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第十二話 ある社畜冒険者の長い一日
③ 魔族との闘い
しおりを挟む「……何者だ!」
兄貴さんが素早く刀を構える。
遅れて、私も声の方を向く。
そこには、青白い肌をした壮年の男――つまりは、魔族が立っていた。
「いやいや、繰り返すが実に素晴らしい。実にグッド!
人のモノとは思えぬパワーだ!
余りに感銘を受けて、この私、もっと奥で待ち構えるつもりがついついここまで来てしまったよ!!」
感極まった様子で、魔族は語り掛けてくる。
一見、我々への敵意は無いようにも見えるが、安心はできない。
というより、このタイミングで現れたということは、ゲートの暴走はこいつが――
「……てめぇが、ゲートの暴走を仕組んだのか!?」
私と同じことを考えたのだろう、三下さんが魔族の男に食ってかかる。
それに、飄々と魔族は答えた。
「うん? まあ、ゲートに仕掛けをしてここに誘い込んだのは確かに私だが。
しかしそのことについて君からブレイムを――謗りを受ける謂れは無いな。
クロダ・セイイチはともかく、君は自分で暴走したゲートに入ったんじゃないか」
魔族は肩を竦めて、続ける。
「その結果、仲間にアンラックが起こったとして、それを私に擦り付けるのはちと的外れではないかね?
君達が自分の意思でここに入り、自分の意思で彼女を見捨て、自分の意思で再度助け出したのだろう?」
「……ぐっ!」
魔族の台詞に、三下さんは言葉が詰まる。
一見して筋が通っているように見えるが、そもそもゲートの暴走が無ければこんなこと起きていないのだから、全ての原因が目の前の魔族にあると言っても過言ではないはず。
しかし、私の関心は魔族の別の発言にあった。
「……私の名前を知っているようですね。
貴方の目的は、私ということですか?」
「イグザクトリィ! その通り!」
大仰なポーズで肯定する魔族。
「しかし何故私が君を狙ったのかを聞くのはノー・ウェイ――無しにしてくれよ?
流石にそれを君に伝える義理は無いからね!」
「では、貴方が私達の目の前に現れた理由は?」
「ああ、そっちなら教えよう。
率直に言えば君をキル――抹殺するためなわけだがね」
「……ほう」
まあ、そんなところだろうとは思っていた。
実際、兄貴さんと三下さんに出会えなければ、彼の目的は既に達成していたかもしれない。
私は矢を取り出し、魔族に向ける。
「おおっと、ちょっとウェイトウェイト――待ってくれたまえ。
私が“上”から貰った使命は君の抹殺なのだが、私としては別の道を提示したいわけなのだよ」
「別、ですか?」
警戒は解かないまま、魔族に話を促す。
「――どうかな、私の部下になる気はないかい?
今なら、そっちの4人の命も助かるおまけつきだ!」
「……私だけでなく、ここに居る全員を殺すと?」
「まあ、君がリフューズ――首を横に振ればそうなるだろうね。
さあ、どうする?」
無茶苦茶な提案にまるで悪びれるでなく、魔族が問いかけてきた。
「……貴方の上司からは、私を殺せと命じられているのでしょう。
独断で命令を変えられるのですか?」
そんな私の質問に、魔族はチッチッチっと舌を鳴らしてから、
「君程の力の持ち主をただ殺すだけというのはミステイク――少々惜しい気がしてね。
提案を飲むのであれば、私が“上”を説得してあげるとも」
ニヤリと笑って、そう返答した。
……ところでさっきからちょくちょく英文を混ぜるのは何故だろう。
しかも、微妙に使い方を外してるのもある。
「しかし、私が仮に承知したとして、それで貴方は私を信用できるのですかね?」
「そりゃあ、それだけじゃ足りない。
<制約>をかけて行動は縛らせてもらうさ。
だが、死ぬよりは増しだろう?」
<制約>とは、その言葉の通り、予め設定した条件で人の行動を縛るスキルのこと。
条件の設定も、それを破った際の罰則も、かなり幅広く設定することができる。
人の社会では、重犯罪者に使われることもあるスキルだ。
……要は、“死ぬよりは増し”程度の制約を受けねばならないわけか。
「……では交渉決裂ですね。
いきなり襲い掛かられたうえに、そこまでされてやる気は流石の私にもありませんよ」
「おおっと、そいつはリグレット――残念だ」
全く残念に感じていない声色で、魔族の男は言う。
そして、話に区切りがついたところで、兄貴さんと三下さんが割り込んできた。
「お喋りは終わったか。
全く、無駄話を長々と」
「へっへっへ、旦那がどう答えようとよぉ、あっしらはお前を生かして帰す気なんざねぇぜ?」
兄貴さんは刀を、三下さんはナイフを構え、既に臨戦態勢である。
三下さんなど目に見えて怒りに顔を歪ませていた。
「エレナさん、ミーシャさんと一緒に下がって頂けますか」
「――うん。
気を付けてね、クロダ君!」
エレナさんはそう言うと、ミーシャさんを抱えて我々から遠ざかる。
「ふぅむ、では戦う前に言っておこう!
