45 / 119
第十三話 ウィンガスト騒乱
⑨! 序章の終わり
しおりを挟む後日談。
その日の昼下がりのお話を後日談とするのは、流石に詐称に当たるのではなかろうか?
皆さん、お久しぶりの黒田誠一です。
しばらく登場しないと思ったら、いきなり“らしくない”姿を見せてしまい、お恥ずかしい限り。
私は今、治療院の一室に居る。
陽葵さんとリアさんの見舞いをするためだ。
リアさんの足の火傷以外に彼らに目立った外傷はなく、その火傷にしてもスキルと薬による治療で完全に消え去っている。
――いつも思うが、本当に便利だな、スキル。
しかし、傷は無くとも二人の体力は衰弱しきっていた。
そういうわけで、リアさんと陽葵さんはそのまま治療院へ入院する運びとなったのである。
「――代理!?」
陽葵さんがいきなり大声を上げた。
体力が落ちているところでそんなことして、大丈夫だろうか?
そんな危惧を抱きつつも、私は陽葵さんに返事する。
「ええ、そうです。
私は、『ミサキ・キョウヤの代理』として、この世界に来たのですよ」
何やら、陽葵さん達が『私がミサキ・キョウヤである』などというとんでもない勘違いをしていたので、訂正していたところなのだ。
「じゃ、じゃあ、あの時着てた鎧は」
「一部分だけご本人からお借りしてるんですよ」
流石に全身鎧全てを貰うわけにもいかず、最低限必要な籠手と脚鎧だけ拝借しているのである。
「キョウヤって呼ばれても、否定してなかったじゃないかっ!」
「肯定もしてないですよ?」
否定しなければ肯定――という文化は、余りよろしくないと思うのだ。
……嫌よ嫌よも好きの内という言葉は私も大好きだけれど。
「じゃあ、黒田は本当にキョウヤの――」
「はい、代理です」
協調のため、もう一度繰り返す。
それで陽葵さんも納得してくれたようである。
しかし――
「で、でもだったら、お前は何が目的でウィンガストに来たんだ!?
っていうか、当のミサキ・キョウヤは何してんのさ!?
あと、代理の癖になんであんなに強いの!?」
矢継ぎ早に質問を投げつける陽葵さん。
だからそんなに興奮したら身体に悪いですってば。
「まあまあ、落ち着いて。
こうなった以上、きっちり説明いたしますよ。
ただ、時は改めさせて下さい。
……陽葵さんにも関わってくる話ですからね。
体調が万全な状態で聞いた方がいい」
「……そ、そうか」
真剣な口調で話したのが効いたのか、陽葵さんはそれ以上何も言ってこなかった。
「ところでクロダ。
ゲルマンとセドリックはどうしてる?」
今度はリアさんから話しかけられる。
「はい、二人もこちらで治療を受けているそうです。
入院は必要だそうですが、命に別状は無いとか。
ですから安心して下さい、リアさん――あ、リズィーさんの方がいいのですか?」
「リアの方で呼んで。
リズィーって、偽名だから」
「そうだったのですか」
てっきり『リア』の方が人の街に入るための偽名なのかと思っていた。
本名で潜入任務をするとはなかなか豪胆である。
まあ、自分の名前は知られていないだろうと考えてのことなのかもしれないが。
リアさんは少ししみじみとした顔で話を続ける。
「あたしが言うのもなんだけどさ。
よく生きてたね、あの2人も」
「店長の方はかなりの重傷だったそうですけどね。
まあお世話して下さる付添人もいますし、大丈夫でしょう」
「へぇ、シエラとジェーンがやってあげてんの?」
「いえ、カマルさんという魔族の方が」
「それは敵だ!!!!」
突如、リアさんが怒鳴った。
「そいつ確か、黒の焔亭で襲ってきた奴でしょ!?
