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第十四話 説明会開催

① ミサキさん、大いに語る

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「では状況説明を始める」

 そんな言葉と共に、陽葵さんへの説明会が開催された。

 ここは、セレンソン商会の一室。
 建物内に数ある部屋の中でも、最も奥に位置し、最も厳重に警備されている場所。
 この部屋での会話は一切外に漏れることは無い。
 商会の将来が揺るぎかねない程の重要な商談をする時のみに使われる部屋である。

 今、この部屋では6人がテーブルを囲んでいる。
 一人はこの私、黒田誠一。
 それと、この説明会の当事者である陽葵さん、その付き添いでリアさんとジェラルドさん、ついでにこの商会の代表であるアンナさん。
 そして――

「――あの、ちょっと待って」

 リアさんが割り込んできた。
 私に顔を向けて、

「なんで、こいつがここに居んの?」

 そんなことを言ってくる。
 ふむ、リアさんとしては彼がここに居ることに疑問があるようだ。
 かくいう私も、驚きを感じていないわけではない。

「――ギルド長、生きてたんですね」

「人を勝手に殺さんで欲しいのぅ!
 あれ位の傷じゃ、致命傷には程遠いわい!」

「単にまだジェラルド・ヘノヴェスに生かす価値があったということだろう。
 ウィンガストのギルド長という立場は、無くすには余りに大きな椅子だ。
 今の魔族はもう碌な連中が残っていないからな。
 こんな老いぼれでも、奴らにとっても数少ない切り札なんだよ」

「……なるほど」

 納得した。
 バールは魔族の将来を考え、ジェラルドさんに止めを刺さずにおいたわけか。

「……いやいや、そうじゃなくてね」

 リアさんが再度私に声をかけてきた。
 どうやらジェラルドさんのことを言っていたわけでは無いようだ。

「――ふむ。
 と、申しますと?」

 私が首を傾げると、焦れたように声を荒げるリアさん。

「だから!
 なんで、エレナがここにいるのってこと!」

「私がミサキ・キョウヤだからだよ、リア・ヴィーナ」

 エレナさん――現在はミサキ・キョウヤさんが、代わりにそう答えるのだった。
 リアさんは、たっぷりと間を置いてから。

「……え、本気マジ?」

 呆然とそう呟いた。

「エレナがミサキ・キョウヤだったのか!?」

 続いて陽葵さんが叫ぶ。
 ミサキさんは煩そうにしながら、

「違う、こんな小娘が私な訳無いだろう。
 単にエレナの身体を借りてこちらの世界へ干渉しているだけだ」

 さくっと説明を入れた。
 それだけではあまりにアレなので、私が補足する。

「ええとですね。
 ミサキさんは現在、東京におりまして。
 特殊なスキルを使って、エレナさんの身体に自分の意識を投影しているそうで。
 ですから今、エレナさんはミサキさんなわけです」

「無茶苦茶な話にゃんだけど、クロダちゃんの言う通りなんだにゃあ。
 まあ、キョウヤちゃんは色々とぶっ壊れ性能してるから、納得して欲しい感じ」

「次元の壁を越えて人の心へ干渉してくるとは埒の外ではあるんじゃがのぅ……」

 私の発言へ、アンナさんとジェラルドさんが同意する。

 ――なお、いちいち説明しなかったが、ミサキさんが使っているこの『交信』――<思考転送テレパシー>の発展形とのことだが――誰に対しても使えるものではないらしい。
 なんでも、ミサキさんの精神と波長が合う人間にしか適用できないとか。
 エレナさんとミサキさんの波長が合うというのは聊か信じられないところだが……
 ともあれ、ミサキさんはエレナさん以外へと意識を飛ばすことはできないとのこと。

 と、そんな説明を受けてもリアさんや陽葵さんは納得がいかないようだ。

「そ、そんなこと言われても……」

「そうそう、いきなり『私がキョウヤ』って言われたって、ピンと来ねぇよ」

「ふむ、まあそうだろうな。
 ――必要とあらば、証拠として山の一つや二つ吹き飛ばしてやってもいいが」

「止めて下さい」

 慌てて止めに入る私。
 流石にエレナさんの体を使っている以上、そんなご無体なことはできないと思うが――できないよね?

