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第十三話 ウィンガスト騒乱
③ 鬼ごっこの始まり
しおりを挟む「ジェラルドさん!」
「ギルド長?」
リアと陽葵の声が重なる。
そこには冒険者ギルドのギルド長、ジェラルド・ヘノヴェスが立っていた。
「ジェラルド……困りますヨ、こんな重要なことを部下に話していないトハ」
「いや、すまなんだ、バール殿」
ジェラルドの姿を認めて、肩を竦めるバールと、彼へと頭を下げるジェラルド。
「えー、ギルド長も魔族だったのか?」
「ええ、その通りですじゃ。
いや、魔王様の御子息と知りながら、今までの非礼――お詫びいたします」
ジェラルドは、陽葵の方に向けても深々とお辞儀する。
「……ひょっとして、別にウィンガストからでなくってもオレって安全なんじゃ?」
ギルドの長などという要職に魔族が入り込んでいる以上、ウィンガストも十分魔族の勢力下なのではないか……と陽葵は考えたのだろう。
残念ながら、すぐにバールが否定してくる。
「そんなことはありまセンヨ?
ギルド長の権限ではこの街の官憲にまで及びませんシ、冒険者を自由に動かせるわけでもないですカラ」
「世知辛い管理職といったところですのぅ」
陽葵の抱いた素朴な疑問を否定するバールとジェラルド。
ジェラルドの方は、ため息もついている。
どうやらギルド長の立場とはそういうものらしい。
「もっと魔族を送り込もうにも、人間に変化できる魔族は数少ないデスカラネ」
さらにバールが補足してきた。
「そ、そんなことよりジェラルドさん!
今の話、本当に本当なの!?」
「うむ、連絡をしておらず、すまなかったのぅ、リア」
「ほ、本当の本当の本当に!?」
「疑り深いの、お主。
本当に本当に本当なんじゃって。
……いや、儂もクロダ程の変態が勇者と通じているなどという話、何度も疑問を持ったが」
「……何者なんデスカ、黒田誠一とは……」
リアとジェラルドのやり取りで、バールの疑問はさらに深まったらしい。
(……ジェラルドさんが言うなら間違いないか)
ジェラルドの言質によって、リアはようやく話を信じることにした。
彼は、リアの直属の上司にあたる。
彼女が子供の頃から付き合いがあり、正直なところバールよりもずっと信頼できる人物だ。
立場上はバールの方が上なので、表立っては言えないが。
「で、でも、クロダがそうだっとしても、そんなに警戒する必要もないんじゃない?
あいつ、前にあたしを――」
「――魔族であるアナタを助けてくれたのでショウ?
ええ、その話はワタシも聞き及んでいマス。
だからこそ、今まで泳がせていたのデスガ……」
「つい先日な、クロダとエゼルミアが接触したという報告を受けたんじゃ」
「エゼルミアと!?」
バンっとリアはテーブルをたたく。
エゼルミアの名を聞けば、心境穏やかでいられない。
「……何者なんだ?
その、エゼルミアって人」
突然のリアの激高に驚きながらも、陽葵が質問する。
まず口を開いたのはジェラルドだった。
「……うむ。
一口に勇者といっても、魔族に対するスタンスは各々異なっておってな。
もしクロダが、魔族にも穏健に対応しておるガルムあたりの使いであれば、手を組めるかとも思っとったんじゃが――」
「エゼルミアは筋金入りの魔族殲滅主義者。
魔族であれば、たとえ無害な者であっても殺す、危険人物デス」
「あたしも、友達を何人も殺されてる。
……人間と関わってすらいない子も居たのに」
3人が次々と話を繰り出す。
陽葵はうーんと唸ってから、
「でも、黒田がそういう人と知り合いだってのはあんまりイメージ湧かないなぁ。
そんな酷い奴じゃないと思うぜ? ……変態だけど」
「接触をしたというだけでエゼルミアの部下だと決めつけるのは短絡だとは儂も思うんじゃがのぅ」
「しかし、無視するには余りにもエゼルミアの名は危険すぎマス」
黒田を弁護しようとするが、反応は芳しくない。
それほど、エゼルミアは危険視されているのだ。
「リアはどう思う?