何考えてんの!?」
「い、いえ、しかし、店長を治療院に運んで下さったのはその魔族との話でしたし。
店長自身そんなに気にしてない風でしたから、いいんじゃないですかね?」
「……う、器が大きいのか、物事に頓着しないのか」
私の弁解に、リアさんは愕然とした。
確かに、敵対した相手がすぐ近くにいるというのは、気分がいいものではないかもしれない。
まあ、カマルさんの方に敵意は無さそうだったので、危険は無いと思うのだが。
「……まあ、それに綺麗な方でもありましたし」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
慌てて誤魔化す。
結構な重装備だったので分かりにくかったが、カマルさんはなかなかの美人さんだった。
あの重厚な鎧の下には、魅力的な肢体も持っていることだろう。
……この辺りの事情は、いちいち説明する必要は無いはず。
「しかし、カマルもよく引き受けたもんね、付添なんて」
「上司が死んでしまったので行く宛てが無いようでしてね。
しばらくこの街で世話してもらうことを条件に、引き受けたそうです」
「……ああ、そう。
もういいや、なんでも」
がっくり肩を落として、リアさんはそう締めくくる。
会話がひと段落したところで、私も席を立った。
あまり長居をしては、二人が休まらないだろう。
私は挨拶をして、部屋を後にした。
「あ、ちょっと、クロダ!」
廊下を歩く私に、リアさんが追い付いてきた。
……何用だろうか?
「どうしました、リアさん?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ。
……あたし、あんたに言いたいことがあって」
「言いたいこと?」
「うん……ちょっと、こっち来て」
リアさんに腕を引かれ、人気の無い、廊下の突き当りの方まで連れていかれた。
「……人に聞かれてはまずいお話でしょうか?」
「う、うん……あのさ」
リアさんは俯きながら、躊躇いがちに話し始める。
「もう、あんたは知ってるかもしれないんだけど。
……あたしね、あいつらに監禁されて、一晩中ずっと……犯されたの。
身体を押さえられて、無理やり、代わる代わる何人も。
何度も何度も中出しされて、口にも尻にも出されて――」
リアさんの身体が震える。
……私も思わず沈痛な表情になってしまう。
私が遅れてしまったばかりに、彼女や陽葵さんには辛い思いをさせてしまった。
バール・レンシュタットの企みが分かっていれば。
いや、そもそも私があんな魔族に手こずったりしなければ。
最初から、本気で事に当たっていれば、こんなことには――
「それでね、あたし、あたし――」
リアさんが感極まったような声を出す。
顔を上げ、まっすぐ私を見ながら、彼女は続けた。
「――あたしの身体、おかしくなっちゃった…♪」
そう言うと、寝間着の下を肌蹴て、私に自分の股間を見せつけてくる。
リアさんのそこは、既にびちょびちょに濡れ、愛液が太ももに滴り落ちていた。
……辺りに淫猥な香りが漂う。
「リアさん?」
「――ずっと、あそこが疼いて仕方ないの。
とろとろになっちゃって、どんどんえっちな汁が垂れてきちゃって…!」
彼女の表情が、とろんと緩む。
それは、発情した雌の顔だ。
先程まで震えていたのは、辛い感情を押し隠していたのではなく、欲情を我慢していたわけか。
「――だからさ、クロダのちんぽで、あたしを鎮めてくれない…?」
「……仕方ない人ですね。
陽葵さんが貴女のことをどう思っているか、知っているのでしょう?
そんな彼が隣に居るのに、ずっと私に対して股を濡らしていたとは」
キツメの口調で指摘してやると、リアさんは少し申し訳なさそうに表情を陰らせ、謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、ごめんね。
だけどあたし、クロダのちんぽがいいのっ!
あんたのが欲しくて欲しくて、もう我慢できないっ!」
しかし、その口調に罪悪感は感じられなかった。
とにもかくにも、私のイチモツが欲しくてしょうがないらしい。
「そこまで言うのであれば、リクエストにお答えしましょうか」
私はズボンを開け、性器を取り出した。
既に男根は反り返る程に勃起している。
それを見て、リアさんは歓喜の声を上げた。
「うん、クロダのちんぽでまんこはめはめしてっ!
お願いクロダ、あたしを、あたしを――」
リアさんが私に抱き着いてくる。
そして、耳元で艶めかしく囁く。
「――あたしを、あんた専用の精液便所にして」
「……いいでしょう」
私は彼女を壁に押し付ける。
寝間着の中に片手を突っ込み、リアさんの胸を揉んだ。
程よい柔らかさを堪能しながら、彼女の股間に私のイチモツを擦り付ける。
「――こ、ここでしてくれるの?