 そこへジェラルドさんが助け船を出してくれた。

「信じられん気持ちも分かるが、確かなことなんじゃよ、リア。
 幾つかミサキ・キョウヤ本人しか知らないはずの質問をして確認した。
 それに、クロダやアンナも太鼓判を押しとるからのぅ」

「……まあ、ジェラルドさんがそこまで言うなら」

 リアさんが渋々と承諾した。
 陽葵さんもそれに追随するように、幾分か不信感を和らげたようで。

「……本当のことなんだよな、黒田?」

「ええ、そうです。
 全てをお話すると言ったでしょう?
 今更嘘なんて言いませんよ」

「――分かった。
 信じるよ」

 陽葵さんもまた、ミサキさんのことを信じてくれたようだ。

「……なぁんか、ヒナタちゃんの信用を得るプロセスに違和感を感じるにゃあ。
 ……しばらく見ねぇ内に、さらにクロダちゃんに懐いてる感じ」

 私達の方をジト目で見るアンナさん。
 いやいや、信頼のなせる技なんですよ。

「さて、話が纏まったところで改めて自己紹介しておこう。
 私が五勇者の一人にしてこの世界で最も偉大な存在、ミサキ・キョウヤだ」

「…………」
「…………」

 リアさんと陽葵さんが揃って疑わし気な顔になる。
 ミサキさんの自己紹介に、せっかく芽生え始めた2人からの信用が早くも崩れそうだ。

「黒田、もう一回聞くけど、この人がキョウヤなんだよな?」

「ええ、本当に、この人がミサキ・キョウヤさんなんです」

「人違いなんじゃないの、ジェラルドさん?」

「いや、7年前でもこんな言動の人物じゃったよ。
 ……恐ろしいことに」

 私とギルド長がもう一度念を押す。
 どうにか、2人の信用は持ち直してくれた模様。

 ミサキさんは、私達のやり取りなど無かったかのように話を続ける。

「それと、私の部下として誠一とアンナがいる。
 誠一の方は既に知っているだろう」

「……それで黒田とアンナは知り合いだったわけか」

「はい、その通りです」

 私は陽葵さんの呟きを肯定した。
 そういう伝手でも無ければ、ただ一介の新人冒険者が街でも有数な商会の運営者とコネを結ぶことなどありえない。
 割とぞんざいな扱いを受けているが、アンナさんはウィンガストでも一、二を争う重要人物なのだ。
 それこそ、街の運営方針にすら口を挟めるという。

「アチシ達はさしずめ、キョウヤちゃんの右腕と左腕ってところかにゃ」

「私の腕はここにあるが?」

「そのネタ使うの早すぎにゃい!?」

 そんなアンナさんとミサキさんの軽い寸劇を挟みつつ。

「さて、私が何を目的に動いているか――は後にしよう。
 少し事情が入り組んでいるのでな。
 先に、室坂陽葵――君の正体について語っておこうか」

「オレの正体?
 魔王の息子じゃなかったのか?」

「そこは間違っていない。
 正体の説明というより、君がしている勘違いの是正と言った方が正しいか」

 ミサキさんが陽葵さんの方へ顔を向けた。
 ただそれだけで、陽葵さんは気圧されるようにたじろぐ。

「室坂陽葵、君は確かに魔王の息子だが、魔王の力なんぞ宿っていない。
 君は、魔王の代替品スペアとして作り出されたんだ」

「……へ?」

 陽葵さんが、キョトンとした表情へと変わる。

「何らかの理由で魔王が体の生命活動を維持できなくなった場合、その新しい身体として用意されたのが君の身体なんだよ。
 魔王が入るための器に過ぎないから、君自身には何の力も無い。
 室坂陽葵の人格が魔王の力を封印しているなんて嘘っぱちさ。
 地球へ転移させたのも、より安全な場所で『保管』するためだ。
 ――バール・レンシュタットですらそのことを知らなかったようだがな」

 とはいえ、ある意味において、魔王の力を発揮するには陽葵さんが消える必要があるというのは真実である。
 本来の使い方がなされた場合、陽葵さんの人格は魔王に取って代わられるのだから。