本当に黒田はそのエゼルミアって勇者の命令で動いてたのかな?」
「……正直、あたしも半信半疑――というより、一割も信じられないけどね。
でも、警戒を払うのはその一割でも十分な相手だと思う、エゼルミアは」
リアとしても、黒田がそうだとはまず思えない。
思えないが、万に一つの可能性も考慮せねばならないのだ。
「純粋な戦闘力で考えても、エゼルミアはキョウヤに次ぐと目されていマス。
つまりは五勇者のナンバー2ですネ」
「冒険者が使用する全てのスキルを習得しているらしいからのぉ。
滅茶苦茶な人物じゃの、改めて考えると」
遠い目をして訥々と語る、ジェラルドとバール。
彼らは、五勇者と直接戦ったこともあるはず。
思うところがいろいろとあるのだろう。
「ぜ、全部のスキルってマジか。
……ていうか、そんな奴よりも強いキョウヤって何者なんだよ」
「化け物じゃ」
陽葵の疑問にジェラルドが即答した。
「ワタシは実在すら疑っていますケドネ。
誰も彼の顔を見たことがないのでショウ?」
「あれ、そうなの?」
きょとんとした顔で、陽葵。
「うむ、戦場では顔まで覆う赫い甲冑を身に着けておってな。
魔族の内で、奴の素顔を拝めた者はおらんのじゃよ」
「なので、入れ代わり立ち代わりで誰かが演じていたんじゃないかと思うんデスヨ。
絶対的な強者を演出するために、盛った話を喧伝したとかネ」
「いやいや、バール殿。
貴方は一度もキョウヤと会っていないからそう言えるんじゃよ
……まあ、その可能性もあることを否定はしませんが」
「ワタシからすれば、魔王様とすらたった独りで戦えてしまう人間の存在の方が信じられませんヨ。
地球への滞在は長かったですガ、そんな素質を持つ人間、一度も見たことありませんデシタシ」
バールとジェラルドは、そのままキョウヤが実在するかどうかを議論しだしてしまう。
(――ああ、そっか。
バールはトーキョーに行ってたから、五勇者全員と戦ったことは無いんだ)
二人の会話を聞きつつ、リアは割とどうでもいいことを得心した。
さておき、陽葵を放って議論を展開する彼らに、水を差すことにする。
「あのさ、二人とも。
結局のところ、これからどうするの?」
「お、おおっと、スイマセン、ワタシとしたことが。
そういうわけですので、陽葵クンには急いでこの街から脱出して欲しいのデス。
黒田誠一は置いておくにしても、ウィンガストにエゼルミアが姿を現したのは事実ですからネ」
「儂からもお願いしたく。
黒田の背後関係はこれから洗い出すつもりじゃからの。
何か判明したら、すぐにご報告しましょう」
二人の魔族は、慌てて話を戻した。
陽葵は腕を組んで悩みだす。
「……リアはどうするんだ?
