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第四話 ある社畜冒険者の新人教育 初日
② こんな可愛い子が…!?
しおりを挟む『ここが冒険者の登録所となります』
立派なカウンターが設置された受付へと、陽葵さんを案内する。
『ここで登録しちゃえば冒険者になれるわけか』
『はい』
『……ちょっと簡単すぎね?』
『まあ、手続きを複雑にすればいいというわけでもありませんし…』
実際、この世界の住人が冒険者になる場合は、色々と試験やら検査があるらしい。
<訪問者>は、それらを全てパスできるのだ。
ズルをしている気分にもなるが、ここはありがたく享受しておくべきかと思う。
「こんにちは、久しぶりですね、クロダさん。
今日は、そちらのお嬢さんの付き添いですか?」
「どうもご無沙汰しています。
ええ、こちらの<訪問者>――室坂陽葵さんの教育係をやらせて貰っています。
早速ですが、手続きをして頂いても?」
「おやおや、こんな可愛らしい女の子の教育係とは羨ましい限り。
はい、すぐに準備しますよ」
受付の人とそんな会話をする。
そんな私達を、陽葵さんは驚いた表情で見つめ、
『お、おい、黒田、黒田!』
『どうしました?』
『お前今、何語で喋ったの!?』
――あ。
そういえば、説明をし忘れていた。
『グラドオクス大陸共通語という、この世界の言語ですね』
『………ひょっとして、日本語、通じないのか?』
『はい、ギルド長等の一部の人を除いて、日本語を使える人はいません』
『うぇ、まさか、まずは会話の勉強からやるっていうんじゃ…』
『それは大丈夫です、陽葵さんもすぐ使えるようになりますから』
『……?』
怪訝な顔(可愛い)をして私を見る陽葵さん。
そうこうしている内に、登録の準備が整ったようだ。
『さ、陽葵さん、これを頭に被って下さい』
『なにこの、でっかい帽子……鉄でできてんのか?』
『説明は後でしますので』
彼女は不思議そうに登録用装置を眺めているが、話を早く進めるため少々無理言って装着してもらう。
「こちらは整いましたので、お願いします」
「分かりました」
そう告げると、受付の人はカウンターの向こう側で何かしらの操作を行う。
『お、おおおお…!?』
装置が輝きだす。
『なんだこれ、大丈夫なのか!?』
『安心して下さい、特に害はありませんから』
装置はその後も数分に渡って輝き続ける。
そして点灯が終わると、
「はい、登録完了です。
お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
作業が完了したようだ。
私は陽葵さんに被せている装置を取り外した。
「……気分は如何ですか?」
『いかがって、別に何も……!?』
はっとして表情を変える陽葵さん。
『……今、お前日本語で喋らなかったよな?』
「はい」
私は、グラドオクス大陸共通語で彼女に語り掛けたのだ。
『なんでオレ、お前の言葉が分かるんだ!?』
そう。
これが、<訪問者>が何の問題も無くこの世界の言葉を喋れる絡繰りだ。
詳しい仕組みは分からないが、頭に直接この世界の言語を刷り込む、らしい。
―――それは本当に安全なのか、と疑問もあるかもしれないが、一応今のところ失敗例は無い。
実績はあるのである。
そんな説明を(安全性については触れずに)彼女へ話す。
「はー、すっげぇな、流石ファンタジー世界」
陽葵さんもあっさり納得したようだ。
言葉もこちらの言語に切り替えている。
ファンタジーという言葉の説得力は侮れない。
「はい、<冒険証>も発行できましたよ」
受付の人が<冒険証>――蒼い宝石を渡してくれた。
「なんだこれ?」
「<冒険証>です。
その名の通り、陽葵さんが冒険者であることを証明する証となります。
決して無くさないようにして下さいね」
彼女にその宝石を渡しながら、説明する。
「おう、『大事なもの』扱いにしろってことだな。
それを売るなんてとんでもない、とか」
「まあ、そんな感じです」
RPGをやったことのある人ならば、分かるであろう会話である。
「それとこの冒険証、幾つかの機能があります」
前にも話したことがある、冒険証の機能。
端的に言うならば、以下の4つの機能を持っている。
1つ、持ち主である冒険者のステータス確認。
2つ、<次元迷宮>にある『ゲート』の起動。
3つ、<次元迷宮>で自分の居る階層の区域確認(白・緑・黄・赤)。
4つ、<次元迷宮>からギルドへの転送(白色区域限定)
今回は、ステータス確認について陽葵さんに説明する。
他の機能については、実際に<次元迷宮>へ潜ってから説明した方が分かりやすいだろう。
「おー、この宝石にそんな機能があるのか。
自分のステータスを見るのって、何かドキドキするな」
そう言いながら、私に教えられた操作で冒険証を弄る陽葵さん。
操作が終わると、冒険証が輝き空中に彼女のステータス表が映し出される。
「うわ、すっげ、すっげー!!
