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第九話 ある社畜冒険者の新人教育 六日目
②! アンナさん、語る
しおりを挟むそして、場面飛んで今はそのセレンソン商会。
もっと詳細に説明するなら、商会の――
「―――っておっせぇんだにゃ、このボケが!!」
部屋に女性の大きな声が響き渡る。
説明の腰を折られてしまったが、今私と陽葵さんが居るのは商会の応接室。
セレンソン商会はウィンガストにおいて一、二を争う程大きな商店なのだが、その店の規模に恥じることなく、この応接室もかなり豪華な仕様だ。
部屋の中央に鎮座するテーブルは荘厳な意匠で、椅子もそれに見合ったデザイン。
それでいて派手過ぎることは無く、落ち着きすら感じさせてくれる。
ここで私達は――
「聞いてんのかおい!?
おいおいおいおい、クロダちゃんよぉ、今いつだと思ってるんだにゃ?」
ことごとく腰を折ってくるなこの女。
えー、説明を続けさせて頂くと、応接室で私たちはセレンソン商会の代表、アンナ・セレンソンと面会しているのであった。
『している』などと現在進行形を使ってしまったが、アンナさんは顔を会わせた直後に上の台詞を吐いている。
陽葵さんなど、まだ自己紹介すらしていない。
「……確かにもうお昼ですが、それ程遅い時間ではないですよね」
一応、遅いと言われたことに対して返事をする。
約束していた時間にはしっかりと間に合ったはず。
……朝色々あったので、当初約束していた時間を遅らせてもらった事実こそあるが。
「ちっがーうにゃ!!
そういうこと言ってんじゃねぇっつーの!!」
違うらしい。
ちなみにアンナさん、語尾に「にゃ」などと付けているが、これは彼女の頭がわいているせいではない。
いや、彼女の頭がおかしいこと自体は否定しないのだが、語尾の原因については他にある。
彼女は猫の獣人なのだ。
一応その証拠として、アンナさんの頭には猫耳が付いてる。
「では一体何を?
ああ、直前でお会いする時間を変更したことにが気に入らないのですか?」
「ちっ! わかってねー!! わかってねーにゃ、こいつ!!」
分かりやすく舌打ちをしてから、こちらを思い切り見下してきた。
「ちょっとね、ちょっと上見てみて?」
「……は?」
言われた上を向いてみる。
天井からはシャンデリアが吊られており、窓がないこの部屋を煌々と照らしている。
なかなか品の良い飾りつけがなされているが――別段、不自然なものではない。
「あのシャンデリアが、何か?」
「そっち上じゃないにゃ。
ウインドウの上部分っつーか、この話のタイトルっつーかを見て欲しい」
は?
「今ね、今ね――――第九話じゃろがい!!!
なに!? なんでアチシこんなに登場が遅いの!!?
この物語のメインヒロインたるこのアチシが!!!」
「何言ってんだお前」
おっと、つい心の声が出てしまった。
「おっかしいだろぉお!!?
もっと早く登場させろよぉお!!
アチシ、ヒロインやぞ!! キーパーソンやぞ!!
どーーっでもいい話ばっか描写しやがってよぉ!!」
「黙れよ猫女」
彼女が何を言ってるのか私にちっとも一片たりとて理解できないが、これ以上喋らせてはいけないという直感が私の心を荒ぶらせた。
「というか、仮に私の人生が一つの物語だったとして、貴女がヒロインとかありえませんから」
「えーっ!?
この超☆豊満なバデーを持つ超絶可愛い美少女がヒロインでないとか物語的におかしにゃ。
アチシがヒロインじゃないというならそれはもうむしろ世界の方が間違ってる」
超☆豊満(笑)
いや、流石に陽葵さんよりかは胸が大きいが、それを豊満と称していいものか。
―――これでは公平に欠けるので、きっちりと彼女の容姿も説明しておこう。
髪は燃えるような鮮やかさを持つ赤色のミディアムヘアーで、顔はあどけなさや幼さを残しつつも愛らしく整っている。
身長は145cmを少し上回る程度――女性としてもかなり小柄だ。
スタイルは先に述べた通り、胸もお尻も大きいとは言い難く……Bカップ位だろうか。
スレンダーという単語がしっくりくる。
ただ、童顔と小柄な体格が相まって非常に愛くるしい魅力を誇っている。
獣人としての猫耳もその魅力を補強していた。
黙ってさえいれば、非常に可愛らしい女の子と言える。
黙ってさえいれば。
「いやいや、仮に私の人生が一つの物語だとして、ヒロインは寧ろ陽葵さんなんで。
貴女はお呼びじゃないです」
「そこで何故オレの名前を言う!?」
突然名前を出された困惑する陽葵さん。
一緒に居るのに話の輪に入れないのは寂しいだろうという、気遣いである。
「かーっ!!