 ミサキさんのそんな台詞を聞いて、リアさんが激昂した。

「な、何それ!?
 あんたの言うことが本当なら、あたし達がしたことって――」

 ――気持ちは理解できる。
 魔族達は、ありもしない力を求めて騒乱を起こし、あまつさえリアさんと陽葵さんは徹底的な凌辱にまで遭ったのだから。

 ただ、ミサキさんにとってはそんなこと些事ですらないようだ。
 涼しい顔をしてリアさんに対応する。

「ただの茶番だな?
 ああ、別に信じなくてもいいぞ。
 真実を確かめてみたければやってみればいい。
 自意識を失くした人形が一体転がることになるだけだがな」

「……ぐっ」

 ミサキさんの言葉に、リアさんは言い返せなかった。
 代わりに、陽葵さんが口を開く。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。
 ひょっとしてオレ、人間じゃなかったりするのか?
 作り出されたとか、人形とか……」

「ん? ああ、それは単に語弊だ、気にしないでくれ。
 君は間違いなく人間だよ――魔王が腹を痛めて産んだ、な」

「そ、そうか……あれ?
 魔王が産んだ?」

「そうだ。
 何か問題があるか?」

「……魔王って、女だったのか!?」

「なんだ、知らなかったのか。
 別に隠匿されている情報では無かったはずだが」

「そうなの!?」

 陽葵さんは周囲を見渡し、視線で同様の疑問を投げかけてくる。
 私達は、一斉に頷いた。

「……え、えー……知らなかったのオレだけかよ」

「説明してなかったっけ?」

 リアさんが軽い感じで、悪びれる風もなく陽葵さんに話しかけた。

「されてないよ!?
 もう完璧に魔王のこと男だと思ってたぞ!
 オレ、魔王にそっくりとか言われてたし!」

「あんたにそっくりなら、女性でしょ?」

「――え?」

「――うん?」

 二人の間に何かすれ違いがある模様。
 ……陽葵さん、バールに犯されたというのに、まだ自分の美貌を自覚していないのか?

「ともあれ、君という人格が壊れたとしても魔王が蘇るようなことは無いことと、君は魔王を受け入れる器なのだということを理解してくれればそれでいい」

 さくっとまとめるミサキさん。
 陽葵さんはこくりと頷いてから、ふと何かに気付いて寂しげに笑った。

「そうか……オレ、魔王にとっては代わりの体に過ぎなかったのか……」

「それは違う」

 誰かがフォローを入れるよりも早く。
 ミサキさんがそう断言した。

「魔王に親としての感情が無かったわけでは無い。
 無かったわけでは無いのだが――」

 そこでミサキさんは少し考え込んで。

「――悪いがその話も後に回させてもらう。
 先に昔話をしてやった方が、理解しやすいだろう」

「昔話?」

 おうむ返しに陽葵さんが尋ねる。
 ミサキさんはそれに対して鷹揚に頷き、

「ああ。
 まずは、“魔王の生い立ち”から話を始めようか」

「え?」

「何?」

 ミサキさんの発言にリアさんとジェラルドさんが反応するも――
 彼らを一切気にすることなく、昔話は幕を開いた。

「『魔素』という存在を知っているか?
 ――別に知らなくてもいい、これから説明する。
 魔素とはこの世界――『六龍界』のあまねく場所に存在するエネルギー体のことで――
 分かりやすいところで言えば、魔物を倒した際に現れる魔晶石は魔素が凝縮した結晶だ。
 この魔素によって、人はスキルという特殊能力が使用できるようになった。
 マジックアイテムの作製にもこの魔素を利用している」

 つまり、この世界の住人にとって無くてはならない重要な物質ということである。
 もっとも、『魔素』の存在を認識している者は、一部の限られて人間のみ、とのことだが。

「この魔素がもたらす利益は大きい。
 しかしメリットがあれば当然デメリットもある。
 魔物の出現がその一つだ。
 そして、人が魔素を大量に浴びると、ほとんどの場合精神に変調を来してしまう」

 ちなみにちょっとした補足だが。
 私達は、“魔素を使って”スキルを発動しているわけでは無い。
 魔素に触れることで、人体がその“異物”に対抗するため、スキルを行使する能力を発現させるのだ。
 ――このことからも、魔素が『劇薬』であることが伺えるだろう。