私の名はアーク!
君達を殺す者の名だ、しっかり覚えていてくれたまえ!」
大きく手を広げると、魔族の男――アークはそう叫び。
――戦闘が始まった。
「……ふんっ」
初めに動いたのは兄貴さん。
既に<神速>を使用していたのだろう、凄まじい速度でアークに切迫する。
「ほっほう、なかなかのスピード……んんっ!?」
余裕綽々で待ち構える魔族だったが、その表情に戸惑いが生まれる。
兄貴の姿が、アークの目前で消えたのだ。
――いや、消えたように奴には見えた、が正しい。
これは、兄貴さんが以前私と戦った際にも使った技。
動きの緩急とフェイントを織り交ぜることで、相手の視界から自分を消す『歩法』である。
離れた位置から俯瞰している私ですら、兄貴さんの動きは追うのがやっと。
至近距離から繰り出されれば、察することすら難しかろう。
「――数秒しか使わん名を覚えてやるつもりは無い」
「うぉおっ!?」
アークが驚愕する。
見事、兄貴さんはアークの後ろに回り込んでいたのだ。
魔族がそちらを振り向くよりも早く刀を振るい――
ピキンッと。
金属の割れる音がした。
「……なっ!?」
今度は、兄貴さんが驚く。
いや、彼だけでは無い、私と三下さんも、一瞬言葉を失う。
無防備な相手に、完璧な速度・角度で振りぬいたはずの刀が、中ほどから折れていた。
「ん馬鹿なっ!?
兄貴の名刀・輝正が折れるなんてぇえええっ!!?
折れず曲がらずと謳われた、あの名刀がぁあああっ!!!?」
横からやかましく三下さんが吠える。
確かにあの刀、その筋に詳しくない私から見ても、かなりの業物であったことが伺えた。
それが、こんなにもあっさりと――
「ふっふっふ、驚いているな? 驚いているだろう。
――ああ、君の刀を貶めるつもりはないよ。
ま、そこそこ良い代物だったのだろう。
……ただ、私を傷つけるには役者不足だっただけさ」
驚く私達の顔を見て満足そうに笑ってから、アークが喋る。
「……結界を張っているのですか」
「うーん、惜しい!
非常に惜しいがミステイクだ、クロダ・セイイチ!
ま、勿体ぶるようなものでも無いので種明かししてしまうが――<硬化>だよ」
「はぁっ!?
<硬化>だぁ!!?
兄貴の刀をそんなちゃちぃスキルで防げるわきゃねぇだろうが!」
三下さんがアークの言葉に食って掛かる。
<硬化>とは、<戦士>の中級武技にあたるスキル。
その名の通り、身体を固くして敵の攻撃を軽減するものだ。
……確かに、通常ならば三下さんの言う通り、あの兄貴さんの斬撃を弾き返すような代物ではないのだが。
「おいおい、君がそれを言うか?
すぐ近くでクロダ・セイイチの<射出>を見ておいてその感想とは余りにフール――頭が足りないんじゃないかね。
私が使っているのは、確かに<硬化>さ――高熟練度のね」
言いながら、折れた刀の先端をアークは拾う。
そして、その刃を自分の腹へと突き刺すが――やはり、折れたのは刀の方だった。
「クロダ・セイイチの<射出>と似たようなものさ。
未熟者が使えば大した効果も無い<硬化>だが……私程の男が使えばこの通り。
どんな武器も弾き返す、無敵の身体が出来上がる――とおおぉおおおおっ!?」
「敵の目の前でごちゃごちゃ喋るな」
アークの身体が突然吹き飛んだ。
兄貴さんが、拳で殴りつけたのだ。
……あの人はあの人で結構無茶苦茶だな。
「決まったぁああ!!