ヒナタちゃんヒナタちゃん、いいにゃー、男の娘ってのはそれだけで人気が出るからよぉ。
―――あ、アチシ、アンナね。
セレンソン商会代表の。
これからよろしくにゃ」
「――この流れでいきなり自己紹介!?」
陽葵さんが驚愕で目を見開く。
そりゃこの話の展開に着いてこいというのが無理な話だろう。
「あ、ダイジョブダイジョブ、アチシ、君のことは大体分かってるから。
キミの説明は要らないから。
だからその耳障りな声をアチシの前でこれ以上披露すんじゃねーぞ」
「何だその敵意に溢れた台詞は!?」
陽葵さんを睨みつけながらアンナさん。
ちょっと調子に乗りすぎているような気がする。
余り陽葵さんに不敬を働くようなら、彼奴をここで滅殺することも視野に入れねばならないか。
「ほほう、聞きたいかにゃ?
アチシが君を嫌う理由を知りたいと!?」
「いえ、別にいいです」
「あんまし興味ないな」
そんな返答をしたにも関わらず。
「そこまで言うなら聞かせてやるにゃ!!」
聞きたくないのに。
「そう、それはアチシがまだ生まれ故郷に居た頃――」
「あ、これ長くなるやつだ」
「簡潔に済ませて欲しいのですが」
そんな私達のぼやきもどこ吹く風。
アンナさんは語り始める。
「アチシがまだ若かったあの時――いやいまでも若いんだけどにゃ?
ヒナタちゃんは知らないかもしれないけど獣人の寿命って人間より長いから。
だから“若い期間”も長いんにゃ。
あの時も若いけど今でも若いの、オーケー?」
「いいから話進めろよ」
「ヒナタちゃんはせっかちさんだにゃあ。
そんなに生き急いだら大事なものをどっかに置き忘れちまうZE。
じっくりと確実に過ごし、而して必要な時は駆け足できるように準備しておくのがコツ―――にゃあっ!?」
アンナさんがいきなり飛びのいた。
「クロダちゃん!? クロダちゃん!!? いきなり矢を撃ってくるってどういうことにゃ!!?」
「矢? 気のせいじゃないですか?」
「気のせいなわけあるかいっ!
鉄板仕込んだ椅子に矢が貫通してるじゃにゃいかっ!?
ガチで<射出>使いやがって!!」
「え? 元からありましたよその矢。
……しかしアンナさんが話をさっさと終わらせなかったら、新しい矢の存在にまた気づいてしまうかもしれませんね」
「にゃ、にゃあっ!?」
アンナさんの顔を青くなる。
不思議なこともあったものだ。
「………容赦なく矢を放った黒田が恐ろしいのか、それをかわしてのけたアンナが凄いのか」
陽葵さんが小声でぶつぶつ言ってる。
客観的に見て、どっちもどっちだとは思う。
そんな彼を気にする様子もなく、アンナさんの語りが再開される。
「あー、えー、アチシがまだ獣人の里に住んでた頃――アチシを想う二人の男がいたにゃ」
「ほう、そんな物好きが二人も」
「いや、普通にアンナって可愛いし、居てもおかしくは無いんじゃね?」
陽葵さんはまだアンナさんの本性を見極められていない模様。
「二人に言い寄られていたアチシは迷ったにゃ。
一人は男らしくてワイルドなマッチョマン、快活な性格でぐいぐい引っ張ってくる俺様系。ついでに言っとくと長老の一人息子。
もう一人は柔和で温和で美形な二枚目、優しい性格でアチシの全てを包んでくれる穏和系。ついでに言うと里一番の金持ちの一人息子。
二人とも幼馴染だったこともあったし、どっちの想いに応えるべきか、アチシには答えを出せなかった。
………権力と金、どっちがいいのか」
「最後のが本音か」
「でしょうね」
アンナさんは続ける。
というか、簡潔にまとめるんじゃなかったのか。
そろそろ第二の矢を用意しておこう。
「アチシは本当に悩んだにゃ。
悩んで、悩んで――好感度が下がらないように時折こっちからもモーションをかけて――悩んだにゃ。
でもそんな蜜月の日々は長く続かないにゃ。
楽しい日々もいつかは終わる。
アチシは……アチシ達が出した結論は……!」
ここで一旦溜めてから。
「……いつの間にか男同士でデキちまっててにゃあ」
「うわぁ」
「悲惨ですね」
男同士でくっつくとか流石にどうかしてると思う。
「だからアチシは許せないんにゃ!