このまま、ウィンガストに残るの?」
「あたしはヒナタについていくよ。
あんたがどうしてもウィンガストに残りたいっていうなら残るし、この街を出るっていうならあたしも出るから」
「……そっか」
それで、決心ついたようだ。
「分かった、オレ、先生達のとこに行くよ」
陽葵は、そう宣言した。
時が経過して、夜。
話し合いが終わったところで、すでに夕暮れ時だったため、今日はリアの家ではなくこの喫茶店(偽装)で宿泊することとなった。
ジェラルドは、ギルド長の仕事があるとのことで、その日は帰ったが。
(――さて、と)
無事に事が運び、リアは肩の荷が下りた気分――には、まだ遠かった。
むしろ、彼女の仕事はこれからと言える。
(ウィンガストから離れるとジェラルドさんを頼れないし。
早めに確認できるといいんだけど)
自分の姿を隠す魔業――魔族におけるスキルである――を使用しながら、喫茶店の中を独り散策するリア。
なお、やはり衝撃的は話を聞かされ気疲れしていたのか、陽葵は既に就寝している。
彼女に与えられた任務は、陽葵の保護以外にもう一つある。
……バールの真意を確認すること、だ。
(……昼間語ったことが、あの人の本心であればいいんだけど)
そう考えながら、リアはジェラルドが別れ際に語った内容を思い出す。
『良いか、リア。
バール殿の行動から目を離すな。
あの男は元々、人との戦争に積極的な御仁じゃったからの』
魔族は現在、大きく分けて2つの勢力に分けられている。
もう人との戦いを止めようと考えている停戦派と、戦いを続けようと画策している継戦派だ。
無論、リアもジェラルドも停戦派に属する。
バールは停戦派としての立場を表明しているものの、昔の彼を考えると不自然な態度だという。
『トーキョーで長く暮らしたせいで気が変わった……と言っておったが、どうもきな臭いのじゃ。
今日、バール殿が連れてきた部下を見てものぅ』
ジェラルドの言うところによると、バールは30人近くの魔族を引き連れてきたらしい。
この建物の中にも、実は10人を超える魔族が待機していたとのこと。
魔王がいない今、それだけの魔族を統率できること、ウィンガストへそんな大人数の魔族が入れるよう手引きしたことは、素直に素晴らしい手腕だと思う。
ただ、その部下達が揃いも揃って過去に問題行動――他の種族に対する戦闘行動――を起こしてきた奴らばかりだそうだ。
精鋭を揃えたかったから、とバールは言っていたが、胡散臭さは拭えない。
『儂個人の考えとしては、ヒナタ様には人と魔族とのイザコザなどとは関係ない、平穏に暮らしをして欲しいと思っとる。
まあ、勇者のことを考えれば難しいことであるじゃろうがの。
ただ、せめて彼の考えは最大限尊重したい。
もしバール殿がヒナタ様の意見を蔑ろにするようなことがあれば――』
(――連れ出して、ジェラルドさんの元に届ける、と)
最も危惧されるのは、陽葵を利用して魔族を統率し、人との戦争を再度立ち上げることだ。
そんなことが起きないよう、バールには常に注意を払わねばならない。
(そんなわけで、あたしは早速調査をしているわけね)
調査と言っても情報源に何か宛てがあるわけでもない。
なので、一先ず隠れながら他の魔族達の会話を盗聴することにした。
(こそこそ動くのは性に合わないんだけどなぁ)
とはいえ、真正面から聞いたところではぐらかされるのがオチだろう。
まずは地道に足で情報を稼ぐしかないのだ。
(……それにしても、結構広いのね、ここ)
外見はただのボロい喫茶店だったというのに、思いのほか大きい建物だった模様。
時折魔族を見つけても、雑談ばかりで大した話はしていなかった。
(……まあ、いきなり“当たり”を引けるわけないか)
情報集めには忍耐が必要なのだ。
――リアにその適性があるかどうかは別として。
(クロダは得意かもね、こういうの)
なんとなく、あの青年のことを想ってみる。
もう、二度と会えないかもしれない、彼女の想い人。
(本当にあいつが勇者に関わりがある人間だとしたら、また会うかもしれないけど)
そうなった場合、今と同じ関係で付き合うことはできないだろう。
……考えて、少し気分が落ち込んでしまう。
(ええいっ! 我ながら女々しいってば!
過ぎたこと考えても仕方ないでしょ!)
逆に考えれば、もしバールの叛意が露見し、陽葵がジェラルドの保護下へ入ることになれば、もう少し今のままでいられる可能性もある。
――少しだけ、やる気が漲ってきた。
しばし進むと、また話声が聞こえる。
(……これって、バールの声?)