黒の焔亭じゃないんだよ――誰に見られちゃうか分からないのに。
陽葵にだって気づかれちゃうかもしれないのに…!」
「おやおや、便器が口答えするのですか?
いいじゃないですか、人が通りかかったら、リアさんの雌犬っぷりを見せつけてあげれば」
「……!!」
私の台詞に、リアさんは言葉を詰まらせた。
一瞬間を置いて、
「――さ、最低…♪」
とても、とても嬉しそうに顔を悦楽に染めながら、そう言った。
私が腰を突き上げると、ぬるぬるになった彼女の膣はあっさりと愚息を迎え入れる。
「あ、あぁぁああああんっ!」
瞳を閉じ、身体をくねらせて、リアさんは嬌声を口にした。
……この一日で、疲労だけでなく性欲も大分溜まっている。
私はそれを、彼女の身体へ思う存分吐き出すのだった。
『黒田は肉便器を一個手に入れた!』
――流石にこのナレーションは如何なものか。
もう少し、リアさんの人権とかそういうものに配慮した方がいいのでは?
……時刻はもう夕暮れ。
肉便器とのプレイを楽しんだ私は、治療院の廊下を歩いている。
ちなみに当の肉便器は、疲れ果てて眠ってしまった。
「うーむっ」
一つ、背伸びをする。
流石の私も今回は疲れた。
昨日から碌に休憩を取っていないし――切り札も色々と切ってしまったし。
そろそろ家に帰ろうと、治療院の廊下を歩いていると、エレナさんの姿が目に入った。
もう動けるようになったのか。
私は彼女と話をしようと、近寄っていく。
「エレナさん、ご加減は如何ですか?」
そう話しかけると、エレナさんは“怜悧に”目を細め、睨むように私を見ながら口を開く。
「――随分と不甲斐ない結果に終わったな、誠一」
「……え」
“薄く笑う”エレナさん。
そんな彼女からは、どことなく圧迫感すら感じた。
……いや、エレナさんではない。
彼女との付き合いも長い。
エレナさんがこんな表情をする人では、こんな雰囲気を纏う人ではないことを、私はよく分かっている。
――では、目の前に居る『この人』は誰だ?
「……貴方は――」
疑問を口に仕掛けてから、気づく。
私は、この人――いや、『この方』を知っている。
見る人を突き刺す、冷たい視線。
周りを圧倒する存在感。
この方は――
まさか、この方は――
「……きょ、キョウヤ、さん?」
「そう、私だ」
私の呟きを、エレナさんは――いや、エレナさんの姿をした『キョウヤさん』はあっさりと肯定した。
私は驚きを隠せず、声を震わせながら訪ねる。
「きょ、キョウヤさん、いつ此方へ……いや、そもそもどうしてエレナさんの身体を…?」
「一度の複数の質問をするな。
それに答えるより先に――」
キョウヤさんは、目をさらに細め、やや怒気も交えながら。
「――誠一、いつからお前は、私のことを『キョウヤ』などと呼べる身分になった?」
「!!」
……私としたことが、失念していた。
この方を『キョウヤ』などと呼んでしまうとは。
「も、申し訳ありません、“ミサキ”さん」
「――まあ、いい。
以後、気を付けろ」
つまらなそうに私を一瞥してから、ミサキさんは先程の質問に答える。
「別にウィンガストに――この世界に転移してきたわけではない。
私自身はまだ東京に居る。
ただ――少々特殊な交信方法を開発してな。
この世界に住む人間の精神に干渉し、私の意識をそいつに反映させる――そんな技術だ」
「――なっ」
軽く言ってくれる。
それがどれだけ途方もない技術であるのか。
私の想像できる範疇を超えている。
「そ、それをエレナさんに使ったと」
「――ああ、そうだ」
淡々と頷くミサキさん。
私は頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみる。
「……何故、エレナさんの身体を。
か、彼女を使って、何をしようと言うのです…?」
ミサキさんは、不敵に笑いながら、
「――この女は一度死にかけた。
それを――助けてやったわけだ。
――その身体を私がどう扱おうと――文句を言われる筋合いはない。