兄貴の<浸透撃>だぁっ!!
こいつを食らって立てる奴なんざいねぇぜ!!」
「それは少々言い過ぎだな」
アークはあっさりと立ち上がる。
「うぇえええっ!?
うっそー!?」
「……防御無効のスキルも効かんか」
三下さんが叫び、兄貴さんは呟く。
<浸透撃>とは、打撃による衝撃を相手の内部で炸裂させる武技。
本来であれば、如何に高い装甲を持っていても防げぬ攻撃のはずなのだが。
「無敵の身体と言っただろう。
衝撃にだって対策済みさ。
そうイージーに攻略はできんよ。
……伝説に聞くオリハルコンの武器でも持っていれば話は別だがね」
冗談めかせて笑いながら、アーク。
――こちらは余り笑える状況でもないが。
「……行けっ!」
駄目で元々。
私は<射出>で矢を射ってみるが――
「それはトゥーバッド――駄目だなクロダ・セイイチ。
自分でも意味がないと思っている攻撃を仕掛けるのは」
――アークの身体に弾かれる。
兄貴さんの斬撃が通じない時点でこうなることは想定できていたが、それでも実際確認できてしまうと辛い現実である。
「では今度はこちらから行こうか!」
魔族が手を振り上げると、中空から炎の矢が一本出現する。
三下さんはふふんっと笑うと、
「はんっ! <炎矢>かい!?
んなもん通じるあっしらじゃ――」
台詞の途中で矢が放たれた。
三下さんの頬をかすめ、後ろの岩壁に激突する。
「……岩、溶けてますね」
炎が当たった箇所が、マグマに変わっていた。
……はて、岩がマグマになるには、何度の熱が必要だったであろうか?
アークは楽しそうに笑いながら、三下さんに声をかける。
「……通じないかね?」
「あ、当たらなけりゃどうってことないわい!!」
やけくそ気味に叫ぶ三下さん。
彼に同調するわけでもないが、あれ位なら、まあ対処できない程でもない。
「ほほぅ、では次に行こうか」
再び手を振り上げると、炎の矢を出現させるアーク。
「馬鹿の一つ覚えみてーに!」
その矢が、2つに分裂した。
「へんっ2本に増えたからなんだってんだ!」
2つの矢がそれぞれ分裂し、4本になる。
「よ、4つがどうしたよ」
4本の矢が8本に、8が16に、16が32に――
「あ、あのー?」
三下さんの声が震える。
私達の目の前には、計128本の燃え盛る矢がずらっと並んでいた。
「クロダ・セイイチの神業を見た後にこんなことを言うのは恥ずかしいのだがね。
――私も、“矢”は得意なのだよ」
アークが腕を振り下ろすと、100を超える炎の矢が、一斉に私達へ飛来する。
――とはいえ。
「それは、予想できていました」
私は三下さんの前に立つと、空気を<射出>して烈風を巻き起こし、炎の矢を吹き散らしていく。
「ぬぉおおっ!
旦那、すげぇっ!!」
後ろで感激している三下さん。
私が先程対処できると言ったのは、炎の矢が一本だけだったから、ではない。
あの程度の勢いであれば、私の風で対抗し得ると判断したからだ。
ちなみにだが、兄貴さんは<神速>を使って涼しい顔で避けていた。
この人、本当に大概である。
「ふぅむ、グレイト…!
これでは駄目か」
「相性の差ですかね。
<炎矢>は、私に効きませんよ」
「では、こういうのはどうか」
私の台詞にかぶせるようにして、アークは再度矢を作り出す。
但し今度は、バチバチと稲妻を迸らせる雷の矢。
しかも数はさっきの倍。
「…………」
「…………」
「…………」
私達3人は――兄貴さんでさえも――数秒、沈黙した。
「…………いや、風で吹き飛ばせない類の矢は、ちょっと――」
「なぁに、遠慮するな!
存分に味わってくれたまえっ!!」
雷電が降り注ぐ。
「――うぉおおおおおおっ!!!?」
雨のような矢を、私は必死こいて避けていた。
<炎矢>の威力を見るに、一発でも当たれば致命傷になりかねない!
「あべべべべべべべっ!!」
何だか三下さんの悲鳴が聞こえてきたが、そちらに気を配る余裕はない!