ヒナタちゃんみたいな、男のくせに男を惑わすような男が!!」
びしっと陽葵さんを指さしてアンナさん。
……そういえばこの人の話を一切聞かずに突っ走っていくノリは最近どこか別のところで体験したような。
……ああ、三下さんか。
「いやいや、オレはそんなんじゃないって。
普通に女の子好きだし」
すぐさま反論する陽葵さん。
一見して美少女にしか見えない、よくよく観察しても美少女でしかない彼だが、一応趣向は男なのである。
アンナさんの言葉は受け入れられないだろう。
「そんなこと言っちゃってっ!
実はもうクロダちゃんと関係もっちゃったりするんじゃにゃいのっ!?」
「……………」
「……………」
沈黙。
「……………」
「……………」
「……………あるぇ?」
沈黙した私達に驚くアンナさん。
「え、え、嘘、え、マジで?
ヒナタちゃん、クロダちゃんと会ってまだ1週間も経ってないにゃん?
女の子が好きって言ったよね?
男同士の恋愛を否定してたよね?」
「…………」
「…………」
沈黙を続ける私達。
「ちょっと、ヒナタちゃん!
ここで顔を赤くしちゃダメだにゃ!!
あとクロダちゃん、お前なにニヤニヤ笑ってんだ!!」
おっと、つい顔を綻ばせてしまったか。
「………いや、ほら、あれだよ。
男同士は、ノーカンってーかなんというか」
「何言ってんだにゃヒナタちゃん」
先程私が言った言葉を使われてしまう陽葵さん。
「まあまあアンナさん、そうヒナタさんを責めないでやって下さい。
彼はあくまで普通の男の子なんです。
ただ、気持ちのいいことを追求しただけなんですよ」
「追求させた張本人が堂々と胸張ってほざくんじゃないにゃっ!!
あとさりげなくヒナタちゃんの腰に手を回すな!
ヒナタちゃんも何なすがままになってんだにゃっ!」
アンナさんが目聡く私に動きを指摘してくる。
慌てた陽葵さんが、私の脇腹を小突きながら、
「お、おいっ
あんま、くっついてくんなっつーのっ」
「ちっがーうにゃっ!!
そんな嫌よ嫌よも好きの内、みたいな断り方じゃなくてっ!
もっときっちり嫌なことをアピールしないとっ!!」
アンナさん的にはこのヒナタさんの態度は気に入らない様子。
いや、でも少しは痛いんですよ、脇腹。
「いいじゃないですか別に。
減るもんでもなし」
「うぉおおおっ!? この野郎開き直りやがった!!
つーか減るだろう、減ってるだろう、ヒナタちゃんの雄度的なものが!!」
「代わりに雌度が増えているからプラスマイナス0ですよ」
「なんなんにゃその理屈!?
どうせ屁理屈こねるならもっと真っ当な屁理屈こねろって!!
ちょっと、ヒナタちゃん、こっち!!
そんな男の腕の中に納まってないでアチシの方に来るんにゃ!!
アチシの胸にカマーン!!」
両手を広げて陽葵さんを受け入れようとするアンナさん。
しかし当の陽葵さんはと言うと。
「え? あ、えーと……」
「悩むなよ!!?
むさくるしい野郎と見目麗しい美少女にゃ!?
悩む必要なんてひとっかけらも無いにゃあ!!
そう、君が正常な男の子ならね!!」
普通の美少女であれば悩むことなど一切無いと私も思うが……アンナさんだからなぁ。
陽葵さんが悩んでしまう気持ちも理解できる。
「そういえば、アンナさんは陽葵さんのことを嫌っていたはずでは?」
「そのわだかまりは解消したにゃ!