なあなあ黒田、これどう見んの!?」
興奮した様子で(可愛い)、私に解説を求めてくる。
「はい、ステータスはまず基本能力として『筋力・体力・敏捷・知力・幸運・魔力』があります」
該当部分を指さしながら、説明を続ける。
「一般人の平均を10として数値化されていますので……陽葵さんは敏捷・幸運・魔力が高いようですね。
逆に筋力と体力は低めですか」
「オレ、結構身体は鍛えてるつもりだったんだけどなー」
平均値は『ウィンガストに住む人々』を基準としている。
そのため、現代社会に生きてきた<訪問者>は筋力・体力・敏捷が低めに出がちなのだ。
一方で知力は高くなる傾向にある。
義務教育の成果がこんなところで発揮されているなど、文部省は夢にも思っていないだろう。
そんな事情なので、敏捷が平均より高いというのは、現代人として十分誇っていいことだ。
もっとも、ここに魅力という項目があれば、彼女ならカンストしていてもおかしくないのだが。
「これが陽葵さんのLvですね。
今は1と表示されていますが、探索を続けていれば上がっていきます。
こちらは職業が表示されるところです。
まだ陽葵さんは冒険者として職業についていないので、空欄ですが」
「ふむふむ」
ステータス画面の解説を続けていく。
どうも彼女、東京に居た頃その手のゲームをやった経験があるらしく、順調に飲み込んでいった。
「そしてここが職業適性なんですが―――
おお! <僧侶>と<盗賊>がA適性じゃないですか!」
「え、なになに、それって凄ぇの!?」
驚いて大声を出してしまった。
職業適性とは、基本職である<戦士><僧侶><盗賊><魔法使い>にどれだけ自分が向いているかを示す指標で、上からA・B・C・D・Eの5段階評価だ。
この職業適性、その職業に就いた際のステータス補正、レベルアップによるステータス向上、スキルの効果量、スキルの熟練度上げ等、様々なところへ影響を及ぼす、最重要項目である。
<訪問者>は冒険者への適性が高いと前に語ったが、それはこの職業適性が高いことを意味する。
しかし、A適性が2つあるというのは、<訪問者>でも非常に稀なことだ。
参考までに、ウィンガストの住人はC適性が一つあればかなり高い部類で、E適性のみという人も少なくない。
一方、<訪問者>はB適性を一つは持っている場合がほとんどで、偶にA適性を持つ人もいる、といった具合。
陽葵さんのA適性2つがどれほど破格か、少しは伝えられただろうか?
………まあ、余り適性が低い人はそもそも冒険者にならないので、ウィンガストの住人に限っても冒険者になる人は大体C適性位持ってるのだが。
ちなみに私は<魔法使い>がB適性、他はCとかDという有様である。
「しかも迷宮探索に重要な<僧侶>と<盗賊>がAというのが大きいですよ」
「おお、来てるか!