それに――なかなか私好みの女でもある――」
そう言って、ミサキさんは『エレナさんの身体』を、『エレナさんの顔』を、撫で上げた。
その動きで、彼女の胸がたゆんと揺れる。
……今の私に、それを楽しむことはできなかったが。
「ま、待って下さい。
それでは――それでは、エレナさんは――」
「ああ――しばらくは――身体を馴染ませる必要がある。
――私が『出てくる』のは、控えておいた方がいいだろう。
まあ、もっともその後は――私が使わせて貰うことになるが」
ニヤリと、顔を歪ませた。
……今の私の表情を誰かが見れば、さぞかし情けない顔つきをしていることだろう。
「そういうわけだ、さっさと用件を済ませるぞ。
誠一、今回の件、随分と後手後手に回ったな」
「……弁解しようもありません」
表情を厳しくしたミサキさんの詰問に、私はただ頭を下げる。
「判断が甘い、甘すぎる。
ゲートの暴走に巻き込まれた時点で、魔族が関わってきたと何故気付けない。
せめて何者かの策謀を疑って然るべきだろう」
「は、はい……」
「その後の対応も酷い。
『爆縮雷光』や『射式格闘術』などという“玩具”を後生大事に抱えるとはな。
さっさと使えば解決も早かっただろうに」
「……こ、この段階でそれらを使うのは、計画にありませんでしたので」
私の答えが不満だったようで、あからさまに嫌な顔をするミサキさん。
「計画に無いことは何もできんのか、馬鹿が。
知ってはいたが、つくづく臨機応変な行動ができない男だな。
――この騒動、“魔族と手を組む”選択肢もあったんだぞ」
「それでは、陽葵さんの身が――」
「――ふん、あの魔王の息子が余程気に入ったのか?」
「あ、いえ……」
ミサキさんは、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
実際、機嫌を損ねたのだろうが。
「――まあ、いい。
いいか、誠一、これから状況は厳しくなる。
選択を間違うんじゃない。
――私を失望させるな」
「……肝に、命じておきます」
私は、さらに深くお辞儀をする。
ミサキさんは、そんなものに興味は無いと言いたげに、もう一度私を睨み付けてから、
「さて、話は終わりだ。
また用が出来たら“来る”」
そんな言葉を最後に、ミサキ・キョウヤの気配が『消えた』。
後に残ったのは、エレナさんの身体のみ。
「……あれ、クロダ君?」
ミサキさんが去ってそう間も置かず、エレナさんが『目覚める』。
「どしたの、何か変な顔してるよ、キミ?
……ん? ていうか、ボクなんでこんなところに居るんだっけ?」
「……エレナさん」
私は彼女を直視できなかった。
エレナさんがこうなった原因は、全て私にある。
「あ、聞いたよー、あの後魔族倒しちゃったんだって?
いやー、流石はボクが見初めた男だね!
んん、愛人として、鼻が高い高いっ!」
エレナさんはころころと笑う。
先程、ミサキさんが『出ていた』ときと、真逆の表情。
「んふふふふ、それでね、聞いてよ、クロダ君。
超ビッグニュースだよっ!
キミ、ボクの治療に霊薬なんてとんでも無いモノ使ってくれたんでしょ?
ん、なんとね、その効果で――ボクの処女膜、再生しちゃったみたいっ!」
「……エレナさん」
喜々として彼女は語る。
その様子に、私の視界は歪んできた。
「んんー、これも見越してクロダ君は霊薬を使ったのかな?
いやいや、お主も悪よのぅ」
ニヤニヤと、今度は意地悪く笑いながら、私の胸を小突いてくる。
そして今度は、嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑顔を見せて、
「でもまさか、大好きな人にボクの初めてをあげられるなんてねー。
んふふふふ、ボク、自分のことあんまりそういうの気にしない女だと思ってたんだけど。
――なんか、凄く幸せな気分」
「……エレナさん!」
もう、堪えきれなかった。
私は彼女に抱きつく。
「え、え?