だって――だって――ヒナタちゃんは、アチシのことを可愛いって言ってくれたから……」
「えー、あんなのでー?」
陽葵さんが私に代わって突っ込みを入れてくれた。
長話への合いの手程度の言葉で消え去ってしまうわだかまりか。
元々どうでもいいような理由による嫌悪していたわけだから、そんなものなのかもしれない。
「そんなわけでほらっ!
こっちに来るんだにゃあ!!
あとクロダちゃんっ! どさくさに紛れてヒナタちゃんに抱きついてるんじゃないにゃあ!!!」
「………いや、なんていうか、オレこの展開についていけてないんだけど。
オレ、なんでここに来てたんだっけ?」
混乱する陽葵さん。
それも仕方あるまい。
アンナさんのノリに耐えるには、相当な訓練を要する。
「えーいまどろっこしい!!
お前はラノベの主人公かっつーのっ!!
こうなったら実力行使にゃっ!!」
何がこうなったらなのか分からないが、ともかくアンナさんは陽葵さんに飛びかかっていく。
他人のことのように語っているが、私は今彼を抱き締めているような恰好なので、実質的には私の方は向かって飛んできた形に近い。
「おわぁああああっ!!?―――って、おい、どこ触ってるんだ!?」
アンナさんは陽葵さんのショートパンツの中に手を突っ込んでいだ。
「ほほぅ、ちと小ぶりだにゃあ?
これからの成長に期待っちゅうことで」
陽葵さんのパンツの中で、手をにぎにぎと動かすアンナさん。
「うっ…あっ…いき、なりなにすんだお前!?」
「早速喘ぎ声とか上げちゃってるし…
そんな感じやすくてどうすんだにゃ、ヒナタちゃん。
このままじゃ遠からず身も心もクロダちゃんの餌食になってしまうにゃあ」
失礼な。
私はそんなことを目的に陽葵さんと付き合っているわけでは無い。
……無いのだけれど、一緒に探索をする関係上、仲良くなっておくに越したことは無いと考えているだけである。
「悪い顔してるにゃあクロダちゃん、こいつぁマジで秒読み段階にゃ。
手遅れになる前に、アチシが女の子とする悦びをヒナタちゃんに教え込んでやらなくちゃにゃあっ!!」
言うが早いか、陽葵さんのショートパンツをずり下そうとしだすアンナさん。
「お、おいっ! やめろっ!」
間一髪、陽葵さんはパンツの淵を掴み、パンツが落ちるのを防ぐ。
「往生際が悪いにゃあっ!
こんな可愛い女の子が誘ってるんだからほいほい従えっちゅうにっ!」
「こんなっ…こんな訳わかんねぇ流れでヤれるかぁっ!!
初めてなんだぞ、オレっ!?」
「初めてだってアチシが優しく手解きしてやるにゃっ!
さっさと諦めてチェリーを手放すんにゃっ!」
攻防は続く。
……やはり陽葵さん、童貞であったか。
第3者的にその光景を俯瞰していた私に、アンナさんが突如声をかける。
「クロダちゃん、ちょっとヒナタちゃんを抑えてるにゃあっ!!」
「分かりました」
私は陽葵さんを後ろから羽交い絞めにした。
「えーっ!? ちょっ、えーっ!?
なんでお前ここでアンナに従うわけ!?」
「うだうだ言ってんじゃねーにゃっ!!
おら、ちんぽをアチシに見せるんだよぉっ!!!」
抵抗が無くなったため、アンナさんは悠々と陽葵さんのパンツに手をかけ、そのまま―――
「あーーーーーーーっ!!!!?」
陽葵さんの悲鳴が木霊した。
少しして。
「ふぅ、ごちそうさまにゃ」
満足そうに舌なめずりするアンナさん。
「なかなかいい感じでしたね」
「欲を言うにゃらもっと濃いのが欲しかったけどにゃー」
「昨夜から朝まで散々イカせましたからねぇ。
流石にもうそれ程残っていなかったのでしょう」
「おめぇ本気でなにやってるんにゃ……」
呆れた顔で私を見つめるアンナさん。
そんな目で見ないでほしい、私も少しは反省しているのだ。
「お前ら……お前ら……」
少し離れたところで荒い息を吐きながら陽葵さんがこちらを睨んでいる。
……童貞はギリギリなところで無事だったのだから、セーフということにして欲しい。
「さ、改めて自己紹介しましょうか。
陽葵さん、こちらセレンソン商会のアンナ・セレンソンさんです」
「よろしくにゃ、ヒナタちゃんっ!