オレにビッグウェーブ来てるか!」
「来てます来てます!」
ともすれば、上位の冒険者パーティーが青田刈りに来てもおかしくない。
それ程、冒険者適性とは重大なパラメータなのだ。
そうそう、今ここでは関係のない話なのだが、職業について。
先程、基本職として4つを紹介したが、これ以外にもそれぞれの基本職に対して派生職というものが存在する。
例えばコナーさんが就いている<聖騎士>は<僧侶>の派生職である。
派生職の適性は、それぞれの元となる基本職に準拠するのだが――細かい説明はまた今度。
「後は、これと言って説明すべき項目は無いですね。
名前や年齢、性別が記載されているだけ―――」
――んん?
何か今、変な表記を見たような。
「えーーっと」
もう一度見る。
「うーーん?」
目を擦ってみる。
「おやー?」
何をやってもその表記が変わらない。
「どうもこのステータス、誤表記があるみたいですね」
「そうなのか?」
「ええ。ほら、陽葵さんの性別が男になってる」
冒険証にもエラーというのは存在するのか。
まあ、人が作ったものなのだから偶の間違いは仕方がないというものだろう。
「いや、間違ってないぞ」
早く受付に言って直して貰わなくては。
「だから、間違ってないって!」
しかし間違いをするにしても、よりによってこんな美少女を男と表示するなんて、失礼にも程が――
「間違ってないっつってんだろ、おい!!」
――陽葵さんに思い切り肩を揺さぶられた。
「…………本当ですか?」
「本当だよ。
つか、女の格好なんてしてないだろ、オレ」
言われてみれば。
着ているお召し物は全て――タンクトップもジャケットも、ショートパンツに至るまで、全て男物だった。
ショートパンツは男物にしては丈が少し短くは無いかと思わないでもないが、死ぬ程似合っているので文句のつけようがない。
…………いや、だとしても。
男物を着る女性だって世に多くいるし、何より陽葵さんから脚線美や肩、うなじから発せられる色気は男が持ってちゃいけないものだろう。
「確かによく女に間違えられるんだよな。
ま、オレって結構美形だし?
仕方無いのかもしれないけど」
得意げに語る陽葵さん。
確かに陽葵さんが美人であることは100人に聞けば100人が肯定するだろう。
『結構美形』という言葉が謙遜に感じてしまう位の超美人なのだから。
陽葵さんを男だなんて言う人が居たら、正気を疑ってしまう程に。
「………ほ、本当に?」
「なんだよ、まだ信じられないのか?
ほら、触ってみれば分かるだろ」
言われたまま、私は陽葵さんの股間を触った。
そのまま、にぎにぎと揉んでみる。
…………ある。
少々小ぶりだが、そこには確かに男性器が存在していた。
「………そんな、馬鹿な」
「馬鹿はお前だぁあああああああ!!!?」
いきなり叫ぶ陽葵さん。
「なんで!?
なんでお前股間触ったの!?」
「……ご自分で、触ってみれば、と言ったではないですか」
「普通胸触るだろ!?
どう考えたら股間の方に手を出すんだよ!!」
「……貧乳な女性の場合、胸だけでは判断できませんし」
「だからって! だからって!!!」
彼(もうそう呼ぶしかあるまい)は激高を続ける。
「……別にいいじゃないですか。
男同士なんですから。
そう、男同士………はぁ……」
「……いやお前、その落ち込み様はどうなのさ」
私のローテンション振りに、陽葵さんの激高がなりを潜めたようだ。
だって、満点越えの美少女だと思っていたんだもの。
これからの教育期間、ワンダフルな生活が待っていると信じていたんだもの!