慎重に、声が聞こえた方へと忍び寄る。
(――この壁の向こうにある部屋、みたいね)
覗き込むのに適した窓は無いか周囲を確認するが、その部屋にはドアが一つあるだけのようだ。
仕方なく、魔業と聴覚を強化することで、壁越しに盗み聞きすることにする。
なるべく見つかりにくそうな廊下の角に移動しつつ、部屋の中へ神経を集中した。
「納得いきません、バール様」
まず聞こえたのは、そんな声だった。
バールのものではない。
口調からして、彼の部下の一人だろう。
「陽葵クンのことについてデスカ?」
「ええ。
あの魔王の息子には、大した力も見受けられません。
性格も、どうにも覇気がありませんし。
――まあ、外見は完璧ですが」
どうやら部下の魔族は、陽葵が気にくわないらしい。
魔族は基本的に能力主義。
強い者が偉く、弱いものは見下される。
まだ力の弱い陽葵に従えと言われても、反発する者がでるのも道理だろう。
――何やら変な一言が最後についていたが。
「ふむ。
これから彼が我々を纏め上げることができるか、心配ということデスネ」
「それもですし、あんな奴を王として仰がなければならないのかという不満もあります。
そう思う魔族は多いことでしょう。
――いや、魔王様に瓜二つな外見はもう本当に完璧なんですけど」
やはり最後に変な一言を付け加えながら、部下は話を続ける。
「……では聞きまショウ。
パーフェクトな容姿を持つものの、能力が足りていない者と、能力は十全に備える醜男と。
アナタはどちらの仕えたいでデスカ?」
「考えるまでもありません、ヒナタ様です。
もうあのお姿だけでご飯10杯はいけます」
(考えるまでもないのかい!)
リアは内心で思い切りつっこむ。
「ならば特に問題はナイ、そうではありまセンカ?」
「確かに自分はヒナタ様のあの姿を毎日見れるだけで幸せになれます。
しかし、そう考える魔族ばかりではないでしょう、ということです。
――そもそもヒナタ様がどれほど美しかろうと、自分とナニかあるわけでもないですし」
「フゥム。
陽葵クンは男の子ですヨ?」
「そこは別に関係ないでしょう」
(関係ないの!?)
何の迷いもなく断言した言葉に、リアは驚愕した。
部下魔族、実に節操のない輩のようだ。
「では、こういうのはどうでス?」
「……こ、これは!?」
「地球の技術で、『写真』と呼ばれるものデス」
「お、おお、まるで生きているかのようなヒナタ様の姿が!!」
「陽葵クンとの生活で、撮りためていたものデス。
彼に従う者には皆、これが配られるとしタラ?」
(……東京で何やってきたのよ、あの人)
バール、思った以上にダメな奴なのかもしれない。
「うぉおおおっ!!
い、いやしかしこれだけでもまだ――!!」
「フッフッフ。
貢献が多かった者にはこちらの写真も贈呈しまスヨ?」
「それは――!!
ヒナタ様の、あられもない姿が――!!?」
(―――こ、声でかーっ!?
耳がーー!!?)
部下の絶叫に、リアの耳にキーンとした痛みが走った。
魔業で聴覚を強化していたのが裏目に出る。
いやまさかこんな会話をしだすとは思いもしなかったわけで。
「おっと、こちらはまだアナタにあげることはできまセン。
言ったでショウ、貢献した者だけの特典だと」
「精神誠意お仕えいたします!!」
部下が感極まった声でそう宣誓した。
……いったい、どんな写真を見せられたのか。
それはともかく。
(……バールは、本心からヒナタを大切に思ってるってことかしら?