どうにか対処してくれることを祈る!
「ぬぅう……ぐっ、くそっ!」
兄貴さんの苦悶の声まで聞こえる。
これは、やばいかもしれない。
だが私に人の心配はできないのだ。
次々に迫ってくる雷を上下左右に“跳び”ながらギリギリで躱していく。
「……おう、アメイジーング!!
自分の身体を<射出>して、高速移動しているのか!!」
アークが、私の使っている絡繰りをすぐさま看破してきた。
彼の言う通り、私は自身に<射出>をかけ、高速で空を駆け抜けてどうにか稲妻を回避しているのだ。
「<射出>一つでここまで多彩な技を見せるとはね。
クロダ・セイイチ、君はこれから<射術師>とでも名乗った方がいいのではないか!」
「生きて帰れたら考えます!!」
彼の皮肉に――或いは本気で称賛しているのかもしれないが――私は怒鳴り声で返す。
こちらには魔族の方を見る余力すらない。
しかし、もうかなりの数の矢を避けている。
矢が有限である以上、そろそろ終わりが――
「っっ!!?」
そこで、視界の端の捉えてしまった。
一本の雷が、エレナさんの方へ飛ぼうとしているのを。
風でエレナさんを吹き飛ばす!?
――無理だ、距離が遠い。
兄貴さんと三下さんに助けてもらう!?
――無理だ、二人共こちらの状況に気づいてすらいない。
というか、あの黒焦げの物体は三下さんなのか!?
「……こうなれば」
私は覚悟を決め、エレナさんを狙う矢の射線に身体を滑り込ませた。
気休めにしかならないが、せめて急所は庇うような姿勢を取って――
「――がっ!!!!」
衝撃が、痛みが、全身を駆け巡る。
一気に身体から力が抜けていき、堪らずその場に倒れた。
遅れて、痺れもやってくる。
「ぐ、あっがっ」
苦悶の声が、自然と漏れる。
致命傷とは言い難いが……これは、なかなかきつい。
「クロダ君っ!」
近くで、エレナさんの声が聞こえる。
私に駆け寄ってきてくれたのか。
「うむ、我ながらパーフェクトゥっ!
君達を一網打尽にできたようだね」
アークが勝ち誇る。
痺れる身体を無理やり動かして周囲を見ると、三下さんは焦げ付いた身体で倒れ伏し(生きているのだろうか?)、兄貴さんも片膝ついている。
「少々物足りない気もするが……ああ、すまないすまない。
あんまり言うと君達を侮辱することになってしまうな。
頑張ったよ、君達は。
この後は、せめて苦しまないエンディングを――止めを刺してあげよう」
そう言って魔族の男は、まず兄貴さんの方へ歩を進める。
「……ん?」
次の瞬間、彼の歩みが止まった。
アークの足元に……彼の『影』に、ナイフが突き刺さっている。
――三下さんだ。
「<影縫い>!!
はんっ! 余裕ぶっこいてるからこうなるんだよ!
これでてめぇは動けねぇ!!」
<影縫い>は相手の影に武器を突き立てることで、動きを束縛する暗技。
三下さん、死んだふりをしてこの機会を伺っていたか!
「……ふぅ。
君、もっと頭を使いたまえ。
魔族である私に、こんな物が通用するとでも?」
呆れたようにため息をつくアーク。
彼の影に刺さったナイフは、見る見るうちに地面から抜けていく。
魔族は、他の種族に比べて高い抵抗力も持つ。
生半可なスキルは、抵抗できてしまうのだ。
――しかし。
「十分通用していますよ、それ」
私はアークにそう言った。
三下さんが、笑みを浮かべている。
<射出>で懐から矢を飛ばす。
<影縫い>を解除している最中のアークは、その矢に対処できない。
矢は魔族の胸へ――心臓へと一直線に向かい、
「――ぐはっ!?」
彼の身体を、“貫通”した。
……これこそ、私の奥の手。
<硬化>によって無類の防御性能を持ったアークにも通じる、最強の矢だ。
何せ、本人もそう太鼓判を押している。
「へっへぇ!!