「………はぁぁぁ…」
もう一度、ため息を吐く。
いや、切り替えるんだ。
男とはいえ、これ程の美貌と毎日向き合えるのだと、そう考えるんだ。
私はじっと陽葵さんの顔を見つめる。
「………な、なんだよ?」
怪訝な顔をする彼(やっぱり可愛い)。
……今ここでキスしたい。
うん、大丈夫だ。
この顔と一緒なら、私はこれからも頑張っていける。
「……よし、持ち直しました。
もうご安心下さい」
「いや、オレはお前が教育係だってことに、大分不安を覚え始めたんだが……」
嫌そうな顔をする陽葵さんをしり目に、私は気合を入れなおした。
「何はともあれ、おめでとうございます。
これで陽葵さんは晴れて冒険者です」
「む、無理やり話を変えやがったな」
陽葵さんのジト目で睨んでくるが、気にしないことにする。
「まだ手続きは色々ありますが、まず一言、言わせて下さい」
「ん?」
私は忘れない内に、教育係をやる際に必ず口にする言葉を伝えた。
「冒険者は、助け合いです」
陽葵さんの目を見て、そう告げる。
「例えその場で自分に利が無くとも、困っている人を見かけたら、助けてあげて下さい。
それ巡り巡って、いつか陽葵さんが困ったとき、誰かが手を差し伸べてくれることもあるでしょう」
冒険者は――例え自分のような初心者用区域から外に出ないような者であっても――常に死と隣り合わせの職業だ。
だからこそ、冒険者同士は助け合って、支え合っていくことが肝要である。
私がこの1年、冒険者稼業を続けて得られた、数少ない教訓のようなものだ。
「それって、冒険者のルールなのか?」
「ああ、いえ……これは規則ではなく、私の個人的な拘りというか…
だから、陽葵さんが従う必要は無いわけですが――できれば心に留めておいて欲しいかな、と」
別に他の冒険者を見捨てたところで何の罰則も無い。
ただ、せっかくの教育係なのだし、こういうことを伝えても――まあ、許されるのではないかと思っている。
「…………」
陽葵さんが神妙な顔をしていた。
「………どうしました?」
「いや、急にまともなこと言いだしたから、驚いてる」
「失敬な」
かなり真面目な話だったというのに。
「ははは、悪い悪い。
ま、なるべく覚えとくよ」
「そう言って頂けるとありがたいです」
陽葵さんの返事に満足して、私は次の手続きへと進んだ。
――とはいえ、もう今日はこれ以上冒険者ギルドですることが無かったりする。
「なぁ、まだ決まんねぇの?」
「う、うーむ……」
今、私は彼を町中に連れ出している。
目的は、今日の――そしてこれからしばらくの間、陽葵さんが寝泊まりする宿を探すためだ。
しかし、思いのほか宿探しは難航していた。
時刻はもう夕方になろうとしている。
そろそろ当たりをつけたいところなのだが…
「もう適当なとこでいいじゃん」
「いえ、そういうわけにも…」
私が何に悩んでいるのかと言えば、宿の安全性についてだ。
普通、駆け出しの冒険者――お金をまだ余り持っていない冒険者は、安宿に泊まる。
人によっては馬小屋に泊まることすらある。
私も最初はそうだった。
しかしそういう宿は、大勢で一つの部屋を使ったり、部屋に鍵が無い…そもそも扉すら無かったりと、安全面でかなり不安のある場所でもある。
男なら、そんなところでもまあ然程問題はないのだが。
――陽葵さんを、こういうケースで男として扱っていいものかどうか。
私は彼の顔を眺めた。
「? なんだよ、人の顔をジロジロと」
やっぱり可愛い。
顔だけでなく全身を見ても――
男とは到底思えない華奢な身体。
ただ線が細いだけでなく、柔らかそうな肉付もしている。
タンクトップから覗かせる、健康な肢体が眩しい。
許されるならこのまま抱き締めたいくらいだ。
視線を下に持ってきて。
くびれのある腰つきから、ショートパンツに包まれたふっくらとした綺麗な尻。
想像でしかないが、ハリがあって触り心地も良さそうだ。
そして、太ももから始まる、染み一つない脚線美。
ムダ毛もまるで無い。