欲しいものがあったら何でも言ってね♪」
「とっくにご存じだよバカ共がっ!!!」
バンっと机を叩く陽葵さん。
相当頭にきているようである。
「うーん、まだ大分気がたってるにゃあ」
「もう2,3発イッときますか」
「えっ!?」
陽葵さんが私の言葉に身を竦ませる。
「いやー、もうあんま出なさそうだし、今日はもういいにゃ。
とはいえ、ヒナタちゃんにも色々頑張ってもらったことだし、お礼は必要かにゃあ」
「お、お礼って、なんだよ…」
陽葵さんは完全に腰が引けてる。
そんなに怯えなくとも。
そして何故その怯えた視線を私にも向けてくるのか。
「怖がらなくても大丈夫にゃ!
これは100%善意からのプレゼント!
ヒナタちゃんの冒険者特性を鑑定してあげようっ! 無料で!」
「―――へ?」
「ほう」
アンナさんが無料でそんなことをしてくれるとは。
案外、陽葵さんを気に入っているのかもしれない。
「特性の鑑定って、そんなんできるの?」
「ま、パンピーにゃあできないだろうにゃあ。
でもでも、アチシは別。
選ばれた者のみが使用できる、超☆レアスキルにより、相手の特性を見極めることができるのにゃっ!」
ちゃんと説明すると、スキルには習得に様々な条件を必要とするものがある。
それは単純に適性の問題であったり、そのスキルの危険性から法で定められた資格が必要だったりだ。
アンナさんが習得している<鑑定>は、その両方を必要とするため、レアスキルという呼称に間違いはない。
<鑑定>はその名の通り、対象者が持つ様々な情報――ステータスやらスキルやら、特性、身体情報に至るまで――を立ちどころに明らかにするスキルだ。
プライバシー保護の観点からは勿論、悪事への利用や、果ては軍事応用にまで効果が及ぶため、習得には様々な法的規制がなされている。
また、それらを満たしたとしても、一定以上の適性やある種の特性が必須と、とにかく習得までの関門が多いスキルである。
アンナさんはその様々な条件を潜り抜け――いや待て、誰だこのちゃらんぽらんにこんなスキルの習得を許可した奴は!?
「さっさっ、楽にするにゃん。
今アチシがヒナタちゃんに隠された真の力を見抜いてくれよう」
「お、おう、分かった」
両腕をだらんと降ろし、リラックスした体勢をとる陽葵さん。
そんな彼の前でアンナさんは意識を集中させる。
「ふふふ、これでヒナタちゃんのありとあらゆるすべての情報が白日の下に――」
「ん? 今なんつった?」
怪しげなアンナさんの言葉を訝しがる陽葵さん。
しかし彼女はそれを無視して集中を続ける。
だんだんと淡い光が彼女の身体を覆っていって――
「<鑑☆定>!」
スキルが発動した。
なんだか変な掛け声だったような気もするが。
発動と同時に、対象となった陽葵さんもまた光に包まれる。
「ほほぅ……へぇー……ふーん……なるほどにゃあ……」
少し時間が経って、二人に纏わりついた発光エフェクトが消える。
ひとしきり頷いた後、アンナさんはこう言った。
「うっわぁ……本気でクロダちゃんにヤられまくってるんじゃにゃいか、ヒナタちゃん……」
「おいっ、オレの何を調べた!?」
陽葵さんが悲鳴をあげる。
「<鑑定>は特性だけでなく、その人のあらゆる情報が見られてしまいますからね」
「そういう大事なことは先に言えよ黒田ぁっ!!」
先に言ったらアンナさんの申し出を断る可能性があったので。
教育係としても、陽葵さんの特性が把握できるというのは有り難いのだ。
「なんか……もう、ダメかもしれないにゃあ……」
「ダメって何が!?」
「ナニでしょうね?」
今後に期待して貰いたい。
「……まあいいにゃ、そっちはもうアチシの手に負える話じゃなさそうだし」
「なんだよその不吉な宣言っ!?」
陽葵さんの不平を無視し、アンナさんは言葉を続けた。
「それじゃお待ちかね、ヒナタちゃんの冒険者特性を発表といこうかにゃ」
「おおっ!!」
先程までの不安はどこへやら。
期待に目を輝かせる陽葵さんだ。
「ふっふっふ、聞いて驚くがいい……
なんとヒナタちゃんはにゃあ、スキルを組み合わせて使うことができるんにゃっ!!