いや、これはこれで危ない気もするけど)
主に陽葵の貞操的な意味合いにおいて。
しかし、貞操の危機を考慮しないことにすれば、陽葵の身柄をバールに任せるのはそう悪い選択ではないのかもしれない。
――そう思った矢先だった。
「まあ、そもそもアナタの心配自体が杞憂となるデショウ。
陽葵クンが魔王様の後継者として目覚めれば、ネ」
「……ヒナタ様に仕掛けられた封印の件ですか」
彼らが話を続ける。
(――むむ)
いきなり革新に近い話題へと移行したため、リアは心を引き締めなおす。
「しかし、魔王様の力を抑え込むほどの封印。
いったいどういった代物なのですか?」
「ええ、陽葵クンに仕掛けられた封印とはネ――陽葵クン自身なのですヨ」
「――は?」
(……どういうこと?)
部下とリアが同時に疑問符を浮かべる。
幸いなことに、バールは説明を続けた。
「魔王様の後継者としての力を抑制している仕掛けとは、陽葵クンの人格そのものだということデス」
「な、なんですと!
ということは、ヒナタ様の封印を解くには――」
「ええ、陽葵クンの人格を消去する必要がありマス」
(――え?)
唐突な話の展開に、理解が一瞬遅れた。
「そ、それは確かなことなのでしょうか?」
「ええ――魔王様から直接賜ったお話デス。
間違いはありまセン。
彼が消えることで、魔王様の息子に相応しい力と気風を備えた人格が目覚める――そういうことデス」
「……よろしいのですか?」
「仕方のないことでショウ。
ワタシとしても陽葵クンの人格に愛着が無いわけでもありまセンガ――来る勇者との戦いを考えれば、大事の前の小事といったところデスヨ」
(……こ、こいつ)
結局のところ、バールが欲しいのは魔王の力を継いだ存在である、ということか。
そのためには、陽葵がどうなろうとも問題にはならない、と。
「ところデ――」
突如、バールの声色が変わった。
少しの間を置いてから、
「――そこにいるのは、誰でスカ?」
“部屋の外”に対して、そう呼びかけたのだ。
(―――しまった!!)
リアの存在に気付かれていたのか。
(……ど、どうしよう?
逃げる? それとも――)
まだバールにリアの本心は知られていない。
今なら、彼に同調するフリをすれば見逃されるのではないだろうか。
そうこう考えているうちに、足音がドアに近づいていく。
そしてドアが開かれて――
「……先生」
「――陽葵クン」
(―――ええ!?)
……いつからそこに居たのか。
ドアの前には、リアが気づかぬ内に、陽葵が立っていた。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が降りる。
(――な、なんでヒナタがここに!?)
――幸いなことに、バールや陽葵の位置からリアの居る場所は死角になっていた。
おかげで、彼らには気づかれていない。
「もうお休みになっていると思ったのデスガネ。
……いつから聞いていたのデスカ?」
「オレの封印のこと、先生が話しだしてから、だよ」
「そうでしタカ」
つまり陽葵の容姿をネタに盛り上がっていたところは聞いていなかったことになる。
……そんなことを気にしている場合でも無いが。
「……は、ははは、先生、冗談、だよな?
オレを消すとかそんな……なぁ?」
「……いえ。
冗談ではないのデスヨ、陽葵クン」
笑って――無理やりに笑って、先程聞いた話を流そうとする陽葵。
しかし、バールは何故かそれを否定した。
「陽葵クン、ワタシはアナタになるべく誠実にお仕えしようと考えてきマシタ。
これまでも、そしてこれからもネ。
だから、ここで嘘は言いまセン。
――陽葵クン、アナタは封印を解くための犠牲になって貰いマス」
「――え、あ」
バールの迫力に圧されて、陽葵は二の句を継げなくなる。
「でもネ、安心して下さい。
ワタシは陽葵クンを決して蔑ろになどしまセン。
アナタの人格を消去する準備が整うまで、まだ時間がかかりマス。
それまでの間、アナタに最高の暮らしを保証しまショウ」
「……先生」
呆然と陽葵が呟いた。
気にせず、バールは続ける。
「世にある全ての贅を、快楽を味わって頂きマス。
陽葵クンの望むものをすべて取り揃えてみせまショウ。
あのリアもお気に入りのようでしタネ?