「そもそもからしてこの『魔素』、『六龍界』に元から存在する物質ではない。
 この世界の裏――『魔界』と呼ばれる場所から噴き出してきているのだ。
 ――便宜上『魔界』と呼称しているが、本当にそういう世界があるかは定かでないぞ。
 そして、ここで神として崇められている六龍は、魔素の流入を抑える役割も担っている」

 聞いての通り、魔素は便利ではあるが取り扱いには注意が必要なエネルギー。
 だからこそ、神様が大量に魔素が流れ込む事態を防いでいた、ということだ。

「へぇ、そうだったのか。
 ……で、肝心の魔王は?」

「これから出てくる。
 ――かつて、その六龍と意思を疎通し、彼らを祀る巫女がいた。
 彼女によって、人々は六龍の力の恩恵を大いに受けたそうだ。
 しかし、六龍と身近に接するということは、彼らの役割上、魔素にも頻繁に触れ続けるということでもある。
 次第に彼女の精神は魔素に蝕まれ、本来の人格とは別の『邪悪な人格』が形成されていった。
 いつしか巫女の心はその『邪悪な人格』にとって代わられ――『魔王』が誕生した」

 魔王は六龍を支配し、その力を扱えるようになった、と流布されているが。
 実際のところは、『六龍の力を使える人間』が魔王となったというわけだ。

「……そ、そうなの、ジェラルドさん?」

「……そういう説を耳にしたことはあるのぅ。
 しかし、魔王様について詮索されることは禁忌とされておる。
 魔王様が何者なのか知っている者は、儂が知る限り一人もおらんかったはず。
 キョウヤ殿はどこでこれを知ったんじゃ……?」

 ミサキさんの語りを邪魔しないよう、こそこそとお喋りしているリアさんとジェラルドさん。
 彼らもこの事実は把握できていなかったらしい。

「……スキルは魔素の影響で使えるように……
 ってことは、オレが冒険者になったときにも?」

「そうだ、魔素を浴びている。
 もっとも、十分安全性を考慮して濃度を薄められた魔素だ。
 不安になる必要はない。
 そもそも、魔素で心が狂うということ自体、一般には出回っていない情報だが」

 陽葵さんの浮かべた疑問にミサキさんが答えた。
 実際、冒険者になる前後で性格が変わったという話も聞かないので、おそらく危険性はほとんど無いと考えられる。
 全く無い、とまでは言えないのだが。

「大丈夫だと分かっても、心がおかしくなるってのはぞっとしないなぁ……んっ?」

 陽葵さんがはっとした様子になる。
 何かに気付いたようだ。
 そのまま私の方をじっと見つめる。

「……あっ」

「……そうか」

「……にゃあ」

 続いて、リアさん、ジェラルドさん、アンナさんが私の方を向く。
 なんだと言うのだ?

「どうしたんですか、皆さん。
 まるで私が魔素の影響で変態的な行動をとるようになったのではないかと言いたげな顔をして」

「分かってんじゃねーか」

「魔素の影響っていうなら、あんたの変態っぷりも納得できるしね」

「冒険者になったことで障害が出た稀有な例かのぅ」

「今後のために調査しといた方がいいかもにゃ」

 勝手な憶測の下、言いたい放題言ってくれる4人。
 それを否定しようと私が口を開くよりも早くミサキさんが、

「いや、こいつは生まれついて生粋の変態だぞ」

 そう言って冷静に訂正してくれた。
 流石ミサキさん、状況に流されることが無い。

 ――と思っていたら。

「――魔素のせいでこうなったというならどれ程良かったか……
 天性の変態じゃ矯正のしようもないじゃないか」

 がっくりと肩を落としながら、ため息を吐いた。
 あれ、大分落ち込んでいらっしゃいます?

