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第十三話 ウィンガスト騒乱
④ 2人の協力者
しおりを挟む夜の街を2つの影が走る。
『喫茶店』を抜け出たリアと陽葵だ。
「はぁっ…はぁっ…ぜぇっ…ぜぇっ…はぁっ…」
しかし、影の一つは足元がおぼつかない。
時折、ふらふらと体が揺れる。
「だ、大丈夫か、リア…?」
「な、なんとか……はぁっ…はぁっ…」
――見かねた陽葵が足を止め、リアを気遣う。
バールの<刃網>を突破したリアだったが、その代償は大きかった。
全身にできた傷自体は魔業で治療したものの――体力の消耗は激しい。
正直なところ、立っているのもやっとな状態である。
(――泣き言、言ってられる状況じゃないんだけど)
かといって無いものねだりも難しい。
立ち止まって息を整えながら、リアは今後の方策を考える。
……だが、考えもまとまらないうちに、彼女はある気配に気づいた。
「……隠れてっ」
「――!」
陽葵とともに、路地裏へ逃げ込む。
そして、魔力を振り絞り、気配隠しの<結界>を張った。
……程なくして、近くを2人の魔族が通る。
バールの放った追手だろう。
「…………」
「…………」
息を潜めるリアと陽葵。
結界の中であるため、その行為に大した意味はないのだが――ここで物音を立てられる度胸も余裕も、彼らには無かった。
追手の魔族達は周囲を丹念に見回しながら――おそらく、探知強化系のスキルも使用しているのだろう――通りを歩いている。
リア達が隠れる路地の近くも通り……そのまま、通り過ぎていった。
彼女は大きく息を吐く。
「……行ったみたいね」
魔族の姿が遠くへ消えるのを見届けてから、結界を解く。
一先ずの危機は去ったようだ。
陽葵が、小さな声でリアに尋ねてくる。
「……なぁ、一応聞いとくけど、あいつらを倒したりとかは――」
「――できないから諦めなさい。
あたしが万全の状態なら何人かは相手できるだろうけど……全員なんて無謀もいいとこよ。
……30人は来てるらしいし」
「さ、30って……
ハハハ、序盤のイベントのはずなのにハードルが高すぎる…」
自分を追う魔族の人数を知り、空笑いする陽葵。
……最後に何かよくわからないことをぶつぶつ言っていたが。
「そんだけ、ヒナタが重要だってこと。
……気合い入れてかないと、逃げ切れないよ」
「――おうっ」
リアの言葉に陽葵は力強く頷いた。
彼女もまた、陽葵を安心させるように微笑んだ。
(――とは言ったものの、辛いなぁ……)
顔には出さないように、彼女は心の中で弱音を吐く。
状況はどう贔屓目に見ても芳しくない。
追手達から身を隠すため、既に数回<結界>張っている。
<刃網>によりただでさえ消耗していた体力は、その度に消費されていった。
この調子では、ジェラルドのもとへ辿り着く前に力尽きてしまう。
……それより先に、バールの配下に捕えられるだろうが。
(――なんとかして回復しないと)
それで事態が打開できるわけでもないが、このままでは逃げ回ることすらままならない。
ポーションでもなんでも、回復アイテムを使うのが一番手っ取り早いのだが……
(この辺りで、そういうのがありそうな場所かぁ)
実は、心当たりがある。
“あそこ”は確か、安物とはいえポーションを大量に備蓄していたはずだ。
ただ、その場所へ陽葵と行くのは、リアの中で若干以上の躊躇があった。
しかし――
(――贅沢言える立場じゃない、よね)
心の中の不安は拭えないが、彼女はそこへ――『黒の焔亭』へと歩を進めるのだった。
……残念なことに、黒の焔亭はまだ営業中だった。
(誰もいなければ、適当に侵入しちゃえたのに)
犯罪ではあるが、この場合背に腹は変えられない――と思っていたのだが。
人が残っている以上、その手は使えない。
これ以上厄介事を増やすのは余りに無謀だ。
そんなわけで、リアは正面から黒の焔亭へ入ることにした。
「ここで休憩するのか?
想像してたよりこじんまりしたお店だなぁ。
確か、リアが働いてるお店だったよね?」
お店の外観を見て、陽葵が感想を言う。
「……まあね」
対してリアは歯切れの悪い返事。
自分の働く店をこじんまりとか言われたことに腹が立ったわけではなく、単純にこれから会う人物に対しての危惧が心を占めているからだ。
正直、ゲルマンに陽葵を見せるのはかなり心配である。
奴の魔の手が陽葵にも伸びかねない。
ましてや、もしセドリックまで居ようものなら……最悪ともいえる。
(……でも、もしクロダが居てくれたら)
『彼が今どうなっているのか』、を大雑把にではあるがリアは知らされていた。
だから、黒田がここにいるはずはないと理解している。
理解しているが――それでもなお期待してしまうのだ。
この扉の先で、いつものように彼が食事をしていてくれれば――と。
……しかして、彼女の望みは叶えられなかった。
(――仕方ないか。
うん、仕方ない)
予想通り、黒田の姿はここに無い。
店内にはホールの片付けをしている馴染みのウェイトレスの姿だけ。
店長は料理場の掃除でもしているのだろう。
僅かな落胆を覚えながら、リアと、少し遅れて陽葵は黒の焔亭へと足を踏み入れる。
「あ、あの、こんばん――」
リアが挨拶をするよりも早く。
ウェイトレスが彼女の姿を見て悲鳴を上げた。
「て、店長ーー!!
魔族、魔族が!!?」
(あ、やっば、やっちゃった!!)
ここに来て、リアは自分がまだ魔族の姿のままであったことに気付く。
ウィンガストは魔族を取り締まる法こそ無いものの、別に魔族を快く受け入れているわけでもない。
だからこそ、いつもは波風立たぬように人の姿をとっていたのだが……逃げることに注力しすぎて、そのことを忘れてしまっていた。
「ち、違うのシエラ、あたしはね――」
「ひ、ひぃいっ!?」
シエラ――黒髪のボブカットがよく似合う同僚の名前を呼んでみるも、かえって彼女を怯えさせる結果となる。
(――ま、まずい、あんまり騒がれると!)
バールの部下達に気付かれてしまうかもしれない。
力づくで黙らせるか――とリアが考えた矢先、厨房からどたどたと足音が聞こえてきた。
「どうしたぁ!
何があったぁ!?」
筋肉隆々の大男――ゲルマン店長の登場である。
シエラの悲鳴を聞いたためか、手には一振りの長剣が握られていた。
(あああああ、事態がどんどん悪化してるー!?)
ちなみに陽葵は、ウェイトレスの反応に面食らったのか、或いは状況が理解できていないのか、横で不思議そうにきょろきょろ視線を泳がしていた。。
まあ、今彼にしゃしゃり出られても状況がさらに混乱しそうなので、放っておくことにする。
「店長!
あの人、あの人です!!」
「おおっ!
てめぇ、うちの従業員に手ぇ出すとはいい度胸じゃねぇか――」
(いや別に手なんか出してないんだけど!?)
ウェイトレスはびしっとリアを指さし、店長は今にも彼女に斬りかからんばかりだった。
(こうなったらもうこの二人をまとめてぶっ飛ばすしか――!)
リアが危険な覚悟を決める。
……しかし、店長はリアの顔をじっと眺めるばかりで、一向に動こうとしなかった。
そのまま、ぽつりと呟く。
「……お前、ひょっとして、リアか?」
「――え?」
まさかの正体バレに、リアの方が拍子抜けしてしまった。
「わ、分かるの、あんた」
「分からいでか。
うちで働く奴の顔を見間違えるほど、俺ぁ耄碌しちゃいねぇっつーの」
店長がにやりと笑う。
「……まあ、魔族になっても顔とかそんな変わんないし、ぶっちゃけ仮装レベルではあるよな」
ぼそっと陽葵がつっこみを入れてくるが、取り扱ってやらない。
……あくまで人間の格好になるのが主目的であって、変装するためにやってるわけではないのだ。
だいたい、こんな変化でもまるで正体に気付かない奴もいたわけだし。
「んで、どうしたってんだリア。
こんな夜遅くに、そんななりで、しかも男まで連れてよ?
駆け落ちか?」
「そんなわけないでしょ!」
と、怒鳴ってから、ふと気づく。
「……あれ?
店長、ヒナタのこと、今、男って?」
「ん? 男じゃねぇのか、こいつ?」
「いや、男なんだけどさ。
見ただけで、どうして…?」
「どうしても何も、すぐ性別ぐらいすぐ分かるだろ」
なに言ってるんだこいつ、という目でリアを見るゲルマン。
彼は、本気で一目見て陽葵の性別が分かったらしい。
(……へ、変な特技持ってるなぁ、こいつ)
何の役に立つのか見当もつかないし、本人も自覚がないようだが。
「――ん? ちょっと待て。
ヒナタ……ヒナタ?
お前、クロダが教育係になったっつう、あのヒナタか!」
店長が陽葵に詰め寄る。
その勢いにたじろいでしまう陽葵。
「お、おう、たぶんその陽葵だけど。
なに、おっさん、オレのこと知ってんの?」
「クロダの奴からいろいろ聞いてるぜぇ?
なかなか苦労してるみてぇだな!
<勇者>になっちまったりとか!」
「うっ!?」
痛いところを突かれたらしく、陽葵はうめき声を出す。
その様子を見て店長は豪快に笑い――そして表情を引き締めた。
「……さて、冗談はこのくらいにして、だ」
真剣な顔をリアに向けるゲルマン店長。
いつもはまず見せることのない表情だった。
「リア、そろそろ本題に入んな。
俺に何か頼み事があって来たんだろう?」
「……!
あんた、こっちの事情を…?」
突然切り出された話題に、心臓が跳ねる。
だが店長は肩を竦め、
「まさか。
俺は何も知らねぇ。
ただまあ、そいつがどの程度切羽詰まってんのかは見りゃあ分かるさ。
そん位の修羅場はくぐってきたからな」
どこか遠いところを見るような眼で語る。
――そういえば、店長は元々傭兵をしていたことをリアは思い出した。
「……追われてんだな?」
「――うん」
ずばり、こちらの状況を言い当ててくるゲルマン。
どう答えたものか少し悩んだものの、リアは正直に頷いた。
「誰に?」
「それは……ごめん、言えない」
流石にそのことを口にすると、ゲルマンにも――下手すれば黒の焔亭の関係者にも危害が及びかねない。
リアにそれを許容することはできなかった。
店長は気にせず話を続ける。
「そうか。
いや、別に無理して説明する必要はねぇさ。
……で、どうにかできる算段はついてんのか?」
「……ギルド長に匿ってもらおうと思ってる」
「……ツテはあるんだろうな?」
「うん」
細かいことは聞いてこず、ただ端的に質問をしてくれる店長。
正直、ありがたかった。
「それなら大丈夫か。
で、俺は何をすりゃいい?」
「い、いいの?
事情、全然説明してないのに」
余りにスムーズに話が進むので、逆に心配になってしまう。
リアの心境をくみ取ったのか、窘めるような口調で店長が話す。
「馬鹿野郎。
お前、今はそんなこと言ってられる状況じゃねぇんだろ?
自分じゃわからねぇかもしれないがな、大分余裕ねぇ顔してるぜ。
……せっかく人が親切にしてやろうってんだ、素直に受け取りな。
“困ったときはお互い様”ってな」
いつか、誰かから贈られたのと同じ台詞で締める店長。
それを聞いて、リアの心からもやもやが晴れていく。
(……ああ、そっか。
だからあたし、ヒナタを見捨てられなかったんだ)
『困ったときはお互い様です』
『それなら今度貴女が困った人を見かけた時、助けてあげて下さい』
“彼”の言葉は、自分で思っていた以上に彼女の心へ刻まれていたようだ。
リアはそんな自分の有り様に苦笑しながら、店長へと答えた。
「……この店のポーションが欲しいの。
できれば、ありったけ」
「そうか、分かった」
ゲルマン店長からの返事は、たった一言。
ただ、彼女の頼みを了承するだけだった。
「シエラ、倉庫にあるやつ、取ってきちゃあくれねぇか」
隣にいるウェイトレスに指示する店長だった――が。
「……できません」
彼女は、困ったように眉をひそめた。
その言葉に店長も怪訝な顔をする。
「あ?
どういうことだ?
まさかお前、リアのことを信用できねぇってんじゃ……」
「いえ、そうではなくてですね。
ポーションは今、在庫を切らしているんです。
この前、店長がリアさんにのされたときに前部使っちゃったじゃないですか」
「……あー」
頭に手をやり、呆然と声を出す店長。
リアへと振り返り、頭を下げてきた。
「……すまん」
「いや、こっちも、なんかごめん」
こんなところで普段の行いのしっぺ返し(?)がくるとは――
いや、やったことに一切の後悔はないが。
「でもどうすんだ、リア。
他にアイテムが補給できそうなとこ、あるかな?」
陽葵の言う通り、何とかしてリアを回復させなければ、ニッチもサッチも行かなくなる。
何か手はないかとリアが悩みだしたところで――
「一応、私が携帯している分なら渡せるよ?」
――救いの手が差し伸べられた。
「セドリック!?
なんだ、まだ帰ってなかったのか、おめぇ」
「いや、ちょっとトイレにね?
……話は聞こえていたんだが、出るに出れなくてねぇ」
そこには壮年の男――セドリックが立っていた。
今まで姿を見せていなかったが、彼もまた店内にいたらしい。
「……そういえば、ジェーンの姿も見かけねぇな?」
「んん?
疲れて休憩してるんじゃないかね、はっはっは」
店長の言葉へ、実にわざとらしい笑みを受けべるセドリック。
(……こ、こいつ)
どうやらこの男、他のウェイトレスとよろしくやってる最中だったようだ。。
……こんな奴を頼って大丈夫なのかとかなり不安を感じるのだが。
「……ま、まあいいや。
ポーション、出してよ」
四の五の言ってる場合ではないことは再三確認しているため、セドリックの言葉に甘えることにした。
リアの台詞を聞いて、セドリックは懐からポーションを取り出す。
それは――
「――ってあんた、これ!」
「いやほら、体力が回復するのは間違いないから!」
いつぞや、セドリックが自分の精力を回復するのに使っていたポーションだった。
(こ、これを飲めと……)
リアにとって嫌な思い出しかないアイテムなのだが……まあ逆に言えば、効果は折り紙付きということでもあるか。
どうにか思考をポジティブに持ち直し、渡されたポーションを一気に飲み干す。
「どうかね?
流石に一本では完全な治癒にならんかもしれないが」
「……うん。
多少はマシになったかな。
全快には程遠いけど」
そもそも、今のリアを万全にするためには、かなり効果の高い代物でない限り、大量のポーションが必要となる。
単純に、魔族であるリアの体力が、普通の人間に比べて莫大な量であるからだ。
黒の焔亭に本来保管してあるポーションの在庫をすべて使い切って、ようやく全回復するかどうか、といったところ。
ただ、セドリックのポーションはかなり質の良いものだったようで、店売りしている安いポーションよりかは余程体力が戻った。
「……走りまわるだけならなんとかなる、かも」
「それは良かった」
ほっと胸を撫で下ろすセドリック。
彼は彼で、一応リアのことを心配してくれているらしい。
奴にも色々と思うところはあるが、今は感謝をすべきだろう。
「セドリック、ありが――」
「ところで君がヒナタ君かい?
いや、クロダ君から話は伺っていたがすごい美少年だね。
どうかね、今度私のところでちょっとしたアルバイトを――ぐはぁっ!?」
リアのお礼そっちのけで、陽葵へと顔をぐいぐい近づけるセドリックを、とりあえず鉄拳制裁しておいた。
「な、なんなんだ、このおっさん?」
「基本的に悪いおっさんだからあんまし近づかねぇ方がいいぜぇ、ヒナタ。
……たくっ、男に粉かけようとか本気で何考えてんだか」
突如セドリックに距離を詰められて驚く陽葵と、そんな彼を庇うようにして立つ店長。
ゲルマン店長の言うことは全くの正論なのだが、彼に言われるとそれはそれで複雑である。
「あー、ところでよぉ、リア。
お前を追ってる連中ってのは――」
何の気なしに喋りかけてくる店長。
「――あちらさんかい?」
「!!」
言葉と同時に、リアは入り口へ振り返った。
(……見つけられちゃったか)
ギリッと奥歯を噛みしめるリア。
――扉の前には、一人の魔族がいた。
「気配は消していたつもりだったのだがな。
気付かれたか」
魔族が答える。
「ひっ!?」
これはシエラの悲鳴。
一般人が魔族を立て続けに目にすれば、怯えもする。
横を見れば、陽葵もまた緊張に体が固まってしまっていた。
「悪いなぁ、お客さん。
もう店じまいなんだ。
また明日来ちゃくれねぇか?」
そんな中、一切物おじせずに魔族達に話しかける店長。
言葉とは裏腹に、表情は厳しいものへと変わっていたが。
「この店に用はない。
用があるのは、そこの2人だけだ」
「おお、そうかい。
だがよ、こいつらはうちの従業員でなぁ。
これから店の片付けをしなくちゃなんねぇんだ。
しばらく表で待っててくんな」
「――人間の男」
ギラリとした眼差しで魔族が店長を睨み付ける。
「あまり減らず口を叩くな。
我々も無用な殺しはするなと命じられている。
助かる命を溝に捨てたくはあるまい」
「はっ、おっかないねぇ。
それで俺が怖気づくとでも思ってんのかよ?」
かなりの殺気が叩きつけられているにも関わらず、店長は飄々と言葉を返した。
……この男はこの男で、ただものではない。
魔族とゲルマンが睨み合いを続けていると、店の扉が開く。
「おいおい!
いつまで人間なんぞと話し合いしてんだぁ!?」
――そう怒鳴りながら入ってきたのは、やはり魔族。
人目がつかぬよう、表を見張っていたのだろう。
「……ちっ。
もう一匹いやがったか」
店長の顔がさらに険しくなる。
流石に彼も、二人の魔族を向こうに回してやり合える自信は無いようだ。
リア達の間に流れる緊張感がどんどん張りつめていく。
「殺しちまえばいいだろう、こんな連中なんぞ」
「待て。命令を忘れるな」
後から来た魔族がいきり立つが、最初に来ていた魔族がそれを静止する。
「……お前達に勝ち目がないことは分かるな?
抵抗するのであれば容赦せん。
だが、先に言った通り、無暗に殺すなとのお達しも我々は受けている。
故に、リア・ヴィーナとムロサカ・ヒナタを――」
「渡せば見逃してやるってかい?
無茶な注文だぜ」
魔族の提案を無碍に断ろうとするゲルマン。
しかし、魔族はそんな彼へ首を横に振ると――
「――いや、二人が店の外に出るのを邪魔しなければいい」
「……あ?」
「お前達は何もしないだけでいいと言っているのだ。
リア・ヴィーナとムロサカ・ヒナタはすぐに外へ出るのだろう?
……彼らの目的地はここで無いのだからな。
そして彼らがこの店を出た後のことを、お前達は何も感知しない」
――つまり。
魔族は店長達に手を出さない。
逆に店長達も魔族への妨害を行わない。
リア達を拘束するのは、彼らが店を出てから。
と、いうことだ。
下手な小細工をせずとも、正面からリア達を叩き伏せられる自信の表れか。
(……でも、あたし達にとっても悪い条件じゃない)
相手は二人だけ。
追手仲間を呼んでいるかどうかは分からないが、すぐに来る気配はない。
つまり、この魔族をどうにか撒いてしまえばいいわけで。
(こいつらを倒す――のは無理よね、いくらなんでも)
パッと見ただけでも、特に最初に来た魔族の方は腕利きだと分かる。
ポーションで持ち直したとはいえ、依然消耗した状態のリアでは手に余るだろう。
だが、焦点を逃げられるかどうかだけに絞れば、決して不可能ではないはず。
「……店長。
あたし達なら、大丈夫だから」
そう考えをまとめ、魔族の提案を飲むよう、ゲルマン店長へ伝える。
「………わりぃな、リア」
「いいの。
気にしないで」
不承不承、頷く店長。
あとは、リアがどこまで踏ん張れるか、だ。
……と、考えたところで。
「おりゃあああっ!!!!」
突然、店長が一方の魔族に長剣で斬りかかる。
「ぐあっ!?」
魔族も咄嗟に剣を構えて受け止めた――が。
店長は力任せに剣を振り抜き、魔族を吹き飛ばした。
返す刀で、もう片方の魔族にも剣を振り下ろす。
……こちらは避けられてしまった。
「ちょ、ちょっと、あんた!?」
「できれば目的地までエスコートしてやりてぇところだったんだがな!!
そいつはちと無理そうだぜぇ!!」
いきなりのことに慌てるリア。
店長は魔族達をけん制しながら、声を張り上げる。
「セドリック!!」
「分かっているとも!
――リアちゃん、ヒナタ君、こっちだ!」
ゲルマンの言葉にセドリックは素早く反応した。
二人の手を引いて、店の裏口へと走る。
「て、店長――!」
「おっさん!?」
「俺のこたぁ気にすんな!
きっちり足止めしといてやらぁ!!」
リアと陽葵の叫びに、店長は一瞬だけこちらを振り向いて、力強く笑う。
「ど、どうせ戦うっていうなら、あたしも――!」
「ダメだ、リアちゃん!」
反転し、店長の下へ行こうとするリアを、セドリックが押し留める。
「ゲルマン君は歴戦の戦士!
勝てない戦いなんて挑みはしない!
彼を信じるんだ!!」
「で、でも――」
「彼は君達を逃がそうと身体を張ったんだぞ!
今は走りなさい!!」
見たことが無いほどに懸命なセドリックの台詞に、リアの心は動かされた。
(……ごめん、店長!)
心の中で、ゲルマン店長に深く頭を下げながら。
ホールから聞こえる激しい剣戟を背に、リア達は黒の焔亭を後にした。
第十三話⑤へ続く
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