無駄な肉もまたついておらず、だというのに筋肉質という訳でも無い。
その柔らかさ、弾力の良さが、見ただけでも分かってしまう。
胸が無い以外、限りなくパーフェクトな肢体と言える。
様々な女体を見てきた私が言うのだから、間違いない。
「おい、今度はなんでオレの体ずっと見てんだ?」
何か言ってくる陽葵さんはスルー。
では、こんな陽葵さんをそういう安宿に泊めさせて、身の安全は保証されるのか。
―――いくらウィンガストが治安のいい町だからといって、その問に肯定を返せない。
陽葵さんが男だと分かっている私ですら、彼を見ているとイチモツが反応してしまう程なのだから。
私が実はそういう特殊性癖の持ち主だった、というわけでは無いと願いたい。
そんなわけで、なるべく安く、かつ安全面もしっかりとした宿を探し回っているのだ。
しかし、そんな宿そうそうある訳が無い。
それでも数件見つけはしたのだが、部屋に空きが無かった。
予約も当分先まで埋まっていた。
そんな好条件の宿、人気があって当然だ。
「……こうなったら」
ギルドが女性の冒険者――特に女性の<訪問者>向けに運営している宿舎がある。
そこも既に打診済みなのだが、陽葵さんの性別を理由に却下されてしまった。
だがそうは言っても背に腹は代えられない。
無理を押してそこに入居させて貰えないか、もう一度掛け合ってみるか。
などと考えていると、
「もう面倒臭いしさ、今日はお前んとこで良くない?」
陽葵さんが提案してくる。
「私の家、ですか?」
「ああ。もうすぐ日が暮れそうだしさ。
宿探しはまた明日ってことで。
あと、さっきから妙に体がだるいっていうか…」
「体がだるいのは、冒険者登録の影響ですね」
一つの言語体系を頭に刷り込むのだ。
身体、特に脳への負担はそれなりにある。
私が冒険者ギルドでの手続きを一旦止めたのは、これが理由だ。
「へー、やっぱ副作用みたいなのはあるわけね。
……だったらなおさら早く休みたいなぁ」
「……それは、良く分かるのですが」
「クロダの部屋、二人じゃ使えないのか?」
「いえ、広さは問題ないと思います。
4,5人で寝泊まりしたこともある家ですから」
「じゃ、問題ないじゃん」
問題ありまくりである。
陽葵さんの身の安全を考えて宿を模索しているというのに、私の家などに泊まらせるのは如何なものだろう。
陽葵さんの寝姿を目の当たりにして、私は手を出さずにいられるかどうか。
いやいや、手を出すも何も、彼は男である。
男同士とかありえないし。
だとすれば、何の問題も無いはずだ。
……たぶん、きっと、おそらく。
私は改めて陽葵さんの顔を見た。
かなり疲労が溜まっているのだろう、眠そうな目を手の甲で擦っている。
目の端に涙を貯めたその表情は……超絶に可愛かった。
それを見て、私は覚悟を決める。
「――そうですね、では私の家で一緒に寝ましょうか」
「何言ってんのあんたはぁぁああああ!!!」
「ひでぶっ!?」
側頭部に強い衝撃。
もんどりうって倒れる。
どうやら、後ろからどつかれたらしい。
「い、いきなり何を――ってリアさん?」
「あんたこそこんな往来の真っただ中で何言いだしてんのよ!」
そこにはセミショートの茶髪をした美少女――リアさんが立っていた。
どうにもかなりお怒りのご様子だった。
「こ、こんな可愛い子を、い、家に連れ去ろうだなんて…!」
興奮して何かを呟いている。
どうやら、リアさんは誤解をしているようだ。
私は立ち上がりながら彼女に弁解する。
「落ち着いてくださいリアさん。
確かに私は彼を家に連れて行こうとしていますが、あくまでそれは善意からのものであって――」
「この子の身体を舐めるように見てた男が言っても説得力ないわ!」
……どうやら、大分前から私達のことを見ていたらしい。
「その辺りから見ていたのであれば、もっと前に声をかけて頂いても良かったのでは?」
湧いてきた疑問を、つい口に出してしまう。
「……!
あ、あんなことがあって、そう簡単に話しかけられるわけないでしょ!?」
あんなこと?
……ああ、私と店長を半殺し(店長は未だに入院中)にしたことか。
「そのことなら、私はもう気にしていませんよ?」
「あんたは気にしなくてもあたしは気にするの!!」
まったく、そんなに気遣いをしなくてもいいというのに。
意外に優しい人なのかもしれない。
「なぁなぁ、黒田」
リアさんの新たな一面を見つけた私に、陽葵さんが話しかけてきた。
「この、めっちゃ可愛い子、誰?」
可愛いのは貴方ですよ?
そう言いたくなるのをぐっとこらえ、彼の質問に答える。
「彼女は、リアさんと言います。
私の行きつけの酒場で、ウェイトレスをやっている女性で」
「へー、そうなんだ。
あ、オレ、室坂陽葵っていうんだ、よろしくな」
前半は私への返事、後半はリアさんへの挨拶だ。
「え? あ、うん、よろしく。
ムロサカヒナタ……って、あんたもトーキョーから来たの?」
「そうそう……って分かるのか!?」
「この町には東京出身の人が多いですからね」
陽葵さんに、ウィンガストにおいては<訪問者>がそこまで珍しい存在ではないことを説明する。
ついでに、陽葵さんが<訪問者>であることと、冒険者に登録したばかりであること、私が今教育係をしていること等をリアさんに話した。
「ふーん、新人冒険者なわけね。
……大丈夫なの、クロダが教育係で。
変なこととかされてない?」
「……え?
あ、ああ、ちゃんと色々教えて貰えてるよ」
リアさんの言葉に、少し反応が遅れる陽葵さん。
それもそのはず、彼はずっとリアさんの肢体を見ていた。
今のリアさんは、Tシャツにカーディガン、そしてスパッツといういつもの私服姿。
相も変わらず、シャツには彼女のおっぱいの形が浮き出ており、スパッツは下半身に張り付いてお尻の割れ目までしっかり分かる。
陽葵さんは、そんな彼女の姿に夢中の様子。
見た目は美少女でも、ちゃんと男の子しているようだ。
「本当に?
気を付けなさいよ、こいつってかなりろくでもないヤツなんだから」
「……ん、うん。
気を、つけるよ」
チラチラとリアさんの肢体を覗き見る陽葵さん。
初々しい反応である。
そこで、私は周囲がもう暗くなりかけていることに気付いた。
「結構な時間になってしまいましたね。
陽葵さん、お話はそれ位で」
「えー、まだリアと話したいのに…」
「ヒナタはこの町に住むんでしょ?
ならまたすぐ会えるわよ」
「……それもそっか」
陽葵さんは名残惜しそうに、リアさんの身体を上から下まで眺める。
ふむ、なかなかの助平心の持ち主。
話が合うかもしれない。
「じゃあねー、ヒナタにクロダ」
「おうっ、またな、リア!」
「お疲れ様です、リアさん。
―――さて、私の家に向かいましょうか」
「ちょっと待て」
陽葵さんを促そうとした私に、リアさんが割り込んできた。
「結局ヒナタを連れ込もうとするわけ!?」
「……いや、それは先程説明したじゃないですか」
リアさんと話しているうちに日も落ちてしまった。
今から宿を探すのは絶望的だろう。
「……そうね。
分かった、私の部屋を貸してあげる」
「はい?」
「おおっ!?」
私が疑問の、陽葵さんが感嘆の声を出した。
「お言葉はありがたいのですが、こう見えて陽葵さんはお――ぐふっ!?」
「うわ、本当か!?
嬉しいなぁ、ありがとう、リア!」
陽葵さんに肘で脇腹を小突かれ、台詞を止められる。
そんな私を無視して、リアさんとの話を纏めようとする陽葵さん。
―――心なしか、少し声のトーンを高めにしている。
なかなかやりおるわ。
「どういたしまして。
ま、少し散らかってるから片付けなくちゃだけど……
クロダのとこに行くよりはマシでしょ」
「うんうん」
リアさんの言葉に、上機嫌に頷く陽葵さん。
色々言いたいこともあるが、彼の気持ちは同じ男としてよく分かるので、野暮なことは言わないことにする。
「分かりました。
では、陽葵さんをよろしくお願いします。
明日の朝、迎えに上がりますので」
「ありがとう!
ありがとう黒田!!」
「……なんでクロダにお礼言ってるの?」
私の腕を握って感極まっている陽葵さんの姿(超可愛い)を、訝しむリアさん。
これ以上変な勘繰りをされるのもまずいので、私は早々に退散することにした。
「では、私はこれで……」
「あ、ちょっと待って」
帰ろうとする私を、リアさんがまた引き留めた。
「何でしょうか?」
「や、少し散らかってるって言ったじゃない?
クロダにも、片付けを手伝って欲しいなーって」
「はぁ、それは構いませんが…?」
こちらは部屋を貸してもらう身であるし(貸してもらうのは私で無いにせよ)、片付けの手伝い位なんの問題も無い。
―――そう思っていた時期が、私にもありました。
「………」
「………」
「元々はさ、私ともう一人とでルームシェアしてたんだよね。
でもその子、ちょっと前に別のとこ引っ越しちゃって。
で、使わない部屋がまるまる一つできちゃったわけで――まあ、それがここなわけね」
沈黙する私と陽葵さん。
そんな私達の姿に気付く素振りを見せず、リアさんは続けた。
「最初は特に何にも使わなかったんだけど、その内いらない物をこの部屋に仕舞うようになってさ。
いつか片付けよう、いつか片付けようって思いながら、必要ない物をどんどんこの部屋に入れていって――」
「……そして、こうなったという訳ですか」
「えーっと……うん」
私の言葉に、頷くリアさん。
今、私達がいるのはリアさんが借りているアパートの一室。
2DKの間取りになっており、なかなか広い。
そして、3つある部屋の一つ――今日陽葵さんが止まる予定の部屋の前に、私達は立っていた。
「あのですね、リアさん」
その部屋の惨状を見ながら、私は告げる。
「これは、『少し散らかってる』というレベルの代物じゃありませんよ?」
部屋の中は、混沌という表現がぴったりの有様だった。
どこで買ったのか……或いは拾ったのか分からない代物が所狭しに積まれている。
本、棒、剣のような物、石、置物?、ゴミにしか見えない何か――等々。
前にリアさんの家に来た時はこの部屋に入らなかったのだが、まさか扉の向こうにこんな酷い有様が広がっていたとは……!
「これ、今日中に片付くのか…?」
「さ、3人で頑張れば、なんとか?」
茫然と呟く陽葵さんに、苦笑いしながら返事するリアさん。
……普通にやっていたら、片付けが終わるころには深夜になっているだろう。
―――仕方があるまい。
「リアさん。
この中に、私に見られて困るものはありませんか?」
「え? いや、無いと思うけど」
「ここにあるのは全て、捨てて構わない物なのですよね?」
「う、うん、そうだよ?」
私の質問の意図が分からないのか、彼女は疑問符を浮かべながら返答する。
だが、私にとってはその答えで十分。
次に私は、陽葵さんへ声をかける。
「陽葵さん」
「うん?」
「もう大分お疲れでしょう。
先に夕食を取って、お休みになる準備をして下さい」
「え?」
さらに、もう一度リアさんへ。
「リアさん」
「な、何?」
「すみませんが、陽葵さんに食事をご用意願えませんでしょうか」
「わ、分かった、けど……クロダはどうするの?」
「私は今から、この部屋を片付けます」
きっぱりと、二人に告げた。
「いや、あんただけじゃ無理でしょ」
「そうだよ、三人でやった方が早いって」
私の言葉に異を唱えるリアさんと陽葵さん。
そんな二人に対して、私は不敵な笑みを浮かべた。
「失礼ですが、貴方がたでは足手まといです」
「「なっ!?」」
絶句する二人。
そんな彼らを意に介さず、私は腕まくりをする。
「かつてバイト仲間から、『片付けの貴公子』とまで呼ばれた私の腕、お見せしましょう」
懐から三角巾を取り出し、頭に巻いた。
「2時間です。
2時間でこの部屋を新品同様にしてみせる…!」
私は一人、部屋に住まう混沌へと勝負を挑んだ。
第四話③へ続く
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大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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