 だが次の瞬間には気を持ち直し、ミサキさんは説明の続きを語りだした。

「話の腰が折れたな。
 その後、巫女は『魔王』として暴虐の限りを尽くした――がその詳細は省略する。
 本題と大きく外れるからだ。
 ここで重要なのは、ある日戯れに『魔王』が“保険”として自分の子供を作り――
『巫女』がその子供を愛してしまったということだ」

「……『巫女』が?
 え、でも『巫女』は消えたんじゃ?」

 陽葵さんの言葉にミサキさんはかぶりを振る。

「『魔王』に乗っ取られはしたが、『巫女』の人格も完全に消え去ったわけでは無かったのさ。
 ジェラルド・ヘノヴェス、君なら心当たりがあるんじゃないのか?」

「――う、む。
 確かに、魔王様はお優しい処遇をお命じになることもあれば、人が変わったかのように冷酷な判断を下すこともありなすった。
 魔王様の深遠なご判断の結果と思っておったが……」

「それが『魔王』の人格と『巫女』の人格、2つの意思を持つことによる産物だったというわけだ。
 時が経つにつれ『魔王』はさらに力を増し、『巫女』は抵抗できなくなっていったそうだが。
 ――しかし、室坂陽葵、君が産まれたことで『巫女』は奮い立った。
 自らの子を守るため最後の力を振り絞り、『魔王』への反逆を試みたのさ」

 ミサキさんが陽葵さんをじっと見つめる。
 その視線を今度は受け止めて、陽葵さんは言葉を発した。

「お、オレのために…?」

「そうだ。
 手始めに、君を地球へと――君にとって最大の敵である魔王自分自身から最も離れた場所へと送った。
 魔王には、“六龍界ここよりも安全な場所で保管した方がいいだろう”と騙ってな。
 そして六龍界と地球、2つの世界をくまなく渡り、探し求めたのだ。
 ――『魔王自分を殺しうる存在』を」

「……それってまさか」

「……なるほど、そういうことじゃったか」

 リアさんとジェラルドさんが息を飲む。
 彼らの反応に、ミサキさんは軽く頷いて、

「――そうだ。
『魔王』を殺すに足る者として、魔王自身が召喚した人間こそ、私なのさ」





 ……そこで、一旦小休止を取ることになった。
 多くの情報が与えられ、その衝撃と混乱で陽葵さんは大分疲労してしまったからだ。

「しかし、なかなか大変そうなお話ですね」

「他人事のように言わないでよ!?」

 今のうちにトイレに行っておこうと、商会の廊下を進む私。
 そんな私の呟きに、隣を歩くリアさんがつっこみを入れた。

「ヒナタ程じゃないけどあたしだって混乱してるんだからね!
 魔王様が何者かなんて全然知らなかったし、しかもご自分を止めるために勇者を喚んでただなんて…!」

 しかしそのせいで自分が支配していた魔族は大混乱に陥ってしまったわけで。
 上に立つ者として少々責任感が足りないように見えなくもない。
 リアさんには口が裂けても言えないが。

「いえ、大変心苦しいのですが……当時のことを私は伝聞でしか聞いておりませんので」

「え? クロダって魔王様と勇者との戦いには――」

「はい、参加していません。
 というか、私がミサキさんに出会ったのは、魔王との戦いが終わってからなんです」

「そ、そうだったの?
 じゃあ、なんであんた、あんなに強いの?
 あたしてっきり、7年前の戦争に参加してたからだとばっかり……」

「それについては、ミサキさんがこれから説明してくれますよ」

「そ、そう。
 まだ、色々事情があるわけね」

「はい」

 話をしていると、目的の場所に到着した。
 目の前にある扉を開けると、中はまるで会議室のようになっている。
 ――まるでも何も、ただの会議室なのだけれど。

「んん?
 ここ、トイレじゃないよ?
 もっと向こうの方なんじゃない?」

 そういうリアさんを無理やり部屋の中に引っ張り込む。
 勢いで尻もちをついたリアさんに、扉を閉めてから私は告げる。

「いえいえ。
 『便器』があるのだから、ここがトイレで間違いありませんよ」

「――あ」

 彼女は、“察した”ようだ。
 顔を赤く染めながら、口を開く。

「す、するの?
 こんな時に、こんな場所で……」

「“便器”が口答えするんですか?」

「や、そんなつもりじゃ…!」

 慌てて否定するものの、私はそんなことでは納得しない。
 いや、納得していない“フリ”をする。

「それでは、態度で示して貰えませんかね?」

「――う、うん」

 彼女は弱々しく……それでいて“何か”に期待しながら、私の言葉に頷いたのだった。



 第十四話②へ続く
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