これは凄い特性にゃっ! アチシも今まで見たこと無いにゃ」
うん、知ってた。
「この特性、<組技>とでも名付けようかにゃあ」
「……………そうか」
「……………まあ、便利な特性ですよね」
「……………にゃ?」
私達の反応に、アンナさんが首を傾げる。
「ひょ、ひょっとして、知ってたかにゃ?」
「つい昨日判明しました」
「にゃあっ!!」
両手を上げて驚くアンナさん。
陽葵さんはそんな彼女へ追撃するように、
「名前も黒田が付けた<多重発動>の方が好きかなぁ」
「あ、アチシのネーミングセンスまで否定するかにゃっ!?」
アンナさんのネーミングセンスのせいというより、彼女と陽葵さんの趣向がかみ合っていないことが原因だと思う。
「他になんかねぇの、オレの特性?」
「ぬおおおお、凄い特性を発見したというのにあっさり流しやがったにゃ……」
「タイミングが悪かったですね」
昨日以前に聞いていたら、私など腰が抜ける程驚いたいただろうが。
「他の特性にゃあ……あんまり一人に幾つも特性ってあるもんじゃないんだけどにゃ。
ヒナタちゃんは一応もう一つ持ってるけど」
「お、オレってやっぱスゲェっ!?」
再び目を輝かせる陽葵さん。
表情がコロコロと変わる様が実に可愛らしい。
「<魅了>とでも付けようかにゃ。
男性を惹き付けて、交渉だのなんだのがやり易くなる特性にゃ。
魔力への冒険者補正が適用される感じ」
「ほほぅ、オレの美形さがより強調されるってわけか………ん?」
納得しかけたところで、陽葵さんは何かに気づく。
「……男?」
「そ、対象は男限定にゃ」
「……なんで男?」
「なんでとか言うか、この雌ガキが。
自分の外見みれば一目瞭然にゃろが」
さもありなん。
私が陽葵さんに惹かれたのも、その特性が影響されたのかもしれない。
少し説明させて頂くが、冒険者特性はこの<魅了>のように直接探索と関係ないものもある。
冒険者の補正やスキルに影響がある、あるいは影響を受ける要因を、特性とくくっているのだ。
「外見って……そりゃ、普通の奴よりかは整ってるとは思うけどさ」
「………え?」
陽葵さんの言葉に、アンナさんが絶句する。
「ちょ、ちょいちょい、クロダちゃん」
「なんでしょうか」
「ヒナタちゃん、自分が超絶美少女な姿をしていることに―――」
「はい、自覚が無いようですね」
「そんな馬鹿にゃ……」
私もそう思う。
陽葵さんの美的感覚がずれているのかと考えたこともあるが、普通に可愛い女の子(リアさんとかローラさんとか)を可愛いと感じる感性は持っているようで。
なぜ自分の容姿の女性的魅力に気づいていないのか、疑問がつきないところだ。
「ま、いいか。
要は、男との交渉がうまく纏まりやすくなるってことだろ。
使い道はありそうだ」
「……今のヒナタちゃんにとっては諸刃の剣になりそうだがにゃ」
ぼそっと呟くアンナさん。
確かに、自分の容姿に自覚無い陽葵さんでは、交渉をするつもりが性交渉するはめになりかねない。
………それはそれで、素晴らしい未来予想図だけれど。
「うっわ、クロダちゃんまた悪い顔しだしてるにゃ。
ヒナタちゃんの未来は真っ暗だにゃ……」
おっと、また考えていることが顔に出てしまったか。
いやいや、あんまり酷い目には遭わないよう、気を配る所存ではあるよ?
そんなこんなで、私達は陽葵さんの特性を出汁に話を弾ませたのだった。
第九話③へ続く
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