どうしたの、クロダ君?」
戸惑う彼女に縋り、
「……すみま、せん。
……すみません!」
私はただ、謝罪する。
自然と、目から涙が零れてきた。
『ボクのこと、愛してるって言ってみて?』
『ほらほら、観念して愛の言葉をプリーズ!』
『ボクも、クロダ君のこと愛してるよ』
あの迷宮での、彼女とのやり取りが胸中に蘇ってくる。
――だが、もう、手遅れだ。
私は、エレナさんを。
こんな自分のことを、愛していると言ってくれた女性を。
――永遠に、失った。
後日談 完
「いや、ちょっと待て」
突然、エレナさんの口調がミサキさんに戻る。
私は涙を拭き拭きと消して、話しかけた。
「あれ、帰ったんじゃなかったんですか、ミサキさん」
「気になることがあってな。
――お前、なんかこう、エレナとのやり取りがおかしくないか?」
「そうですか?
愛人との永遠の別れを宣告されたら、こんなもんなんじゃないかと思うんですけど」
「何が永遠の別れだ!?」
ミサキさんが怒鳴り出した。
その迫力に、身を竦ませてしまう。
「いいか?
ちゃんと私は彼女に承諾を得て、この身体を使わせて貰っている。
あくまで借り受けているだけだ。
――そう説明しただろう?」
「……あれ、そうでしたっけ?」
そう言えばそんなことも言っていた気がする。
ちょっと記憶を振り返り、直前にしたミサキさんの発言を訂正してみよう。
×訂正前
「――この女は一度死にかけた。
それを――助けてやったわけだ。
――その身体を私がどう扱おうと――文句を言われる筋合いはない。
それに――なかなか私好みの女でもある――」
○訂正後
「今から半年ほど前にこの女は一度死にかけた。
それを、この世界への交信を試していた私が偶然見かけ、助けてやったわけだ。
いい機会だからと、その後に交渉してな。
彼女の身体を一時的に私が借りることを了承してもらったんだ。
だから、その身体を私がどう扱おうと、お前から文句を言われる筋合いはない。
それに、身体の賃貸契約を結んでもう長く経っているからな。
彼女の身体でどこまでやれるか、大よそ把握はできている。
面白い性格をしたなかなか私好みの女でもあるし、そう無茶はしないから安心しろ」
×訂正前
「ああ――しばらくは――身体を馴染ませる必要がある。
――私が『出てくる』のは、最小限にした方がいいだろう。
まあ、もっともその後は――私が使わせて貰うことになるが」
○訂正後
「ああ、オリハルコンの矢を受けたからな、心臓も含めて内臓の損傷が激しかった。
霊薬で治したとはいえ、しばらくは急激な再生が起きた身体を馴染ませる必要がある。
要するにリハビリだな。
再生した箇所と元々の身体が拒否反応を起こした例も僅かとはあるので、大事を取るに越したことはない。
負担をかけないよう、私が『出てくる』のは、最小限にした方がいいだろう。
まあ、もっともその後は、緊急時など必要に応じて私が使わせて貰うことになるが」
「……おおっ!
しっかり説明していましたね!」
「おおっ――じゃないっ!」
ミサキさんはお冠だ。
私は笑って誤魔化しながら、
「いやー、日本語って難しいですね(棒)」
「随分と都合のいい耳をしているな、お前!
悪意が籠ってるとしか思えん!
……あと今私達が喋ってるのは日本語ではなくてグラドオクス大陸共通語だぞ」
「こ、細かいところ指摘しないで下さいよ。
だいたい、ミサキさんの台詞が長すぎるのが悪いんです!
私、4行以上の文章は覚えられないんですよね」
「嘘をつけ!
日常生活に支障を来すだろう、それ!」
見破られてしまった。
流石はミサキさんである。
……誰でも分かるか。
「……まったく。
変な予感はしたんだ。
妙によそよそしい態度で接してきたしな、お前」
「“不意に”“予想外な”ところでミサキさんに会ったので、上手く対応できなかったのですよ。
『社畜』って不便な特性ですね」
「自分の特性を都合のいい理由にするんじゃない!」
ミサキさんは怒鳴りつけつつ、言葉を続ける。
「エレナもエレナだ。
なんであいつ、私のことなんて何も知らない、みたいな態度で話し出したんだ?