彼女のことも好きになさって構わないのデスヨ。
もちろん、他にも綺麗どころをご用意いたしまショウ」
「……先生!」
堪えきれず、陽葵が叫んだ。
「ふざけんなよ!!
オレは、そんなこと望んじゃいねぇ!!」
「……そうデスカ」
バールは残念そうに肩を竦める。
だがそれは勿論、彼が陽葵を諦めたことを意味するわけではない。
「どちらにせよ、アナタの処遇は変わりまセン。
ワタシとしては最期に少しでも幸せな生活を送って頂きたいのデスガ――拒むというのであれば、それもいいデショウ。
……陽葵クンを拘束しなさい」
最期の台詞は、部下に命じたのだろう。
部屋にいる部下の魔族が、陽葵へと近づく。
……正直に事情を話したのは、陽葵が抵抗しても簡単に捻じ伏せられるという算段もあったのだろう。
「せ、先生!」
「――心変わりしたのであれば、いつでも言って下さいネ」
陽葵の声へ、バールは非情に答えた。
……部下が陽葵の腕を掴む。
リアは――
(――あー、もう!!)
魔族の姿に戻りつつ、その現場に飛び出していった。
そして飛び出す勢いそのままに、部下の魔族を全力で殴り飛ばす。
「り、リア!!?」
「――アナタも聞いていましたカ」
二人の声が重なる。
……幸い、部下は今の一撃で気絶してくれたようだ。
リアは陽葵の体を抱きかかえ、
「――逃げるよ、ヒナタ!」
「リア――助けて、くれるのか?」
「当たり前でしょ!!」
そこから離脱しようとするものの、そうは問屋が卸さなかった。
バールの声が響く。
「逃がしまセンヨ? <刃網>!」
バールの手から魔力で編まれた網が放たれる。
「うわっ!?」
「くっ!!」
“網”は、リアと陽葵の身体に絡みつく。
その場に拘束される二人。
「……動かない方がいいデスヨ?
動けば体がズタズタされますカラネ」
バールからの警告。
彼の言う通り、<刃網>の魔業で作られた網は、凄まじい切れ味を誇る。
鋼鉄の鎧すらもやすやすと切断する程だ。
下手に動こうとすれば――いや、身じろぎするだけでも、“網”は絡め取らった対象を切り刻む。
……だが。
「――舐めんなっての!!」
リアは力づくで網を剥ぎ取った。
今の彼女の身体は魔力によって強化されているものの――それでも“網”によってあちこちが刻まれ、血が流れ出ていく。
激痛が全身を駆け巡るが、それを無視してリアは身体を動かした。
「り、リア、無茶だって!」
「うっさい!!」
心配する陽葵を一喝する。
完全に“網”を取り払った彼女は、改めて陽葵を抱えて走り出す。
「――止めておいた方がいいデスヨ?
お互いのためにならナイ」
後ろからバールの声が聞こえるが、振り返らない。
目の前に迫る壁を、魔力を込めた拳で破壊し――リアは、『喫茶店』から脱出したのだった。
(あー、やっちゃった……)
心には若干の後悔。
バールは、すぐにでも追手を仕掛けてくるだろう。
捕まればどうなるか――想像したくもない。
(――もう少し機を見るべきだったかなぁ。
でも陽葵の身柄を押さえられたら、接触するのも難しくなったかもしれないし……)
頭の中を様々な思考が巡る。
しかし、何はともあれ。
(……とにかく、ジェラルドさんのところに)
彼のもとに辿り着くことができれば、陽葵を保護してくれるはずだ。
……体中にできた切り傷の痛みを堪えながら、リアは夜のウィンガストを駆け出した。
――こうして、ウィンガストを舞台に命懸けの『鬼ごっこ』が始まったのだった。
第十三話④へ続く
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