やったぜ旦那ぁ!!」
「『オリハルコンの武器でも持っていれば』、か。
ふん、自分で弱点を言っていれば世話ないな」
「いえ、私が言うのもなんですが、普通持ってませんからね、こんなの」
今放ったのは、そのものずばり、『オリハルコンの矢』だった。
超々希少金属、オリハルコンを鏃に使った、市場になどまず出回らない、伝説の一品。
私は大分前にこれを偶然入手し、そのままお守り代わりにずっと持っていたのだ。
事前の戦力確認の際、私はこのことを皆に伝えていた。
私達は、この矢を確実に当てられる機会を、或いはその機会を生み出すチャンスを、ずっと狙っていたわけだ。
矢に貫かれたアークは、悶え苦しみながらその場に倒れ――
「……ぬ、う、エクセレント……実に、エクセレント……!!」
――倒れなかった。
彼は、その場に踏みとどまったのだ。
「……馬鹿な!」
兄貴さんの口から、そんな言葉が漏れた。
――私も同意見だ。
「はぁっはぁっはぁっ……
本当に、オリハルコンの武器を持っているとは…!」
肩で息をしながら、魔族はこちらを睨みつける。
「……どうだね、クロダ・セイイチ。
今、同じ攻撃をもう一度仕掛ければ、私は死ぬぞ」
……無理を言わないで欲しい。
オリハルコンの矢など、2本も3本もあるものではない。
何も出来ない私を見て、アークは安堵の息を吐く。
「無い、か。
ならば――」
胸に刺さった矢を引き抜くアーク。
一瞬、胸の傷から血が噴き出すが、程なくしてそれも癒える。
「――ならば、私の勝ちだ」
魔族は、自らの勝利を宣言した。
……いや、本当にどうしよう、これ。
真面目に手が無くなってきたな。
絶賛思案中の私に、アークは語り掛けてくる。
「さて、クロダ・セイイチ。
この矢は君にとって非常に価値のあるものだろう。
いつまでも私の手の中に置いておくわけにはいかないな」
「あ、いいえ、お気遣いなく。
何でしたら記念品にして頂いても構いませんよ?」
台詞の中に剣呑な響きを感じ、慌てて取り繕う私。
だが彼は、私の意を汲んでくれなかった。
「ああ、この矢はこの戦いのメモリーに――記念にするとも。
君の遺体から、回収してね!!」
言うや否や、アークは<射出>を使ってオリハルコンの矢を投げつけてくる。
ま、まずい――!
「ダメっ!!」
私の視界に影が飛び込んだ。
女性の形をしたそれに、矢は突き刺さる。
胸に、突き刺さる。
影が倒れる。
当たり前だ、オリハルコンの矢なのだから。
人が受けて、無事で済むはずがない。
ましてや、まだレベルの低い、<魔法使い>の、彼女では――
「――エレナさん?」
私はその影の名前を呼んだ。
彼女は答えない。
動かない。
微動だにしない。
――血が、彼女の胸からじわじわとにじみ出る。
「……おっと、順番が変わってしまったか。
まあ、安心したまえ、すぐに後を追わせてあげよう」
……こいつは何を言ってる?
何を安心しろと?
おい。
待て。
私は今日、彼女に告白されたんだぞ。
彼女、私の愛人になれたとかそんなことで凄く喜んでたんだぞ。
なのに私は、彼女にまともな愛の言葉も贈ってないんだぞ。
おい。
おい。
――おい!!
「貴様ぁ!!!!!!!」
「うぉっ!!?」
怒号と共に、烈風でアークを吹き飛ばす。
身体の痺れは消えていた。
――違う。
責任転嫁をするな。
私のせいだ。
私の責任だ。
全て、自分の都合を優先させ――
こんな“雑魚”に、手間取ってしまった、私の責任だ!
「おぉぉおおおおおおおっ!!!」
周辺数十箇所の空間に――私を取り巻く空気に<射出>をかけた。
角度・タイミング・力加減を絶妙に調整し、<射出>で捕えた大気を前方一点へ撃ち出す。
その作業を間断なく、次から次へと繰り返していく。
……程なく、私の目の前に強烈な風の渦――超高圧の空気塊が形成されていく。
「――はは、グレイト!!
まだそんな隠し玉があったか!
だがその“風”で私の<硬化>を貫けるかな!?」
嬉しそうにそう叫ぶアーク。
――何を勘違いしているのか。
“これ”は、ただの檻だ。
これから行う業の、準備段階に過ぎない。
「ぬ、うぅうううう……!!」
目を見開き、歯を食いしばった。
これから行う精密作業のために、集中力を極限まで高める。
――ここで、<射出>の話をしよう。
これは、矢等の武器を敵に撃ち出して攻撃するスキル……ではない。
生物・無生物、固体・非固体問わず、物体を飛ばすスキル……これでも説明が足りない。
<射出>の効果を正確に述べるならば――ある対象に対して、『任意の方向に向かったベクトルを発生させる』スキルだ。
そして、ベクトルのスカラー量は術者の力量にのみ依存し、対象からの影響は受けない。
つまり――対象が軽ければ軽い程、飛ぶスピードが速くなるということ。
――で、あるならば。
質量が限りなく0に近い、一つの『空気分子』に対して<射出>をかけたらどうなるか?
当然、限りなく無限に近い速度で『空気分子』は撃ち出されることになる。
これで攻撃を行う?
そんな訳が無い。
いくら超高速といっても、『分子』が人に当たったところで痛手など与えられない。
当たったという感触すら無いだろう。
ではどうするのか。
――こうする。
無限加速させた分子と分子を、“衝突”させるのだ。
「おおっ!?」
「んなっ!?」
「何がっ!?」
その場にいた3人が、同時に驚愕の叫びの上げた。
烈風の渦から、眩い雷光が漏れ出したからだ。
――『分子の衝突』によって、途方もない『エネルギー』が発生したのである。
最初に作った圧縮空気の塊は、この『エネルギー』を一時的に留め置くためのもの――まさに『檻』というわけだ。
とはいえ、全ての『エネルギー』を閉じ込めることができるわけも無く。
『檻』から溢れ出た光は、チリチリと私の肌を焦がす。
「あ、あ、ああ、あああああああっ!?」
アークの顔が恐怖に引き攣った。
どうやら、一目でこの技がどういう“モノ”か分かったようだ。
――勢いで“雑魚”と呼んでしまったことは、詫びねばなるまい。
震える声で、魔族が言葉を紡ぐ。
「そ、それ……それ、は……ミサキ・キョウヤの――!!?」
――五勇者筆頭、“殺戮”のキョウヤが奥義之壱。
「受けろ。
『爆縮雷光』」
封じていた『雷光』を奴に向けて<射出>する。
『檻』から解き放たれた『エネルギー』は、光の奔流となってアークに押し寄せていく。
「ひっ……あ、あああっ!!」
慌てて、回避しようとする魔族だが――
「――あ」
その時になってようやく、自分の身体が動かないことに気づいたようだ。
「はっはぁっ!!
2度も同じ手に引っかかるたぁな!!
お前、頭足りてねぇんじゃねぇの!!?」
三下さんが吠えた。
アークの影には、再び彼のナイフが突き刺さっている。
「は、はっはっは――」
観念したように、笑い出す魔族。
迫る輝きを正面に見据え――
「――美しい」
……それが、魔族・アークが残した最期の言葉だった。
「――たくっ。
旦那も人が悪いぜ!
あんな大技残してんだもんなぁ!」
私の肩を叩きながら、三下さんが茶化してくる。
今私達が居るのはギルド直営の治療院――その一室。
部屋のベッドにはエレナさんとミーシャさんが眠りについている。
もう時刻は深夜になっている。
アークを倒した後、私達は無事階層を脱出し、彼女達をここに運びこんだのだ。
「最初っからアレぶっ放して、あんな魔族野郎パパッと倒してくれりゃあ良かったのに」
「……申し訳ありません」
私は頭を下げる。
本当に、三下さんの言う通りだ。
「馬鹿を言うな。
あんなものホイホイ使われては、バックファイアで俺達の方が死にかねん。
大技であるが故に、使いどころを見極めていたのだろう」
兄貴さんが私を庇った。
――なんという、私に都合のよい解釈。
そいうことは止めて欲しい。
本気で居た堪れなくなってしまう。
「まあ、階層に大穴が開いてたもんな。
階層食いでも、あんなんやれねぇってくらいの」
三下さんも同意する。
そんな二人に私は堪えきれず、
「あの、お二方!
この度は誠に――」
「申し訳ありません、とで言うつもりか?」
機先を制して、兄貴さんが私を遮った。
「ふん、魔族も言っていたことだろう。
今回の事は俺達が勝手に首を突っ込んだに過ぎん。
それに関して、お前からの謝罪を貰っても仕方ない」
「そうそう。
ミーシャも旦那に助けてもらったようなものだしな。
……まさか、霊薬を分けてくれるとは思わなかったぜ」
三下さんはまたも兄貴さんに乗っかる。
霊薬とは、飲めばあらゆる怪我や病気が治ると言われる、これもまた伝説級のアイテムだ。
私は、“偶然”持っていたそれを、エレナさんとミーシャさんに使ったのである。
「……オリハルコンの矢に、あの絶技、霊薬。
そして魔族の言葉。
クロダ、お前は――」
兄貴さんが、神妙な顔でそう呟く。
……ここまで見せたのだ、彼らには説明をしておくべきか。
「兄貴さん、三下さん、私は――」
「――お前は、俺の予想以上に戦い甲斐のある男だったわけだな」
そう言って、凄みのある笑みを見せる兄貴さん。
……またもや私の台詞は途中で阻まれた。
「クロダ、俺はお前と慣れ合いをするつもりは無い。
事情の説明など要らん」
「……兄貴さん」
彼は、ふんっと鼻を鳴らしてから、
「だがこの件を有耶無耶にするつもりもない」
人差し指を一本立てる。
「クロダ、借り一つだ。
……いずれ返す」
言うだけ言って、兄貴さんは私に背を向けて病室を出て行った。
「へへ、じゃ、あっしも今日はここらへんで。
兄貴はああ言ってるけどよ、あっしは旦那と一緒の探索、楽しかったぜ!
縁があったらまたパーティー組もうや!」
三下さんも、兄貴を追って部屋を出た。
……随分と、爽やかに立ち去るものである。
「…………ふぅ」
彼らが居なくなってから、私は一つ息を吐いた。
「……長い一日だった」
今日は色々な出来事が起き過ぎた。
これ程一日を長く感じたことは、ウィンガストに来て初めてだったように思う。
私はベッドに寝るエレナさんの顔を見た。
「……すぅー……すぅー……すぅー……」
彼女は安らかに寝息をたてていた。
オリハルコンの矢に、霊薬に、そして『爆縮雷光』。
様々な切り札を切ってしまい、それ以上に不手際も多く目立ってしまったが――ともかく、彼女を守れたのだから良しとしよう。
「…………ふむ」
ところで。
この治療院で与えられるベッドのシーツは随分と薄い。
この辺り、少しでもコストを抑えようとする貧乏根性が見え隠れするがそれはともかく。
その薄いシーツは、エレナさんの凸凹を随分とはっきり見せてくれていた。
「……愛人に、なりましたもんね?」
さらに言えば、霊薬で彼女の身体は完全に健康体へと戻っているはず。
私がエレナさんにアレやコレやをしたとして、何の問題があろう。
「……それに」
隣のベッドに眠るミーシャさんを見た。
<次元迷宮>で会った時は、状況も状況だけに、そういう目で見ることは極力抑えていたが。
こうして寝顔を見ると、中性的な顔つきの美少女である。
身体のメリハリは少ないものの、テンタクルスとの痴態を見た後ということもあり、実にそそられてしまう。
「……霊薬の効果も確かめねばなりませんし」
一見、全て傷が治癒されているミーシャさんであるが。
あれだけ触手に嬲られていたのだ、魔物の入り込んだ『中』がきちんと治っているか、確認の必要があるだろう。
「……胸が躍ってしまいますね」
さて、どちらから先に頂こう?
私がそんな葛藤を抱えていると――
「クロダちゃぁああああんっ!!!」
「ぬわっ!?」
突然、部屋の扉が開け放たれ、女性が一人駆けこんできた。
……アンナさんだ。
「な、何ですかアンナさん!
ここは病室ですよ。
静かにして下さい!」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだにゃあ!
ていうか、今までどこに行ってたんだにゃあ!!」
諫めるも、興奮が収まらない彼女。
一体どうしたというのか。
「落ち着いて下さい。
何があったのですか?」
「う、うん――あのにゃ、あのにゃ」
アンナさんは大きく深呼吸をして息を整えてから、告げた。
「ヒナタちゃん、攫われちった」
――ふと、嫌な考えが頭をよぎる。
魔族アークの使命が、私の抹殺などでは無く、私の足止めだったとしたら。
そして、私達の前に現れたのは、私を直接殺すためではなく、既に足止めする必要が無くなったからだとしたら。
「まさか…」
自分の能天気さに腹が立つ。
――私の長い一日は、まだ終わりそうになかった。
第十二話 完
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