口裏合わせでもしてたんじゃないだろうな、お前達!」
「ぐ、偶然ですよ、偶然」
強いて言うなら、喋り出す前にエレナさんの口がにまぁっと笑ったことに原因があるのかもしれない。
「私はお前等の悲劇のカップルごっこに協力する気なんぞ一切合切無いからな…!」
「そ、そんなこと考えてもいませんでしたよ?」
本当である。
こんな早くネタ晴らしになってしまって残念――などと、欠片も思っていない。
……と、そこで私はあることに思い至った。
「ん? ミサキさんがエレナさんと会ったのが半年前?
ということは、出会った時点で既にエレナさん、私のことを事情も含めて知っていたんですね」
「ああ、そうだ。
そもそも、よく知りもしない相手をいきなり誘惑し出す女なんているわけないだろう。
しかも<次元迷宮>なんて危険なところで。
論理的・倫理的にありえん」
「え、それじゃシフォンさんやマリーさんもミサキさんと接触を?」
「――え?」
「――え?」
あ、やばい、藪蛇を突いたような気がする。
「おい誠一、いい加減にしろよ。
お前、私の代理なんだぞ?
常習的に変態行為をする勇者代理ってどうなんだ?」
「いや、いやいやいや、ちゃんと分別わきまえてますよ。
ミサキさんが危惧するようなことは断じてやっていませんから!」
私の弁解を聞いて、ミサキさんは目を鋭くした。
「ほう?
……お前、まだ気づいていないのか?」
「な、何をですか?」
その視線に、私は嫌な予感を覚えた。
何だ――何かを私は失念しているような。
「半年前に私とエレナは出会っていた、と言っただろう。
つまり――お前が任務対象を放って、エレナといちゃついていたことも、私は知っている」
「――あ」
……そのことを把握しておられましたか。
背中を、冷たい汗が伝った。
ミサキさんは、凄みの有る笑みを浮かべて私を見つめてきた。
「自分のことを社畜だなんだと言っておきながら――平然と私の命令を破ってくれたな?」
「ち、ちが、違うんですよ、ミサキさん!
あれは近くにリアさんがいたからちょっと安心しちゃってですね!?」
「それが仕事を放棄していい理由になると思うか!」
「いや、根本的な理由はエレナさんとエッチなことしたかったからなんです!」
「なお悪いわ!!」
そこでミサキさん、ふっと無表情になり、
「本当は後日に改めようと思っていたのだがな。
いい機会だ、これから私がお前を本当の社畜に矯正してやる」
そう宣言すると、私の首根っこを掴んでくる。
まずい、目が本気だこの人。
「い、いやだぁあああっ!!?
いえ、この際ミサキさんの下僕になることに反抗はしませんけれども、私の性的趣向まで矯正するつもりでしょう!?」
身を捩って逃げようとするも、がっしり掴まれて身動き取れない。
エレナさんの体だというのに、その力はやたらめったらに強かった。
どうなってるんだ!?
「当たり前だ!
自分の代理が性犯罪者だなんて、いい面汚しだろうが!」
「だ、駄目ですよ!
タイトルに偽り有になってしまう!!」
変態記じゃなくなってしまう!
冒険記とかそんなんになってしまう!!
R18にさよならを言わなきゃいけなくなってしまう!!!
「ええい、喧しい!
訳が分からんことをぶつぶつと!!」
「あーーーーー……」
ずんずんと、私を引き摺りながらミサキさんは歩いていく。
……私はどうなってしまうのだろう?
……次、皆さんにお会いする時、私はちゃんと変態でいるのだろうか?
そんな不安を抱えていると、ミサキさんが足を止めた。
真剣な顔で私を覗き込み、口を開く。
「分かっているんだろうな、誠一。
お遊びの時間はもう終わりだ。
――始めるぞ、“勇者退治”を」
……顔を引き締める。
ミサキさんのその言葉に、私は強く頷いた。
第十三話 完
0
お気に入りに追加
3,406
あなたにおすすめの小説


クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる