたリアさんの身体を、私はぎゅっと抱き締める。
「え、え――?
く、クロダ――?」
リアさんは戸惑っているが、私はお構いなしに抱き締め続けた。
彼女の温もりが、息遣いが、心臓の鼓動が、私に伝わってくる。
“リアさんが今生きていること”を、全身で実感できた。
「あ、あの、クロダ?
これはこれで割と恥ずかしい――」
「――もう少しだけ、このままでいさせて下さい」
「え? う、うん。
……別に少しと言わず、ずっとしててもいいんだけど」
私のお願いに、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしながら頷いてくれるリアさん。
彼女の方からも、私に手を回してきた。
そのまま、2人で抱きしめ合う。
「――――」
「――――」
どれだけ時間が経っただろうか。
何となくだが、気持ちが楽になった。
「――ありがとうございます。
もう、大丈夫です」
「――そう?
それなら良かった」
言って、ほほ笑む彼女。
それを見ると、心が暖かくなってくるように感じる。
「昨日から色々と迷惑をかけてすみません。
……リアさん、今日は夕飯まだでしたよね?」
私のせいで早く仕事を切り上げたため、リアさんはまだ黒の焔亭でのまかないを食べていないはずだった。
「うん。
帰ったら適当に作ろうかなって思ってたとこ」
「それでしたら、せめて私に御馳走させて下さい。
……といっても、余り洒落た店を多く知っているわけではないのですが」
「え! あたしと!? ディナーに!?」
「ええ。
ご迷惑ですかね?」
「全然! うん、OK! 行く!
美味しいところ、紹介してよね!」
「任せて下さい。
では、こちらへ」
私が手を引くと、リアさんは満面の笑みでついてきてくれた。
その様子を嬉しく思いながら、私は頭の中でどこのお店が一番リアさんにお勧めできるか、あれこれ考え始める。
……だから、気づかなかったのだ。
「――クロダと――こいつと、ずっと、一緒にいられる――」
そんな彼女の呟きを。
後日談 完
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